決戦の日から、三日が経過した。ゆりが第二コンピューター室を破壊し、影が消滅。死後の世界は平穏を取り戻した。
しかしそこには、大きな変化が訪れていた。
音無が掲げた新たな思想により、戦線メンバーは去っていったのだ。現在、死後の世界に残っているのは幹部、陽動部隊、チャー、立華といった主要メンバー達である。残されたゆりを気にかけ、彼女のためになにが出来るかと各々考え、行動に移している。
最後はみんなで、リーダーであるゆりと共に卒業しよう、という考えなのだ。
つまりこれは、死んだ世界戦線のラストオペレーション――「Graduation」である。
「なあ。これって「ぽい」のか?」
場所はいつもの校長室。ひさ子が藤巻、TK、松下といったいつものメンバーと共に麻雀卓を囲みながら、そんなことを言った。「クソ。またひさ子の一人勝ちか……」と藤巻がこれまたいつも通りの愚痴をこぼしている。
「ぽいかは知らねえけど、普段のお前らでいいだろ」
俺はカメラを持ちながら、そう答える。俺、桜木 春斗はアルバム係。というわけで、みんなを撮影して回っている。
「しかし。あのゆりっぺを卒業させることが、出来るのだろうか……」
松下五段が腕を組み、弱音を吐く。俺は首を横に振った。
「それなら大丈夫だ」
「なんでそう言いきれんだよ。あのゆりっぺだぞ、桜木」
藤巻が怪訝そうに問いかける。
それでも、俺は自信をもって言えた。
「今のあいつにはもう、葛藤はない。もう大丈夫だ」
「妙なことを言う奴だぜ……」
肩をすくめる藤巻。ひさ子はクールな笑みを浮かべた。
「でも、桜木が大丈夫って言うんだ。じゃあ、大丈夫なんだろ」
「ああ。俺を信じてくれ」
そう言いつつ、麻雀組をパシャリと撮影した。
麻雀で勝って喜ぶひさ子と、悔しがる三人の様子が撮れた。
――卒業アルバムに、一枚追加される。
空き教室の廊下を歩いていると、作詞をする岩沢の姿を、窓越しに発見した。これ以上ないくらいの、真剣な表情。卒業までに、ガルデモのラストライブをして、そこで新曲を披露すると宣言したので、力が入っている。
「……頑張れ」
思わずそんな声が出て、ぱしゃり、と撮影する。
美しい岩沢の横顔が撮れた。
「おやおや、桜木先輩。盗撮ですか? いけない人ですねー」
芝居がかった声音でそう声をかけてきたのは、ユイであった。
「日向とは仲良くやれてるか?」
そんなことを聞くと、ユイは顔を赤くして、両手を頬に当てて、いやんいやんと体を悩まし気に振った。
「えへへー。あたしの旦那様ですか? それはもう、とっても仲良しですよ! 来世では見つけ出してくれるって言ってくれましたし。桜木先輩とゆりっぺ先輩に負けないくらいのおしどり夫婦ですから!」
恥ずかし気に、けれど幸せそうに言うユイを、ぱしゃりと撮影する。
この二人なら、約束を果たすことだろう。
もう一つの空き教室には、休憩する関根と入江がいた。
「うりゃあ!」
関根が気配を消すなり、入江の胸を後ろから持ち上げるようにして、鷲掴みにした。
「わわっ⁉ しおりん、ちょっと止めてよ!」
「んー。みゆきち、相変わらず貧乳ですなー」
「そんなこと言わなくていいから⁉」
ぱしゃり、とシャッターを押す。入江が顔を真っ赤にした。
「さささ、桜木さん⁉」
「よう」
「今のを撮ったんですか⁉」
「まあな」
「ダメです、ダメです! 今すぐ消してくださいいいいいい!」
「そう言われてもなあ。良い絵だったぞ?」
俺はさらっとそんなことを言って、カメラをひょいと持ち上げる。
入江は必死になってカメラを奪おうとして、ぴょんぴょん、と跳ねるも小柄なため手が届かない。その光景を見て、関根はぐっ! と親指を立てた。俺は呆れながらも、相好を崩した。今の絵を撮影したのは、関根の計らいだ。
全く、悪戯好きな関根らしい。そしてその被害によく遭う、入江も。
仲がとても良い、二人らしい一枚が、卒業アルバムに刻まれた。
食堂へ移動する。
そこには各々昼飯をとっている日向、大山、竹山、そして記憶が戻った高松の四人がいた。音無を覗く答案用紙すり替えメンバーだ。
「お、桜木じゃん。なんだよ、飯食っているとこ撮るのか?」
「ああ。お前が飛んでいる絵でもいいぞ」
「……そういや、音無を除くあの時のメンバーだな」
大山が「あはは。僕、写真映えするかなあ」と言い、高松が「仕方ありません。脱ぎましょう」と言って上半身半裸になった。
「おう、脱いだれ、脱いだれ」
煽る日向。
「あはは。NPCの視線、集めているけどね……色々な意味で」
常識人の大山は恥ずかしそうだ。
「よし。じゃあ、竹山も撮るぞ。いいな?」
「クライストと呼んでください」
ぱしゃり、とシャッターを押す。
ピースする日向と、日向に促され、照れながらピースする大山と、眼鏡を上げる竹山と、クールに決める高松(半裸)の絵が撮れた。
「……」
体育館倉庫。可愛らしい犬のぬいぐるみを眺める、可愛らしい椎名がいた。息を潜めながら、ぱしゃり、とシャッターを押す。
「っ! あ、浅はかなりいいいいいい!」
顔を真っ赤にした椎名が、追いかけて来る。
無論、速攻で逃げた。
いつもの、滝の近くで鍛錬をする野田を撮影した。半裸でハルバートを振る姿は、勇猛果敢でたくましい。
「って、なんでまだ鍛錬しているんだよ?」
「ふん。貴様か」
「今の、アルバムに乗せていいか?」
「好きにしろ」
野田はそう言って、鍛錬を続ける。
相変わらずだ。最後まで仲良くはなれなかった。でも、それが俺と野田らしいのかもしれない。
生徒会室へ行くと、卒業式の準備をする音無、立華、直井の三人がいた。音無と立華が大きなプレートに、手書きでなにか書いている。
「結弦。なんて書いたらいいと思う?」
「死んだ世界戦線卒業式、でいいんじゃないか? 天上学園卒業式は、なんかしっくりこないぜ」
「そうね。みんな、ここから……戦線から、卒業するものね」
「ああ。良い卒業式にしような、かなで」
「うん……ゆり、喜んでくれると良いな」
仲睦まじい二人。直井がそんな二人を面白くなさそうに眺めつつ、猫なで声を出す。
「音無さん、飾りつけはこういう感じでいいですか?」
「ああ。いいんじゃないか?」
「……なんか僕の時、すごくドライじゃないですか?」
相変わらずな三角関係(?)をぱしゃり、と撮影した。
ガルデモのラストライブが行われた。披露された新曲のタイトルは「Hungry Song」と名づけられていた。
……全く。相変わらず、良い曲だな。
バンドのクオリティもそうだし、歌詞も心に響く。ガルデモはやっぱり最強のガールズバンドだ。
大食堂の、最上階。
無表情ながらも、リズムを刻む遊佐を見つけて、ぱしゃりと撮った。
「なんですか?」
「良い写真が撮れたなって。可愛いぞ」
「わたしではなく、ガルデモを撮ってください。新曲ですよ?」
「Hungry Song。良い曲だな」
「……そうですね」
「これが最後か。寂しいな」
岩沢は力強い声で、歌っていた。
夕方。屋上の柵で頬杖を突き、グラウンドを眺めるゆりを撮影した。シャッター音に気がついて、ゆりが振り返る。
「春斗くん」
「よう」
「今のを撮ったの?」
「ああ。大丈夫、ちゃんと可愛いぞ」
「……そう」
ゆりは少しだけ笑って、俺の側に寄った。
そして胸元からエンゲージリングを通した紐をほどき、指輪を取り出した。
「ねえ。もう一度……あんたが通してよ」
「ん? ああ。いいけど、どうした急に?」
「だってもう、あたしは戦線リーダーじゃないもの。これからのあたしは……春斗くんの、お嫁さんだから」
……本当は、お互いにわかっている。
もう残された時間は少ない。
最後のオペレーション、卒業式は――明日なのだから。
だからもう、「これから」なんてものはない。
それでも……俺は、頷いた。
ここは死後の世界だ。仲村 ゆりも、俺も、次の生へ踏み出さなくてはならない。
だけど。ゆりを世界一愛しているって、最後まで貫かないとな。
「ああ。ゆり、俺と家族になってくれ」
「……ええ」
ゆりは顔を赤くする。右手で胸を抑えて、左手を伸ばす。俺はその綺麗な手をそっと掴み、薬指にエンゲージリングを通した。
――瞬間、ぱしゃり、とシャッター音がした。
俺とゆりが目を丸くして、音の方を振り向く。そこにはカメラを持った音無と、隣には立華がいた。
「いいい、今のを撮ったの、音無くん⁉」
先ほどとは違い、激しく動揺するゆり。音無は笑い声を上げた。
「最高の写真だぜ?」
立華がうんうん、と頷く。
「ゆり。可愛い」
「か、かなでちゃんまで……」
「二人とも。結婚、おめでとう」
俺も恥ずかしくなり、頬を掻いた。
立場上、公表出来なかったからな。祝福されたことなんて、なかったな。
そんな調子で、色んな写真を撮った。深夜に、チャーがパソコンで編集、印刷してアルバムにまとめた。相変わらずの、手際の良さである。卒業アルバムは校長室に保管された。俺とゆり、チャーが三人で顔を合わせる。
「明日は卒業式か。名残惜しい気もするが、この世界にもう用はないな」
チャーがそんなことを言って、俺とゆりも首肯した。
「でも、春斗くん。どうして急に、アルバムを作ろうなんて言い出したのよ?」
ゆりがそんなことを問いかけてくる。
「センチメンタルだよ。それ以外になにがある?」
「……なんか、意外ね。あなた、そういうところあるのね」
「まあな。それに、このアルバムを残しておけばさ。いつか役に立つ気がするんだ」
「??? どういうことよ」
「きっとまた、この世界へ悲しい魂が迷い込んで来る。その時に、このアルバムを見てなにか感じてくれればなって、そう思うんだ」
チャーが肩をすくめた。
「センチメンタルだな」
「ああ。でも、さ。散々、言っただろ。長い間、ずっと叶わなかった俺の夢だったんだ……みんなが傷つけあわなくてもいい、そんな時がいつか来ればいいって。音無が来て、それが実現して。俺は本当に嬉しいんだ。だから、形として残したくなった」
センチメンタルで結構。
シリアスで、涙を流すほどの感動は、他でやってくれる。
俺は、誰もが笑顔を浮かべる、そんな都合の良いハッピーエンドを望んでやるんだ。
だって……この魂は、桜木 春斗は紛い物で、招かれざる役者なのだから。
空気なんて、呼んでやらねえんだよ。
生憎だけど、俺はそういう奴なんだ。
翌日。戦線メンバーは体育館へ向かい、チャーや音無、立華、直井がセットアップした「死んだ世界戦線卒業式」に参加した。
並べられたパイプ椅子。飾り付けられた看板。本格的な「卒業式」であった。
卒業アルバムは出来たし、みんなに見てもらった。リアクションは十人十色だったし、俺の案は大成功だ。
ここからは……立華の案だ。
彼女はずっと、戦った。
みんなを卒業させるために……不器用に。
ゆりはずっと、戦った。
神へ復讐するために……みんなを引っ張って。
だけど、それも終わり。
死んだ世界戦線は、この世界を卒業する。
「卒業式かあ。女子は大抵泣くんだよなあ」
日向がそんなことを言うと直井が「全く。これだから女は」と肩をすくめた。
「そうなんだ……」
立華が興味津々に聞いている。真に受けるな。まあ、そうらしいけど。つーか、俺も卒業式初めてだな。
「うし。じゃあ、始めるか」
音無が先陣を切る。何故か、ゆりが動揺し始めた。
「も、もう始めるの?」
「ああ。かなでが準備を頑張ったしな。良い卒業式にしねーと」
日向が呆れたように肩をすくめた。
「なんのために、今日まで準備してきたんだよ。みんなこの日を待っていたんだぜ。ゆりっぺと過ごす、最後のオペレーションとして」
「そ、そうだけど。ちゃんと消えられるかなって、心の準備が……」
ゆりがもじもじする。その指には、エンゲージリングが光っている。
「わあ。い、今気づきました。指輪、素敵です! 綺麗!」
入江が目を輝かせる。
「元リーダー、お似合いッス!」
関根が親指を立てた。ひさ子が「ゆりのそんな姿が見られるとはねえ」と言い、岩沢が「ゆり。今更だけど、おめでとう」と祝福した。
「ありがとう。嬉しいわ。ね、春斗くん?」
ゆりが上機嫌そうに笑う。俺は軽く頷いた。
音無は首を傾げる。
「なんかお前、すっかりリーダーっぽくないよな」
「ええっ? そ、そうかしら? まあ、もうリーダーじゃないのはたしかだけど……そんなに、あの時と違うかしら」
「ああ。なんつーか、女の子っぽいぞ」
「それは……喜んでいいのかしら? それとも、怒った方がいい? ねえ、春斗くん?」
またも話を振られるが、肩をすくめる。
「さあな」
日向がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。
「すーぐ旦那さんに頼るな、ゆりっぺは」
「あ、当たり前じゃない。こいつの奥さんなんだから」
ゆりがぷい、とそっぽを向く。チャーが俺を小突いた。なんだよ。
「おし。始めるぞ!」
音無が威勢の良い声を上げ、卒業式が開始された。
「――開式の辞! これより死んだ世界で戦ってきた、死んだ世界戦線の卒業式を執り行います! ではまず、戦歌斉唱!」
音無のよく通る声が、体育館に響き渡る。
卒業式の進行は、主に彼が主導で行われた。普段は落ち着きなくバカする戦線メンバーも、素直に大人しく式の進行に従っている。まあ、もうこれで最後なのだ。背筋を伸ばし、皆それぞれの思いでこの卒業式に参加していた。
……と、思ったが、戦歌がものすごい歌であったり、ツッコミどころかちょくちょくあって、そこまで仰々しい雰囲気にはなっていない。まあ、その方が戦線らしいけどな。
「卒業証書授与!」
音無が言うと、ゆりが首を傾げた。
「あるの?」
「かなでが全員分作ったんだ」
「頑張ったわね、かなでちゃん」
ゆりがそう言うと、かなではえっへんと胸を張った。
「でも、授与する校長はどうするのよ?」
ゆりが言うと、日向がカツラと髭と眼鏡をつけて壇上へ上がった。
「ワシじゃよ!」
「……ふっ」
「鼻で笑うなよ!」
「似合っているわよ?」
「うるせえ! 幹部全員でジャンケンしたら負けたんだよ、ちくしょう! 創設メンバーだってのに!」
地団駄を踏む日向。ひさ子が「でも、ちょっとノリノリだったのがいてーぜ」と追い打ちをかけた。やめたげて。
ゆりがため息をついた。
「いいわよ。あたしが授与するから」
「え? お前が?」
「ええ。リーダーはあたしだし……みんなを引き入れたのも、あたしよ。なら、戦線からの卒業証書はこのあたしがみんなへ渡すべきじゃない?」
「どうする、音無?」
日向の問いかけ。音無はかなでと目を合わせ、こくりと頷いた。
「じゃあよろしく、ゆり」
「ええ」
「ただ、そうなると……そうだな。最後、俺にしてくれないか?」
「? ええ、わかったわ」
音無が壇上へ上がって、一枚の卒業証書をポケットの中へ入れた。ああ、なるほどな。
日向と音無が降りた後、ゆりが壇上へ向かう。
「ゆりっぺ。このカツラと眼鏡を」
「ええ、ありがとう日向くん――って、つけるわけねえだろうがあああああああああああ!」
「ぐはあ⁉」
日向が吹っ飛ぶ。かなでが笑った。こんな感じで、なんだかんだ戦線っぽい進行になっていた。
ゆりが壇上へ上がる。教卓に積まれた卒業証書を見て、あ、と声上げた。
「音無くん。一つ致命的な問題があるわ」
「え? なんだ?」
「フルネームの設定がない子はどうするのかしら」
設定言うな、やめろ。たしかにフルネーム謎な奴いるけど。頼むから設定って言葉を使わないでくれ。
「――桜木 春斗!」
ゆりの声に呼ばれ、俺が立ち上がる。
「ああ……じゃなくて。はい!」
どうもこういうのは、苦手だ。声を張り上げることも。
俺は決められた道順で壇上へ上がり、ゆりの前へ進む。見よう見まねの手順で、卒業証書をぎこちなく受け取った。渡すとき、ゆりが口を開いた。
「お堅いけど、こういうのは苦手なのね?」
「悪かったな」
「あなたの夢、叶って良かったわね」
「……ああ。長い時間、かかったけどな」
みんなが幸せになること、その物語を最後まで見届けること。それが俺の願いだった。絵空事だと思ったが……音無のおかげで、こうして叶うことになったのだ。
もう、この世界でやり残したことはない。心配なこともない。
紛い物でも、本物なこいつらと共に歩めたのだから。
「日向 秀樹!」
「なーんか新鮮だな……はい!」
日向が壇上へ上がり、ゆりから卒業証書を受け取った。
「あんたが最初の仲間だったけど、最後まで一緒にいてくれたわね。ありがとう」
「すげー長い戦いだったな。こんな日まで無事に来られて、良かったぜ」
「ええ。そうね」
「リーダー。お疲れさん」
「……おう」
日向が卒業証書を見ながら、降りてくる。
「大山くん!」
「は、はい!」
大山が少し緊張した面持ちで壇上へ上がる。相好を崩しつつ、ゆりから卒業証書を受け取った。
「ゆりっぺから卒業証書を貰うなんて。あはは、なんだか変な感じがするよ」
「あたしだって慣れないわよ。お堅いのは苦手だもの」
「ゆりっぺらしいや。卒業おめでとう!」
「ええ。卒業、おめでとう」
「あと結婚もね! 教えてよ、そういうこと! 僕、精一杯祝福するよ!」
「っ⁉ え、ええ。ありがとう」
ゆりが照れ笑いを浮かべた。大山は相変わらず、清らかな奴だ。
「チャー!」
「はい」
高校生とは思えない貫禄のある声と所作で、卒業証書を受け取った。
「戦いは終わったな」
「ええ。あなたがいてくれたから、あたし達は戦えた」
「俺達はお前がいたから、頑張れた」
「ありがとう」
「ああ。世話になった」
チャーは落ち着いた様子で降りてきた。ギルドリーダーとして、その役割を最後まで全うした。
「野田くん!」
「……」
無言で立ち上がる。こういうのは好きじゃないだろう。ラフな所作で卒業証書を受け取る。ハルバートは手に持ったままだ。
「あなたも、創設メンバーの一人としてありがとう」
「俺は、役に立てただろうか」
「ええ。自信もちなさい」
「……そうか。それなら、良かった」
ゆりの言うことしか聞かない彼は、戦線のじゃじゃ馬であった。
「椎名さん!」
「……ふむ」
椎名がいつもの感じで壇上へ上がる。
「あなたの大きな力に、何度も助けられたわ」
「お前はもう、満足なのか?」
「ええ。戦う理由は、もうないわ」
「そうか。なら、わたしもこの剣を降ろそう。お前といると、退屈しなかった」
「ありがとう、椎名さん」
「ああ。世話になった」
椎名はクールに壇上を降りていった。戦線最強は、最後まで彼女だった。
「遊佐さん」
「はい」
相変わらずの無感情な声で返事し、壇上へ。ゆりから卒業証書を事務的な所作で受け取った。
「良い通信士だったわ。あなたがいなければ、戦線メンバーとは繋がれなかった」
「お役に立てたようで良かったです」
最後まで遊佐らしく、特に感傷的になることもなく、壇上から降りていった。ミステリアスなのは、相変わらずだ。
「岩沢 雅美!」
「はい」
岩沢が整然と壇上へ上がる。何事にも動じない彼女らしく、緊張や不慣れさはなかった。
「陽動班リーダーとしてお疲れ様」
「どーも。ゆり、お前はすげー奴だった。おかげでもう十分過ぎるほど歌うことが出来た。ありがとう」
「ええ。こちらこそ」
歌で数々の伝説を残した岩沢が降りる。ゆりが一息ついた。
「ひさ子さん!」
「はい」
クールに返事して、ひさ子はしっかりとした動作で壇上へ上がり、卒業証書を受け取った。常識人だけあって、こなれている。
「岩沢さんと共に、陽動班の創設時からずっといてくれたわね。礼を言うわ」
「ああ。ゆり、お疲れさま。こんなあたしがさ、ここではちゃんと音楽をやれてさ。ありもしない青春ってやつを取り戻せた気がして……悪くなかったよ」
ひさ子が壇上から降りる。ガルデモメンバーを守ったり、幹部と麻雀をしたり、姉御肌な人だったな。
「ユイ!」
「はい!!!」
元気な声で返事をして、ユイは壇上に上がった。
「ガルデモのファンから、努力でメンバーになれたわね。あなたのおかげで、よりガルデモが盛り上がった。助かったわよ」
「おいっす! あたしの方こそ、とてもお世話になりました。毎日が嘘みたいに充実して、楽しくて……最後には、こんなあたしを貰ってくれる人に出会えました。ありがとうございます!」
ユイは誰よりも、この世界で努力をしていた。お転婆ぶりに周囲を振り回すこともあったけれど、それも愛嬌みたいなものだったな。
「TK!」
「HEY! Graduation」
相変わらず、謎なリズムを刻みながら壇上へ上がる。まあ、お堅いのはやらないよな、こいつは。
「最後まで謎だらけだったわね」
TKが卒業証書を受け取り、壇上を降りる。彼もミステリアスというか、明かされないことがキャラみたいなものだろう。
「藤巻くん!」
「たく、長いぜ……」
藤巻が嫌々壇上へ上がる。聞いた話では、大山に誘われてなんとか卒業式へ参加したのだとか。性格上、こういう改まったことが嫌いなのだろう。木刀を持ったまま、片手で卒業証書を受け取る。
「世話になったな、ゆりっぺ」
「ええ。こちらこそ」
藤巻が壇上から降りる。
「高松くん!」
「はい」
クールな声と所作で、壇上を上がる。
「影に呑まれた時、助けられなくてごめんなさい。よく戻ってきたわね」
「ええ。私も長く戦いましたからね。随分と鍛えられた気がします」
「色々あったものね」
「最初はなんの宗教かと思いましたが……気がついたら、ここにいるのが当たり前になっている自分がいました。ありがとうございました」
「こちらこそ」
高松が眼鏡をクールに上げながら、壇上を降りた。さすがに脱がないようだ。
「松下護驒……で、いいのよね? 痩せた?」
「はい……うむ。山籠もりをしたからな」
「会った頃の体形ね。仮面舞踏会でモテていたりしていたわね、懐かしいわ」
松下五段が卒業証書を受け取った。
「メンバーのリーダー格で、頼もしかったわ」
「世話になった、ゆりっぺ」
「ええ。ありがとう」
松下五段も壇上を降りていく。実力だけでなく、メンバーから頼られるような、人柄の良さもあるメンバーだった。
「入江 みゆき」
「は、はい!」
少し緊張した面持ちで、入江が壇上へ上がる。がちがちで卒業証書を受け取った。
「演奏中はなにがあっても動じないのに、こういうのは動じるのね?」
「こ、こういうのは、苦手です」
「素人から、よくガルデモのメンバーになれたわね。お疲れ様」
「ありがとうございます。あの、もう一度指輪見せてください!」
「なによ、さっき見たじゃない」
ゆりがそんなことを言いながらも、嬉しそうに指輪を見せた。
「やっぱり、とてもお似合いです。ゆりっぺさんの結婚式、上げたかったです……」
「いいわよ、そんなこと。そんな余裕なんて、なかったし」
「えー。この後からでも、遅くないです! ドレス姿のゆりっぺさん、絶対に素敵です!」
「ありがとう。そう言ってくれるだけで、もう十分すぎるほど、幸せよ」
「うう。もったいないです……」
入江が卒業証書を受け取り、壇上を降りた。どこか弱気そうな彼女も、陽動となると卓越した演奏の技術を発揮する。ひさ子や岩沢いわく、努力家なのだそうだ。
「関根 しおり」
「はーい」
元気で愛らしい返事と共に、関根が壇上へ上がる。
「ゆりっぺさん、お勤めご苦労様でした!」
「ありがとう。あなたも、あとからガルデモへ参加させて、苦労かけたわね」
「いえいえ。ひさ子さんからの悪魔的なしごきはきつかったですけど、それ以外は楽しかったですよ!」
関根が卒業証書を受け取り、壇上を降りた。ひさ子からは軽く怒られた。お調子者な彼女らしい。
「竹山くん!」
「クライストと呼んでください」
竹山が壇上へ上がる。
「竹山くんもお疲れ様。バカばかりの戦線メンバーの中で、唯一の頭脳派で助かったわよ」
「こちらこそお世話になりました。あとクライストと――」
「えーっと、次は……」
ゆりが卒業証書を見やる。最後までクライストと呼ばれなかった。ちゃんと消えるかな、あいつ。
「直井 文人」
「ふん」
直井がポケットに手を突っ込んだまま壇上へ上がる。
「称えよ」
「嫌よ。はいこれ、卒業証書」
「ふん。まあ、いいだろう。僕は寛大な神だ」
直井が卒業証書を受け取る。最後まで、音無の言うことしか聞かなかったな、こいつは。
「立華 かなで」
「はい!」
生真面目な立華らしく、大きく返事し、きちっとした所作で壇上へ上がる。これぞ卒業生、という感じだ。
「かなでちゃん。争ってばかりでごめんね。わかってあげられれば、もっと早くに仲良くなれたのに」
「うんうん。いいのよ」
「……卒業、おめでとう」
「うん」
立華が卒業証書を受け取り、壇上を降りる。彼女は最後まで、戦い抜いた。不器用に、けれど誰よりも心優しく。
「音無 結弦」
「はい!」
先導しているだけあって、音無も生真面目に整然と壇上へ上がった。
「新米だったけど、やるわね。あたしの勘は当たっていたわ」
「ゆり。世話になりまくった、ありがとう」
音無が卒業証書を受け取る。
「桜木ゆり!」
「え? ああ、はい! って、桜木⁉」
音無の声に色々と動揺しながら、ゆりが卒業証書を受け取る。ゆりは卒業証書の文章を見て、目を潤ませた。
「……バカ」
その声は震えていて、嬉しそうなものであった。
卒業式が終わり、戦線メンバーは外へ出た。大階段のところへ集まり、最後に集合写真を撮ることにしたのだ。
俺が脚立にカメラを設置する。みんなは階段のところで、各々のポジションに収まった。「あー、かったりい」「藤巻くん、これで最後だね。僕は寂しいよ」「え? そ、そうか?」「浅はかなり……」「Graduation」「竹山。ここでは、俺に隠れて映らないだろう?」「松下さん。僕のことはクライストと――」「竹山さんの隣では、眼鏡被りです。私は移動します」「だから、僕のことはクライストと――」「しおりん、変なことしないでよ?」「ええー? 最後くらい、あたしはきちんとするぜ?」「説得力ねーよ、てめー」「だな、ひさ子」「ふん。早く撮れ、桜木」「ひなっち先輩♡ 隣になりましょう♡」「うおわっ⁉ こら、ユイてめえ、抱きつくな!」「結弦。隣、良い?」「っ! あ、ああ!」「音無さん♡ 隣いいですか♡」「……ああ」「ええー。なんかテンション下がっていません?」「ゆりっぺさんは真ん中ですね」「え? いいのかしら?」「戦線はお前が立ち上げたんだ。当然だ」「まあ、遊佐さんとチャーがそう言うなら……」ぎゃあぎゃあと騒がしい面々を、カメラに収める。いいから早く並んでくれないだろうか。
「タイマー設定するぞ。これが最後の一枚だからな!」
シャッターを押そうとする……が、その指は上手く動かなかった。
まあ、なんだ。センチメンタルだからな……こういうの、中々踏ん切りがつかなくなるんだ。
そんな時であった。音無と日向が顔を合わせ、俺のところへ駆け寄った。二人が強引にシャッターのボタンを押し、音無が俺を引っ張り、日向が背中を押した。
「桜木。良い一枚にしよう!」
音無が頼もしい笑みを浮かべた。
「お前がゆりっぺの隣だぜ?」
日向が人懐っこい笑みを浮かべた。
二人に導かれて、ゆりの隣へ落ち着く。
「春斗くん」
「これで、良かったか?」
「……うん」
俺はゆりを抱き寄せて、ピースサインをした。ゆりは顔を赤くしながらも、体をぎゅっと寄せて笑みを浮かべる。
ぱしゃり、と音が鳴った。
満開に咲く、桜の下。
俺達は、この世界を卒業した。