影を迎撃しつつ、俺とゆりが辿り着いたのは図書館の地下。つまり、ギルドであった。
「ここで黒幕はギルドでしたってオチはないか?」
「そんな頭の良い奴は我が戦線にいないわよ」
「そうか」
信頼があるんだが、ないんだが。まあ、こいつららしいけど。
殺風景な通路を警戒して進む。
壁から、影がにゅるにゅると現れる。もはやちょっとしたホラー映画である。
ハンドガンでそいつらを撃破していく。弾がものすごい勢いで減っていった。そんな調子で進んでいくも、そもそも通路が複雑であり――まあ、そうじゃないと侵入が容易になるからだが――中々、奥へ進むことが出来ない。
「……少し、休みましょう」
ゆりの提案に、俺はこくりと頷いた。影のいないオールドギルドで、俺とゆりは並んで座り込んだ。朝から常に警戒態勢で、常に戦闘をしている。極度の疲労で、頭も上手く回らなくなり始めていた。
「手がかりなし、だな」
「虱潰しで探していくしかないわ」
「見つかる前に、弾が尽きるぞ」
「わかっている。だから、今考えているでしょ」
ゆりが俺の腕に寄りかかった。ぽてん、と肩の上に頭を乗せる。
「まあ、図書館から盗んだPCを運ぶわけだから、そう奥地にはしないだろうが……」
「とは限らないわよ。この世界の時間は無限にある。関係ないわよ。ギルド……ダンジョン自体は、何故か昔からあった。戦線メンバーの知らないエリアで根城を作られても、おかしくはないわ。よく見つからなかったものだけれどね」
「そうか……途方もない数なんだろうな。あれだけの影を作りだすわけなんだから……」
無言の間。ゆりの息遣いだけが聞こえた。正直、手詰まりであった。もうこのまま、ゆりと共に影に食われることも、少しだが覚悟し始めている。
あるいは、せめてこいつだけでも真実に辿り着かせる、とかな。
「ねえ、春斗くん」
「ん?」
「手、握ってくれるかしら……」
ゆりが珍しく甘えた声でそんなことを言うから、俺はドギマギしながらゆりの手を握った。銃をずっと握っていたせいか、少し感覚が鈍っているが、それでもゆりの手のぬくもりと柔らかさを感じられた。
「この戦いが終わって、戻ったら。その時は、みんな無事に去ることが出来ているのかしら」
「だといいんだけどな。まあでも、地上には音無や立華、日向だっている。大丈夫だろう」
「そうね。かなでちゃん……なんで、もっと気づいてあげられなかったのかしら」
「ゆり?」
「女の子同士だから。仲良く出来たかも、しれなかったのに」
ゆりがそんなことを愚痴り、手をぎゅっと握ってきた。ゆりは横暴な一面が目立つが、その根っこは他人のために行動をする、優しい心の持ち主だ。立華のことに、心を痛めているのだろう。
まあ一連の戦いは茶番であったし、そして勘違いを大きくさせたのは戦線を作り、その規模を広めたゆりと評しても仕方ないだろう。自責の念もあるのかもしれない。
「立華は不器用だからな」
変に庇っても仕方ないと思い、それだけを言った。
「そうね。あの子は天然だわ」
その時であった。ざざざ、という音と共に影が侵入してきた。俺とゆりはすぐに立ち上がり、銃を撃つ。
火力のあるアサルトライフルを打ち込む。それでも一掃することが出来ない。数が多すぎるのだ。狭い通路にぎゅうぎゅうで影が貯まり込み、溢れ出るかのように狭い出入口から影が無数に現れる。
「キリがない……!」
「ここは行き止まりだから、突破するしかねえぞ」
「っ! 春斗くん、上!」
ゆりの声は間に合わなかった。俺の体は天井から降りかかった影に飲み込まれ、体中に纏わりついた。
「くそ、しくじった……!」
ゆりがなにかを叫んだ気がした。だけど、その音が聞こえない。激しい耳鳴りと共に、俺の意識は闇の底へと沈んでいった。
――遠い夢を見た。
だけどそれは、奇妙な感覚であった。
ここではない、どこか。
遠い場所を、実態のない魂として見下ろしているような。
そんな経験もしたことのないような感覚だ。
無数のコンピューターと、そのモニターが壁を覆いつくすように並んでいる。雑多に置かれているため、それらは仰々しい雰囲気を放っていた。
「これは……卒業式? でも、これって」
ゆりがモニターの一つを見て、首を傾げた。
「――ようやく、辿りつけましたね」
「なにが第二コンピューター室よ。バカにしているの?」
ゆりが少年を睨みつける。そこには強い憎しみが込められている。だけど、少年は動じず、淡々とした様子で告げた。
「ここは学校ですからね。名前はきちんと貼らないと」
「あなたの目的はなに? ANGEL PLAYERを使って、世界を好き勝手に改変して。一体なにがしたいのよ」
「僕は世界の、彼が定めたルールを守る。それだけです」
「ルール? 彼?」
「この世界は、卒業していかなくてはならない場所。彼はそう考えました。あなたをここへ導いたカウンターも、そのためだけに戦いました。招かれざる役者らしく、最終的には失敗しましたがね」
「カウンター……?」
「――桜木 春斗。あなたもよくご存じの名前でしょう?」
ぎり、とゆりが歯ぎしりをした。
「よくもその名前を口に出来たわね……! あいつは影に呑まれて、記憶を消されて! もう何十年もNPCとなってこの世界に縛られている! アンタが仇なのはわかっているのよ!」
「ですが、あなたは真実を知りたいとも考えている」
「そうよ。彼もまた、ANGEL PLAYERの力を使っていた。彼と敵対する人間もまた同じ。あたしは、あの時の真相が知りたいのよ」
「先ほども言った通り。僕はこの世界のルールを守るために、動いている。「影」もその一つです」
そこで少年はこの世界で「愛」が芽生えてはいけないことを告げた。それが芽生えたままこの世界に留まれば、ここは永遠の楽園になり、本来の役割と違ってしまうから、と。それが正しいのかはわからないが、少なくともANGEL PLAYERの開発者はそう信じたのだと。
「ですが、そう考えない者もいた」
「……ここを永遠の楽園にしようとした?」
「正解です。その者は言いました。何故、この世界に愛が芽生えたらいけないのか? と。別にいいではないか、と。この世界を、永遠の楽園にして、なにが問題なのか? と」
「それで?」
「それが「天界の使徒」の正体です。彼らは、この世界を永遠の楽園にしようとした。永遠の愛と、永遠の時間でもって。その実現の架け橋がANGEL PLAYERでした。天界の使徒のリーダーが立華 かなでと同じ力を使ったのは、そのためです。もっとも、あのリーダーは最後にメンバーを暗示で消したので、途中から本物の神にでもなった気分だったでしょうが、ね。所詮、人の欲望は暴走するもののようです」
「じゃあ春斗くんは? 春斗くんはなに?」
「カウンターです。この世界を、永遠の楽園にしないための」
「……どういうことよ?」
「いいですか? ANGEL PLAYERの開発者は、永遠の楽園を阻止するために、プログラミングをしました。ANGEL PLAYERはその願いに答えたんですよ。故にカウンターとして、桜木 春斗に力が与えられた。そして彼はその役割を、同じ役目である僕と共に為そうとしたわけです」
ゆりは銃を少年へ向けた。
「そんな重いものを、あいつ一人で背負わせないで! じゃあ、なによ? この世界のルールを守るために、あいつは永遠にこの世界にいろと言うの?」
「いいえ。彼が選んだのは、その逆です。むしろ彼は、役割が終われば退場するはずだったんです。彼がずっとこの世界にいることは、因果が曲がるイレギュラーなことなので」
「……逆?」
「彼は、あなたと共にあることを選びました。故に……影に取り込まれました。桜木 春斗が最後に願ったのは、皮肉にも「彼」と真逆の願いだったんですよ」
「……」
「信じてくれますか?」
ゆりは瞳を閉じる。
長い、長い沈黙が生まれた。
「アンタを信じたわけじゃない。けど……そうね。納得はいく。そういう筋書だったのね」
「理解してくれましたか?」
「彼は天界の使徒と共に消えるはずだった……この世界のルールを守るために、力を与えられた存在だから。そして最後に、その役割を放棄した。だから、あなたは自分の役割に従って、春斗くんをNPCに変えた……」
「僕が憎いですか? 世界のルールを守ろうとする、ANGEL PLAYERの開発者「彼」が憎いですか? 神が――憎いですか?」
「……」
「では、問いましょう」
少年は、ゆりの瞳をまっすぐに見つめた。
「もう、おわかりでしょう。ここは、この世界を好きなだけ改変することが出来る。「彼」とは違う答えを出すことが出来る」
「なによそれ。改変して、あたしが神にでもなるというの?」
「言い換えれば、そうなりますね」
「あなたはこの世界のルールを守るんじゃないの?」
「その役割は、もう十分に果たしました。あまりにも、長い時間が流れたんですよ」
「そう……随分と、人間味のあることで。もう一つ質問。あのモニターはなに?」
「はい?」
「一瞬だけだけど。卒業証明書を持った、かなでちゃんやあたし、音無くんや日向くん、直井くんが映っていたじゃない」
「ああ。バグが見せる因果ですね」
「はあ?」
「カウンターは、夢を見ていたそうですよ。その風景を。あなたが、この世界から卒業する風景を。もっとも、別の世界線――桜木 春斗のいない、パラレルワールドですが」
「……じゃあ、決まりね」
「なんですか?」
「ここをぶっ壊す」
「ちゃんと考えたんですか?」
「あのね。あたしは……みんなを守るために、ここへやって来たの。外では音無くんや、かなでちゃんが戦ってくれている。そしてずっと昔に……春斗くんは、あたしを守ってくれていた。ここへ辿り着いたのは、あたし一人の力じゃない」
ゆりは力強い瞳を、少年に向けた。
「――みんなや春斗くんが、ここへ導いてくれた。だから、あたしはここにいる!」
「彼は最後に、永遠の楽園を望みましたよ?」
「違う! アンタが春斗くんを、わかったように語るな! 大体ね、彼はこの世界のルールを守る道具じゃないのよ!」
「そうですか。一旦、落ち着いたらどうですか? まだ、考える時間はあります。それこそ永遠に」
「教えてあげるわ」
ゆりの脳裏には、生前の記憶がよぎった。
守りたい全てを、三十分で奪われた、あの時の――忌まわしい光景を。
「人間ってのは、たったの十分だって待ってくれないのよ!」
ゆりはそう言って、手元の銃をありったけ撃ちこみ、パソコンとモニターを破壊した。
銃声とパソコンが破壊される音が、室内に響き渡る。耳をつんざく、ひどくやかましい音であった。
ゆりは最後に、少年へ拳銃を向ける。
「なにか言い残すことは?」
「何故人は、永遠の愛を誓うのに、永遠の楽園を放棄するのでしょうか? 何故それが、間違ったことだと考えるのでしょうか?」
「愚門ね。そんなの決まっているじゃない」
不敵な笑みを浮かべて、ゆりは言い放った。
「人が持つ永遠の幸せっていうのはね、この世界にあるわけじゃないの。「ここ」にあるものなのよ。それがわからないから、あなたはAIなのよ」
パン、という短い銃声が鳴り響いた。
「――手を伸ばせ、桜木!」
音無の声がして、俺は咄嗟に手を伸ばした。音無が俺を引っ張り、すれ違いざまに立華がハンドソニックで影を切り裂く。
「音無、立華……!」
「俺達もいるぜ?」
「ふん。なにを無様にやられかけているんだ、紛い物」
日向と直井もいた。ゆりは安心したような笑顔を浮かべている。
「春斗くん……! たく、心配させるんじゃないわよ!」
その言葉に、日向がにやにやと意地の悪い表情を浮かべた。
「さっきまで心配でしょうがなくて泣きそうだったくせに、可愛いとこあるじゃねーかよ――ぐはあ⁉」
「余計なことを言うなああああ!」
ゆりに蹴り飛ばされる日向。いつも通りの光景、いつも通りのやり取り。
「どうして、ここがわかったんだ」
俺の問いかけには、立華が答えた。
「あなたが呼んだからよ」
「俺が?」
「そう。あなたの声が聞こえたの」
思わず、自分の掌を見る。
あの夢――とても、不思議な感覚であった。だけど、あのゆりは俺の知っているゆりではない気がした。話している内容からしても、状況が違いすぎる。俺が何十年も前に「影」に取り込まれた、と言っていた。
……俺がこの世界のルールを守る? カウンター? まさか。
だけど、やるべきことはわかった気がする。
この戦いを乗り切れば、たどり着けるのだ。ゆりや、みんなが救われる道に。
「春斗くん、動ける?」
「ああ。なんともない」
「なら、行きましょう。留まっていると、また影が集まってくるかもしれない」
ゆりの言葉に、音無達が頷く。俺もみんなの後へ続いていった。