※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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オリジナルエピソード「Admirer 後編」

「あれからあたしなりに、思い出そうとしたわ」

 生徒会室で事務作業をしていると、立華がそんなことを言い出した。

「ANGEL PLAYERを渡してきた、男子生徒についてか」

「ええ。文化祭のアルバムを見返したの。そうしたら、見つかったわ」

「っ⁉ その男子生徒がか!」

「そうよ。名前も思い出したわ。岡田 緑くんよ」

「岡田 緑……」

 聞いたことのない名前。昨日検索した名簿で、そんな名前があったような、なかったような……。

「どんな奴だった?」

「あまり喋ったことはないわ」

「……じゃあ、なんでANGEL PLAYERなんて渡したんだ?」

「元生徒会長だったのよ。あたしが引き継いだの」

「なに?」

 歴代の生徒会長……というか、立華の前だから、実質一つ前の生徒会長なのか。

「そいつは今も在籍しているのか?」

「何十年も前に卒業式へ出て、卒業しているわ」

「じゃあ、もうこの世界にはいないのか……」

 まあ、卒業式のあとにどこかへ潜伏した可能性はあるが……。

「あたしはまだ疑われている?」

「残念ながら。むしろ現状、お前以外には考えられない」

 今回の一件は、ANGEL PLAYER が関わっている。そしてANGEL PLAYERは立華しか所持していないことになっているため、必然的に犯人、というわけだ。

「どうすればいいかしら」

「結論から言えば、ANGEL PLAYERを使っている奴をもう一人見つけることだな」

「わかったわ。探してみる」

「ああ、あまり期待しないで待っている」

「ひどいわ……」

 むう、と頬を膨らませる立華。

 いやだって、あなた天然ですし。

「あとどうでもいいが、素直に協力しない方がいいぞ」

「どうして?」

「……今の自分の状況がわかっているのか、お前は」

「???」

 小首を傾げる立華。

 分身天使の人格っていう建前だろ。まあ多分、オリジナルだけどさ……。

「まあ、いい。元々俺は中立だし、目はつむっておく」

 

 

 掲示板には、新たなフライヤーが張られていた。新生ガルデモメンバーの告知だ。次回のゲリラライブで新メンバーをお披露目する、と堂々と宣言されている。そんな掲示板の前で、ゆいがふるふると体を震わせていた。

「よう。新メンバーさん」

「あ、桜木先輩――って、なんで剥がすんですか⁉」

 バリバリ、と無慈悲にフライヤーを剥がす俺に、ゆいが声を上げる。

「いや俺、生徒会だから」

「あ、そっか。今更ですけど、不思議な立ち位置ですよね。それでゆりっぺさんと付き合っていますし」

「ゆい、緊張しているのか?」

「っ⁉」

 指摘すると、ゆいはびくっ、と体を跳ね上げさせた。

「い、いえいえ! そんなことないですよ⁉ びっくりするくらい、平常心ですしじゃないですから!」

「日本語どうなってんだ?」

「……桜木先輩、あたしがギターへたくそだった時から、時々見に来てくれていましたよね」

「そんなこともあったな」

「上手になっていくと、段々と他の人も見に来てくれるようになったり、アンコールを受けるようになったりして……少しでも、岩沢さんが見ている風景を見れているんだなって、そう思って、歌を唄っていました」

「ああ」

「でも、今度は正真正銘、同じ光景を見ることになって……それも、あの憧れの岩沢さんの隣に立つなんて……」

「大出世じゃねえか」

「本当に、夢のようです。あのステージに立つことを想像するだけで……ううう、漏れそうになります」

「想像しただけでそのレベルかよ」

 なにか緊張をほぐしてやる話題はないだろうか。

 うーん、と逡巡していると、ふとゆいが妙なことを聞いて来た。

「あの。噂で聞いたんですけど」

「なんだ?」

「ゆりっぺさんと結婚しているって、本当ですか?」

「ああ、それな。この世界じゃ結婚は無理だから、まあ形だけな」

「じゃあ……プロポーズは、したんですね?」

「そうだよ。指輪も渡した。受け取ってくれたよ、あいつは」

 そう言うと、ゆいはへえ、と少し目を輝かせて頷いた。

「どうしてそんなことを聞いた? 好奇心か?」

「好奇心……も、そうですけど。あの、結婚するってどういう気分ですか?」

「どういうって、言われてもな……チャーの言葉を借りるなら、けじめだな」

「けじめ?」

「ゆりを一生の妻にするって誓う、けじめだよ」

「はあ……よくわからないです。難しいですね」

「そうでもねえよ」

「お嫁さんになるって……どんな、気持ちなんでしょうか」

「いや、それはゆりに聞いてくれ」

「あはは、そうですよね」

 ゆいが照れたように笑う。

 やっぱり、女の子だからそういうのに憧れるのだろうか。

 ……それとも、なにか生前に関わることなのか。

「結婚に興味でもあるのか?」

 とりあえず、当たり障りのない感じで聞いてみた。

「もちろん! 女の子ですから。もう死んじゃいましたけど♪」

 ゆいがにかっと笑顔を浮かべて答えた。まあたしかに、俺達はもう死んでしまっている。この世界じゃ、今の俺達じゃ、結婚は形だけだ。

「形だけでいいなら、日向にでもプロポーズしてもらっとけ」

「ま」

「ま?」

「ままままままままままま」

 ゆいが顔を赤くして、壊れ始めた。

「なんでひなっち先輩の名前が出てくるんですか⁉」

「「ま」はどこへ消えた?」

「あんな奴が旦那さんだなんて、こっちからお断りです! ありえねー!」

「んなこと言うなよ。お似合いなんだから、もったいねえ」

「も」

「も?」

「ももももももももももも」

 ゆいが耳まで真っ赤にして、壊れ始めた。

「あんな奴とお似合いじゃねえからあああああああ!」

「「も」はどこへ消えた?」

「仮にひなっち先輩があたしにフォーリンラブだとしても、あたしはなーんとも思っていないんですから!」

「のわりには、随分と嬉しそうな顔しているけどな?」

「し、してないですから! 変なこと言わないでください!」

 ゆいが火照る顔を両手で抑えていた。可愛らしい反応をするものである。

 だが、ゆいは重いため息をついて、寂しげな表情を浮かべた。

「それに……あたしを貰ってくれる人なんて、いないですよ」

 妙に確信を込めて言うものだから、俺は息を飲んだ。

「なんだよ、いきなり」

「あたし、人の足を引っ張ることしか出来ない、なーんにも出来ないお荷物なので」

「……もしかして、生前の話か」

「はい。だから、あたしを貰ってくれる人なんて、この世界のどこにもいないんですよ」

 ゆいが笑みを浮かべて、背中を向けた。

「桜木先輩。あたしの幸せはさ……神様に、全部奪われたんだ。だから、結婚も絶対に出来ないんです」

 

 

「なにも出来ないお荷物、か」

 本館前の自動販売機でキーコーヒーを飲みながら、ふと呟く。どういう人生を送ったら、ああいう思考回路に至るのか。

 ゆいの性格は、ポジティブなタイプだと思うのだが……。

 まあでも、考えるだけ無駄か。

 この世界へ来たのは、凄惨たる生前を送って来た者達。一度終わってしまった物語に、救いはないのだ。つまり、俺に出来ることはない。

 ……ゆいだって、悪い奴じゃない。良い女の子だ。幸せになってほしいし、報われてほしいが、結局、俺はなんにも出来やしないのだ。

 全く、この世界ってのは、いつだってそういう風に出来ている。

 せめて様子だけでも見に行こう。キーコーヒーをゴミ箱に入れて、ガルデモメンバーが練習している空き教室へと向かう。

 教室内では、岩沢とゆいがギターを手に、なにやら熱心に話し合いをしている。ゆいの表情に、特に暗さはない。集中して音楽に向き合っているように思えた。

 ……別に、俺にやれることもない、か。

 つーか、普通に大丈夫そうだな。

 そもそも、前々からガルデモメンバーに受け入れられていたようだし。俺の出番なんて、あるわけがない。

「ひさ子にバレたら怒られるし、退散退散」

「誰に怒られるって?」

 ひさ子の声。完全にデジャブである。前にもこんなこと、なかったっけ。

 俺はフライヤーで顔を隠し、甲高い声を作り、右手を伸ばす。

「ひさ子さん、ファンです! 握手してくだ――ぐはあ⁉」

「二度同じ手が通用すると思うなよ」

「だからって腹蹴りするなっての……⁉」

 てか、前も別に通用してなかったし……。

 うずくまった俺は思わずフライヤーをまき散らした。

「さすがのアンタも、不意打ちには対処できねーんだな」

「当たり前だろ、人間なんだから」

 ひさ子が散らばったフライヤーを拾ってくれる。俺も腹を抱えながら回収した。ひさ子が束になったフライヤーを渡してくる。

「にしても、生徒会も暇だな。こんな数のフライヤーをわざわざ回収するなんて」

「お前らが熱心にこれだけ貼るからな。おかげで校内中の掲示板を毎日見回りしないといけない」

「ふーん」

「興味なさそうな返事だな……」

「まあ、実際興味ねーし」

「ねえのかよ」

「あんた、ゆいが心配で来たのか?」

 ひさ子が鋭い質問をしてくる。

「まあな」

「あいつなら、大丈夫だ。心配ない。ゆいはどんどんスキルアップしている。初披露のライブが、今から楽しみだぜ」

「なら、いいんだけどな。どうも緊張しているみたいでよ」

「本番はみんなでバックアップする。ガルデモなめんなよ、桜木」

 ひさ子が頼もしい、不敵な笑みを浮かべた。

「さすがの頼もしさだな」

「だからアンタは、アンタの仕事に集中しなよ。こっちは任せな」

 ひさ子が拳を作って、軽く俺の胸を叩いた。

「……なんとか、なるんだろ? 今回も、さ」

 拳を下げながら、少しだけ不安げに、ひさ子が問いかけて来る。彼女を安心させるように、俺はこくりと頷いた。

「ああ。必ず、なんとかするさ」

 俺はそう言って、ひさ子に背中を向けた。

 

 

 場所は俺の部屋。赤い眼鏡をかけたゆりが、俺のベッドの上でノートパソコンを開き、学園のデータベースにアクセスしていた。権限は共有している。無論、校則違反だが、今必要なのは情報だ。そうも言っていられない。

「つーか、こういうのが得意なチームとかいるんだろ。なんで、リーダー自らやるんだ?」

 俺が作業をしながら、ゆりに問いかける。

「竹山くんには、他にやってほしいことがあるのよ。彼は天才ハッカー。もっと相応しい仕事が舞い込んだの」

「ふうん。そういや、最近幹部の会議にも顔を出していないしな」

「そういうこと。まあ、そこは気にしないでちょうだい。色々あるのよ」

 ゆりが意味ありげに言う。まあ、俺は中立の身。これ以上は踏み込めない。それにゆりにはゆりなりの思惑があって、竹山をその任務に当てているのだろう。

「赤眼鏡、似合っているな」

 俺がそんなことを言うと、ゆりがジト目を向けてきた。

「くだらないこと言ってないで、手を動かしなさい、手を」

「って、言われてもな。この作業、意味あるのか?」

 そんな弱音を吐くと、ゆりがはあ、とため息をついた。

「あら、残念。天使から岡田 緑の名前を引き出し、もう一人のANGEL PLAYERの使い手まで割り出せたのに、そこで手を止めちゃうなんて」

「あのな、ゆり。じゃあ説明するぞ」

 俺だって頭を働かせた結果、無駄だと判断したのだ。

「まず、その岡田 緑だがな。まあたしかに、怪しいさ。成績が優秀で、とりわけ情報処理に長けている、つまりはプログラマーだ。学もある。ANGEL PLAYERを使いこなせる知識は十分にあるインテリだろう。だけど、同時にそれはこの学園を満喫したことになるんだよ。こいつの加入で、この時代のパソコン部は活発的になっていた。事実、この年のパソコン部の文化祭はにぎわっていたらしいな。MVPも受賞していた。その当時の写真も、立華から見せてもらった。だけど、ゆり。大原則として、それはこの学園を去るファクターになるだろう?」

「ええ、そうね。あなたや天使、直井くんという例外がいるけど」

「話がややこしくなる。続けるぞ」

「どうぞ」

「そんでもって、こいつは最高学年になって、ちゃんと卒業式に出ている。履歴はそこまでだ。こいつはきちんと天上学園にいた一人の生徒として、この学園を去った。そう判断するのが妥当だろ?」

 たしかに卒業式をきっかけに、この世界のどこかへ潜伏した可能性もゼロじゃないが……。正直、この岡田 緑をそこまで疑う必要性があるとは思えない。

 だからといって、他に手がかりがあるわけではないが。

「ノンノンノン♪ まだまだね、春斗くん」

 ゆりが煽るように言ってくる。

「ほら、ちょっと隣座りなさいよ。説明してあげるから」

「ああ」

 言われるがまま、ゆりの隣に座る。ほんのりと、良い香りがした。二人きりでベッドの上ということもあり、なんだかムラムラするが、なんとか我慢する。

「図書館のデーターベースにはアクセスしたかしら?」

「いや」

「図書館にはね、いくつか紛失された書籍があるのよ。その中には、興味深いものがあったわ」

「ん……?」

 ゆりが紛失された書籍の名前をいくつかピックアップする。その中の一つを、ゆりは指指した。

「……使徒の教会???」

 端的に言えば、宗教の本であった。それもあまり聞いたことがない宗教の名前。著者には「岡田 剛」と書かれていた。本名だろうか。岡田 緑と同じ苗字だ。

「どういう内容の本なんだ?」

「まあ、普通の本よ。神様を信じれば報われるとか、これまでの活動がどうだったとかいう、そういうタイプ」

「普通の宗教本じゃねえか。これがなんだっていうんだ?」

「著者の写真。似ているのよ、岡田 緑と」

 ゆりがプロフィール写真を出す。さすがに年齢が離れているから、あれだが……まあたしかに、顔の雰囲気が似ていると言えないこともない。

「ゆり。なにが言いたい?」

「彼、宗教家なんじゃない? 本が紛失した時期だって、岡田 緑が在籍していた時期と一致している。それに犯行の手口からも、その傾向が見受けられるわ」

「犯行の手口?」

「磔よ。明確な敵対行動といい、戦線への私怨を感じる。同時に、磔という形通り罰と捉えることも出来るわね」

「……つまり、あれか。神を信じている人間からして、反逆者である戦線は罪深いってことか」

「熱心で、過激な宗教家ならばそう考えてもおかしくないじゃない。故に磔。手段を選ばないのは、別に世界の秩序を守る気がないからでしょうね」

「でも、それはそれで矛盾しないか? 神を崇拝しているなら、なんでこの世界を荒らすようなことをする」

「使徒の教会はね、神を信じる者が、神へ昇華される、と信じる教会なのよ」

「なに?」

 俺がゆりの方を見やる。ゆりはこくりと頷いた。

「つまり、岡田 緑の目的は二つ」

 ゆりは指を二本立てて、その仮説を出した。

「あたし達の消滅。もう一つは、己がこの世界の支配者――神になることよ」

 

 

 戦線メンバー総出で、アルバムに乗った写真を参考にして、学園中を見まわしたり、聞き込みを行った。しかしとうの昔の卒業生である岡田 緑なる名前は当然残っておらず、その生徒に似た容姿の者もいなかった。

「「人」探しなんて、戦線創立時を思い出すぜ……」

 日向がそんな愚痴を零しながら、幹部チームも岡田 緑を探した。だが、見つかることはない。

 しかしゆり曰く、こうして「探す」ということに意味があるらしい。

 戦線メンバーもゆりを信頼しているため、文句言わずに探索と情報集めを行っている。

 そしてある日の定例会議に、ゆりは宣言した。

「明日、18:30にてオペレーション「トルネード」を行う。今回は生徒会長へ返り咲いた天使が邪魔してくる可能性があるし、天使の力を使うNPCも邪魔してくる可能性がある。大きなオペレーションになるわ。各自、武器の準備を怠らないように――オペレーション、スタート!」

 

 

「ついに、明日……!」

 定例会議が終わった校長室。ゆいは胸の前で両手を組んで、静かに呟いていた。

 幹部連中が騒がしく退室していく。「あー。だりぃが、気合入れるとするか」「明日は新生ガルデモのデビューですか……」「楽しみだねー、高松くん」「っ⁉ 大山さん。あ、あくまでもトルネードです。楽しみなどではありません!」「えー。楽しみな時は、楽しみって素直に言えばいいのに。ねえ? 松下五段」「うむ。大山は相変わらずの清らかぶりだな……」「I kiss you」「ふん。明日誰が来ようとも、このハルバートで一掃してくれる。磔にされた借りは、返す!」。

 各々、思うところがあるようだ。

「よう、ゆい」

 日向はどこかゆっくりとした足取りのゆいと並んだ。

「ひなっち先輩」

「まあ、なんだ。明日は頑張れよ。なに、バリケードは任せろ。ガルデモは、俺達が守ってやんよ」

「おいっす! お願いします! 明日は漏らしながらでも、歌いきってみせます!」

「漏らすのはやめてくれ……」

「この世界ってオムツありますかね?」

「ありませんから⁉ というか、備えないでくれませんかね、ガルデモの品位が疑われますから!」

 音無、岩沢がその後に続いた。

「そういや、岩沢。ツインボーカル用に新曲作ると言っていたが、間に合ったのか?」

「ああ。あたしとゆい、共同で作った。新生ガルデモの門出に相応しい一曲だ」

「そっか。よし。俺らもバリケード、頑張らないとな」

 そんなやり取りを聞いていた――緊急事態が重なっているため、今回は陽動班も定例会議に出ている――入江が不安げな声を上げた。

「でも、こんなことして大丈夫なんでしょうか。敵は天使さんと同じ力を使うんですよね? あたし達で敵う相手なのでしょうか……」

 もっともなことを口にされてしまう。

 立華ほどではないとはいえ、ガードスキルを扱える敵なのだ。極めて強力なのには変わりがない。

 が、ここで関根が快活とした声を上げた。

「大丈夫だよ、みゆきち! ウチにはつよつよな桜木のアニキがいるんだから!」

「俺かよ」

 いきなり話に巻き込まれて、思わず反応してしまう。

「「安心しな、嬢ちゃん。アンタは俺が守るぜ」ぐらいのことは言ってくれますよ! しびれるぜ! 憧れるぜ!」

「そんなハードボイルドなキャラじゃないんだが」

「違いましたっけ?」

「違うだろ」

「でもでも、デーモンピクニックの時、みゆきちとひさ子先輩を守ってくれたので。今回も期待していますよ! まああの時、あたしは雑魚死しましたけどね!」

 関根が無邪気な笑みを浮かべながら、信頼を寄せてくれる。

 あのオペレーションで関根が雑魚死したのは、岩沢を売ろうとした因果応報だけどな。

「こいつ、なんとかするって言っていたぜ? だから任せておけばいいんじゃねーの?」

 ひさ子がクールにそんなことを言い放つ。あの時は彼女も珍しく不安げだったが、覚悟を決めたのか今は泰然としていた。

 入江が軽く頭を下げた。

「桜木さんには、いつも頼ってばかりですね。また守ってくれますか?」

「ああ。任せておけ」

 そう言うと、入江が柔らかな笑みを浮かべた。

 その様子を、腕を組みながらゆりは見ていた。

「なによ。春斗くんを一番頼りにしているのは、このあたしなのに……(ボソボソ)」

 遊佐がクールにツッコミを入れる。

「ゆりっぺさん。デレるのであれば、もう少し大きな声の方がいいかと」

「ででで、デレてないわよ! 人を変な属性にするなああああああ!」

 すかさず大声を上げるゆり。遊佐は表情一つ変えず、ふいとそっぽを向いた。ゆりがなにを言ったのかはよく聞こえなかったが、ツッコミはよく聞こえたため、すかさず口を挟む。

「おう。デレたのか?」

「だから、違うわよ!」

「ぐほうっ⁉」

 思いっきり蹴られた。理不尽である。

 関根が遊佐の方へと駆け寄った。

「うーむ、遊佐たん相変わらずクールですな。頑張っても笑顔とかって浮かべられないんですか?」

「そのような感情を持ち合わせていません」

「うりゃあ!」

 関根が両手で遊佐の頬を掴む。むにゅうー、とモチのように柔らかいそれを上に引っ張るものの、遊佐の歯が見えるだけであった。

「っ⁉」

「ひっひゃらないでふだはい」

「表情筋とかないんですかね、遊佐たんは?」

 その様子を見た入江が呆れたような表情を浮かべた。

「まあまあ、もうやめなよ、しおりん」

「遊佐たんを笑わせよう作戦その2! こちょこちょ攻撃!」

「っ⁉」

 脇を関根にくすぐられ、遊佐が無表情のままびくびくする。

「や、っ、やめて、っ、ください」

「んー。ぴくりとも表情が変わりませんなー」

 その様子を見た入江が呆れたような表情を浮かべた。

「まあまあ、もうやめなよ、しおりん」

「みゆきち、お前は「まあまあ、もうやめなよ、しおりん」と言い続けるロボットか! 横で岩沢先輩がボタンでも押しているのか!」

「え? 違うけど」

 きょとんとする入江。岩沢は首を傾げた。

「入江にボタンなんてあるのか? 機械仕掛けなのか???」

「んなわけねーだろうが! あったら怖いだろうが! 機械仕掛けだったら、世界観ぶち壊しだろうが!「あれ? この死後の世界って、ファンタジーの上にSFなのかな?」ってなっちゃうだろうがああああああ!」

 色々とヒートアップする関根に、ひさ子は「調子に乗り過ぎだ」と、強めにチョップを叩き込んだ。「いたたたっ⁉ ううっ、ちょっとしたジョークなのにぃ……」と関根は頭を抱え、目に涙を浮かべた。

 

 

「さ。行くわよ、春斗くん」

「ああ」

 ゆりは校長室の扉の前で、立ち止まり振り返った。

「願わくば。このオペレーションで、犯人と出会いたいものだけど」

「目星はつけているのか?」

「いいえ。けど、あたしが予測している手法でこの世界に残っているのだとしたら……あとは「勘」で炙り出す。それだけよ」

 滅茶苦茶な作戦だ。運の要素が圧倒的である。

 だけど、その方がゆりらしい。

 こいつはこれまで、勘と勝負運でここまで戦線を大きくしたのだから。

「……なあ、音無」

 思うところがあり、ゆりと廊下へ出るなり、俺は音無を呼び止めた。彼は少し遠い所へいたが、こちらまで戻ってきてくれる。

「なんだ?」

「立華が来たら。撃てるのか?」

「……」

 音無は目を丸くした。その視線を、ちらりとゆりへ向ける。

「ああ。今のかなでは、戦線の敵だ」

 あくまでもそう言い放つ。

 ゆりの前だが、あの話をするか。

「音無。最初会った時に話したこと、覚えているか」

「最初会った時……?」

「もしも戦線でやっていけないと思った時。俺のところに来てもいいんだぞって、話だ」

「ああ……そういえば、言っていたな。そんなこと」

「今のお前は、俺寄りの思想に見えるがな。どうだ? 戦線を抜けるっていうのも、一つの選択肢だぞ」

 ゆりが案の定、こちらへジト目を向けてきた。

「よくもまあ、あたしの前で堂々と勧誘出来るわね」

「そう睨むなっての。で、どうだ? 音無」

 音無はしばらく考え込んでいたが、首を横に振った。

「いや。俺はここに残るよ。もしも、俺が戦線やゆりに疑われているのだとしたら……そんなことが、あるのだとしたら。このトルネードで、証明する。相手がかなででも、俺は撃つ」

 力強い宣言であった。むしろ、心の底からの言葉に聞こえる。そこには迷いがなく、明確に立華への対立を宣言していた。

 ……全く、どういうことなのやら。まあ、いいんだけどよ。

「わかった。じゃあ、この話はおしまいだ」

「ああ。これが、俺が選んだ道なんだ。でも、桜木。気にかけてくれたことは、嬉しいよ。ありがとう」

 

 

 そして各々の思いが交錯しながら時は流れ、オペレーショントルネードの時間がやってくる。いつも通りの手筈。しかしステージ上に上がったのは、5ピースバンドとなったガルデモであった。当初、観客のNPCが困惑した反応を見せるも、新曲「Awakening Song」によって、その懸念は払拭された。岩沢が言っていた、ゆいと共同で作ったツインボーカルの新曲。掴みとしてはむしろこれ以上ないものとなり、話題が話題を呼んで、観客はいつもより多く集まったような感触すらあった。

「で、観客の中で「人」を見つけろとのことだが……」

 力強いサウンドと、ゆいと岩沢の素晴らしい歌声を聞きながら、俺は観客に混じり、大食堂の中を歩くが……全く、それらしい者が見当たらない。

 ゆりの奴も無茶いいやがって。どうやって見極めろっていうんだ。

 俺以外にも戦線メンバーが大食堂内をうろついているが、そもそもその「犯人」とやらはいるのかどうか……。

 NPCは全員、ライブに夢中のように見える。声を上げたり、ジャンプしたり……よくある、いつもの陽動作戦の光景だ。感情的でなかったり、NPCと違う行動をとったりしていたら、そいつは人だというのがセオリーだが……これだけの人数、ドームのような広さと高さを誇る大食堂で、それを探すのは困難だ。正直、現実的ですらない。

 今回のトルネードでは、進展はないか……。

 瞬間、外から銃声がわずかに聞こえた。窓の外を見る。戦線メンバーがライブを止めに来た立華と戦っているところであった。幹部がいつものように集まり、立華へ集中砲火している。

「……抗争は続く、か」

 発砲している者の中に音無がいることを確認して、俺は視線を戻す。

 これは完全に、偶然であった。

 遠く。大食堂の一角にて、俺と同じように外を見つめている男子生徒がいた。身長は平均程度の中肉中背。黒縁眼鏡をかけた、いかにも「平凡」を描いた男子生徒。だけどその男子生徒は、ライブを見ずに天使と戦線の抗争を観察していた。すると男子生徒はなにかに気づいたかのように、はっとして走り出す。

「春斗くん! 追うわよ、ぼーっとしない」

「あ、ああ!」

 ……今のは、人か? それも……探している、岡田 緑?

 半信半疑ながらも、ゆりの背中に続いて階段を降り、外へ出る。

「逃がさないわよ!」

 ゆりが無茶にも、男子生徒へ向けて発砲。万が一にも一般生徒であれば、ポリシーに反する行為だが――。

 ほとんど、本能的な反射だったのだろう。男子生徒は目で見て、その銃弾を避けた。その行動に、ゆりは笑みを浮かべる。

「チェックメイトね、岡田 緑。ただのNPCや人が、目で見て弾丸を避けられるわけないじゃない」

「……ふむ」

 男子生徒が肩をすくめた。

 心なしか、平凡の仮面を破ったような気がした。まとう雰囲気が剣呑なものへと変貌する。生前、対峙してきた危うい人間。それに似た雰囲気が、男子生徒にはあった。思わず俺は、背筋が寒くなるのを感じる。

「影でコソコソと、随分とメンバーを痛めつけてくれたわね。でも、そんな悪行もここまでよ」

「姿・名前も違うのに、よく私にまで辿りついた。さすがはSSSのリーダーか。何故わかったか、聞いてもいいのかね?」

 幼い声とは似合わない、大仰な口調で男子生徒が言う。

 たしかに、この見た目は岡田 緑ではない。だけどその疑問に答えるように、ゆりは推論を並べ立てた。

「アンタはこの世界に残るために、自身をNPCに変えた。記憶を保持した状態のまま、ね。違うかしら?」

「ほう。正解だ。招かれた役者は鋭さが違う」

「……役者?」

「こちらの話だ。ご明察、この体はNPCのものでね。本物の器はとうの昔に消えている」

「そうまでして、この世界に残る理由は知らないけれど。だけど結果、あなたは人の身でありながらも、こうしてこの世界にNPCとして溶け込んだ。だから天使や戦線メンバーみたいに長く世界にいても、あなたの存在に気づくことは不可能だった」

 俺は半ば恐れるように岡田 緑を見た。

「……正気じゃねえな。なにを成そうっていうんだ、そんなことをして」

 岡田 緑は笑みを浮かべた。

「一つは、復讐だ」

「……なに?」

「いつだって、悪しき人間は無神論者や無宗教であった。私が継ぐはずであった教会は、無神論者によって滅茶苦茶にされた。私はその時に殺されてね。今の君達を見ていると虫唾が走る。奴らを思い出す。神へ反逆だと? 忌々しい。この世界の本質にすら辿り着いていない者が、神の首をとるなどと」

「崇高な目的でも持っているとでも言うの?」

 ゆりの問いかけに、岡田 緑は忌々しそうにゆりを睨んだ。

「私は選ばれた魂だ。生前から、昇華されるために神へ祈り続けてきた。今、その願いがようやく成就しようとしている」

「別にアンタが神を信じて、選ばれた存在だと思うのは勝手よ。けど、あたし達の邪魔はしないでちょうだい」

「それは無理だ。私は――貴様らのような存在が許せない。神を憎むだと? ふざけるな! 人を救うのは神だ! 選ばれた魂だ!」

 岡田 緑が右手から刃を顕現させる――ハンドソニックだ。

「それを今から証明しよう。ご自慢の仲間で、私を殺してみるがいい」

 遊佐が呼んだのだろう。オペレーションを中断した戦線の仲間が、こちらへやってきていた。

「ゆりっぺ! 桜木!」

 日向が叫ぶ。幹部全員が揃っていた。

 ゆりが一瞬だけ躊躇ったが、迷いを払うように号令する。

「彼が一連の事件の犯人よ。神を信じる者ゆえ、神の反逆者を許さない。思想含めて正真正銘、戦線の敵だわ」

「ふん。ならば、やることは簡単だな!」

 野田が銃を構える。みんなも同じであった。

「……そうね。戦いは避けたいけれど、仕方ないわ。一斉射撃!」

 幹部が広がり、あらゆる方向から銃弾を発砲。

「ガードスキル、ディストーション」

 岡田 緑の眼前の空間が歪む。

「かなでと同じスキル……? だが、なにか違うような……」

 音無が思わず、射撃の手を止める。

 よく見ると、銃弾が逸れていない。歪んだ空間で止まっている。

 岡田 緑の広角が上がる。嫌な予感がした。

「みんな! 伏せろ!」

 俺が大声で叫ぶが、間に合わなかった。

 パキイイイィ! という奇妙な音と共に、銃弾が弾き飛ぶ。まるで映像巻き戻すかのように、銃弾が跳ね返ったのだ。繰り広げられる地獄絵図。サブマシンガンやアサルトライフルで大量の銃弾を撃ちこんだため、幹部メンバーは瞬く間に蜂の巣にされた。肉体が飛び散った者や、跡形もないほど銃弾に穿たれた者もいる。

「音無……! 無事か?」

「あ、ああ」

 共に伏せたため、運よく俺と音無は無事であった。

 遠くでは、椎名がゆりを抱え込んでいた。

「ゆり!」

「くっ……なによ、あのデタラメな力は……!」

 肩を抑え、苦し気な表情をしていた。左足からの出血もひどく、何発か銃弾が命中してしまった様子である。

「私は自衛用、などと生ぬるいことはしない。立華 かなでと同じとは思わないことだ」

 岡田 緑は言いながら、前へ歩み出す。俺はナイフを構えた。だが、俺よりも先に椎名が飛び込む。

「ふっ!」

 忍刀を振り下ろし、岡田 緑のハンドソニックと応酬する。両者のやりとりは、目にも止まらぬ速さであった。

 しかし岡田 緑の埒外な身体能力により、椎名の体の生傷が少しずつ多くなっていく。また、ハンドソニックの強度が高いのか、忍刀が徐々に刃こぼれしていっていた。

「椎名、下がれ!」

 椎名と交代で、俺が飛び込む。

 ナイフを岡田 緑目掛けて降ろす。ハンドソニックに阻まれ、返しで再びナイフを一閃。そうして何度か壮絶な白兵戦を繰り広げた。だが、相手の格が高すぎた。というか、一連のスピードとパワーが明らかに人間ではない。大振りで無駄の多い動きのくせに、あまりに人間離れした身体能力により、こちらが押される。また武器が交差するたびに、こちらの腕がしびれるかのような重さもある。

 ナイフがハンドソニックにより、砕かれる。椎名の忍剣ほど頑丈じゃないようだ。

「哀れだな、カウンター。紛い物の分際で、舞台へ上がるからこうなる」

「まだだ!」

 すぐさま懐からナイフを取り出し、間一髪で受け止める。が、岡田 緑はそのまま膝蹴りを俺の腹へめがけて放った。バキバキ、という嫌な音と共に俺の体は嘘みたいに吹っ飛び、硬い歩道に叩きつけられた。

「が、はあ!」

 内臓がいくつかやられたのか、血を吐き出す。

「春斗くん!」

 ゆりが叫ぶ。駆けだそうとするが、足が痛むのか、しかめ面を浮かべその場でうずくまった。

「くそ……! なんでなにも出来ねえんだよ、俺は!」

 音無が銃を構えながら、そんな悔し気な声を上げた。彼は手を出せないでいた。下手に撃てば、またさっきのような現象が起きる。といって、白兵戦は無謀だ。

「……」

 椎名がボロボロの体と、ボロボロの忍刀で前へ出ようとする。

 だけど……無駄だ。あの状態じゃ、時間稼ぎにもならない。

 手詰まりとなった、その瞬間であった。

「――ガードスキル、ハンドソニック」

「来たか」

 倒れる戦線メンバーを瞬く間に追い越し、立華が岡田 緑へ切りかかる。異能の刃同士がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響いた。

 立華と岡田 緑が対峙する。この世界における、最強の存在が相まみえた瞬間であった。

「ひどいことをしないで」

 立華が言うと、岡田 緑は鼻で笑った。

「世界のルールに従わず、神へ反逆しようとする罪深い者達だ。当然の裁きである」

「ルールに従っていないのは、あなたも同じよ」

「私は神になる。この世界を改変する。ANGEL PLAYERを使い、思うような世界を作り上げるのだ」

 音無が眉間に皺を寄せながら、大声を上げる。

「そんなふざけた願いで、好き勝手するっていうのかよ!」

「ふざけた願い? 君達は人のことが言えるのか? 神への復讐などといった行動理念に、正しさや崇高さがあるというのか?」

「違う! お前は、ゆり達の願いをはき違えている!」

「ほう?」

「みんなと過ごしてきた。だから、わかるんだよ! 誰もが懸命に生きてきた。だけど、理不尽な人生を受け入れられなくて。だから、抗っている。そんな人生を強いた神を、許せないでいる。それだけなんだよ! あんたの言うように、正しさや崇高さはないかもしれねえ。けど、あんたもここにいるということは、あんただって受けいれられないような記憶があるんじゃねえのかよ⁉」

「ある。私は貴様らのような人間が憎い。大方、生前は神を信じない者だったのだろう。そんな者が神へ逆恨みし、銃を向けようとしているのが、忌々しい。ああ、生きていた時もそうだったさ。無神論者は神を冒涜し、私の教会と私自身の命を理不尽に奪っていたのだ。故に、私は昇華される。ここで新たなる世界を創造し、久遠なる楽園を作るのだ」

「そんなことが、正しいわけあるかよ。崇高なわけあるかよ! お前は、この世界のなにを見てきたんだ!」

 音無が明確な怒りを露にする。そして立華の方へ向けて、声を上げる。

「すまない。かなで……! 力を貸してくれるか?」

「ええ。とても悪い人な気がするわ。任せて」

 立華が前へ駆ける。再び、壮絶な攻防が繰り広げられる。

 が、岡田 緑は途中で笑みを浮かべた。

「――ガードスキル、ハーモニクス」

「っ⁉」

 立華の背後に、二体のNPCが現れる。岡田 緑とは違うNPC。そのNPCがハンドソニックを取り出し、立華の体を貫いた。

「あ、ぐっ……!」

「一度失敗したからか? 二度目は使わないか」

 岡田 緑のハーモニクスが消える。貫かれた立華はその場で倒れ込んだ。

「終わりだ。カウンターがいない今、私を止められる者はいない。お前達の華やかな舞台は、この招かれざる役者が荒らそう。残念であったな」

 ハンドソニックが振り下ろされる。

 しかし――その無慈悲な刃は、立華に届かず途中で止まった。

 音無が彼女を庇うように、前へ出たからだ。

「結弦……!」

「ごふっ⁉」

 ハンドソニックを引き抜かれ、音無は大量の血を吐く。胸を穿たれていた。即死だったのか、立華の叫び答えることがない。

「はあああっ!」

 椎名が裂帛の気合と共に、忍刀を岡田 緑へ目掛けて振り下ろす。しかし振り上げられたハンドソニックに刃が砕かれ、武器の無くなった椎名の横っ腹を払うように、岡田 緑は拳を振った。まるでトラックに跳ねられたかのように椎名は吹っ飛び、地面に転がった。

「……全滅、かよ」

 俺は歯ぎしりをして、なんとか立ち上がろうとするも、平衡感覚を失った体は言うことを聞かない。くそ。なんて役に立たないんだ、俺は……!

 岡田 緑はゆりの髪を左手で掴み、持ち上げた。

「くっ……」

「私に辿り着いたまではよかったが、その先の詰めが甘かったな」

「そうかしら……? 油断すると、寝首かかれるわよ。二流の悪役ほど、よく喋るのよね。アンタはさっきからよく喋るわ」

「この状況でよく強気でいられる。なにを信じている? 桜木 春斗か? 残念だが、今の奴にカウンターの力はない。桜木 空もいない。奴はとうの昔に消えた。紛い物が舞台へ上がってしまえば、その舞台のルールに従うことになる。例外はない」

「なにを言っているんだが、さっぱりよ。なんとなく、アンタが何故か春斗くんを知っていて、執着しているのはわかるけど」

「ふん。数多の因果を見てきたものでな。忌々しい。奴は、私と同じ存在であるのに、必ず真逆の役割を担うのだ。宿敵と言っていい」

「本当、よく喋る奴ね、あなた。寝首かかれるって、忠告してあげたのに」

「……?」

 刹那――変化が、起きた。

 岡田 緑のハンドソニックが消えたのだ。そして急に力を失ったかのように、ゆりを持ちきれないとばかりにふらつき、手放す。

 ゆりは地面に着地し、すぐさま岡田 緑を殴り飛ばした。

「ぐはあ⁉」

 岡田 緑が地面を転がる。殴られた頬が抑えながら、彼は叫んだ。

「なんだ……? なにが起きている! 何故、オーバードライブも、ガードスキルも発動しない⁉」

 ゆりがよろめく足でなんとか立ちながら、拳銃を向けた。

「戦線には竹山くんっていう凄腕のハッカーがいてね? あんたのPCをハッキングして、ソフトウェアをいじってもらったのよ」

「バカな……この短期間でか⁉」

「すごい腕前よね。一体、どういう生前だったのかしら?」

「くそ! ふざけるな!」

 岡田 緑がゆりへ殴りかかる。しかしゆりは即座に岡田 緑の右足を拳銃で撃ちぬいた。跳ねるように地面へ倒れ込み、動けなくなる。

「がはっ!」

「諦めも悪いとは本当に二流の悪役ね、あなた」

「くっ……!」

「あなた、まだ戦線に敵対するの? しないつもりなら、これ以上手は出さないわ。その代わり、あなたもあたし達に手を出さないことを誓いなさい」

 ゆりが最終勧告をする。ここまでされて優しいものだが、戦線のポリシーからして、過剰な攻撃行動はとらないようにしたいのだろう。

「冗談を言うな。貴様らに屈服するくらいなら、この世界から消えてやる」

「あら、そう。ま、自由になさい」

「仲村 ゆり。貴様の因果を見てきたが、貴様の願いは叶わない。神への反逆は成されないのだ」

「はいはい。捨て台詞までするなんて、二流どころか三流じゃない」

 煽り立てるゆり。あんまりやるとお前が悪い奴に見えるって……。

 岡田 緑が俺の方を見やる。

「……桜木 春斗。忌まわしい名だ。貴様が舞台へ上がってからならば、全ては上手くいくと思ったのだがな」

「俺を知っているのか?」

「因果だ。この世界の貴様は、なにも知らないようだが……私と貴様は、同じ存在だ。呼ばれた存在。招かれざる役者にして、紛い物。退場することが役割なのだよ」

「……なにを言っているんだが、さっぱりだな」

「そうだろう。だが、いずれわかる。貴様は世界を変えるほどの存在ではない。所詮、紛い物にすぎないのだとな」

 そう言って、岡田 緑は消えていった。

 最後までわけのわからない奴だったが……何故だろうか。

 あいつと俺が同じ存在だという言葉だけが、脳裏にこびりついて、離れない。

 

 

「ひでーめに会ったぜ。クソ崇拝者がよ」

 定例会議の校長室。藤巻が重いため息をつき、そんなことを呟いた。

 岡田 緑の件が解決し、磔にされる心配は無くなったものの、あの決戦の時にはみんな銃弾で蜂の巣にされたのだ。藤巻が重いため息をつくのも無理はない。

「竹山くん、お手柄だね。すごいや!」

 大山がノートパソコンをカタカタする竹山に向けて、素直にそう賞賛する。

「当然の結果です。あとクライ――」

「おらあ、お前ら! あたしの華々しいデビュー見たかー! 興奮したかー! ファンになったかー!」

 ゆいがぴょんぴょん跳ねながら、そんなことを言う。竹山は今回、MVP級の手柄のはずだが、クライストとは呼ばれないのな。

「俺ら、それどころじゃなかったから……」

 日向が呆れたように言うと、ゆいが彼へすかさず絡んだ。

「んだと、おらぁー! ちゃんと見とけよなー!」

「はい、調子乗ったー!」

 すかさず日向は関節技を決める。

「ぎゃあああああああああ⁉」

「天使並みにやべー奴と戦ってて、幹部はそれどころじゃなかったっつーの! 銃弾の嵐で肉片飛び散った奴だっているんだからな!」

「いだいいだいいだいですー! わかりました、あたしが悪かったですー! タップ、タップ!」

「たく」

 日向がゆいを開放する。

「まあでも……ちらっと聞こえた感じは、頑張ってんだろうなーって、思ったぞ」

「ひなっち先輩……」

 どういう構造なのか、ゆいの悪魔尻尾がふりふりと嬉しそうに振れていた。

「不覚……一撃もあの男に届かなかったとは」

 椎名が隅で悔しそうにしている。まあ、相手が無茶苦茶だったしな。ただでさえ規格外の立華の上位互換なのだ。そりゃ手も足も出ない。

「しかし、神の信仰者がこの世界へ迷い込むとはな……」

 松下五段がそんなことを改めて口にした。高松が眼鏡を上げる。

「妙な思想の持主でしたね。神に苦しめられた者ばかりの世界だというのに……」

 野田が隅でハルバートの素振りをしながら、口を挟んだ。

「しかし奴は長い間、なにをしていたのだ? 何故このタイミングで動き出した?」

「……舞台がどうとか言ってたな、あいつは」

 俺が言うと、野田がふんと鼻を鳴らした。

「わけのわからん奴だから、わけのわからん理屈で動いているわけか」

 ……どうだろうか。どちらかというと、俺達の知らないなにかを知っている、という感じな気がするが。

「桜木に因縁をつけていたらしいが、本当になにも知らないのか?」

 岩沢の問いかけに、肩をすくめた。

「生前にもあんなのいなかったし。俺は覚えがねえよ」

 直井が音無を小声で呼んだ。

「音無さん。桜木さん側につく考えはないんですか?」

「え?」

「生徒会に入れば……立華さんと敵対せずに済みますが」

「気を使っているのか?」

「もちろんですとも! この直井、いつでも音無さんのことを第一に考えてまっす!」

「……あ、ああ」

「どうして一歩引いたんですか?」

「その話だが、もう桜木から聞かれたよ。俺は戦線に残るって、もう決めたんだ」

「そうなんですか。桜木め……僕のいないところで勝手に話を進めやがって」

「え?」

「いえ、なんでもないですよ!」

 相変わらず騒がしい面々。

 校長室のドアが開き、最後の一名がやってきた。

「あら、みんな早いわね。待たせたかしら?」

 我らがリーダー、ゆりである。リボン付きのベレー帽を被り、いつもの上座へ座る。

「先日のトルネードはお疲れ様。さて、みんなヘトヘトなところ悪いけど、新しいオペレーションを開始するわよ――」

 戦いは落ち着いた。だけど、次の舞台はすぐそこまで、迫っていた。

 決戦――影の出現へ向けて。

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