波乱のギルド降下作戦終了後。今年のゴールデンウイークはどういうわけか、イベントが多かった。そのせいで申請書が多くなり、事務作業が増量。生徒会室にて、俺はどこかげんなりとしながらノートパソコンで書類を作成していた。目も疲れるため、ブルーライトカットの黒縁眼鏡をかけている。
対面には生徒会書記こと直井 文人も同じ作業をしていた。彼は無表情かつ無言で淡々と手を動かしている。
それ以外にも三名ほど男子生徒がいて、出来上がった書類を確認したり、ハンコを押したり、必要な項目を記入したりと、各々忙しなくしている。こなさなければゴールデンウイークに支障が出るということもあって、みんな必死だ。
「――春斗くん。ちょっといいかしら?」
ゆりが珍しく生徒会室へ現れる。俺は一旦手を止めて、振り返った。直井を除く男子生徒も、ちらりと声の方へ視線を向けていた。
まあ、無理もない。クラスSSSの制服は天上学園の制服とは違うから、目立つ。その上、ゆり自身美少女なのだ。さらに目立つというものだろう。クラスに一人はいそうな美人に、良好なスタイル。まさに綺麗どころと呼ぶにふさわしい女の子だ。野郎の視線は嫌でも集める。
「珍しいな。なんだ?」
「今度のゴールデンウイークで、裏山へピクニックをしたいのよ。生徒会の許可がほしいわ」
「ピクニック? お前が?」
思わず疑いの声が上がってしまう。
こいつが素直に連休を利用してピクニックルンルンするわけがない。今度はなにを企んでいるのやら……。
「眼鏡、似合っているじゃない」
「それはどうも。眼球疲労予防のためでな。連休前だから、生徒会が忙しい。ちょうど今お前がしたように、イベント申請も多く出ている」
「あら、なんだか悪いわね」
「申請書を出すから、書いて出してくれ。そうすれば決議案の一個として上がる」
「はあ。相変わらず頭がお堅いことで」
「うるさい。オフィシャルの許可がほしいなら、オフィシャルのルールに従ってくれ」
「はいはい。わかったわよ」
ゆりが俺の隣の席に座って、書類を書き出す。
今度は別の意味で視線を集める。露骨に見られることはないものの、探られるような視線だ。名前で呼ばれたことや距離感から、ゆりと付き合っていることはなんとなくわかるだろう。
事実、そういう噂がこの天上学園に流れている。「生徒会副会長が素行の悪い女子生徒と付き合っている」「それも美人ならしい」といった具合である。無論、副会長としてはプラスに働く噂ではない。しかし生徒会で勤勉に活動したり、また教員からの信頼も厚い立華の後ろ盾もあって、そういった噂が足枷になることはなかった。まあそもそもの問題として、誰と付き合おうが別に人の自由である。それなりの信頼を得られれば、ゆりの存在がマイナスになることはまずなかった。
そうして、俺は中立としてなんとかバランスを保てている。クラスSSSのサポートをしつつ、生徒会としての地位も盤石にする。
悪い言い方をすれば、二重スパイといったところか。まあ孤軍であるにも関わらず、立華が強すぎてクラスSSSの味方をすることが圧倒的に多いがな。
「はい、春斗くん。返事はなるはやでお願いするわね」
「相変わらずせっかちだな」
「うっさい。じゃあ頼んだわよ」
「ああ」
ゆりが立ち去る。直井 文人が重いため息をついた。NPCが「副会長、噂の彼女さんですか?」と問いかけてきたが「さあ。どうだろうな」と言って、適当にはぐらかせた。NPCは意外と、こういう色恋沙汰にはよく反応する。等身大の高校生らしいが、中身が人間じゃないと考えるとやはり、どこか不気味で空々しい。
「またクラスSSSね……厄介なことにならないといいのだけれど」
夕方。生徒会面々がいなくなった後、立華が姿を現した。ゆりが提出してきた決議案を見るなり、彼女はため息をついた。
死んだ世界戦線。またの名を、クラスSSS.
神への反逆を掲げ、この天上学園の秩序を乱しまくる彼らは、秩序を守る生徒会長こと立華にとって頭痛の種である。
「どうする?」
俺の問いかけに、立華は呆れながらも印鑑を押し、自身の名前を記入した。
「桜木くんはこの日、クラスSSSに同行出来る?」
「構わないが」
「顧問の先生をつけるのは、あの人達が好まないから。代わりに見てあげて」
そりゃそうだろう。つけようとしても、あの手この手で逃れようとする。
「了解。立華はどうする?」
「念のため、様子は見に行くわ」
立華はクールにそんなことを言って、決議案を受理した。
「何故、貴様がいる。部外者であろう?」
ピクニック当日。戦線メンバーに混じっている俺を見つけるなり、野田がハルバートを喉元へ向けてきた。
「何故もなにも、こういうのは本来、顧問をつけないといけないんだぞ? 妥協案として、俺がその代わりをやっているんだ」
「ふん。ここから先は戦場だ。貴様は大人しく、生徒会へ戻って勉学にでも励んでいろ」
「戦場……?」
なにも知らされていない俺は首を傾げる。
まあ、なにかあるだろうとは思っていたが。
「なにも知らなそーだな、お前」
藤巻が呆れたように、横目を向ける。
「そりゃなにも説明されていないからな。ピクニックとしか」
俺が答えると、藤巻がけっ、と息を吐いた。
「強いから余裕ってことかよ。呑気なことだ。せいぜい殺されねーように気をつけることだ」
「……お前らサバイバルでもするのか?」
ゆりに聞いてもなにも教えてくれなかったから、本当に無知な状態である。こういう時、中立はしんどい。漏洩したら意味のない類のオペレーションなのだろう。
「はいはい、みんな注目!」
ゆりが大声を上げ、全員の注目を集める。
珍しく幹部だけではなく、ガルデモメンバーもいる。実行部隊、陽動部隊が同じオペレーションに参加するのは珍しいことだ。
「じゃあみんな。思いっきり楽しんで、良い思い出作ってこいよー! おー!」
ゆりがはしゃぐ子供のようにそう言うが、戦線メンバーのテンションは低い。むしろ何故か全員が引きつった表情で「お、おー……」と声を上げていた。すごいテンションの落差だな。
日向が呆れたように肩をすくめ、音無の肩を軽く叩いた。
「たく、ゆりっぺの奴……どんなピクニックになるやら。行こうぜ、音無」
音無が困惑気味に「あ、ああ……」と返事をした。あまり元気がない。
「ゆりと遊佐は来ないのか?」
俺がリュックサックを背負っていないゆりと遊佐にそう声をかけると、ゆりがこくりと頷いた。
「あたしと遊佐さんは今回のオペレー……ピクニックには参加しないわよ」
オペレーション言いかけているっての。
この二人は監視役になることが多い。
「そっか。じゃあ、行ってくるな」
「ええ。楽しんできなさい」
ゆりの可愛らしい笑みと、遊佐の無表情に見送られながら、俺と幹部、陽動部隊は森の奥へと進んでいった。
森林浴と呼ぶにふさわしい、ピクニック日和であった。空は晴れ渡り、風が心地よい。鳥のさえずりや、木々の葉がこすれる音がヒーリング効果を生んでいた。森の中を歩くだけでも、心が洗われるようだ。デスクワーク漬けであった俺からすると、まあまあ良い気分転換になった。
「まさに森林浴だな。大地の恵みってやつだ」
俺が言うと、前を歩く日向が肩をすくめた。
「死後の世界だけどな」
隣を歩く音無が辺りを見渡す。
「本当によく出来ているよな。大自然を再現している」
「森の空気を吸って、記憶でも戻らないか?」
俺が冗談交じりに言うと、音無は首を横に振った。
「いいや。懐かしい感じもしない。生前は都会暮らしだったかもな」
そんな会話を交わしていると、やがて見晴らしの良い場所へとたどり着いた。高松の提案により、ここで休憩することとなる。レジャーシートを敷き、風に飛ばされないよう石で抑え、荷物もその上へ置いた。
「ピクニックっぽいや。寝そべっているだけでも、気持ちが良いよ」
大山が草原の上で豪快に寝そべり、そう言った。「うむ。そうだな」と松下五段も寝そべり、同意した。
「これだけの人数です。これで遊びませんか」
高松がバレーボールを取り出す。大山が「いいね! 賛成!」と無邪気に喜ぶ。
幹部全員で適当に円で囲む。高松が「始めますよ!」と言って、ボールをトスした。ふわり、と白い球体が宙を柔らかく舞う。
「音無!」
松下五段がボールを返球。ふわりと上がったボールを、音無もトスした。
「えーっと……じゃあ、イケパイ! 頼んだぜ!」
なんだそのあだ名。誰のことを言っているんだ。幹部連中も同じことを思ったのか、藤巻が「イケパイ……?」と怪訝そうな声を上げた。
音無はより一層、上へボールをトスする。野田の方向へボールが飛んだので、イケパイとは野田のことを言うらしい。どういうこっちゃ。刹那、野田が不敵な笑みを浮かべた。
「よし、もらった――死ね! 桜木!」
野田が勢いよくジャンプし、ボールをアタックしようとした刹那――ボールは凄まじい音を立て、爆発した。
「ふぎゃあ⁉」
野田は一瞬にして火だるまになり、真っ黒い物体となって地面へずどん! と落下した。
「えええええ⁉ 野田くん!」
大山が驚愕の声を上げると、高松がクールに眼鏡を上げた。
「ふっ。やはり、アタックで来ましたか」
「高松! お前が仕掛けたのか⁉ イケパイが黒焦げじゃないか!」
野田と仲が良いからか、音無が怒って高松へ詰め寄る。俺はそのあだ名についていけないんだが。パワーワードにもほどがある。
高松は不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。ギルドに頼んだら、一週間で完成させました。名づけて「アタッカー・キラー」です」
「名の通りのトラップだな……」
音無がげんなりとする。
「また真っ先にやられやがって、野田の奴」
藤巻が木刀で死体となった野田を突っつきながら言う。野田はぴくりとも動かない。死んだようだ。
「どうでもいいが。しれっと出てきたあだ名の癖がすごいんだが」
俺が言うと、大山も同意して「僕もそのあだ名についていけていないよ……野田くんのこと? というか、どういう意味?」と首を傾げた。
「イケてるおっぱいの略だぜ?」
音無が真顔で言い返す。
なんでツッコミ役のお前がボケに回ろうとするんだよ。
「たしかに野田の胸筋はすごいが……まあ、いいか」
俺がそう言った後、松下五段が高松を攻めるように声を上げた。
「なんてことをしてくれたんだ、高松よ」
「え? 今回はそういうオペレーションですよね? この中の誰かが、悪魔になるという」
「むう。まさにそうだが……」
大山が体を震わせて「ううう。怖くなってきたよ……!」と怯えた。日向がため息をつき、俺の肩を叩く。
「ま、こういうことだ。桜木よ、これでもついて来るか?」
「ようするにデスゲームか。相変わらず、派手な作戦だな」
「驚かないのか?」
「ゆりの考えることだ。これくらいのことは、受け入れないとな」
「なんつーか、お前もアホだよな……恋は盲目って本当だ」
日向が遠い目をしてそんなことを言った。失礼な。
「なあ。岩沢と関根を知らないか?」
ひょっこり現れてそう問いかけてきたのは、ひさ子であった。その隣には入江もいるが、関根、岩沢の姿がない。
「はぐれたのか? こっちには来てないと思うぜ?」
日向がそう返事をすると、ひさ子は柳眉を曲げて「そうか」とため息をついた。
「嫌な予感しかしねーぜ……」
ひさ子が肩をすくめる。まあ、関根の方は目を離せばなにをするかわからないが……。
「ふむ。この辺りは結構広大だ。手を貸そうか?」
松下五段の提案に、ひさ子がこくりと頷いた。
「そうしてもらえると助かるね。この調子じゃ、トラップの一つや二つ、仕掛けられてそうだし。何人か来てくれないか?」
入江が一瞬びくっとして「ええっ。見つからないかな、しおりん……」と、なにかボソボソと言っていたが、よく聞こえなかった。
「藤巻も来ないか? それと、桜木も」
松下五段がそう言って誘ってきた。
「俺?」
「うむ。非常事態には強いだろう、お前は」
「それはどうも。見つけられるかはわからないが、俺でいいなら」
藤巻の方は木刀で肩を叩きながら「ま、ひさ子と松下五段の頼みなら断れねーな」と言ってついてきた。
そんな感じで俺、藤巻、松下五段、ひさ子、入江と変わった組み合わせのチームが結束された。
ちなみに会話をしている間に、バトミントンをしていた大山が高松を葬っていた。科学部に頼んだ「レシーバーキラー」ならしい。日向が「科学部すげえええ!」と大袈裟にリアクションする。まあでも実際、すごい。どこにそんな技術力があるのか。
戦線メンバーはこうして、早くも二名が脱落した。
入江が「こちらの方角へ向かっていったのを、見かけました」と言っていたので、俺達は素直にその進言通りついて行く。
「しっかし、本当に大自然だな。学園の外って、こうなっていたのか」
あまり学園外へ行ったことがないのか、ひさ子がそんなことを言った。まあ、モンスターストリームは実働部隊がやるし、陽動部隊は中々外へ出る機会がないのかもしれない。
辺りはひさ子の言う通り、まさに大自然。背の高い木に、空を覆いつくすほどの緑。木々のさざめきが自然の豊かさを物語っている。
「でかい熊がいるから、気をつけろよ。食われるからな」
俺が言うと、入江が「ええ?」と声を上げた。
「そ、そうなんですか?」
「ああ。まあ、学園にまで降りて来ることはまずないが、この世界の森の頂点は熊だ」
入江の顔が青くなる。
「こ、この辺りに熊さんはいないですよね……?」
「普通に出るぞ」
「えええええっ⁉」
「たまにNPCが食われている」
「食われているんですかっ⁉」
「嘘だけど」
「って、嘘なんですか!」
「もっと言うと、熊が出るってのも嘘だ。いるにはいるが、危険地帯――奥地へ行かない限り、遭遇することはまずない」
「イジワルです……」
「そんな物騒なものが出るなら、学園の許可なんて出るわけないだろう?」
「ぐすっ。騙されました。桜木さんは嘘つきです。もう信じません」
入江がふてくされてそっぽを向く。「おい、入江を弄ぶんじゃねえよ」と、ひさ子の恐ろしい声が聞こえる。弄ぶとは失礼な。
「っ⁉ 待て、近づくな!」
先導する松下五段の声に、その後ろを歩いていた入江が立ち止まる。
「え??? 松下さん?」
刹那。松下五段の四肢に、伸びた太い蔦が絡みつく。瞬く間にきつく結ばれ、松下五段は手足を伸ばされるような形で、宙に吊られる。上へ上がるにつれて、蔦はピンと張り、松下五段の体を引き裂かんばかりに引っ張っていく。
「松下……! 今、蔦を切る!」
「桜木、無理だ! 間に合わん――ぐおおおおおおおっ⁉」
ぶちぶち、と生々しい音を立てて松下五段を四肢が引き裂かれる。まともに見てしまった入江が思わず、その場でうずくまってえづいた。ひさ子が慌てて駆けよって、その背中を優しくさする。
「すげえな、今の。内臓丸見えだったぞ」
俺が素直な感想をこぼすと、ひさ子がジト目を向けた。
「まともに見て平然としていられるアンタもすげえけど」
「それはどうも」
「褒めてないっての」
藤巻がうつむいて、肩を落とした。
「すまねえ。俺が園芸部に頼んで作ってもらったトラップだ……」
「お前もかよ」
「映画のようなワンシーンでって言ったら、完璧に再現しやがった」
ひさ子が立ち上がり、大声を上げた。
「園芸部すげえええ――って、あたしに言わせんな!」
「ぐほうっ⁉」
俺の腹を殴ってくるひさ子。
「こういう天丼ネタはアホ日向の役割だろーが!」
「だからって何故俺を殴る……」
「入江を弄んだから」
「弄んだ言うなっての……」
ゆりといい、こいつらのノリが時折理不尽な時がある。
「にしても、本当にこっちの方向で合っているのか?」
歩きながら俺がそう言うと、入江がびくっと肩を跳ね上げた。
「ぎくっ」
「ぎく?」
「い、いえ! なんでもありません! お気になさらず!」
ひさ子が辺りをきょろきょろと見渡す。
「あの二人、遭難とかしてねーだろうな」
心配になってきたのか、そんなことを言う。入江がまたびくっとして「ううっ。良心が痛むよう……」ボソボソとなにか言っているが、よく聞こえなかった。
「川か……」
先導する藤巻が、そんなことを言った。水が苦手だったか。
「きれいな川ですね。流れも穏やかです」
入江がとことこと川へ近づいて、手を入れた。
「わっ。冷たいです! 足だけ、ちょっと入ってみようかな……」
はしゃぐ入江を見て、ひさ子が「たく。川ではしゃぐなんて、子供じゃねーんだから」と言いながら、入江と一緒に浅瀬へ入り、じゃれ合い始める。生足だけ晒して川に入る美少女二人の絵面は中々に絶景であった。
その様子を見た藤巻が「けっ。これだから女はな……」と言って、少し離れたところへ移動した。川へ近づきたくないのだろう。
「ん?」
川から透明な糸が宙を舞うのを視認して、思わず身構える。その糸は瞬く間に藤巻の足へと絡みつき、凄まじい力によって引っ張られていく。
「うおっ⁉ なんだ!」
藤巻はものすごい勢い川へ引っ張られていく。思わず俺は駆け寄った。
「手を伸ばせ!」
「桜木⁉ くっ、そ! 届かねえ……!」
藤巻は宙を舞い、川の中流へ引きずり込まれた。金槌ということもあって彼はあっという間に溺れ、溺死。ぷかぷかと浮かぶ藤巻の背後に、シンクロナイズドスイミング部の足が煽るようにリズムよく舞った。
ひさ子がノリ良く叫び出す。
「シンクロナイズドスイミング部すげええええええ――って、言わせんな!」
「がはあっ⁉」
また、何故か俺が殴られる。
「ボーっとしてねーで、たまにはお前もツッコミを入れろ!」
「キャラじゃねえんだよ……」
「てめーだけクールキャラだってか? あーん?」
「お前は凶悪なキャラだよな」
「グーパーンチ!」
「ぐほうっ⁉」
また腹を殴られる。んだよ、その掛け声⁉
「たく。逃げるぞ、入江!」
「は、はいっ!」
「桜木もだ! あぶねーだろ、この辺り。早くしろ!」
「お前のグーパンチのせいで上手くうごけねえんだよ……」
俺は腹を抱えながら、なんとかひさ子と入江について行く。
川を離れ、再び森の中へ駆け込む俺、入江、ひさ子。
「この辺りまで来れば、大丈夫だろ」
川からは大分離れたので、そう言ってやる。しばらく三人で休憩した。入江が重いため息をつく。
「いつまでこんなこと、続くのでしょうか……」
ひさ子が肩をすくめた。
「生き残った誰かが悪魔になるまでってことになっているな」
「恐ろし過ぎます……」
「安心しな、守ってやるから」
「ひさ子さん……」
ポンポン、と頭を撫でるひさ子に、入江ははにかんだ。相変わらず仲良いな。今回のオペレーションの内容的には、お互い敵同士なんだがな……。
「それに。実力だけは本物な桜木もいるし。なんとかなるだろ」
「だけってなんだ、だけって」
俺がすかさず突っ込む。
「あたし達のこと、守ってくれんだろ?」
ひさ子がそんなことを言う。
「まあな」
「あのゆりの男なんだ。頼れるヒーローじゃねえとな。それくらいじゃないと、相応しい奴だとは言わせないぜ?」
「そりゃハードルが高いことで……」
そんな会話を交わしていると、遠くから「おーい」と日向が呼ぶ声がした。振り返る。随分と人数が減っていて、日向以外には音無しかいなかった。
俺達三人は見合わせ、二人と合流する。
「みんなは?」
俺が問いかけると、日向は首を横に振った。
「トラップにやられちまった。そっちもそうなのか?」
「ああ。松下五段も藤巻もやられた」
「そうか……でも、お前はさすがだな。ギルド降下作戦もゆりっぺを守りきったし。すっかりレジェンドな男だ! たく、敵わねーぜ!」
日向が大仰に俺を褒めて、小突いてきた。
あ、これ、例のアレの流れだ。
俺も負けじと日向を小突いた。
「そういう日向も生き残っているじゃねえか! いよ、さすがは創設メンバー! 年季と格が違うなあ⁉」
「なんだよ、照れるじゃねえか⁉ いてて、変なとこ小突くなよなあ⁉ この、この!」
すると音無も入ってくる。
「ようするに、二人とも最強ってことだな!」
日向が音無を小突き始める。
「お前だってギルド降下作戦最後まで生き残ったじゃねえか!」
俺も音無を小突く。
「いよ、大型新人!」
「「「あははははははは」」」
三人でキャッキャウフフした。
「……」
入江が目を逸らしてドン引きしていた。
「キモすぎるぜ」
ひさ子もドン引きしていた。
まあ、冗談はここまでにして、俺達は来た道を引き返すことにした。
刹那、ピーという音がして、日向が網に引っ掛かり宙を舞う。
「うおわっ⁉ なんだ???」
「日向!」
音無がすかさず手を伸ばそうとするも、間に合わない。どこからか現れた無数の矢が日向を四方八方に貫き、血が滝のように網からボタボタと零れ落ちる。
「なんだってんだ、一体……」
ひさ子が落ちていた矢を拾う。
が、矢だと思われていたそれは、漫画で使われるペンであった。
「弓道部じゃない……⁉ マンガ部すげええええええええ――って、言わせるな!」
「あぶねえ⁉」
今度は間一髪でよける。
「ちっ。不意打ちとはいえ、さすがに避けられるようになってきたか」
「当てる気満々かよ、もはや殴りたいだけだろ⁉」
「ただのツッコミだぜ?」
「お前らの漫才がバイオレンスすぎる!」
俺がひさ子から逃げていると、音無が「ここから離れないか?」ともっともな提案してくる。
その場から離れようとした瞬間、別の声がかけられた。
「――あなた達がやったの?」
立華であった。音無、ひさ子、入江がびくっ、と震えあがる。
「現れやがった……!」
音無は身構える。
「たく、こんな時に」
ひさ子は入江を庇うように、前へ出た。
平然としているのは俺だけだ。
「やっと来たのか、立華」
立華は血まみれになった日向を見つめる。
「これはなに? ひどいわ」
「クラスSSSは今、狂ったように殺し合っているようだぞ?」
「どうして?」
「さあな。悪魔にでもとりつかれたんじゃないのか?」
俺が冗談めかしつつ、露骨に誘導する。すると立華は顎に手を当て、思考する。
「悪魔……ついに現界したのね」
「なに?」
「なんでもないわ。あったとしても……あなたが踏み入れていい世界ではないわ」
妙に意味深なことを、立華は言った。
何故かちょっとだけ嬉しそうというか、楽しそうに見える。
……天然め。
「関根、てめええええ! 全てはお前の仕業か!」
「ぎゃあああ⁉ 逃げろおおおおお!」
開けたところへ出るなり、ボロボロの岩沢と元気いっぱいな関根を見つけ、ひさ子が関根目掛けて走り出す。鬼のような形相であった。
「何事だ?」
岩沢が首を傾げる。
「いや、岩沢のボロボロ具合も何事なんだ……大丈夫か」
「途中、何度か転んだのさ」
「音楽の話でもしてただろ、さては」
「よくわかったな。関根が作曲に興味あるって言い出してな」
「なんかもう、色々と酷いな……」
やがてひさ子に関根が捕まり、関節技を決められる。
「いだだだだっ⁉ ちょ、ひさ子先輩、暴力反対です!」
「てめーが岩沢をはめようとしたからだろうが!」
「そういうオペレーションですから⁉ あと、この辺危ないです!」
「あん? まだなにかあるってのか?」
ひさ子が手を離す。
刹那、かこん、という音が鳴る。
「ひさ子、危ねえ!」
俺がほとんど反射的にひさ子を突き飛ばし、高い木から落ちてきた「なにか」を代わりに被る。
そこから先の記憶は、ない。
空の色が夜のように暗くなり、桜木の体が漆黒の闇に包まれた。
「なんだ……? 桜木?」
困惑した音無が、茫然と呟く。
刹那、桜木が近くの人間へ襲い掛かった。慌てたひさ子が関根を身代わりにせんと突き飛ばす。
「わりぃ、関根。自業自得だ」
「どわあああ⁉ ちょ、ひさ子先輩、あたしを囮にし――」
言葉は続かなかった。
関根は桜木に吹っ飛ばされ、口元へなにかを突っ込まされる。関根はショックであっという間に気を失った。
「なにかを食わされている……?」
岩沢が首を傾げる。
立華は眉をひそめた。
「なに、あれ?」
音無が目を丸くする。
「あの天使が動揺している……?」
「――ついにこの世界に、天使以外の人ならざる者が誕生したのね」
「うおっ⁉ いたのか、ゆり」
「オペレーション・デーモンピクニック。順調そうでなによりだわ。クックックッ、我ながら完璧な作戦だわ。うふ。ふふふ。あーはっはっはっ!」
「……その完璧な作戦のおかげで、戦線メンバーのほとんどが死んだのだが」
音無が皮肉を言うも、ゆりは不敵な笑みを浮かべ、上機嫌そうに喋り続けた。
「あれはまさに悪魔。神の遣いである天使の手に余るはず。さあ呼びなさい――神を!」
音無がはっとして、闇に包まれた桜木を見やった。
「なるほど、そういう作戦だったのか。あの姿はたしかに人ならざる悪魔を彷彿とさせるが……曲がりになりにも、ゆりにとっては恋人が悪魔堕ちしたんだから、心配ぐらいしないのか?」
「心配? なにを言っているの、むしろさすがはあたしの春斗くんと褒めたいところよ。彼の功績によって、戦線の悲願を達成するのだから……!」
「ヤンデレヒロインを目指しているのか? ゆり……」
サイコパスなゆりに、音無がドン引きする。自分だったらこういう人を恋人にしないでおこう、と心中でこっそり誓った。
「って、あれ?」
ゆりが首を傾げる。
というのも、立華がとことこと普通に悪魔――桜木へ向かって歩いていったからだ。
「ちょっと、神よ神⁉ 神呼びなさいよ! 敵は悪魔よ!」
立華はそれに答えず、右手を宙へ掲げる。
「悪魔。この右手がうずいていたのも納得だわ。でも、再び第三世界へ封じ込めてあげる。闇を浄化する聖なる力。悪しき魂と因果を断ち切る剣よ、光を導くためこの身に宿れ――ハンドソニック!」
仰々しい口上と共に、ガードスキルを発動させた。
「長い! 今までそんな出し方してなかっただろ⁉」
ゆりが思わず突っ込む。
立華と桜木が対峙する。天使と悪魔。この世ならざる魂がぶつかり合おうとしていた。が、そこに神はいない。おいてけぼりである。ゆりは「ええー……」と展開についていけず、茫然と呟いた。
「ゆり。どうなるんだ、これ……」
音無が聞くと、ゆりが「いや、あたしが聞きたいわよ」と返した。
立華と桜木の戦いが始まる。猛スピードで振り上げられるハンドソニックを桜木が回避し、立華の頭をがしっと両手で掴んだ。瞬間、大振りで桜木は立華をぶん投げる。立華の体はゴミのように宙を舞い、闇の空へと消えていった。
「ええええええええ⁉」
ゆりが大声を上げる。岩沢が「ひょおー。すっげえ」と感心した。
「おい、なんだあれは?」
復活した野田が、桜木を指さしながら、別の方角から現れる。音無が大きな声で応答した。
「イケパイ! 怪我は大丈夫か?」
「あの程度の怪我、なんともない。そしてこれはおっぱいではない!!!」
などと強がった瞬間、闇に包まれた桜木に吹っ飛ばされた。野田は大したリアクションも出来ず「ごはあああ⁉」と悲鳴を上げて倒れた。関根同様、口には腐ったレバーが入れられている。
「イケパイいいいいいいいいいいいいいい⁉」
音無が叫ぶ。入江が「音無さんって、こういう人でしたっけ……」と言って、岩沢が「さあな?」と、肩をすくめた。
続けて日向が現れるも「いててて。ひでー目に遭ったぜ。って、なんだ? なんの騒ぎ――ぐはあああ⁉」と雑魚死した。
「日向あああああああああああああ!?」
音無が再び叫ぶ。
「完全に暴走している……!」
ゆりが戦慄したように声を上げる。
刹那、桜木の瞳がゆり達の方へ向けられ、四足歩行で駆け寄り始めた。
「って、こっちに来る⁉」
慌てて逃げる一同。ひさ子が大声を上げた。
「ちょっと、ゆり! どうすんのさ、これ⁉」
「知らないわよ!」
背後からのプレッシャーが尋常ではない。
音無が悲痛なツッコミを叫んだ。
「悪魔じゃなくて、ただのモンスターじゃねえか!」