舞台は音無ルートです。
前編後編で分けていますが、一話一万文字越えと少し長めなので、お時間がある時に。
屋上でゆりと共に、情報共有をしていた。
イレギュラーな事件……オペレーション「モンスターストリーム」の後に巻き起こった、立華の分身の暴走により、一時この世界は分身天使の支配下に置かれる危機に陥ったが、戦線メンバーの尽力により、これを阻止。
死後の世界は再び平穏な日常を取り戻したが……代償がないわけではない。立華の人格は、かつてのものとは異なり、好戦的な分身天使のものとして、目覚めてしまったのだ。
現在、戦線は厳戒態勢の元、活動中。
そして生徒会副会長である俺は、新たな天使の様子をよく観察し、ゆりへ報告する役割を担っている。
まあ、その印象を正直に話してしまうと……。
「ほとんど以前と変わらないぞ」
言われないと、分身天使の人格だということはわからない。
というか、うっかり音無を「結弦」と呼んだことから、十中八九以前の立華だというのが、俺の正直な見解である。
あれがハーモニクスにより生まれた、別人格だとはどうしても思えない。
「で、そっちは?」
ゆりへ話を促す。戦線メンバーの一人、音無は立華と協力関係にある疑惑がある。ゆりは現在、音無の様子を探っていた。
「この間見つけた時は、陽動部隊のサポートメンバーにジャーマンスープレックスをかけられていたわね」
「ジャーマン……なんだって?」
「ジャーマンスープレックス。知らない? プロレスの技よ」
「いや、全然知らねえし、なんで音無がその技をかけられているんだ?」
「さあ? 知らないわよ。可愛い女の子に投げられる趣味でもあるんじゃない?」
「んなアホな……」
あのクールな音無に、そんな変態趣味があるとは思えない。
「つーか、真面目に聞いているんだが」
「他に得るものがなかったのよ。仕方ないじゃない」
「そうか。ちなみにそのサポートメンバーって誰だ?」
「ゆいよ」
「……ああ、あいつか」
球技祭の時、同じチームだったし。音無と仲が良いのだろうか。そのジャーマンなんたらをかけるくらいには。
いや、どんな仲だよ……。
「相変わらず、事態がよくわからないな……」
「それにしても。あなた、どこか元気がないわね」
「え? そうか?」
ゆりが腕を組んで、鋭い視線を向けてくる。
「あの分身天使がいなくなってから、気落ちしているように思えるけれど」
俺は思わず、その場でずっこけそうになった。
「んなわけあるかよ」
「そう? 良い雰囲気になっていたけれど」
「だから、なってないっての。前にも言っただろ」
「ふうん。そう。ま、どーでもいいけど」
ゆりがじと目を向けてくる。なんでこの件、こんなに引きずられているのか……。
「ゆり。そんなに俺が、その、余所見しているように見えるのか……?」
「知らないわよ、そんなこと。ただ……」
「ただ?」
ゆりが顔を赤くして、そっぽを向いた。
「ちょっと、からかってみただけよ……。ふん」
小声でぼそっと言うゆりを、俺は愛おしく感じた。胸が高鳴る。今この場は、二人きり。ゆりを自分のものだけにすることが出来る。
「俺は、ゆりだけを愛しているぞ」
「そ、そんなこと、いちいち言わなくていいわよ。勝手にしなさいよ」
俺は一歩、ゆりへ向けて踏み出して――。
「良い雰囲気なところ失礼します。緊急事態です」
「「っ⁉」」
色んな意味で驚いた俺とゆりが、ぎょっとして現れた遊佐の方を見やる。
「ゆ、遊佐さん。別に良い雰囲気じゃないけれど、どうしたのかしら?」
声が裏返りながらも、ゆりが問いかける。
そして遊佐は、衝撃的なことを口にした。
「野田さんとTKさんが、磔にされていました。心臓を一突きです」
突如として起きた事件に、緊急招集がかけられた。陽動部隊を含め、幹部と俺も校長室へと集まる。意識が戻った野田とTKもいた。
「緊急招集ってなんだよ。これ以上、なにが起きるってんだ……」
直井文人、分身天使とイレギュラーな事件が立て続けに起こったせいか、ベテラン幹部である藤巻も、どこかうんざりしたようにそう言い放った。
ゆりがいつものリボン付きベレー帽をかぶり、司会をとる。
「我が戦線メンバーが、磔にされて殺されていたのよ」
「「っ⁉」」
メンバーが息を飲む。
あまりに物騒な話に、戦慄が走っていた。
「磔とは、悪趣味な……天使ですか」
高松が眼鏡を上げて、真っ先に声を上げる。
「僕たちと一緒に釣りをした天使じゃない、分身の方の天使なら……やりかねないよね」
大山が青ざめた顔でそう言った。
直井は机の上に足を置き、高慢な態度でため息をつく。
「ふん。どこの間抜けがやられた?」
「貴様! 誰が間抜けだ!」
野田がハルバートの切っ先を直井に向ける。直井は「ふん。そんな原始的な武器で、僕を倒せるとでも? 全く、愚かな下民だ」と言って、野田をきっと睨みつけた。ゆりが子供をあやすように、両手を叩く。
「はいはい、ケンカしない。被害者は野田くんとTKよ。病み上がりのところ申し訳ないけど、その時の状況を話してくれるかしら」
野田が神妙な表情で口を開いた。
「背後からいきなり刺されたから、相手の顔は見ていない。だが……あれは間違いない。天使の仕業だ」
これには音無が立ち上がった。
「ま、待てよ⁉ 野田、なんでそんなことが言いきれるんだ?」
「俺は見たんだ。自分の胸を貫く、あの刃を」
「あの刃って……まさか」
「そうだ。ハンドソニック……異能の刃だ」
ゆりが口元に手を当て、軽く唸った。
「ANGEL PLAYERによるプログラム、ね。たしかに、そんなことが出来るのは、この世界で天使しかいないわね」
「そんな……! なにかの見間違いじゃないのか?」
音無が激しい動揺をあらわにして、野田に問いかける。
「すまない、音無……俺にはどうしても、天使の仕業にしか思えない。あの刃は間違いなく、ハンドソニックのものだったんだ」
「じゃあ、磔にしたのは? それもあいつの仕業だっていうのか⁉」
「その頃には意識を失っていた……」
松下五段が腕を組み、難しい表情を浮かべた。
「磔にしたのも同じ人物だと考えるのが、自然だろう。今の彼女は、もう以前の彼女じゃない」
日向が肩をすくめた。
「いろんなのがごちゃごちゃになっているから、そんな狂った通り魔のようなことをしても、おかしくないってか。あーあ、面倒な世界になっちまったぜ」
音無がどこか納得していないように顔をうつ向かせたが、それ以上はなにも言わなかった。
「TKは?」
ゆりが問いかけると、TKは「Der Freischutz」と答えた。まあ、彼の返答は最初から期待されていない。
「どーでもいいが、また真っ先に野田がやられたのか」
藤巻が言うと、野田が動揺して反論する。
「ま、待て。今回はTKもやられている」
「どっち道ビリレースには参戦しているじゃねーか……」
もはや野田のやられ芸はなにかのフリになりつつある。
ゆりがみんなを見渡した。
「これからはより一層、天使への警戒を強くして。常に武器は携帯すること。軽率な行動と単独行動は出来るだけ避けること。じゃないと、次殺されるのは自分自身よ。陽動部隊もしばらく護衛はつけるけど、十分に警戒して。身の危険を感じたらすぐに逃げること。質問は?」
「磔にされていたというのは、具体的にどういう状況だったんだ?」
音無が質問をする。
これにはゆりの隣に佇む、遊佐が事務的に答えた。
「木へ縫い込むように鋭利なナイフで突き刺していました。まるで野田さんとTKさんが処刑されたかのような、異様な光景でした」
「……処刑、か」
音無は顎に手を当て、思考する。
……まあ、やっぱり、そこが引っ掛かるよな。立華がやったとして、何故そんな意味不明なことをするのか。
そもそも、何故「磔」なのか。
まるで俺達がなにかの罪を犯したかのようだ。
「他に質問は?」
「「「……」」」
「ないわね。以上、解散!」
幹部、不安そうな表情をした陽動部隊、と各々が校長室を後にする。音無は座ったままで、日向が軽く背中を叩いた。
「行こうぜ、音無さんよ」
「ああ」
「天使の猛攻が過激になっちまったな。参ったぜ」
「かなではこんなことしねえよ!」
「っ⁉」
突然大声を上げる音無に、日向は目を丸くした。
「す、すまない」
だが、音無はすぐに謝った。日向は人懐っこい笑みを浮かべて、音無の首に片手を回す。
「天使ちゃんと仲良かったもんな……わりぃ、今のお前にとっちゃ、色々ときつい話だよな」
「いや、いいんだ。もうかなでは……戦線の、敵なのだから」
そんな会話を交わしながら、音無と日向が去っていく。
「やっぱり違和感があるよな……」
俺が言うと、ゆりはこくりと頷いた。
「その矢先に、こんなことが起きるなんてね」
「結果として、立華が凶悪な人格になった、と戦線メンバーが確信することになったが……」
遊佐が俺とゆりの会話に入った。
「お二人共。しっくりきませんか」
ゆりが椅子をぎしりと鳴らし、頭の後ろで腕を組んだ。
「まあね。遊佐さん、音無くんの監視は一旦解除して」
「いいのですか?」
「彼の動きは気になる。けれど一旦、この事件の真相に迫らないといけないわ。情報が少なすぎる」
俺は少し考えて、校長室を出ようと出口へ向かった。
「ちょっと、幹部の奴らを追いかけてくる」
校長室を出たばかりだったので、緊急招集されたメンバーはまだ廊下を歩いていた。小走りでみんなの元へ追いつく。
「――お、桜木。そういや、一緒にいるお前はどうなんだ?」
日向が俺の姿を見つけるなり、そんなことを言った。どう答えたものか少し迷いつつ、素直に答える。
「あんまり前と変わってねえ気がするけどな。表面上は」
「へー。そうなのか」
「けど元々、クールな奴だしな。変わっていたとしても、わかりづらいのかもしれない」
当たり障りのない回答。そして外へ出ると、聞き覚えのある女子生徒の声が「あ、先輩!」と音無を呼び止めた。
「あれ、ゆいじゃん。なにしてんだ、あいつ」
日向が目を丸くする。ゆいは金属バットを持って、運動着姿であった。何故だろう。と、ここで音無が申し訳なさそうな表情を浮かべて、謝りだした。
「悪い、ゆい。厳戒態勢になるらしいんだ。また、今度な……」
「ええー。この間の件が落ち着いて、もうすぐ解除されそうだったのに、また厳戒態勢の命令ですか。まあ、緊急招集って言っていましたしね……なにかあったんですか? 分身天使は消えたんですよね?」
その質問に、日向が答えた。
「分身は消えても、オリジナルの人格が消えちまったからな。数は一体になったとはいえ、好戦的なのは変わってねーんだよ」
「なるほろ……。なんだか大変ですね……」
「なに他人事みたいに言ってんだよ。つーかお前、音無になんか迷惑かけてんじゃねーだろうな。人に迷惑かけるなって言っただろ。もう忘れたのか」
「かけてねーよ」
瞬間、日向がキレて関節技を決め出した。
「てめー、またそういう口の利き方をしやがって!」
「ぎゃああああああ! いだい、いだい、いだい! やめてください! 天使と戦えなくなりますううううう!」
「んな期待、最初からしてねーよ!」
「してくださいいいいいい⁉ あたし、めちゃ強いですからあああああああああ!」
「なんの冗談だ、それは」
日向がゆいを開放する。ゆいはシュッ、シュッ! と空を拳で切った。
「あたし、鍛えていますので」
「腕立て二十回で根を上げた奴がなに言ってんだよ」
「そ、それは過去の話ですから! 日々成長しているので!」
「なら、そのご自慢の腕で俺を倒してみろよ」
「うおりゃああああああああ! 積年の恨みをくらえやああああああああ! 死ねええええええええええええええ!」
私怨全開で日向へ向けハイキックをかますゆい。だが、日向はそれを瞬時に回避して、再び関節技を決めた。
「ぎゃああああああああああああああああ! ギブギブギブ、あたしが調子に乗りましたああああああああああああ!」
仲良しコンビのいつものコントに、音無は小さく笑い声を上げた。
「――なあ、日向。そいつ、借りてもいいか?」
事の成り行きを見守っていた岩沢が、そんなことを言った。
そいつ……というのは、ゆいのことを言っているのだろう。
「え? 別に貰ってねーけど」
「いだだだだだ、なら、開放しろやごらああああああああ⁉」
「はい、調子に乗ったー」
「ぎゃああああああああ⁉ タップタップ、マジで死ぬからあああああああ!」
「たく。ほらよ」
ぱっ、と話す日向。ゆいが涙目になりながら、岩沢の影に隠れた。
「ううう。岩沢先輩、ひなっち先輩が鬼です……」
「まあでも、意外だ」
「意外?」
「日向の奴がこんなに感情的なのは、初めて見る。創設からずっと見てきたが、他人と一歩距離を置く奴だからな。もしかすると、ゆいには心を開いているのかもしれない」
日向がうげ、と唸った。
「なんだよ、その冷やかしみたいなの。こいつがうぜーから、ぶっ飛ばしているだけだっての」
「岩沢先輩、あの関節技を食らったことがないから、そんなこと言えるんですよ。めちゃ痛いですから」
二人が息ピッタリにお互いを突き放し合う。仲良いなあ。
「そうか? まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
岩沢はそう言って、ゆいをじっと見据えた。
「前にも誘ったが。空き教室で一緒に練習しないか? こんな状況にもなったし、弾けるところもないだろう?」
衝撃的な発言をした。俺と音無と日向は顔を合わせる。ゆいは顔を赤くして、首を横に振った。
「い、いえいえ⁉ 恐れ多いですから!」
「遠慮するな。それに、あたしの目に狂いはない。お前の力は、ガルデモをより大きくする。まだ、あたしを信じてくれないか?」
「あわわわわ、そう言われましても……」
ゆいが目をぐるぐる回す。
「岩沢。もしかして……」
俺の言葉に、岩沢はこくりと頷いた。
「ああ。ゆりにはまだ言っていないが……ゆいをガルデモにスカウトしようと思っている」
「「「えええ⁉」」」
俺と音無と日向の声が、思わず重なった。
なんか、知らないところでとんでもないことが起きているのだが……?
「ってことは、ガルデモは五人体勢になるのか」
音無が言うと、岩沢はああ、とクールに頷いた。
「こいつにそんな重役、務まるのか……? 岩沢の見込み違いな気がするぜ」
日向が疑わしげな視線をゆいへ投げる。ゆいはむっとした表情を浮かべた。
「ひなっち先輩はあたしの歌、聴いたことないじゃないですか。これでもガルデモの曲は全部弾けるし、歌えるんですから」
「心に訴えるものがなさそーだな」
「そんな曖昧な感性で若い芽を摘まないでくださいよ⁉」
「お前のことだから、勢いだけじゃねーの? 野球だってそうだった。言ったろ、不可能なことは不可能なんだよ」
「……そんなことないです。あたしは頑張り続けたら、いつか夢は叶うって、信じていますから」
「またそれか。無理じゃねーの? そりゃ、この世界だから時間だけは無限にあるけどよ」
悲観的な日向。それに焚きつけられたのか、ゆいは胸の前でぐっと握り拳をつくり、岩沢へ向き直った。
「岩沢先輩。緊張はしますが……あたし、やってみます!」
「ああ。その返事を待っていたよ。期待している」
「おいっす!」
ゆいが勢いのある、快活とした返事をする。岩沢に連れ立って、練習場へ向かう。が、その途中でゆいは震える声で問いかけた。
「ところで、あの……緊張で漏れそうになるので、おまるを用意していただけますか?」
「安心しろ。近くに女子トイレがある。いつでも駆けつけるといい」
「そうします……」
ダメそうだった。
「そんなこと、あたしはしていないわ……」
生徒会室にて、立華へ例の事件を話した。すると立華は少しショックを受けたように、そんなことを言った。
「だが、少なくとも犯人がANGEL PLAYERを使い……ハンドソニックと似た異能を扱っていることは、明らかなんだ」
「困ったわ。たしかにあのソフトを使っている人間は、今この世界では、あたし一人だもの……」
「と、思ったがな。立華、以前に言っていただろ」
「?」
「ANGEL PLAYERはとある男子生徒から貰ったものだって」
立華はこくりと頷いた。
「そいつの人相や、名前は思い出せないか? 少なくともそいつは、ANGEL PLAYERを持っていた」
「……」
「立華」
「……」
「立華?」
「あと三十分、時間をくれるかしら」
「いや、いい。多分、無駄だ」
「ひどいわ……」
こいつ、人の名前とか顔覚えるの、苦手なのだろうか。直井のことも最初中々覚えられなかったんだよな。
「でも、随分と昔のことよ。今、その人はこの世界にいるのかしら」
「さあな。でも、手がかりはそれぐらいだろ」
「それもそうね。おかげで、あたしの無実も証明出来ないわ」
「そもそもしたいのか? 証明」
「殺人の冤罪は嫌よ」
まあ、それもそうか。
でも、この世界じゃ殺人行為は出来ても、殺すことは不可能だけどな。
「立華名探偵。他に良い案はないか」
「……」
むむむ、と顎に手を当てて唸ること数分。
「考えてみるわ」
話は結局、一歩も進まなかった。
この天然め。
「失礼します」
と、ここで見知らぬNPCの男子生徒が入って来た。立華が机の上に置いてあった、束の教科書に手を伸ばした。
「あなたの教科書と、文房具よ」
「はい。ありがとうございます」
俺は首を傾げた。
「立華。彼は……?」
「転校生よ」
「はあ?」
天上学園に転校生なんてありえるのか……? 地獄学園とかから来たのか? なんの冗談だ、それは。
さらに異常事態が起きる。NPCが教科書を受け取った瞬間、姿を消したのだ。
「は?」
俺は思わず、首を傾げる。
教科書と文房具が床に散らばる。立華は困ったようにため息をつき、それを回収する。
「最近、こういうことがあるのよ。転校生と名乗る生徒が現れる」
「……そんなこと、今まであったか?」
「ないわ」
長年いる立華ですら、ないことが起きている……?
「転校生には新しく文房具と教科書を用意しなくてはならないわ」
「……新しく「人」が来る時は、自動的に用意されているけど、そいつらは用意されていないのか」
「ええ。まるで、この世界の意志とは違う意志によって、ここへ来ているかのようだわ」
「……」
なんだよ、それは。
この世界に今、なにが起きているんだ?
副会長権限で、過去のデータベースへアクセスしてみた。生徒の名簿だ。膨大な数のデータベースは、古いものから見えない力で削除されているものの、かなりの年数のデータが保管されている。この天上学園、創立〇〇年なのだ。どう考えてもおかしい。その創立〇〇年から更新されないのだ。つまり、そこがデータベースの限界。というよりは、この世界の限界か。しかし椎名、ゆり、立華が在籍――立華に関してはあまりに長くいすぎて、データベースで辿っても、何年前の入学なのか不明だが――していた時代の名簿は乗っているので、なにかしらの手がかりが残っていそうだ。
怪しいのは、情報処理に長けた生徒か。
そう思い、膨大なデータからパソコン部、あるいは情報処理の成績が良かった生徒をピックアップして名前を絞る。
「……いや、無理か」
それだけ条件を指定しても、数百名を超える生徒がヒットする。もう少し少なければ、名簿を立華に渡して、見覚えのある名前がないか聞くことが出来たのだが……。
「くそ。なにか手がかりはねえのか」
このままじゃなにも出来ないまま、明日を迎える。
そしてこの日の夜。戦線メンバーが再び、二名殺された。いずれも幹部ではなく、サポートメンバーであった。
次の日の定例会議。幹部が集まり、ゆりがいつも通り司会をとった。俺が立華から聞いた話をみんなに報告し、世界に小さな異変が起きている情報をシェアする。それがなにを意味するのかは現状、わからなかった。
「被害に遭っている時刻は、いずれも夜。夜間の外出は最低限にとどめることね」
ゆりの指示に、幹部から反論は上がらない。
ぎし、と椅子へ体重をかけながら、ゆりは一つ提案を出す。
「けど、守ってばかりいるのも、進歩がないわね」
「と、いいますと?」
高松の相槌の後、ゆりが話を続ける。
「十中八九、犯人は天使。けど、犯人をはっきり見た者はいない。なら、二、三人くらいで待ち伏せすれば、相手の顔くらいは割り出せるんじゃないかしら。犯人が天使じゃないのなら、あわよくば返り討ちにして、捕まえられたら理想ね」
「天使が犯人じゃなかったら、この世界にもう一人天使がいることになるのか……消えてねー分身天使でも、残っているんじゃねーのか」
藤巻がうんざりしたように言う。まあ、その可能性もあるだろう。
「そうね。真相をはっきりさせるためにも、今夜から動き出しましょう」
「メンバーは?」
日向が問うと、ゆりは顎に手を当てた。
「メンバーは決まり次第、遊佐さんを通じて連絡するわ」
ゆりはそう言って、扉の方へ視線をやった。
「以上、解散! ……と、言いたいところだけど。今日はもう一つだけ、用件があるわ。ゆい、入って来なさい!」
「はい!」
ゆいが明るい返事をして、校長室へ入って来た。
「ん? ひさ子もいるじゃねーか。珍しいな」
藤巻の言葉に、ひさ子が「よう」と手を振った。
ゆいと面識のない幹部が「誰だ?」と首を傾げる。するとゆいがゆりの座る上座の前へ行き、足元にラジカセを置き、ギターとマイクスタンドを持ってみんなの前に立った。
「ゆいっていいます! よろしくお願いしまっす!」
元気なあいさつ。幹部の頭上に「?」マークが浮かんだ。岩沢が壁に寄りかかりながら、クールに事態を説明する。
「あたしがガルデモにスカウトした、新メンバーだ」
「「「っ⁉」」」
さすがに驚いた幹部連中が、息を飲む。
無理もない。長年ずっと、ガルデモは今の四人だったのだ。今更新メンバーを加えるだなんて、誰が予想出来たか。
ゆりが机に頬杖を突きながら、声を上げた。
「ガルデモメンバーは彼女を迎え入れているようだけど。幹部とあたしには、まだなにも知らされていなかったわ。なので、今回はみんなの前で、彼女にプレゼンをしてもらうことにしたの。実力は本物ならしいわよ?」
ゆりの言葉を聞いて、幹部メンバーが困惑気味に立ち上がる。「まあ、形は様になっているが……」野田が疑わし気な視線を向けている。日向が「大丈夫か? あいつ……」と心配そうにしていた。
「聞いてやってくんねーか? やる気は本物だぜ?」
ひさ子がそう言うので、幹部は大人しくなった。
「よし! 盛り上がって行くぜー! 曲は「Girls Don't Cry」。作曲岩沢先輩、作詞はあたし!」
「作詞が出来るのか……」
松下五段が腕を組みながらそんなことを言った。
そしてゆいがラジカセのボタンを押し、音源を流す。あらかじめ収録していた音楽だろう。
ゆいが歌い出す。力強いサウンドに、心揺らされる歌詞が乗り、ガルデモのテイストを受け継ぎながらも、歌っていることは岩沢が書かないようなことを訴えている。どこか新鮮な刺激だ。
そしてなにより、ゆいの歌唱力が高い。地道な活動が、彼女をたしかな実力者にしていた。
(すごいな……)
正直、俺としてはもう新メンバーでいいんじゃないかと思っている。
曲が間奏に入る。
「まだまだこんなものじゃないだろー⁉ 誰よりも高くジャンプしろー! ワン、ツー、スリー、フォー!」
パフォーマンスとして煽り、マイクスタンドを力強く蹴り上げた。
ズドン! と、天井に突き刺さったことにより、シールドがぴんと張り出し、それがどういう奇跡か、ゆいの首へぐるぐると巻き付いた。
ゆいが自殺死体の如く、天上に吊るされる。
「ぐえええ⁉」
大山が顔を青くした。
「うわあっ⁉ 感電しながら、首吊っている! なんてロックンロール⁉」
「Crazy baby……」
「浅はかなり」
「デスメタルってやつか。でも、ガルデモってそういうバンドだったか? すげえ方針転換だな」
困惑する藤巻。
「ほう。つまり、これはパフォーマンスか? しかし、過激な表現だな……」
真面目に解析しようとする松下五段。
「でもさっき、ぐええって苦しそうに喘いでなかったか?」
俺が突っ込む。
「し、しぬ……」
白目を剥きながら、ゆいが訴える。音無がげんなりと指を指す。
「ああ。パフォーマンスじゃない。事故のようだ……」
日向が舌打ちをして「たく、世話のかかる奴だ」と言ってゆいを救出。ゆいは「げふっ」と、床に倒れ込んだ。
「日向くん。知り合いなの?」
大山の質問に、日向は頷いた。
「まあな。けど、見ての通りの奴でな……」
ひさ子がにやにやした表情で話に入る。
「日向のタイプなんだろ?」
「だから、違いますから⁉ ちゃんと否定しましたよね⁉」
「否定するほどに、それっぽいぜ?」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
高松が呆れたような表情を浮かべ、眼鏡を上げる。
「岩沢さん、ひさ子さん。ガルデモをアイドルユニットにでもする気なのですか? そもそも、五人目なんて必要とは思えないのですが」
これには岩沢が答えた。
「次の新曲は、こいつとのツインボーカルにしようと考えているんだ」
「岩沢さんと、彼女とですか⁉」
「ああ」
「……そうですか」
ちょっと心躍らされているのか、勢いが弱まる高松。秒で押されているじゃねえか。
「どうすんだ、大将」
どうせ俺達じゃあいつまで経っても話がまとまらない。ゆりに話を振ると、彼女は席を降りて、ゆいの前に仁王立ちした。
「とんだお転婆娘だけど、いいんじゃない? クールビューティーな岩沢さんと真逆の方が、ツインボーカルとしては映えるわよ」
まあ、たしかに。
「おお、なるほど。岩沢の引き立て役か」
日向が納得したように言う。それにゆいが復活して立ち上がり、抗議の声を上げた。
「誰が引き立て役じゃあああ! ――って、あれ?」
まだ酸欠気味なのか、ふらつくゆい。それを日向が受け止めた。
「なにふらついてんだ。肩、貸してやるよ」
「は、はい。ありがとうございます、ひなっち先輩……」
顔を赤くして、大人しくなるゆい。
次の陽動作戦の時に、彼女のライブデビューとなる。その時のNPCの反応で、ゆいの正式加入の是非を決めることとなった。
夜。作戦通り、夜間に一部の戦線メンバーがスリーマンセルという形で出歩くこととなった。
「本当に来るのだろうか……三人で固まったら、警戒しそうな気がするが」
メンバーの一人である音無が銃を構えながら、辺りを警戒する。直井も同様で「所詮、愚民が考えた作戦ですからね……あ、もちろん音無さんは貴族ですが」と言った。
俺、音無、直井チームがうろついているのは、大階段の近く。他にも高松、大山、松下五段チーム、藤巻、TK、椎名チーム、そしてゆり、日向、野田チームが他の場所を巡回している。
「立華が来たりしてな」
夜間出歩くことは校則違反だ。立華にも見つからないよう、立ち回らないといけない。
「そうか。かなでへの、敵対行動でもあるのか、これは」
「ああ。この戦力じゃ絶対に歯が立たないから、その時は即逃げるぞ」
「了解。まだ、俺は新米だからな……頼りにしているぜ、桜木」
「音無はセンスいいから、もう十分戦力だけどな」
「そうなのか?」
直井が「ええー、僕も頼りにしてくださいよう」と猫なで声を出していたが、音無は完全にスルーしている。
「ああ。ギルド降下作戦といい、直井文人の件といい、分身天使の件といい、お前はどこでも大活躍だろ」
「運が良かっただけだ。銃だって、最近になってやっと的に当たるようになったんだぜ?」
「それで結果出せているんだから、大したもんだ。ゆりの勘に、十分すぎるほど答えられているよ」
「そ、そうか。なんか照れるな」
音無が笑みを浮かべる。
しかし、何故だろうか。今は少しだけ、距離を感じる気がした。
「立華のこと、好きなのか?」
ストレートに問うと、音無が顔を赤くして動揺した。
「っ⁉ な、なにを言い出すんだ!」
「いや。仲良いからさ」
「そ、それはオリジナルの人格とだろう。今は違う」
「つーか、好きってことは否定しないのな」
「ちげえよ、偶然だって⁉ 変なことを言うな!」
そんな会話を交わしていると、直井が鋭い視線をグラウンドの方へ向けていた。
「音無さん。あとついでに、紛い物。あの女子生徒……怪しくないですか?」
直井の視線の先には、たしかにNPCの女子生徒がいた。ごく平凡かつ平均的な女子生徒。そんな女子生徒が無機質の俺達を見て、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「――ガードスキル、ハンドソニック」
「「「っ⁉」」」
俺達が息を飲む。
NPCが、立華と同じ力を使ったのだ。
「マジかよ⁉ どういうことだよ、これ!」
音無が動揺する。俺達は銃を構えて、発砲する。NPCの女子生徒は「ガードスキル、ディストーション」とさらなるガードスキルを発動し、銃弾を防いだ。
そして驚くべきことに、ディストーションを張ったまま前進していた。立華のディストーションは動かすことが出来ないのに、彼女のは動かすことが出来るようだ。
「こっちに近づいて来るぞ⁉」
音無が大声を上げる。
銃が聞かないバリアがある状態で近づけるとは……まるで小学生が考えたバリアである。無敵にもほどがある。
「仕方ねえ。前に出る!」
俺がナイフを持ち、女子生徒へ向けて駆ける。女子生徒はディストーションを解除し、応戦してくる。
ナイフと異能の刃の応酬。甲高い音が鳴り響き、立華との白兵戦を彷彿とさせる。
だが――違う。
こいつ、立華や分身天使ほどは強くない。ディストーションは上位互換であったが、それだけだ。戦闘能力はそう高くない。
「もらった!」
見た目が女子生徒だからややためらいそうになったが、そうも言っていられない。俺は女子生徒の胸めがけて、ナイフを振り下ろす。刃は胸に突き刺さり、女子生徒は苦悶の表情を浮かべた。
「さすがだ、桜木!」
音無が声を上げる。
瞬間、驚くべき光景が広がった。
NPCの女子生徒が、消えたのだ。あの時、生徒会室へ現れた、転校生のNPCと同じように。
「消えた……?」
直井が怪訝そうな声を上げる。
俺はため息をついた。なにが起きているのか、わけがわからない。
「――音無さん、直井さん、桜木さんチーム。犯人と思われる敵、NPCを撃破。対象は消滅しました」
「消滅……?」
「はい。消え方は……分身天使が、ハーモニクスで消えたのと、似たようなエフェクトを発生させています」
「やはりANGEL PLAYERによる仕業、か」
「天使の新しい力でしょうか」
「新たな人格が作った、新たなプログラム。現状では、そう考えるのが妥当ね」
「了解です」
通信はそこで一旦切った。野田がゆりに問いかける。
「見つかったのか」
「ええ。敵はNPC……天使の力を使う、NPCよ」
「っ⁉ そんなことが……」
「可能なのでしょう。ANGEL PLAYERの力を使えば。けど……」
ゆりが思案顔を浮かべる。日向が首を傾げた。
「なにか引っ掛かるのか?」
「仮に天使がこの事件を起こしたとして。何故、NPCを使うのかしら」
「というと?」
「彼女の役割はあくまでも、学園の秩序を保つことよ。NPCは模範生にして、神の創造物。そんな模範生を、本来、学園の手本となるべき存在の天使が、何故ANGEL PLAYERを使って戦いに利用するのかしら」
「……たしかに。言われてみれば、逆に秩序を乱す行為だよな」
「我が戦線ですら、NPCへ迷惑をかけないポリシーの元、動いている。あろうことか、天使が自らそのルールを破っている。らしくないと思わない?」
「けど、実際にこうなっているだろ? 人格は変わったし、手段を選ばなくなったんじゃないのか?」
「だとするなら、どうにも、行動に一貫性がないのよね。矛盾している」
「じゃあ、ゆりっぺ。天使の仕業じゃないとしたら……誰の仕業なんだ?」
ゆりは肩をすくめて、日向の質問に答えた。
「知らないわよ。ただ、もしもそんな奴がいたとしたら……とても気に入らない奴なのは、間違いないわね」