緊急招集と遊佐に言われ、本部へ駆けつけると、なにやら可愛い生き物がいた。
「あたしの名前。仲村 ゆり」
「……⁉」
思わず、二度見した。
戦線の幹部に囲まれているのは、小さな女の子。子供だ。小学生低学年といったところ。この世界に子供はいない。その上、見た目がゆりに似ていて、しかも仲村 ゆりを名乗っているのだから度肝を抜かれるというものだ。
まあ、遊佐に「子供のゆりっぺさんが現れました」とは聞いていたが……。
「……この世界はこんなことも起きるってのか?」
「桜木。来たか」
音無がこちらに気がつき、状況を説明してくれた。
「彼女は生霊のようなものなんじゃないかって、話になっているんだが……」
「肝心のあいつはどこにいんだよ? なにか知らないのか」
「ああ。ゆりは寝込んでいる……」
「っ! なにかあったのか⁉」
「過労だそうだ」
「……叩き起こしてくればいいんじゃないか?」
「まあ、そもそも本当にあのゆりなのか、疑わしいのだが……見た目はそっくりとはいえ」
ゆりを彷彿とさせるカチューシャ。勝気な瞳に、整った顔立ち。面影は髄所にあるものの、いかんせん子供の姿だ。ゆり本人とは信じがたい。
「この子がゆりっぺかどうか、たしかめてみよーぜ」
日向がそう言いながら、本部に現れた。
その手には食堂から持ってきた、納豆カレーがある。ゆりは納豆が大の苦手だ。
「ほーら、おいしい納豆カレーだぞー」
「ゲテモノ! 靴下のにおいがする! いやあああ⁉」
ゆりは部屋の隅へダッシュで逃げ、嗚咽した。そんなに嫌なのかよ。今度俺も試してみようかな。
「おお、あの反応! ゆりっぺに間違いない、昔に見たぜ! なつかしー!」
日向がはしゃぐ。まあ、一番付き合いの長い彼が間違いないというのなら、より本人だという可能性が高まるというものだ。そして納豆カレーは大山が美味しくいただいている。大山は納豆が好きだ。
「とりあえず。寝ているところ悪いけど、ゆりを起こしに行かないか?」
俺が解決策を提示するも、高松、野田、松下五段の三人が団結してゆりが座るソファを取り囲んだ。
「まあまあ、いいじゃないですか。せっかくですし。お兄さんの肉体、どう思います?」
「ああ……小さいゆりっぺも、ありだ」
「ふむ。もう少しだけ、このままでいいのではないか?」
ゆりが顔を青くして震えた。
「この人達はアホなの……?」
もう看破されているぞ。
音無が声を上げる。
「こらこら、お前ら。ゆりとはいえ子供だぞ。怯えさせるな」
日向がゆりの前でしゃがみ込み、優しい声を出した。
「よし。お兄ちゃん達と一緒に遊ぼうぜ!」
ゆりが警戒心剥き出しのジト目を向けるも、ぼそりと返事した。
「……遊んであげても、いいけど」
と、ここで日向がうーん、と唸る。
「とりあえず、なんて呼んだものか……ゆりっぺだとややこしいよな」
「小さいゆりだからロリっぺとかでいいんじゃないか」
「人のこと言えねえが、桜木もセンス無いよな」
失礼な。
「よし! じゃあ、ゆりりんとかどうだ⁉」
「……ゆりりん」
ゆりが小さい声で復唱する。
普段のあいつなら「なによ、その最っっっっ悪なセンスは⁉」って言ってツッコミを入れるところだが、ゆりはうつむいてぼそりとこう言った。
「かわいい……いい、と思う……」
素直。誰だこいつ。やっぱ違う奴なんじゃないか。
ゆり――もとい、ゆりりんはきょろきょろと周りを見渡す。いかつい野郎ばかりの空間。怖くて落ち着かないのだろう。
飛び出すか、部屋の隅にいる唯一の女性、椎名辺りに逃げ込むんじゃないかと思ったが、俺と目がぴったりと合うと、たたたたた、と愛らしい足音を立てながら、こちらへ駆け寄ってきた。
ぎゅううう、と上着の裾を掴むと、縋るような上目遣いでじっと見てくる。その様子を見た日向がにやにやと笑みを浮かべた。
「お、やっぱそこ行くんだなー。本能的なものか?」
「そんなわけあるか……この時代のこいつとは面識ないっての」
俺が頭をガリガリと掻く。ゆりりんの大きく愛らしい相貌に吸い込まれそうになるが、生憎と小さい子供は苦手だ。
「誰か、子供の御守りが得意な奴はいないのか」
俺が言うと、野田が真っ先に前へ出た。
「俺だ」
「いや、絶対嘘だろ……兄弟でもいたのか?」
「ゆりりん。結婚してくれ」
「っ⁉」
なんかすげえ暴挙に出たぞ、こいつ⁉
ご丁寧にも、野田の手には花束が握られている。
まあでもたしかに、このゆりは子供だし、今の内に嫁にしておけば、実質ゆりを嫁にしたも同然になるわけなのか。死後の世界じゃなかったら、お縄案件だが。
プロポーズを受けたゆりりんが、きょとんと首を傾げる。
「結婚? あたしと?」
「ああ! 大好きだ!」
「どうして?」
「理由なんてないっ!」
「どこが好きなの?」
「すべてだ!」
「7×8は?」
「…………………………15?」
「アホなひときらい」
「っ⁉」
「顔はいいけど、旦那さんにするならかしこい人じゃないと」
野田が撃沈して、その場で四つん這いになった。「やっぱゆりっぺだぜ、あいつ」と日向が小声で音無に言った。
理屈はわからないが、たしかに、もうゆり本人と言ってもいいだろう。由比ヶ丘のようなケースでもなさそうだ。
つーか、ゆりはインテリが好みなのか。まあ、育ってきた家庭の環境が環境だし、学のある人間に惹かれるのは必然なのか。
まあ、こんな小さい時にかしこい人が好きなんて、マセているけどな。
その後、ゆりりんは馴染んでいった。大山がポテトチップスを分けたり、椎名と犬のぬいぐるみを愛でたり、TKを外国人と不思議そうに見たり。まあ、御守りは大丈夫そうだ。
「とりあえず。ゆりのところへ行ってくる」
俺はそう言って、扉を開ける。
服の裾を引っ張られる感触がして、振り返る。
「……どこへ行くの?」
ゆりりんであった。小首を傾げて、真っ直ぐにこちらを見ている。日向が目を丸くした。
「すっかり懐いているな。まだ桜木のことを知らねーはずなのに」
「何故、ついて来る」
俺が不愛想に問う。こうやって威圧しておけば、勝手に離れていくだろう。
そう思ったが、ゆりりんは裾を掴んだまま返事をした。
「お兄さんが、一番信頼出来ると思ったから」
「俺が? 会ったばかりだろ?」
「……ここにいるみんなも、きっと悪い人じゃない」
「なにを根拠に」
「勘」
ゆりりんが強い相貌を向けて来る。音無は顎に手を当てた。
「すでにゆりの片鱗が出ている……素直で可愛らしい子供だと、思っていたけれど」
俺はため息をついた。
「まあ、いいか。勝手にしろ」
「うん!」
「……本体と会ったらどうなるんだろうな、これ」
あまりにも奇天烈な現象ということもあり、まるで想像がつかない。
「よう」
「……」
使われなくなった保健室へ行くと、遊佐と眠っているゆりがいた。看病は遊佐がしているようだ。冷たいタオルをゆりの額の上に乗せているところであった。優しいというか、面倒見良いな。
「連れてきたのですね」
「まあな」
遊佐の言葉にうなずく。ゆりりんは不思議そうに遊佐を見つめていた。
「お人形さんみたい……美人……」
俺はベットの上ですやすやと眠るゆりの顔を覗き込んだ。穏やかな寝顔で可愛い。が、この変な現象はわりと緊急事態だ。申し訳ないが、起こさせてもらう。
「ゆり。起きてくれ」
ほっぺを軽く引っ張る。ゆりがんうううう、と深い気な声を上げた。
「なによ、もう。疲れているのよ……」
「これを見てくれ。小さいお前が現れた」
「はあ? なにを言って――って、はあああああ⁉」
寝返りを打ってゆりりんと目が合った瞬間、ゆりが大声を上げた。
「ななななな、なによこれ⁉」
「やっぱ、間違いないのか?」
「子供の頃のあたしじゃない!」
「いや、だからそう言っただろ」
ゆりりんが俺の後ろに隠れた。
「うるさいお姉さん……」
「お前の未来じゃあああああああ!」
「違う。あたし、品のある落ち着いた大人になるって決めたから」
「ケンカ売ってんのか、ああん⁉」
身を乗り出すゆりを片手で抑える。自分とケンカするなっての。
遊佐が立ち上がり、栄養ドリンクをゆりに渡した。それを受け取って、ふんと鼻を鳴らす。
「とにかく。イレギュラーが起きたのね……わかったわ。みんなで集まりましょう」
俺、ゆり、ゆりりん、遊佐の四人は校長室へと戻る。ゆりは上座の席へ座るなり、栄養ドリンクを一気飲みして「かーっ! 寝不足の体に沁みるわー!」とか言い出した。サラリーマンか。
「幹部はほぼ全員集まっているようね」
「驚いたぜ。つーか、桜木と一緒に入ってくると、お前らの子供かと思っちまうな」
「んなわけあるか! あたしらは死んでるんだっつーの!」
ゆりがスリッパを藤巻に向けてぶん投げる。見事に顔面へヒットして「綺麗なツッコミだぜ……」とうわ言を上げた。
「やっぱり、うるさい」
ゆりりんがぼそりと呟く。うるさいのは戦線メンバーのデフォルトだけどな。
「さて。みんな集まったことだし、はっきりさせようか、ゆり」
俺が言うと、ゆりがぎくっと体を伸ばした。
「な、なによ」
「お前。そんな眠くなるまで徹夜して、なにしていたんだ?」
「別に。リーダーは忙しいのよ?」
ゆりは空々しい言い訳をして、ぴゅーぴゅーと口笛を吹く。音無が「怪しさ全開だな……」と声を上げた。
「誤魔化すな。いくら死後の世界だからといって、本人の知らないところでこんなことが起きるかよ。必ずなにか原因があるはずだ。ゆり、心当たりはなんだ」
「ぐっ……あーもう、わかったわよ。どうせ調べられたらバレるし」
「なにをした?」
「……岡田 緑の件があったでしょ、最近」
「それが?」
「ANGEL PLAYERを利用して、なにか出来ないかって。試したのよ。あわよくば、天使や岡田 緑と同じ力を使えたら、上出来じゃない」
「お前……いじったのか。ANGEL PLAYERを」
「そ、そうよ。悪かったわね」
話を静かに聞いていた竹山が、ノートパソコンから顔を上げた。
「リスキーなことをしましたね。あれは気軽にいじれる代物ではありませんよ。ましてや、プログラミング素人のゆりっぺさんともあれば、尚更です」
「あれ? でも、ゆりっぺの言う通りじゃね? ANGEL PLAYERを使いこなせば、俺達だってガードスキルを使える! 新たな力を開発することだって! そうすりゃ最強だ!」
日向が浅いことを言う。竹山はやれやれ、と肩をすくめた。
「いいですか。ANGEL PLAYERはこの世のマテリアルに直接関与できるんですよ。プログラミングをミスして、この世界の根底を覆すような改変をもし起こしてしまったら、それは取返しがつかないんです」
「まあ現に、あの赤目天使の件は大変だったしな……」
藤巻が過去を思い返しながら、そんなことを言った。あの事態は一歩間違えれば、天上学園が赤目の天使によって支配される可能性があった。それはもう立派な世界改変である。日向は「ああ。そっか」とやや残念そうな声を上げた。
「それに加え、ANGEL PLAYERは独自のプログラミング言語です。それも極めて複雑かつ独特な。お世辞にも、扱いやすい代物ではありません。僕のような人間でも、長い月日をかけてマスターする必要があります。それをうかつにいじるなどと――」
「あーもう、悪かったわよ! 好奇心だったの………ごめんなさい!」
ゆりが投げやり気味に謝罪を口にする。
俺はゆりりんをちらりと見やった。
「で、予期せぬ動作でゆりりんが降臨したわけか」
「どうするの?」
大山がゆりを見やる。ゆりは重いため息をついた。
「素直な対処策は、もう一度プログラミングして彼女を消す、というのが現実的ね」
その提案に「うむ。しかし、なんだかそれは……」と、松下五段が眉を顰めた。同じようなことを考えたのか、音無がそのタイミングで口を開いた。
「ゆり。それは最終手段にしないか?」
「なんでよ?」
「せっかくこの世界に現れたんだ。なんつーか……そんな強引に消すんじゃなくて、自然と消えるようにしてあげたい」
「彼女はイレギュラーよ。小さい子供。あたし達と同じように消えることが出来るという保証はないわよ?」
「たしかに、そうだな。授業だって、きっと受けられない。だけど……やれることはやってみないか? 素直で良い子だし。なにより、ゆりの子供時代なんだろ? そんな追い出すような方法はとりたくない。ダメか?」
「まあ、あんた達がちゃんと面倒を見れば可能でしょうけど」
「協力するよ。みんなもそうだろ?」
音無の言葉に、戦線メンバーは頷いた。
クラスSSSはアホの集団にして、神への反逆者だが、その性根は優しいのである。
日向がうし、と力強くうなずいた。
「よーし、決まりだな。だとすると、あいつらにも協力を仰がねーと」
俺達はゆりりん卒業(?)へ向けて動き出すこととなった。
ガルデモの面々が練習している空き教室へ、俺、ゆり、ゆりりんの三人で向かった。事前に遊佐が説明していたため、そこまで驚いたリアクションは出なかった。
「わああああ! 可愛いです♡」
入江がゆりりんに駆け寄って「入江です。よろしくね?」と言うと、ゆりりんがこくりと頷いた。関根が「おお」と声を上げる。
「もしかして、お二人の子供ですか?」
ユイは何故か嬉しそうに笑みを浮かべている。
「羨ましいです! 女の幸せ、全部掴みましたね、ゆりっぺ先輩♪」
二人の頭はゆりに思いっきり叩かれた。
「だ・か・ら! んなわけあるか! 藤巻と同じ発想だな、お前ら……そりゃ、欲しいけど。三人くらい(ボソボソ)」
関根とユイは仲良く頭を抱えてうずくまった。
「いたたたた……」
「痛いですぅ、先輩」
「ほんのジョークだったのにぃ」
ひさ子がそんな二人を呆れたように見て、岩沢は遠巻きにゆりりんを見て顔を赤くしていた。
「子供のゆり……なんというか、エンジェル。可愛らしいな」
岩沢は小さい子供が好きなのかもしれない。音楽キチだが、ちゃんと女の子な一面もあるんだな。
「さっそくお願いで悪いのだけれど。この子、泊めてあげられないかしら?」
ゆりがそう言うと、ひさ子が首を傾げた。
「一人部屋のゆりが泊めてあげればいいじゃねーか」
「こいつ、なんかあたしに懐かないのよ」
ゆりがゆりりんの方へ視線を向けると、ゆりりんはぷいっとそっぽを向いた。完全に嫌われている。
「なんで自分自身と相性わりーんだよ」
ひさ子の呆れたような物言いに、ゆりが「し、知らないわよ」と返した。
「あたし、大丈夫ですよ? ねえ、しおりんも良いよね?」
乗り気なのか、入江が真っ先にそう提案する。引っ込みがちな彼女がこんな最前線で意見を口にするのは珍しい。ゆりりんを気に入ったのか、小さい子供が好きなのか。
「モチ! へっへっへっ、お嬢さん、ウチの子になっちまいな………!」
関根があくどい笑みを浮かべる。相変わらずのノリだ。
「あたし、家族いるもん」
「おっと、これは失礼」
「おねえちゃんだから。長女だから。あたしが、みんなを守るの!」
「……」
関根が複雑そうな表情を浮かべる。というか、俺達の間に流れる空気が微妙なものとなった。内容が内容なだけに、ゆりの過去にはあまり触れたくない。
「NPCはどういう反応示すんだろうな」
空気を変えるため、俺が声を上げる。ゆりは腕を組んだ。
「さあ? 興味深いけれど、あまり会わせない方がいいでしょうね。それこそ、予期せぬバグが発生する可能性がある」
「だな。大浴場の時間とかも、隙を見た方がいいかもしれない」
俺が言うと関根が「任せておいてください」と言って、入江がゆりりんの頭を撫でて「今日は一緒にお風呂入ろうね」と声をかけていた。
さて。これで今後の方針は一段落したが……ここから、どうなることやら。
夜。ゆりりん騒動により、騒がしい一日になった。大浴場で体を洗いながら、欠伸を一つする。子供時代のゆり。懐かれて嬉しいし、可愛らしいが、小さい子供なだけにどう接したらいいか、よくわからないんだよな。
「お、桜木じゃん。偶然だな」
「日向。よう」
日向の後から、彼のルームメイトである音無が続く。俺達は体を洗い終えた後、浴槽で浸かった。
「なんだか、妙な一日だったな」
音無がそう言うと、日向がやれやれと肩をすくめた。
「さすがのゆりっぺも、小さい頃は素直で可愛いかったんだな。どこであーなっちまったんだが」
相変わらず調子の良いことを言う。本人がいたら殴られる、お約束の流れだろう。
「無事にここを去れるといいんだけどな」
俺が言うと、音無が顎に手を当てた。
「あの姿のゆりは、どちらのゆりなんだろうな……」
「? どういう意味だ」
「あの凄惨な事件が起きた後のゆりなのか、前のゆりなのか。もしも後なのだとしたら、成仏させるのはゆりと同じくらいに、難しくなるんじゃないか」
音無の分析に、俺と日向は黙り込んだ。
「厄介なのは、事件が起きる前だとしても、同じようなものになる。その時代のゆりなら、きっと未練があるわけではないだろうから、大前提が崩れることになる」
「そもそもあれは、死者じゃないからな」
「ANGEL PLAYERを使いたくない、なんて勢いで言っちまったけど。思ったよりずっと、途方もないことなのかもしれない」
深刻そうな空気になりそうになったが、日向が軽い声を上げた。
「まあまあ、なるようになるだろ。そう難しく考えるな」
こういう時、気軽に身構える日向のスタンスが頼りになった。たしかに、今は深く考えてもしょうがないだろう。
「それよか、懐かれてよかったな、桜木」
「あれ、なんでなんだろうな」
「さあな。ゆりっぺお得意の、勘じゃねーの?」
「あいつの勘はなんでもありだな……」
まあ実際、戦線メンバーからはスピリチュアルを感じるくらい、ゆりの勘はすごいと賞賛されているんだけどな。
日向はニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「娘は若い頃の嫁さん、なんてよく言うからな。お前らの間に娘が出来たら、あんな感じだったかもしれねーぜ?」
「ゆりとの子供、か」
うーん、と考える。
そういう妄想をしたことはある。が……。
「あんまり、想像つかないんだよな」
「そうなのか?」
「俺達、まだ学生だぞ。しかも、死者だ」
「そっか。でも、想像するだけなら、自由だろ?」
「そうだけどよ。社会人になっている俺とゆりが想像つかないというか……例えば、ゆりってどんな仕事に就くんだろうなって」
「さあな。たしかに真面目に仕事するあいつは想像つかねーな……バイトの経験もないまま、死んだらしいぜ? コンビニのレジ打ちとかに、興味あったらしいけど」
「日向は、ユイとの子供って想像つくのか?」
「俺の場合は、そうだな。子供は――って、なんで俺がユイとの子供を妄想するんですかね⁉」
日向が大声を上げる。俺は目を丸くした。
「え? 嫁だろ?」
「違いますから⁉ いつからそんな関係になったんだよ、俺とユイは!」
音無が不思議そうに首を傾げた。
「けど、さ。たしかに仲良いよな、お前ら」
「音無までなに言ってんだよ⁉ そんなんじゃねーっての。あいつが嫁とか……勘弁してくれ」
日向はそう言った後、タオルで顔を覆った。
「……けど、あいつらと違って、お前ら二人は……親友として笑わずに、ちゃんと聞いてくれるんだろうな。なら、いっそ……」
「日向?」
ブツブツと独り言をこぼす日向に、音無が声を上げる。日向は顔を赤くして、手をぶんぶん振った。
「いやいや! やっぱりなしだ、なんでもねえ!」
「なにを一人で盛り上がっているんだ?」
「だから、なんでもねーっての。とにかく、俺とあいつはそんなんじゃない。それだけだ!」
日向の様子に、俺は思わず頬が緩んだ。
こういうの、生前だったら青春って呼ぶんだろうな。野郎同士で裸の付き合いってのも、悪くはないな。
夜。同時刻。女子寮の大浴場にて。
「……椎名さんが見張っている隙に、さっさと終わらせてさっさと出るのよ」
ゆりが深刻な表情を浮かべ、そんなことを言った。
が、しかし――。
「遊佐たん、着やせするタイプですなー! 胸、意外と大きい!」
「さささ、さわっていいですか!」
「女の子同士ですしね!」
「ご命令でしたら……」
ぎゃあぎゃあと、クラスSSS女性陣は騒がしかった。浴槽にみんなで浸かりながら、呑気にじゃれあったり、雑談している。
ゆりりんの風呂を秘密裏に済ませるための作戦なのに、緊張感がまるでない。椎名がやけどのある生徒が入っている、など適当な言い訳をして出来るだけNPCを追い出すようにしているとはいえ、それがいつまで持つかは怪しいところだ。なので、出来るだけ早く風呂は済ませるべきなのだが……。
「ほらほら、リーダーも来てくださいよ。せっかくの女子会ですよ?」
関根が手招きをする。
……たしかに、戦線メンバーの女性陣がこうして同じ時間に、一か所に集まるのは珍しいことだ。
「ゆりっぺ先輩。女子会は女子のたしなみですよ?」
ユイが挑発的に言ってくる。ゆりはため息をついた。
「……仕方ないわね」
顔を赤くしながら、ゆりも浴槽に入る。頬は少しだけ緩んでいた。
「悪いな。ウチの後輩達は、騒がしいからさ」
岩沢がそう言うと、ゆりはふんと鼻を鳴らした。
「ま、まあ、別にいいわ。今日ぐらいは大目にみるわよ」
「ゆりっぺさんはツンデレですね」
遊佐がすかさず突っ込んでくる。
「人を変な属性にするな!」
変なキャラづけに、ゆりは思わず大声を上げた。
ゆりりんはジト目でゆりを見つめる。
「あたし、あんな大声を上げる大人になるの……?」
入江が苦笑いを浮かべる。
「あはは。ゆりりんはクールな大人になりたいのかな?」
「うん。大人は落ち着いていないと。あの人みたいに、うるさいのはダメ」
ゆりりんの毒舌に、ゆりは青筋を立てた。
「あーん? なにか言ったかしら」
関根がゆりりんとゆりを見比べた。
「ふーむ。これがあれになる、と」
「なによ」
関根のぶっしつけな視線に、ゆりが首を傾げる。主に胸のあたりに視線を感じていた。
「あの幼女が、あんなナイスバディに成長するとは……むむむ。女子の神秘、恐るべし」
「アンタはなにを言っているのよ?」
「ゆりりんの未来は明るいぜって話ですよ! あんなスタイルの良いお姉さんになれるんですよ? 最高じゃないですか! 学校ではモテモテですよ、絶対!」
ゆりりんがゆりの肢体をじろじろと見渡す。
「……ルックスとスタイル「は」良いようね」
「その「は」って言い方はなんなのよ?」
ユイがゆりりんの隣に移動した。
「ゆりりん、桜木さんに懐いていたよね。あの人、ゆりっぺさんと付き合っているんだよ?」
「え……?」
ゆりりんが目を丸くして、ユイを見上げた。
「本当?」
「本当だよ」
「そう、なんだ」
ゆりりんがしょんぼりと、肩を落とした。その様子を見た関根が、目を輝かせながらゆりりんを抱きしめた。
「うおおおっ⁉ 可愛いぜ、ゆりりん! 大丈夫、その恋心は未来で叶うから!」
「っ⁉ こ、恋心じゃない!」
ゆりりんが顔を真っ赤にして否定する。ひさ子はやれやれ、と肩をすくめた。
「あんまり騒いでいると、バレちまうぜ」
「ふむ……」
出口で見張る椎名の耳には、ぎゃあぎゃあと騒いでいるゆり達の声が聞こえていた。
「楽しそうだ……」
椎名は加わりたそうな様子でモジモジしていたが、持ち場を離れたら任務を遂行出来ないので、仕方なく我慢したのであった。