立華と共に教室を移動する。選択した科目は日本文学だ。晴れ渡った空の下、教科書を手に学習館を移動する。
「……あの人達」
「ん?」
立華がふらりと、どこかへ行く。視線の先には野球道具を持った戦線メンバーがいた。日向、野田、松下五段、高松(半裸)、音無の五人だ。球技祭は終わったのに、何故野球道具を持っているのか。
「あなた達。これからなにをするの?」
咎めるような、立華の声。戦線メンバーは固まった。
まあ、いつものパターンだな。
「やべ。出やがった……おい、どうする?」
音無が振り向く。逃げるかと思いきや、日向が奇妙なフォームで前へと走り出て、「野球さあああああああ! それが青春ってもんだろ⁉ なあ、お前らああああああ?」と、何故か全力の大声でそんなことを言った。
うるせえ。耳に響くっての。
「声が大きいわ……」
同じことを思ったのか、立華は無表情ではあるものの、どこか迷惑そうに言った。
まあ、ライブをうるさいと感じるくらいだ。大きな音は苦手なのだろう。
「おっと、こいつはすまねええええ! 可愛い女の子に声をかけられて、つい興奮しちまったからなあああああ!」
なんだよ、そのテンションは。
「……これから二時限目よ。野球はダメ。あと声が大きいわ」
立華がクールに言うと、戦線メンバーが固まった。しかしすぐに取り直して、音無を除く四人が「勉学こそ青春だああああ!」「勉学、勉学!」「この肉体は勉学のために鍛えてきたもの!」「ぬおおおおお! 燃えてきたああああ!」などと、騒ぎ始めた。
「あら。素直に出てくれるのね。でも、声が大きいわ」
授業に出てくれればなんでもいいのか、立華は普通に喜ぶ。
だが、俺としては気持ち悪くてしょうがない。
つーか、なんでやたら大声でリアクションが大仰なんだよ? 言動も変だし。
そんなわけで、先ほどの五名と立華と共に日本文学の授業を受けることとなった。隅の方の席をよく見ると、ゆりもいる。しかし付近の席は埋まっていたので、俺は音無の隣に座った。音無は真ん中の一番前であった。
「勉強熱心なポジションだな」
「……えっと。めっちゃ学びたいからさ☆」
音無が無理やりな高音出す。
「なんかお前ら、妙なこと企んでいるだろ」
「あー……やっぱり、わかるか?」
「日向達が狂ったテンション。ゆりは授業に出ている。そりゃ勘づく」
「まあ、気にしないでくれ。大したことじゃないんだ……」
音無がげんなりとして、ため息をつく。
まあ、いつもの豪快なオペレーションなのだろう。
チャイムが鳴り、教員が授業をする。題材は紫式部の「源氏物語」。辺りはしんと静かだ。若紫の解説に入ったところで、唐突に日向が叫んだ。
「若紫キタアあああああああああ!!!」
「い、いきなりなんだね⁉」
男子教師がびくっ、と驚く。かわいそうに。
「いえ。すいません、若紫は僕の中でスーパー萌えヒロインなので」
「若紫は十歳に満たないくらいの幼女だぞ?」
「っ⁉」
アホ日向。
「こころはまだかあああああああああ!」
唐突に叫び出す野田。男子教師はご丁寧にも突っ込む。
「別のカリキュラムだが……」
「葵……物の怪!」
野田が倒れる。
それはFGOの宝具だ。はわわわ。
「先生! 今こそ、失われた時を求めてです、先生!」
「……ギネス世界記録に乗るほどの長い小説だぞ?」
高松の叫びに教員が突っ込む。
浅い知識でボケている感がすごい。
と、ここで松下五段が叫んだ。
「こらあああ! お前ら、静かにせんか! 落ち着きのない高校生など、ガラスの十代か!……光 源氏だけに、な!」
それは光GENJIだ。
「ゆり」
授業を終えた後、一人去ろうとするゆりの後ろ姿を呼び止める。
「なによ?」
「授業はどうだった?」
「源氏物語も退屈よ。モテ男のハーレム日記でしょう?」
……だから、まあまあ間違ってはいないんだよなあ。
廊下を共に歩く。
背後に「よーい、ドオオオオオン!」「貴様、早いだろうがあああああ!」「おらあああああああ!」「この筋肉の真骨頂を見せる時がきたあああ!」とやたらとうるさい声が聞こえた。少し見ると、音無を除く戦線メンバーが全速力で雑巾がけをしていた。音無は普通の速度である。
「なにをしているんだ?」
「生徒として、普通に学校生活を送っているだけよ」
「あれのどこが普通なんだ……? やたらハイテンションだよな」
教室から立華が出てきて「騒がしいわ……」と、不思議そうに日向達の後ろ姿を見た。その視線がちらりとこちらへ向けられる。瞬間、何故かゆりが俺の右腕に抱きついてきた。
「春斗くん♡ 腕組んで歩かなーい?」
「っ⁉ いや、どうしたんだ急に?」
「ほらあ♡ こっち、こっちー♡」
「いだだだだ、引っ張るな引っ張るな!」
「きゃあああ♡ 恥ずかしい♡」
「いや、微塵も羞恥心を感じねえけど」
なんでゆりまで変なテンションなんだ……?
今日一日、戦線メンバーは妙であった。全体的に変なテンションなのだ。深夜テンションを彷彿とさせる。食堂では大山、TK、藤巻が大食いを披露してNPCを集め、ガルデモメンバーが唐突に始めたグラウンドのライブでNPCを集めている。
しかも何故か今は、そのグラウンドでNPCと戦線メンバーが体育祭を始めている。もはやなにがなんだかわからない。クラスSSSがこんな積極的にNPCと関わろうとするのは、極めてイレギュラーなことだ。
「ま、あいつらなりに狙いがあるんだろ」
俺がトイレを済ませ、廊下へ出る。
「あーあ、今日は会議が長引きそうだな……」
げんなりと独り言をこぼしながら会議室へ向かうと。
「――はい! こちら中継のゆりっぺでーす♡♡♡」
インカムを手に、全力で女子アナごっこ(?)をするゆりと目が合った。
「「……」」
降りる沈黙。
ゆりの顔があっという間に赤くなった。
「なに見てるんじゃボケええええええええええええ!」
「あぶねえ⁉ 手榴弾投げてくるな! ピン抜けたらどうすんだよ⁉」
「いっそ爆発すればいいわ⁉」
「距離的にお前ごと吹っ飛ぶっての! 爆破オチなんてサイテー!」
と、俺らがそんなコントをしている時であった。
「困ります、生徒会長!」
直井の声がした。
「すぐ戻るわ」
立華がクールに生徒会室を去っていく。なんだ?
「っ!」
ゆりが立華のあとをこそこそと追い始める。
なにかあったのだろうか。俺も立華の後を追った。
俺とゆりが駆けつける頃には、体育祭が全滅していた。騎馬戦でもやっていたのか、額に鉢巻を巻いている奴がちらほら見受けられるが、全員倒れている。
夜。月明かりの下、椎名と立華が対峙していた。ゆりが頭を抱える。
「くっ、一点して最悪の状況に……せっかく上手くいっていたのに! 春斗くん、なんとかしなさいよ、中立でしょう⁉」
「って、言われてもな」
椎名と立華という最強クラスの戦士同士が戦ったら、さすがに手に負えない。悔しいが、どっちも俺より格上だ。
椎名が立華へ向けて犬のぬいぐるみをかざす。立華は首を傾げた。
「これを見ろ」
「それがどうかしたのかしら」
「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウト!!!!!!」
何故かシャウトする。
字面にすると微妙になに言っているかわかんねえから。
「……キュート。そうだわ」
立華がぼそぼそと独り言をこぼし、歩き出す。
「なんと報告したものか」
「おい。立華?」
ふらふらとした足取りは、生徒会室へ向けられたものではなかった。俺は慌てて後をついて行った。
立華は閉鎖中の医局へ向かっていた。
「こんなところへなんの用だよ?」
俺が声をかけると、立華はクールに答える。
「あなたは来なくてもいいわ」
「相変わらず冷たいな……ここ、もう使われなくなったところだろう?」
「ええ。そうよ」
「???」
訝しながら、明かりもついていない廊下を歩く。背後から気配を感じるが、まあ言わないでおく。多分、ゆり達だ。中立たるもの、ここはどちらの味方もしない。
やがて、地下へと続く階段へとたどり着いた。立華は無言で降りていく。仰々しい金属の扉があって、立華は傍らにあったテンキーで数字を打った。
「なんだ、これ……?」
「開けるわよ」
「お、おう」
ガシャン、という重々しい音と共に扉が横へスライドして開放。
中は眩しいくらいに明るかった。穏やかな音楽が流れ、土の香りがする。
「すげえ……こんなところで、栽培しているのか」
そう。目の前に広がったのは、室内の水耕栽培場であった。立派な野菜が並んでおり、俺は目を丸くした。
立華は両手で白いカブを引っこ抜いた。それに頬ずりをする。
「素晴らしい。キュートだわ」
「……お前の可愛い、まあまあ独特だな」
俺が呆れながらも、辺りを見渡す。
「桜木くん、あなたも一緒に考えてくれるかしら」
「なにを?」
「会議を途中で抜け出して、キュートの言葉で廃部になった園芸部のカブを思い出してここまで来たことを、みんなへなんと報告するかをよ」
刹那、室内へ入ってきたゆりが頭を掻きむしりながら叫んだ。
「なんっっっじゃそりゃああああああああああああああああああ!!!」
「あらみなさんお揃いで」
「お揃いだよ、この天然がああああああああああああ! お前が思わせぶりの行動をとるからな!」
「思わせぶり?」
たしかに、戦線メンバーの主力が勢ぞろいであった。珍しく、ガルデモメンバーまでここへ来ている。
音無が扉の方を指さす。
「入口のセキュリティはなんだったんだ……?」
「セキュリティ? なんのこと?」
「あれ……? 話が嚙み合わないぞ?」
大山がすかさず口を挟む。
「テンキーで数字を打っていなかった?」
「あれは予算を打ち込んでいたのよ」
松下五段が気まずそうな表情を浮かべた。
「ただの計算機だったのか……」
ゆりがぷるぷると体を震わせた。
「お前ら一週間断食だあああああああああああああああああ!!!」
「「「そんなああああああああああ⁉」」」
戦線メンバーの絶叫が響いた。
いや、一週間断食って……地獄じゃねえか。だから、あんなにみんな必死だったのか。
今日ほど、戦線メンバーじゃなくて良かったと思う日はなかった。
後日。天上学園に餓死死体が大量に転がることとなる。
ゆりはペットボトルの水を飲みながら、やけくそ気味に言う。
「あー、水美味しい。はっ、どうせ死にはしないわよ」
バットエンドだよ、お前のせいで。