最終決戦を終えた後。戦線メンバーがこの世界を去り、残るは幹部、陽動部隊、チャー、立華と俺になった。
極めて激しい戦いであったせいか、ゆりはまだ目を覚まさない。
夕方。残ったメンバー全員で校長室に集まり、今後のことを話し合った。音無が演説したあの日。ゆりの宣言により、戦線は事実上の解散。戦いが終わり、みなこの世界を去る思想に賛同はしているが、リーダーであるゆりは置いてはいけない、ということになり、彼女を待つことになった。
「まずは高松くんがどうやったら記憶を取り戻すか、考えないとね……」
大山が開口一番にそう言い出す。幹部連中が集まり、作戦を立てていた。頭を叩いたらいんじゃね? とか、階段から突き落とすのはどうだ、とか、筋トレさせたら思い出すんじゃないか、とギャグとしか思えない作戦しか出てきていない。
陽動部隊は最後のライブへ向けての準備で話合いを始めていた。
各々が、戦線のメンバー全員で卒業出来るよう、動き出している。
……俺も、そうしなければ。
無言で校長室を一人で去る。そうして学園を出て、第一コンピューター室の地下へと再び降りる。
何故? 決まっている。
戦いはまだ、完全に終わってはいなかったのだ。
最後に――カウンターとやらの役割を、果たさなければいけない。
「待っていましたよ。では、行きましょうか」
AI――謎の少年が俺を出迎えた。
保健室のベッドでゆりを寝かせ、近くの椅子に座り一息ついた。ゆりはすやすやと、穏やかな寝顔で眠っている。
「……可愛いなあ」
のろけ全開でそんなことを呟き、ゆりの頭を撫でた。寝ていても起きていても、ゆりは可愛い。見ていてずっと飽きないものだ。
試しに頬をつんつんと突いてやる。ぷにぷにとした触感はまるでお餅のようだ。
そんな風にして、ゆりを勝手に愛でていたら――不意にその「声」が聞こえた。
「彼女は目覚めませんよ」
「っ⁉」
反射的に立ち上がり、声のした方へ振り返る。
そこには、無機質に佇む謎の少年がいた。端正な顔立ち。美しい声音。だけど、どこか浮世離れした雰囲気が彼を「人外」だと認識させる。
「誰だ?」
「この世界ですと、あなたは僕を知りませんか」
「……いや。そうでもない」
影に飲み込まれかけた時に流れてきた、あの映像を思い出す。ゆりが第二コンピューター室を破壊する光景だ。あの時、ゆりは俺がNPCに変えられていたと言っていた。
そんな会話の相手をしていたのが、この目の前にいる「謎の少年」だ。愛がどうだとか、影の正体にまつわることを説明していたのを覚えている。
「お前はANGEL PLAYERで作られたAIだ」
「そこまでご存知ならば、話が早いです」
「……ゆりが目覚めないってのは、どういうことだ?」
「残念ながら、僕の護衛で影がいましてね。その影に彼女はやられたのです。NPCに変えるほどの影響力はありませんが、このままですと彼女は目覚めない。永遠というわけではありませんが、少なくとも、途方もない時間がかかります。ですが、あなた達にはもう、時間がない。違いますか?」
会ったこともないのに、恐ろしいほどこちらのことを見据えていて、気味が悪い。
「ゆりが苦しんでいるというのなら、俺は必ず助ける」
「それは頼もしい限りです。さすがは、カウンター。でしたら――」
「だが、お前の言うことを真に受けると思うか?」
プログラマーの指示に従っただけとはいえ、こいつは影を生み出し、世界を無茶苦茶にした元凶の一つなのだ。
高松の仇でもある。言う通りにするわけがない。
「しかし、そうしなれば彼女は目覚めないままですよ? 僕は彼女を目覚めさせるために、ここへやってきたのです」
「……ゆりは目覚める」
「なにを根拠に?」
「お前こそ、なにを根拠にゆりが目覚めないと言っている」
「……では、こうしましょう。ANGEL PLAYERの正体。影の正体。僕を作ったプログラマーの正体。それらを、あなたはきちんと理解していますか?」
「なに?」
「あなたはカウンターの力を通して、なにを見たのでしょうか? どこまで知っているのでしょうか?」
「それは……ここじゃない世界だけど、ゆりが第二コンピューター室を破壊するところだ」
「ならば、まだこの事態の「真実」には辿り着いていない。影は消えた。何故、影が作られたのかも知った。けれど、あなた達はまだ、ANGEL PLAYERの正体を知っていない。正しく戦いの事態を理解していない。まずは、そこから始めてみませんか?」
「……とりあえず、座れよ」
なにが狙いなのかわからないため、俺は警戒しながら、謎の少年へ椅子をすすめる。彼は反対側の椅子に座り、ゆりを眺めた。
「あなたはご存じでしょうか。かつて、クラスSSSは地下を「ダンジョン」と呼んでいたことを」
「その時代はまだいなかったから知らねえけど。まあ、聞いたことはある。武器が置いてあったんだろ? それで奥には椎名がいたらしいな」
「ええ。そこから導き出される結論は、極めて単純なことです」
「……以前にも、誰かがこの世界で戦っていた?」
創設メンバーが話したいことを、俺は引用した。
「正解です。そうです、この世界で戦いを始めたのは、なにもクラスSSSが最初ではない。もっと以前から、あったのです。死後の世界での戦いは」
「お前はそれを知っているのか?」
「ええ。クラスSSSの一個前の時代です。その少年少女達もまた、神への復讐を誓い戦っていました」
俺は背筋がぞくりとした。
神を恨むのは、いつの時代にもいるということか……。
「それじゃあ、この戦いは無限ループで繰り返されているっていうのか?」
「ええ。おそらくですが、そのようになっていると思われます」
「そんな……」
「アナザーエピローグ、というのをご存じでしょうか。「彼」が生徒会に残り、この世界の死者と向き合う道を選ぶ。そして「彼女」を待ち続ける。仲間が全員いなくなった、たった一人きりの世界で。あの出来事はあなた達が迎えた結末とは異なりますが、実際、この世界では起きていることなんですよ」
「なにを言っている?」
「ようするに、僕のプログラマーの正体ですよ」
「えっと、たしか……愛を知って世界に残り、相手の人を待ち続けたけど、途中で狂って自分をNPCにしたっていう奴か」
「そうです。結局、この世界は繰り返してきたんですよ。その証拠として、クラスSSSは「ダンジョン」を見つけ、やがて僕のいる「第二コンピュータ―室」へ辿り着いた。そして同じように、世界を去る選択をとるのです」
「待て、待て。この話はどこへ行こうとしている?」
正直、話が大きすぎてついていけない。本当にこの世界が無限ループで戦いを繰り返されていたとしても、さすがにその問題までは手に余る。どうしようもない。俺は世界を救うスーパーヒーローじゃないのだ。
「僕の目的と。そして、仲村ゆりが目覚めない理由ですよ」
「……お前の目的?」
「ええ。僕がお願いしたいのは……」
少年は一息ためて、俺をまっすぐに見据えた。その瞳は力強かった。
「僕を、この世界から解放してほしいのです」
謎の少年が作られた時は、少年ではなかったらしい。
少女として、この世界で作られたのだという。
どんな少女だったか?
……もはや、それは愚門だろう。
プログラマーが待っていたという、「恋人」の少女のコピーとして作られたのだ。
少しでも彼女に似せるため、同じ存在を作るため。彼は必死になった。
彼は耐えられなかった。彼女を待ち続けることに。その心は狂いに狂い、ANGEL PLAYERの制作にまで駆り立てられた。つまりANGEL PLAYERとは元々、恋人の再現のために制作された物なのだ。
そうして、やがて恋人そっくりの存在を作った。それが「謎の少年」の原点だという。
容姿はもちろん、性格や喋り方、声も似せるように制作したという。それには途方もないほどの年月がかかった。それこそ、気が狂いそうなほどの時間が経過した。それでも彼は諦めなかった。
やがて彼女とほとんど違わない完璧なコピーが完成した。
そうして彼女と彼は、愛し合い始めた。
今度こそ、この世界で永遠の楽園を作ろうとした。
だが、それは所詮……紛い物であった。
AIは、彼を満足させることが出来なかった。
その願いが叶うことは、永遠になかったのだ。
やがて彼は恋人のコピーを諦め、少女を今の「謎の少年」へと変え、自身をNPC化。そして世界の秩序を守るという役割を、影と「謎の少年」へ与えたのだという。
「第二コンピューター室のほかに、あともう一つだけコンピューターがあるのです。それがマザーコンピューターで、僕を維持しているデータがあります。今、仲村 ゆりを苛んでいる影のデータもそうです。あなたには、そのコンピューターの破壊をお願いしたいのです」
俺は思わず、黙り込んだ。
「……お前、そいつのことが好きなのか」
「彼ですか? かつてはそのようにプログラミングされていましたね」
「いや、そういうことじゃねえんだけど……」
結局のところ、こいつも随分と悲惨な境遇なのだ。彼の愛玩具にされ、彼を愛するように作られたが、最終的には世界の秩序を守る「役割」を押しつけられて、彼自身はとっととNPC化して逃げた。ひどい話だ。
……まあ、俺もゆりを失えばそれくらい狂うんだろうが。
コンピューター室を破壊される時、この少年がゆりに神となることを勧めたのも、まあ納得がいく。
ゆりがAIのくせに人間味があることね、と皮肉っていたが、そりゃこうもなるだろう。むしろ長年律儀に秩序を守ろうとしただけ、充分に忠義を果たしたといえる。
「カウンター……いえ、桜木さん。僕に協力してくれますか」
俺はゆりの方をちらりと見る。
戦いは終わった。こんな不気味な奴の言うことを聞く必要はない。リスクだってある。だけど、影は消えてもこの謎の少年が消えていないことは事実だ。
ならば、あの戦いが完全に終わったわけではないのも、また事実になる。
ゆりはここまで戦い抜いたのだ。だけど、そこに綻びが発生した。その綻びを確かめに行かねば、とりかえしのつかないことになるかもしれない。
「わかった。少なくとも、お前は消さないと安心出来ないしな」
「ありがとうございます。あなたが来てくれるのならば、頼もしい限りです」
謎の少年が軽く頭を下げた。
その表情は、無表情であった。
夜。そんな経緯で、俺は再び地下へ潜った。ハンドガンを持ち、ナイフを携帯。しかし驚くべきことに、今の俺の体にはANGEL PLAYERのバックアップがあり、パッシブやガードスキルを使うことが出来る。カウンターとしての力、と謎の少年が言っていたが、俺にはよくわからない。不気味であったが、あの影がまだいるのならば、この力には頼らざるをえないだろう。俺は嫌々ながらも、謎の少年の力を信じることにした。
「久しぶりね」
「っ⁉」
声がして、俺は思わず後ずさった。
そこにいたのは――赤い瞳をした、立華。
つまり、分身天使なのだ。
「お前! なんで、まだいるんだ⁉」
「マザーコンピューターに避難したのよ。おかげで地下でしか活動は出来ないし、以前ほどは強くないけれど」
「……好きな食べ物はなんだ」
「冷たいうどんよ」
「しかもあの個体かよ⁉」
「嬉しい?」
「う、嬉しかねえよ。というか、なんの用だ」
分身天使が微笑を浮かべる。
「あなたに協力するわ」
「なに? マザーコンピューターに避難したんだろ? 破壊したらお前も消えるぞ」
「心配してくれるの?」
「違う!」
俺が慌てて否定する。
と、ここで謎の少年が通路の向こう側を見据えた。
「……お二人共。構えてください、来ました」
「なに?」
俺が思わず声を上げ――目を、疑った。
現れたのは、あの時と同じ影だったのだ。
「なんでだよ⁉ ゆりがコンピューターを破壊したから、影はいなくなったんじゃねえのか!」
俺が言うと、謎の少年が答えた。
「ええ。消えましたよ。ここにいる影は地上へ出ることは出来ない。あくまでも、マザーコンピューターを守るためだけの存在です」
「っ、つーかお前、こんなに俺らの味方して大丈夫なのかよ」
「所詮、影はプログラム通りにしか動けません。僕を攻撃するほどの柔軟性は持ち合わせてはいませんよ」
「そりゃよかったな。くそ、頼りたくはないが――ガードスキル!」
ANGEL PLAYERの力でアサルトライフルを制作。影へ向けて射撃した。
「あたしも戦うわ」
分身天使は射線に入らないよう、素早く前へ出て影をハンドソニックで切り裂いていく。以前ほど強くはないと言っていたが、充分すぎるほどの戦闘能力であった。
影は数えるのが億劫なほど沸いていたが、数分の戦闘で鎮圧に成功。俺はアサルトライフルを解除した。
「……本当に味方してくれるんだな、赤目立華」
そう言うと、分身天使はこくりと頷いた。
「そう言ったじゃない? 信用してくれたかしら」
「信用出来るかは置いておき……まあ、一旦は行動を共にしても大丈夫だろうとは、判断してもいいな」
「ふふふ。なら、今夜はデートね」
「違う。俺はさっさと行くからな」
「照れ隠し?」
「だから、違う!」
「あたしは嬉しいわ」
「っ⁉ いいから、急ぐぞ!」
すたすたと歩き出す俺に、分身天使は上機嫌そうについて来た。
こうして俺、分身天使、謎の少年とイレギュラーすぎるパーティを組んで地下を進んでいく。トラップは解除されたまま放置されているので、進みは順調だ。だが、道中では影が何度も湧く。そしてその一回一回は重く、影はものすごい数を増やしていった。戦闘が重なるにつれて、俺は疲労が溜まる。
「休ませてくれ……」
土壁に背を預け、座り込む。分身天使はその隣に座った。
「僕が回りを警戒しておきます」
謎の少年はそう言って、周りを警戒した。
ANGEL PLAYERによる負担のせいか、疲労が大きい。俺はあっという間にうとうととし始める。
「大丈夫?」
「ああ……」
「あたしの胸の中で眠ってもいいのよ」
「そんなことするかよ……」
しかし気がつけば、意識が闇の底へと落ちていった。
彼は流されるまま、戦っていた。
この世界は狂っていると、と。
神を糾弾すべきだ、と。
クラスSSSと同じような組織があって、同じように生徒会と対立を起こしていた。戦いは日々起きて、日夜続いた。
やがて彼は、仲間の一人の少女に恋をした。だけどその思いは、ずっと秘めた。明かして成就でもすれば、消えてしまうことになるから。
当時の組織は、仲村ゆりほどの強い執念や、リーダー性のある者はいなかった。だから戦いは長くは続かず、隊員は徐々に数を減らしていった。
彼もその内の一人であった。
もう告白してしまおうと。そう思って――彼女と、結ばれてしまったのだ。
結果。満たされた恋人は消え、彼は置いて行かれた。
最初の内は、それが神を糾弾するモチベーションになった。だけど、それも長く続きすぎると、精神がもたなくなった。
やがて彼はもう一人の人間にANGEL PLAYERを託すことにした。
この時点の彼は、もはや神にも似た所業をなせる力を獲得していたのだ。しかし彼には同時に、強い理性もあった。自分が神になってはいけない。この世界を好き勝手に改変してはいけない。そうやって、己を律してなんとか正気を保った。
彼はANGEL PLAYERを使い、二つのプログラムを走らせる。
一つは、ANGEL PLAYERの後継者。大きな力を、正しく使える存在をと願った。
――つまりこれは、岡田 緑だ。
もう一つは、万が一その後継者が道を誤った時。その者と対消滅することが出来る、カウンターとなる力。
――これは、桜木 春斗である。
後継者は長い年月を経て、現れた。岡田 緑は、「彼」の親友となっていた。
「岡田。これを君に渡す」
「……何故だ?」
「俺は、正気を保てなくなる。だから、これを渡しておく。お前なら、この力を正しい方向へ導けるから。君はそのために、この世界へ呼ばれた。正しい方向へ導けると、信じている」
そう言って、岡田 緑にANGEL PLAYERを渡した。
岡田は、狂いゆく親友を見てきた。
影で己をNPCに変えた彼を見た。
だから、やがて決心する。
「私は、この世界の神になる夢を叶える。そして、お前が苦しまない、永遠の楽園を作る。だから、それまで待っていろ」
だけど、岡田 緑はこの時、親友の言葉をもう一度思い浮かべた。
この力を正しい方向へ導ける、と言って渡してきたのだ。
自分が絶対的に正しい存在でない可能性がある。ならば、己と同じ力を持った存在が必要になるはずだ。
故に岡田 緑は当時、この世界へ長くいる少女――立華 かなでに目をつけ、ANGEL PLAYERを渡した。
「これはなに?」
「君がなにか成したいことがあった時。それをサポートしてくれるツールだ」
「よくわからないわ……」
「まあ、とりあえず持っておくことだ」
そうして、岡田 緑は神になる準備を進め。
立華 かなでは興味本位でANGEL PLAYERをいじり、天使と呼ばれるに相応しい力を得ることとなった。
頭の下がとても柔らかく、気持ちの良い感触だった。甘い香りが鼻を刺激し、疲れが癒される。思わず両手を回して、ぐっと抱き寄せた。
「ふふふ。甘えん坊なのね」
頭上から可愛らしい声が降りかかる。
髪の毛を優しく撫でられた。もうずっとこうしていたい。
あまりの心地よさに、もう一度寝ようとした。
だが、冷静に状況を分析し終えた後、慌てて起き上がる。
「はっ⁉」
「あら。起きたのね」
分身天使が淡々と言い放つ。
……俺はいま、こいつに膝枕されていたのか⁉ そんで俺は寝ぼけて、抱き寄せたっていうのかよ。
「なにするんだよ⁉」
「気持ちよさそうな寝顔だったわ」
「いや、寝たのは悪いけど、これはマズイだろ⁉」
「膝枕はイケないことではないわ」
ちくしょう。俺は誘惑に負けたのか……!
「大丈夫よ。あの子は今、気を失っている」
「そういう問題じゃねえから⁉」
「気持ち良かったわね?」
「誤解を招く言い方をするな!」
「ふふふ。相変わらず真面目ね」
「お前は不真面目だよな……」
だが、おかげで疲れはとれた。スッキリした頭で、立ち上がる。
「……行こう。妙な夢も見たしな」
「夢?」
「ああ。ゆりや音無達の戦いは終わった……けど、俺達紛い物の戦いはまだ、終わっていない。だから、終わらせに行こう」
「待って」
「なんだよ。どうしたんだ?」
分身天使が俺の服の袖を掴むから、俺は首を傾げた。
「もう少しイチャイチャしたいわ」
「よし行こう。早く行こう」
「いけずだわ」
分身天使がぷくーっ、と頬を膨らませたが、完全に無視してやった。
地下深くへ進むと、うじゃうじゃと影が集まっているところがあった。第二コンピューター室と同じだ。なにかを守るように集合している。
「よし。行くぞ」
「ええ」
俺と分身天使が影へ向かう。
すると、影は今までにない動きを見せた。なんと一体化して、大きな一つの個体となったのだ。
「なんだ⁉」
俺が当惑すると、少し後ろにいる謎の少年が淡々と告げた。
「合体しましたね。このような成長を遂げるとわ」
「お前も把握してねえのかよ⁉」
「僕はあくまでも、AIですから」
「くそ、道案内以外では戦力にならないのか……!」
俺はアサルトライフルを構え、影へ向かって放つ。刹那、影は目の前に大きな黒い影を生み出し、銃弾を防御した。
「なに⁉」
ガードスキルのようなものだろうが。銃弾は何一つ通らず、壁へ飲み込まれていく。まるでクッションのようだ。銃弾をぴたりと受け止め、そのまま飲み込んでいってしまう。
「近づくわ」
分身天使がハンドソニックを手に、飛び出そうとする。
「待て、待て⁉ あんな巨大な奴に、接近するのは危険だ!」
「心配してくれるのね」
「冗談言っている場合かよ!」
「あたしは大丈夫よ。それに、策ならある」
分身天使は影へ突っ込み――さらにそこから、分身を大量に生成した。
「ガードスキル、ハーモニクス」
分身天使の分身が影に襲いかかる。影は無数に切り刻まれる。が、刻まれた切り口からさらに影に分裂。大型の影は倒したものの、そこから派生するように現れた大量の影が出現することとなった。
分身天使の分身が一気に消える。戦闘能力が落ちたと自称するだけあって、スキルの持続時間が極端に短くなっていた。
「なんでもありかよ……赤目立華! さがれ、こっちに来るんだ!」
「ええ」
分身天使は跳躍して、何故か俺に抱き着いてくる。慌てて突き飛ばすと「冷たいところも好きだわ」などと、わけのわからないことを言い出した。ドMにでも目覚めたか。
「ガードスキル……食らえ!」
ANGEL PLAYERで生成した手榴弾を投げつける。凄まじい爆発は、影をまとめて蹴散らした。
残った奴らはアサルトライフルで一掃する。
「よし。これで進めるな」
俺達は奥へと進んでいった。
第二コンピューター室と同じような雰囲気であったが、置かれているPCは一台のみであった。この一台で先ほどの影や、分身天使、果てはAIを制御しているのか。巨大なモニターでは難しい画面表示が複数表示されている。プログラミングの知識がない俺には、なにがなんやらさっぱりであった。
「これを壊せば、今度こそ全てが終わります。お願いします、桜木さん」
「……」
しかし俺は、銃を構えなかった。
「桜木さん?」
「消える前に、プラグラマーに一言ぐらい文句を言ったらどうだ」
「何故?」
「何故って……お前、自分がなにされたのか、わかっているのか? 勝手に作られて、勝手に秩序を守る役割を押しつけられたんだぞ?」
「桜木さん。僕はAIです。彼を愛するプログラムを消された今、彼に対する感情が見当たらないのです」
「本当にそうなのかよ」
「興味深いですね。あなたは僕に情でも芽生えましたか」
「そうじゃねえよ……だって、矛盾しているだろ。本当にプログラム通りに動くのなら、秩序を守る存在として、ゆりへ神になる道を教える必要はない。こうして俺の前へ現れて、自分を消すように誘導する必要もない。今のお前は、明らかにお前自身の意志で動いている。違うか?」
「そうですね。長い時間が経ちましたので……僕にも、多少なりとも「心」が芽生えたのかもしれません」
「なら、心を持つ人間としてアドバイスをする。消える前に、プログラマーと会え。一言でもいいから、会話をかわした方がいい」
「おかしなことを言いますね。そんなことをして、僕の気でも変わったら、どうするつもりなのですか?」
「その時はその時だ。それにな……これが、人間ってやつなんだよ。正しい選択だけじゃ、生きていけない。間違えずにはいられない生き物なんだ」
「……わかりました。少し、待ってください」
謎の少年は消えた。相変わらずの神出鬼没ぶりである。
「二人きりね」
分身天使が何故かモジモジしながら、そんなことを言う。
「少しも嬉しくないな」
「んむうううう」
ハリセンボウのように膨れながら、赤い目で睨みつけてくる。
「今なら、チュッチュも激しいことも出来るのに……」
「お前は隙あらばR18展開に持ち込もうとするな。つーか、立華の意志を継いでいるとは思えないな……べったりしてきて、性生活が乱れているぞ」
「勘違いしないで。あたしはあなたにしか、心を許していないわよ」
「……そうかよ」
そんな会話を交わしていると、謎の少年が戻って来た。
「お待たせしました。もういいですよ」
「早いな。本当に話したか?」
「ええ。一方的でしたが、ね。もう彼は、自分が何者なのかも、わかっていません」
「本当に、もういいんだな?」
「十分です。長い……本当に、長い時間が流れました。もう、僕は役割を終えます。機械でも、時の流れは重いのですよ」
「そうか。わかった、じゃあ終わりにしよう」
俺は銃をマザーコンピューターへ向けた。
「お前を卒業に……春へ導く」
引き金を引く。連射された銃弾はPCをオモチャのように破壊し、モニターをも砕いた。滅茶苦茶にされた辺りは火花を散らし、煙を吐き出す。
瞬間――唇に、柔らかく温かい感触が押し付けられた。
「っ⁉」
「ふふふ。油断したわね」
分身天使が笑顔で、俺の胸元へ抱きついている。
「好きよ」
「お前……」
「ふふふ。やっぱり顔、赤くなるのね」
「う、うるさい」
「つい、体が熱く反応しちゃうのね」
「だから、誤解を招く言い方をするな!」
「唇、奪ってやったわ。仲村ゆりばかり、ずるいもの」
「なんで、こんなこと……」
「だから、あなたが好きだからよ。わざわざこのPCに残ったのも、あなたとの最後の「夜」を過ごすため。そのためだけに、残ったのよ」
「……」
「でも、それもおしまい。今度こそ、お別れよ」
「ああ。この世界は卒業するためにある場所……そうだろ?」
「ええ。あたしも去るわ。バイバイ、桜木くん」
そう言って、分身天使は消えた。謎の少年の姿もない。
……謎の少年は、プログラマーへなんて言ったのだろうか。
そしてそのプログラマーはいつまで、この世界でその恋人とやらを待ち続けるのだろうか。
そんな悲劇は二度と、繰り返してはいけない。
過去にも戦いがあった? 冗談じゃない。
こんなところで、争っちゃいけない。
といって、ここに残って数多の魂を導くなんてご大層役割は出来ないし、御免だ。なら、他に良い方法がないだろうか。この世界でなにか、爪痕を残すことは。次来る魂へなにかを訴えることが出来ないか。
「あ、そうだ。アルバム。卒業アルバムを作ろう。そうすれば、また繰り返さないで済むかもしれない」
それにあいつらとの、最後の思い出作りにもなる。
ゆり。
目覚めたら、一緒に始めよう。卒業への一歩を踏み出そう。
ラストオペレーション。戦線と共に、最後の春へ。