※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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 元ネタは4コマです。原作だと短い話ですが、オリ展開を多く入れるので、ここではやや長めな話になります。


音無ルート 行進曲編「強い自分であるために 前編」

 緊急招集と遊佐に言われ、本部へ駆けつけると、なにやら可愛い生き物がいた。

「あたしの名前。仲村 ゆり」

「……⁉」

 思わず、二度見した。

 戦線の幹部に囲まれているのは、小さな女の子。子供だ。小学生低学年といったところ。この世界に子供はいない。その上、見た目がゆりに似ていて、しかも仲村 ゆりを名乗っているのだから度肝を抜かれるというものだ。

 まあ、遊佐に「子供のゆりっぺさんが現れました」とは聞いていたが……。

「……この世界はこんなことも起きるってのか?」

「桜木。来たか」

 音無がこちらに気がつき、状況を説明してくれた。

「彼女は生霊のようなものなんじゃないかって、話になっているんだが……」

「肝心のあいつはどこにいんだよ? なにか知らないのか」

「ああ。ゆりは寝込んでいる……」

「っ! なにかあったのか⁉」

「過労だそうだ」

「……叩き起こしてくればいいんじゃないか?」

「まあ、そもそも本当にあのゆりなのか、疑わしいのだが……見た目はそっくりとはいえ」

 ゆりを彷彿とさせるカチューシャ。勝気な瞳に、整った顔立ち。面影は髄所にあるものの、いかんせん子供の姿だ。ゆり本人とは信じがたい。

「この子がゆりっぺかどうか、たしかめてみよーぜ」

 日向がそう言いながら、本部に現れた。

 その手には食堂から持ってきた、納豆カレーがある。ゆりは納豆が大の苦手だ。

「ほーら、おいしい納豆カレーだぞー」

「ゲテモノ! 靴下のにおいがする! いやあああ⁉」

 ゆりは部屋の隅へダッシュで逃げ、嗚咽した。そんなに嫌なのかよ。今度俺も試してみようかな。

「おお、あの反応! ゆりっぺに間違いない、昔に見たぜ! なつかしー!」

 日向がはしゃぐ。まあ、一番付き合いの長い彼が間違いないというのなら、より本人だという可能性が高まるというものだ。そして納豆カレーは大山が美味しくいただいている。大山は納豆が好きだ。

「とりあえず。寝ているところ悪いけど、ゆりを起こしに行かないか?」

 俺が解決策を提示するも、高松、野田、松下五段の三人が団結してゆりが座るソファを取り囲んだ。

「まあまあ、いいじゃないですか。せっかくですし。お兄さんの肉体、どう思います?」

「ああ……小さいゆりっぺも、ありだ」

「ふむ。もう少しだけ、このままでいいのではないか?」

 ゆりが顔を青くして震えた。

「この人達はアホなの……?」

 もう看破されているぞ。

 音無が声を上げる。

「こらこら、お前ら。ゆりとはいえ子供だぞ。怯えさせるな」

 日向がゆりの前でしゃがみ込み、優しい声を出した。

「よし。お兄ちゃん達と一緒に遊ぼうぜ!」

 ゆりが警戒心剥き出しのジト目を向けるも、ぼそりと返事した。

「……遊んであげても、いいけど」

 と、ここで日向がうーん、と唸る。

「とりあえず、なんて呼んだものか……ゆりっぺだとややこしいよな」

「小さいゆりだからロリっぺとかでいいんじゃないか」

「人のこと言えねえが、桜木もセンス無いよな」

 失礼な。

「よし! じゃあ、ゆりりんとかどうだ⁉」

「……ゆりりん」

 ゆりが小さい声で復唱する。

 普段のあいつなら「なによ、その最っっっっ悪なセンスは⁉」って言ってツッコミを入れるところだが、ゆりはうつむいてぼそりとこう言った。

「かわいい……いい、と思う……」

 素直。誰だこいつ。やっぱ違う奴なんじゃないか。

 ゆり――もとい、ゆりりんはきょろきょろと周りを見渡す。いかつい野郎ばかりの空間。怖くて落ち着かないのだろう。

 飛び出すか、部屋の隅にいる唯一の女性、椎名辺りに逃げ込むんじゃないかと思ったが、俺と目がぴったりと合うと、たたたたた、と愛らしい足音を立てながら、こちらへ駆け寄ってきた。

 ぎゅううう、と上着の裾を掴むと、縋るような上目遣いでじっと見てくる。その様子を見た日向がにやにやと笑みを浮かべた。

「お、やっぱそこ行くんだなー。本能的なものか?」

「そんなわけあるか……この時代のこいつとは面識ないっての」

 俺が頭をガリガリと掻く。ゆりりんの大きく愛らしい相貌に吸い込まれそうになるが、生憎と小さい子供は苦手だ。

「誰か、子供の御守りが得意な奴はいないのか」

 俺が言うと、野田が真っ先に前へ出た。

「俺だ」

「いや、絶対嘘だろ……兄弟でもいたのか?」

「ゆりりん。結婚してくれ」

「っ⁉」

 なんかすげえ暴挙に出たぞ、こいつ⁉

 ご丁寧にも、野田の手には花束が握られている。

 まあでもたしかに、このゆりは子供だし、今の内に嫁にしておけば、実質ゆりを嫁にしたも同然になるわけなのか。死後の世界じゃなかったら、お縄案件だが。

 プロポーズを受けたゆりりんが、きょとんと首を傾げる。

「結婚? あたしと?」

「ああ! 大好きだ!」

「どうして?」

「理由なんてないっ!」

「どこが好きなの?」

「すべてだ!」

「7×8は?」

「…………………………15?」

「アホなひときらい」

「っ⁉」

「顔はいいけど、旦那さんにするならかしこい人じゃないと」

 野田が撃沈して、その場で四つん這いになった。「やっぱゆりっぺだぜ、あいつ」と日向が小声で音無に言った。

 理屈はわからないが、たしかに、もうゆり本人と言ってもいいだろう。由比ヶ丘のようなケースでもなさそうだ。

 つーか、ゆりはインテリが好みなのか。まあ、育ってきた家庭の環境が環境だし、学のある人間に惹かれるのは必然なのか。

 まあ、こんな小さい時にかしこい人が好きなんて、マセているけどな。

 その後、ゆりりんは馴染んでいった。大山がポテトチップスを分けたり、椎名と犬のぬいぐるみを愛でたり、TKを外国人と不思議そうに見たり。まあ、御守りは大丈夫そうだ。

「とりあえず。ゆりのところへ行ってくる」

 俺はそう言って、扉を開ける。

 服の裾を引っ張られる感触がして、振り返る。

「……どこへ行くの?」

 ゆりりんであった。小首を傾げて、真っ直ぐにこちらを見ている。日向が目を丸くした。

「すっかり懐いているな。まだ桜木のことを知らねーはずなのに」

「何故、ついて来る」

 俺が不愛想に問う。こうやって威圧しておけば、勝手に離れていくだろう。

 そう思ったが、ゆりりんは裾を掴んだまま返事をした。

「お兄さんが、一番信頼出来ると思ったから」

「俺が? 会ったばかりだろ?」

「……ここにいるみんなも、きっと悪い人じゃない」

「なにを根拠に」

「勘」

 ゆりりんが強い相貌を向けて来る。音無は顎に手を当てた。

「すでにゆりの片鱗が出ている……素直で可愛らしい子供だと、思っていたけれど」

 俺はため息をついた。

「まあ、いいか。勝手にしろ」

「うん!」

「……本体と会ったらどうなるんだろうな、これ」

 あまりにも奇天烈な現象ということもあり、まるで想像がつかない。

 

 

「よう」

「……」

 使われなくなった保健室へ行くと、遊佐と眠っているゆりがいた。看病は遊佐がしているようだ。冷たいタオルをゆりの額の上に乗せているところであった。優しいというか、面倒見良いな。

「連れてきたのですね」

「まあな」

 遊佐の言葉にうなずく。ゆりりんは不思議そうに遊佐を見つめていた。

「お人形さんみたい……美人……」

 俺はベットの上ですやすやと眠るゆりの顔を覗き込んだ。穏やかな寝顔で可愛い。が、この変な現象はわりと緊急事態だ。申し訳ないが、起こさせてもらう。

「ゆり。起きてくれ」

 ほっぺを軽く引っ張る。ゆりがんうううう、と深い気な声を上げた。

「なによ、もう。疲れているのよ……」

「これを見てくれ。小さいお前が現れた」

「はあ? なにを言って――って、はあああああ⁉」

 寝返りを打ってゆりりんと目が合った瞬間、ゆりが大声を上げた。

「ななななな、なによこれ⁉」

「やっぱ、間違いないのか?」

「子供の頃のあたしじゃない!」

「いや、だからそう言っただろ」

 ゆりりんが俺の後ろに隠れた。

「うるさいお姉さん……」

「お前の未来じゃあああああああ!」

「違う。あたし、品のある落ち着いた大人になるって決めたから」

「ケンカ売ってんのか、ああん⁉」

 身を乗り出すゆりを片手で抑える。自分とケンカするなっての。

 遊佐が立ち上がり、栄養ドリンクをゆりに渡した。それを受け取って、ふんと鼻を鳴らす。

「とにかく。イレギュラーが起きたのね……わかったわ。みんなで集まりましょう」

 

 

 俺、ゆり、ゆりりん、遊佐の四人は校長室へと戻る。ゆりは上座の席へ座るなり、栄養ドリンクを一気飲みして「かーっ! 寝不足の体に沁みるわー!」とか言い出した。サラリーマンか。

「幹部はほぼ全員集まっているようね」

「驚いたぜ。つーか、桜木と一緒に入ってくると、お前らの子供かと思っちまうな」

「んなわけあるか! あたしらは死んでるんだっつーの!」

 ゆりがスリッパを藤巻に向けてぶん投げる。見事に顔面へヒットして「綺麗なツッコミだぜ……」とうわ言を上げた。

「やっぱり、うるさい」

 ゆりりんがぼそりと呟く。うるさいのは戦線メンバーのデフォルトだけどな。

「さて。みんな集まったことだし、はっきりさせようか、ゆり」

 俺が言うと、ゆりがぎくっと体を伸ばした。

「な、なによ」

「お前。そんな眠くなるまで徹夜して、なにしていたんだ?」

「別に。リーダーは忙しいのよ?」

 ゆりは空々しい言い訳をして、ぴゅーぴゅーと口笛を吹く。音無が「怪しさ全開だな……」と声を上げた。

「誤魔化すな。いくら死後の世界だからといって、本人の知らないところでこんなことが起きるかよ。必ずなにか原因があるはずだ。ゆり、心当たりはなんだ」

「ぐっ……あーもう、わかったわよ。どうせ調べられたらバレるし」

「なにをした?」

「……岡田 緑の件があったでしょ、最近」

「それが?」

「ANGEL PLAYERを利用して、なにか出来ないかって。試したのよ。あわよくば、天使や岡田 緑と同じ力を使えたら、上出来じゃない」

「お前……いじったのか。ANGEL PLAYERを」

「そ、そうよ。悪かったわね」

 話を静かに聞いていた竹山が、ノートパソコンから顔を上げた。

「リスキーなことをしましたね。あれは気軽にいじれる代物ではありませんよ。ましてや、プログラミング素人のゆりっぺさんともあれば、尚更です」

「あれ? でも、ゆりっぺの言う通りじゃね? ANGEL PLAYERを使いこなせば、俺達だってガードスキルを使える! 新たな力を開発することだって! そうすりゃ最強だ!」

 日向が浅いことを言う。竹山はやれやれ、と肩をすくめた。

「いいですか。ANGEL PLAYERはこの世のマテリアルに直接関与できるんですよ。プログラミングをミスして、この世界の根底を覆すような改変をもし起こしてしまったら、それは取返しがつかないんです」

「まあ現に、あの赤目天使の件は大変だったしな……」

 藤巻が過去を思い返しながら、そんなことを言った。あの事態は一歩間違えれば、天上学園が赤目の天使によって支配される可能性があった。それはもう立派な世界改変である。日向は「ああ。そっか」とやや残念そうな声を上げた。

「それに加え、ANGEL PLAYERは独自のプログラミング言語です。それも極めて複雑かつ独特な。お世辞にも、扱いやすい代物ではありません。僕のような人間でも、長い月日をかけてマスターする必要があります。それをうかつにいじるなどと――」

「あーもう、悪かったわよ! 好奇心だったの………ごめんなさい!」

 ゆりが投げやり気味に謝罪を口にする。

 俺はゆりりんをちらりと見やった。

「で、予期せぬ動作でゆりりんが降臨したわけか」

「どうするの?」

 大山がゆりを見やる。ゆりは重いため息をついた。

「素直な対処策は、もう一度プログラミングして彼女を消す、というのが現実的ね」

 その提案に「うむ。しかし、なんだかそれは……」と、松下五段が眉を顰めた。同じようなことを考えたのか、音無がそのタイミングで口を開いた。

「ゆり。それは最終手段にしないか?」

「なんでよ?」

「せっかくこの世界に現れたんだ。なんつーか……そんな強引に消すんじゃなくて、自然と消えるようにしてあげたい」

「彼女はイレギュラーよ。小さい子供。あたし達と同じように消えることが出来るという保証はないわよ?」

「たしかに、そうだな。授業だって、きっと受けられない。だけど……やれることはやってみないか? 素直で良い子だし。なにより、ゆりの子供時代なんだろ? そんな追い出すような方法はとりたくない。ダメか?」

「まあ、あんた達がちゃんと面倒を見れば可能でしょうけど」

「協力するよ。みんなもそうだろ?」

 音無の言葉に、戦線メンバーは頷いた。

 クラスSSSはアホの集団にして、神への反逆者だが、その性根は優しいのである。

 日向がうし、と力強くうなずいた。

「よーし、決まりだな。だとすると、あいつらにも協力を仰がねーと」

 俺達はゆりりん卒業(?)へ向けて動き出すこととなった。

 

 

 ガルデモの面々が練習している空き教室へ、俺、ゆり、ゆりりんの三人で向かった。事前に遊佐が説明していたため、そこまで驚いたリアクションは出なかった。

「わああああ! 可愛いです♡」

 入江がゆりりんに駆け寄って「入江です。よろしくね?」と言うと、ゆりりんがこくりと頷いた。関根が「おお」と声を上げる。

「もしかして、お二人の子供ですか?」

 ユイは何故か嬉しそうに笑みを浮かべている。

「羨ましいです! 女の幸せ、全部掴みましたね、ゆりっぺ先輩♪」

 二人の頭はゆりに思いっきり叩かれた。

「だ・か・ら! んなわけあるか! 藤巻と同じ発想だな、お前ら……そりゃ、欲しいけど。三人くらい(ボソボソ)」

 関根とユイは仲良く頭を抱えてうずくまった。

「いたたたた……」

「痛いですぅ、先輩」

「ほんのジョークだったのにぃ」

 ひさ子がそんな二人を呆れたように見て、岩沢は遠巻きにゆりりんを見て顔を赤くしていた。

「子供のゆり……なんというか、エンジェル。可愛らしいな」

 岩沢は小さい子供が好きなのかもしれない。音楽キチだが、ちゃんと女の子な一面もあるんだな。

「さっそくお願いで悪いのだけれど。この子、泊めてあげられないかしら?」

 ゆりがそう言うと、ひさ子が首を傾げた。

「一人部屋のゆりが泊めてあげればいいじゃねーか」

「こいつ、なんかあたしに懐かないのよ」

 ゆりがゆりりんの方へ視線を向けると、ゆりりんはぷいっとそっぽを向いた。完全に嫌われている。

「なんで自分自身と相性わりーんだよ」

 ひさ子の呆れたような物言いに、ゆりが「し、知らないわよ」と返した。

「あたし、大丈夫ですよ? ねえ、しおりんも良いよね?」

 乗り気なのか、入江が真っ先にそう提案する。引っ込みがちな彼女がこんな最前線で意見を口にするのは珍しい。ゆりりんを気に入ったのか、小さい子供が好きなのか。

「モチ! へっへっへっ、お嬢さん、ウチの子になっちまいな………!」

 関根があくどい笑みを浮かべる。相変わらずのノリだ。

「あたし、家族いるもん」

「おっと、これは失礼」

「おねえちゃんだから。長女だから。あたしが、みんなを守るの!」

「……」

 関根が複雑そうな表情を浮かべる。というか、俺達の間に流れる空気が微妙なものとなった。内容が内容なだけに、ゆりの過去にはあまり触れたくない。

「NPCはどういう反応示すんだろうな」

 空気を変えるため、俺が声を上げる。ゆりは腕を組んだ。

「さあ? 興味深いけれど、あまり会わせない方がいいでしょうね。それこそ、予期せぬバグが発生する可能性がある」

「だな。大浴場の時間とかも、隙を見た方がいいかもしれない」

 俺が言うと関根が「任せておいてください」と言って、入江がゆりりんの頭を撫でて「今日は一緒にお風呂入ろうね」と声をかけていた。

 さて。これで今後の方針は一段落したが……ここから、どうなることやら。

 

 

 夜。ゆりりん騒動により、騒がしい一日になった。大浴場で体を洗いながら、欠伸を一つする。子供時代のゆり。懐かれて嬉しいし、可愛らしいが、小さい子供なだけにどう接したらいいか、よくわからないんだよな。

「お、桜木じゃん。偶然だな」

「日向。よう」

 日向の後から、彼のルームメイトである音無が続く。俺達は体を洗い終えた後、浴槽で浸かった。

「なんだか、妙な一日だったな」

 音無がそう言うと、日向がやれやれと肩をすくめた。

「さすがのゆりっぺも、小さい頃は素直で可愛いかったんだな。どこであーなっちまったんだが」

 相変わらず調子の良いことを言う。本人がいたら殴られる、お約束の流れだろう。

「無事にここを去れるといいんだけどな」

 俺が言うと、音無が顎に手を当てた。

「あの姿のゆりは、どちらのゆりなんだろうな……」

「? どういう意味だ」

「あの凄惨な事件が起きた後のゆりなのか、前のゆりなのか。もしも後なのだとしたら、成仏させるのはゆりと同じくらいに、難しくなるんじゃないか」

 音無の分析に、俺と日向は黙り込んだ。

「厄介なのは、事件が起きる前だとしても、同じようなものになる。その時代のゆりなら、きっと未練があるわけではないだろうから、大前提が崩れることになる」

「そもそもあれは、死者じゃないからな」

「ANGEL PLAYERを使いたくない、なんて勢いで言っちまったけど。思ったよりずっと、途方もないことなのかもしれない」

 深刻そうな空気になりそうになったが、日向が軽い声を上げた。

「まあまあ、なるようになるだろ。そう難しく考えるな」

 こういう時、気軽に身構える日向のスタンスが頼りになった。たしかに、今は深く考えてもしょうがないだろう。

「それよか、懐かれてよかったな、桜木」

「あれ、なんでなんだろうな」

「さあな。ゆりっぺお得意の、勘じゃねーの?」

「あいつの勘はなんでもありだな……」

 まあ実際、戦線メンバーからはスピリチュアルを感じるくらい、ゆりの勘はすごいと賞賛されているんだけどな。

 日向はニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「娘は若い頃の嫁さん、なんてよく言うからな。お前らの間に娘が出来たら、あんな感じだったかもしれねーぜ?」

「ゆりとの子供、か」

 うーん、と考える。

 そういう妄想をしたことはある。が……。

「あんまり、想像つかないんだよな」

「そうなのか?」

「俺達、まだ学生だぞ。しかも、死者だ」

「そっか。でも、想像するだけなら、自由だろ?」

「そうだけどよ。社会人になっている俺とゆりが想像つかないというか……例えば、ゆりってどんな仕事に就くんだろうなって」

「さあな。たしかに真面目に仕事するあいつは想像つかねーな……バイトの経験もないまま、死んだらしいぜ? コンビニのレジ打ちとかに、興味あったらしいけど」

「日向は、ユイとの子供って想像つくのか?」

「俺の場合は、そうだな。子供は――って、なんで俺がユイとの子供を妄想するんですかね⁉」

 日向が大声を上げる。俺は目を丸くした。

「え? 嫁だろ?」

「違いますから⁉ いつからそんな関係になったんだよ、俺とユイは!」

 音無が不思議そうに首を傾げた。

「けど、さ。たしかに仲良いよな、お前ら」

「音無までなに言ってんだよ⁉ そんなんじゃねーっての。あいつが嫁とか……勘弁してくれ」

 日向はそう言った後、タオルで顔を覆った。

「……けど、あいつらと違って、お前ら二人は……親友として笑わずに、ちゃんと聞いてくれるんだろうな。なら、いっそ……」

「日向?」

 ブツブツと独り言をこぼす日向に、音無が声を上げる。日向は顔を赤くして、手をぶんぶん振った。

「いやいや! やっぱりなしだ、なんでもねえ!」

「なにを一人で盛り上がっているんだ?」

「だから、なんでもねーっての。とにかく、俺とあいつはそんなんじゃない。それだけだ!」

 日向の様子に、俺は思わず頬が緩んだ。

 こういうの、生前だったら青春って呼ぶんだろうな。野郎同士で裸の付き合いってのも、悪くはないな。

 

 

 夜。同時刻。女子寮の大浴場にて。

「……椎名さんが見張っている隙に、さっさと終わらせてさっさと出るのよ」

 ゆりが深刻な表情を浮かべ、そんなことを言った。

 が、しかし――。

「遊佐たん、着やせするタイプですなー! 胸、意外と大きい!」

「さささ、さわっていいですか!」

「女の子同士ですしね!」

「ご命令でしたら……」

 ぎゃあぎゃあと、クラスSSS女性陣は騒がしかった。浴槽にみんなで浸かりながら、呑気にじゃれあったり、雑談している。

 ゆりりんの風呂を秘密裏に済ませるための作戦なのに、緊張感がまるでない。椎名がやけどのある生徒が入っている、など適当な言い訳をして出来るだけNPCを追い出すようにしているとはいえ、それがいつまで持つかは怪しいところだ。なので、出来るだけ早く風呂は済ませるべきなのだが……。

「ほらほら、リーダーも来てくださいよ。せっかくの女子会ですよ?」

 関根が手招きをする。

 ……たしかに、戦線メンバーの女性陣がこうして同じ時間に、一か所に集まるのは珍しいことだ。

「ゆりっぺ先輩。女子会は女子のたしなみですよ?」

 ユイが挑発的に言ってくる。ゆりはため息をついた。

「……仕方ないわね」

 顔を赤くしながら、ゆりも浴槽に入る。頬は少しだけ緩んでいた。

「悪いな。ウチの後輩達は、騒がしいからさ」

 岩沢がそう言うと、ゆりはふんと鼻を鳴らした。

「ま、まあ、別にいいわ。今日ぐらいは大目にみるわよ」

「ゆりっぺさんはツンデレですね」

 遊佐がすかさず突っ込んでくる。

「人を変な属性にするな!」

 変なキャラづけに、ゆりは思わず大声を上げた。

 ゆりりんはジト目でゆりを見つめる。

「あたし、あんな大声を上げる大人になるの……?」

 入江が苦笑いを浮かべる。

「あはは。ゆりりんはクールな大人になりたいのかな?」

「うん。大人は落ち着いていないと。あの人みたいに、うるさいのはダメ」

 ゆりりんの毒舌に、ゆりは青筋を立てた。

「あーん? なにか言ったかしら」

 関根がゆりりんとゆりを見比べた。

「ふーむ。これがあれになる、と」

「なによ」

 関根のぶっしつけな視線に、ゆりが首を傾げる。主に胸のあたりに視線を感じていた。

「あの幼女が、あんなナイスバディに成長するとは……むむむ。女子の神秘、恐るべし」

「アンタはなにを言っているのよ?」

「ゆりりんの未来は明るいぜって話ですよ! あんなスタイルの良いお姉さんになれるんですよ? 最高じゃないですか! 学校ではモテモテですよ、絶対!」

 ゆりりんがゆりの肢体をじろじろと見渡す。

「……ルックスとスタイル「は」良いようね」

「その「は」って言い方はなんなのよ?」

 ユイがゆりりんの隣に移動した。

「ゆりりん、桜木さんに懐いていたよね。あの人、ゆりっぺさんと付き合っているんだよ?」

「え……?」

 ゆりりんが目を丸くして、ユイを見上げた。

「本当?」

「本当だよ」

「そう、なんだ」

 ゆりりんがしょんぼりと、肩を落とした。その様子を見た関根が、目を輝かせながらゆりりんを抱きしめた。

「うおおおっ⁉ 可愛いぜ、ゆりりん! 大丈夫、その恋心は未来で叶うから!」

「っ⁉ こ、恋心じゃない!」

 ゆりりんが顔を真っ赤にして否定する。ひさ子はやれやれ、と肩をすくめた。

「あんまり騒いでいると、バレちまうぜ」

 

 

「ふむ……」

 出口で見張る椎名の耳には、ぎゃあぎゃあと騒いでいるゆり達の声が聞こえていた。

「楽しそうだ……」

 椎名は加わりたそうな様子でモジモジしていたが、持ち場を離れたら任務を遂行出来ないので、仕方なく我慢したのであった。

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