※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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音無ルート 行進曲編「強い自分であるために 後編」

「みんなは、恋をするの?」

「?」

「恋心、なんて言うから。みんなは大人だし、この場は女子会でしょう?」

 ゆりりんの言葉に、一同はしんとなった。大浴場の中は一瞬にして、静まり返る。

 クラスSSSこと、死んだ世界戦線。綺麗どころの若き魂が集まるものの、何故か浮いた話が全くない集団だ。このぐらいの年の女の子は、集まれば恋バナの一つや二つするものだが、生憎と彼女達にはそんなもの持ち合わせてはいなかった。

 しかしそれでは、子供のゆりことゆりりんとなにも変わらない。

 ややあって、関根が岩沢へ話を振った。

「えっと、そういう話は、岩沢さんに聞いてください。我らがガルデモのカリスマメインボーカル、その人気は図り知れず! 言い寄った男の数は数え切れないほどですよ!」

「え? そうなのか? 言い寄られたことなんて、あっただろうか……」

「気づいてすらいないいいいいいいい⁉ さすがは音楽キチ! ドンマイ、フラれていった数多の男達よ! お前達の雄姿は忘れない!」

 関根は芝居がかった口調でそう言った後、今度はひさ子へ話題を振った。

「ひさ子先輩はどうですか?」

「あん?」

「いつも男性陣と麻雀しているじゃないですか。いいなーって思う男性の一人や二人、いらっしゃらないんですか?」

「別に。ただのカモだぜ」

「ただのカモ発言きたあああああああ⁉ さすがは一流の打ち手! ドンマイ、負けていった数多の男達よ! お前達の雄姿は忘れない!」

 関根は芝居がかった口調でそう言った後、今度は入江へ話題を振った。

「みゆきちはどうだい? かつてNPC達を手篭めにとった、魔性の悪女こと入江たんの恋愛事情は⁉」

「そんなことしてないよ⁉ 恋なんて、あたしにはとても……」

「この人いいなーって、思ったことは?」

「……ないよ」

「フラグやイベントすらなし! さすがはみゆきち! ドンマイ、本編でセリフが少ない声優の無駄遣い! しかしヘブバンで救われた! 今度はあたしを救ってほしい! というか、救ってくれよ! あたしにも喋らせろよ! メインキャラになって、ガチャで登場するようにしてくれよ! 配布キャラでもいーからさ! みゆきちばっかりズルい、あたしだってガルデモのリズム隊なのにっ! ぐすっ、うわああああん⁉」

「しおりんがなにを言っているのかも、突然泣き出した理由も、全然わからないよ……」

 が、関根はすぐに立ち直り、ちらっとユイを見やる。

「えっと、君は……いいや」

「ええええっ⁉ なんでですか!」

「いや、なんとなく」

「聞いてくださいよ! 関根先輩、あたしにも振ってくださいよ! 女子の恋バナ、混ぜてくださいよ!」

「知るかよ」

「知ってくださいよ⁉ えっとですね、あたしことユイにゃん♪ の親衛隊、実は男性もありましてね。その数は――」

「遊佐たんは好きな男性いるの?」

「そのような感情を持ち合わせていません」

「やっぱそう答えちゃうかー」

「話を聞けやああああああああああああ!」

 ユイの叫びに、関根は「はいはい」とあしらう。

「ここにいる子達は、みんな凄惨な生前を送ってきたの。だから浮ついた話になることは、滅多にないのよ」

 ゆりがゆりりんに淡々とそう説明をした。ゆりりんが首を傾げる。

「生前……?」

「ここは死後の世界よ。それも、皆一様に生前へ強い未練を残した、ね」

「でも、あたしには……死んだ記憶なんて」

「でしょうね。そもそもあなたは、本物のあたしの魂でもないでしょうし」

「???」

「ま、難しく考えないことね。とにかく、戦線メンバーにそういう青春っぽい話題は向かないってことよ」

「……死後の、世界」

 ゆりりんはどこか震えた声で、そう復唱をした。

 

 

 日曜日。休日であるが、天気は生憎と雨であった。ゆりとの鍛錬は使われなくなった部屋で適当に済ました後、俺は大食堂へと向かった。その一角で黙々と朝食をとる音無と日向の姿を見つける。しかしそのメニューは罰ゲームかというくらい、朝からヘビーなものであった。音無の前にはマルゲリータピザがあり、日向の前にはトンカツ定食がある。案の定、二人共に渋面を浮かべながら食事をとっていた。

「よう。朝から胸やけしないか?」

 俺がそう言って音無の隣に座る。音無は「おはよう……」とテンション低めに言って、対面の日向が「おはよー。ランダムだからな、こういうこともある」と言った。

「ランダム?」

「ポケットの中から拾った食券を引いているんだよ。ま、俺と音無がやっているゲームみたいなもんだな」

「戦線にとって朝食の食券はレアだしな……」

 トルネードは基本、夕方に行われる。朝はNPCも寝起きのため、テンションが低い。そのため、陽動はどうしても遅い時刻に行われる。

 ちなみに俺は普通に鮭定食を頼んでいる。しかもサイドメニューのプリン付きだ。まあ、このプリンは俺用ではないのだが……。

「一枚くらいなら手伝うか?」

 音無に言うと「ああ。そうしてもらえると助かる」と返事が来たので、俺はマルゲリータピザを一枚食べた。濃密なモッツァレラチーズとトマトソースに、分厚い生地。食べ応えもある良いピザだが、朝に食べるものではない。一枚程度なら美味しくいただけるが、音無の皿を見るとこれがあと四切れもあった。

「桜木、俺のも手伝ってもらえると助かるぜ」

「断る」

「なんで音無は手伝ったのに、俺はダメなんだよ! ワッツ、ホワーイ⁉」

「中々流行らないよな、それ」

「単なる口癖だよ!」

「まあ、一枚だけなら食べてやるよ」

 トンカツを一切れだけ貰って食べてやる。分厚い肉に、濃厚な肉汁。かなり美味いが、やはり朝食べるものではない。俺は自分の定食を食べる前に、早くも胃が重くなり始めていた。永遠に若くいられる死後の世界だからこそ出来るゲームだな、これ……。

 

 

 そんなこんなで朝食をとり終える。ふと辺りを見渡すと、ひさ子と岩沢の姿を見つけた。俺は二人が座るテーブルへと近づく。

「おはよう」

 俺が言うと、岩沢が「よう」と短く返事した。ひさ子はチーズトーストとサラダ、岩沢は朝うどんを食べていた。

 朝だというのに、声をかけただけでNPCの視線を感じた。ガルデモといえば、トルネード時にはガードマンをつけなければいけないほどの、人気ぶりである。例え朝一だとしても、それなりに注目を浴びているということなのだろう。ましてや、野郎が近づいているともなれば、ファンは嫌でも「なんだ?」と意識するだろう(主に男ども)。

「ゆりりんにこれ、渡してやってくれないか。俺じゃ女子寮は近づけないからよ」

 そう言って、買っていた瓶に入っているプリンを差し出す。ひさ子が「そういうことか。なんだかんだ、気にかけているのかよ」と言って、岩沢が「まあ、とりあえず座ったらどうだ?」と言ってきたので、座ることにした。

 ひさ子は瓶のプリンを受け取り、クールに小首を傾げた。

「あたしから渡しておくよ。入江達に預けちまったからな。まだ起きてねーのかも」

「朝遅いのか」

「あいつらは基本、午後起きだよ」

 なんて不規則な。あまり体に良くないし、肌にも良くないんじゃ……って、ここは死後の世界だったか。

「ゆりりんは、やはりあたし達とは違うようだ。死んだ記憶があるわけじゃない」

 岩沢がそう言って、俺はふむと鼻を鳴らした。

「ま、そうだろうな。この世界に、子供は迷わない」

「けど、死者じゃないなら、成仏はないってことだろ? あの子、この世界から去れるのか?」

 ひさ子の疑問に、俺は肩をすくめるしかない。

「さあな。最終手段を除けば、ひょっとすると厳しいかもしれない」

「昨日NPCに目撃されないようにするの、結構大変だったしな。あんまり長引いてほしくはねーんだけど」

「……まあ、たしかにな」

 どっち道、今のこの世界でゆりりんに居場所はない。

 早くなんとかしてやりたいものだ。

 

 

 小さい女の子を隠し通す――というのは、無謀だったようだ。そもそも戦線が彼女を見つけるまでに、多くのNPCに目撃されてしまったようで、この学園に小さい女の子が迷い込んでいる、という情報がいくつも上がっていた。

 生徒会室で立華と共にそれらの情報をまとめていると、立華はため息をついた。

「不思議なことが立て続けに起こるわね」

「立て続け? 他にもあるのか」

 立華はこくりと頷いた。

「熊の目撃情報よ」

「ああ、熊か……って、熊?」

「ええ。それも2メートルを超える大きな熊よ。早く捕獲出来ればいいのだけれど」

 2メートル、か。さすがに遭遇したらどうしようもないな。捕獲って言っても、この天上学園にそんなことが可能なのだろうか。ああ、でも立華がいるのか……。

「桜木くんはなにか知っているかしら」

「え? ああ、どっちもよくわからないな」

 大嘘であった。女の子に――ゆりりんに関しては、よく知っている。だけど、戦線が匿っていることを教えたら、また対立が生まれるかもしれない。余計なことは喋らないようにした。

「そう。外出は控えることね。外は危ないから」

 立華はそう言って立ち上がり、生徒会室の出口へ向かった。

「どこへ行くんだ?」

「見回りよ。みんなを守らないと」

「今日は雨だぞ?」

 立華は暗い窓の外を見やる。

「だからこそ、よ。生徒のいない今日がチャンスだわ」

「……まさか、熊を退治する気か?」

「ええ。なんとかするわ」

 立華はハンドソニックを取り出して、そんな宣言をした。

 ……そりゃ、頼もしい限りで。

 

 

 戦線の本部へと行くと、そこはひどく賑やかになっていた。ゆりりんが加わったことにより、さらに騒々しくなっている。

「おにいさん!」

 ゆりりんが俺を見つけるなり、ぎゅうううっと腰に抱き着いてきた。小さな頭を優しく撫でてやると、ゆりりんが顔を赤くしながら、嬉しそうに目を細めた。なんだか子猫のようだ。子供とはいえ、これがゆりなんだから不思議な感じである。

「ゆりりん。俺が肩車をしよう」

 と、ここで唐突に野田がそんなことを言い放つ。ゆりりんは俺にしがみついたまま答えた。

「あなたはいや」

「くうううう……っ⁉」

 野田は早くも嫌われていた。子供バージョンでもその扱いとは……。

 その後は松下五段が代わりにゆりりんを肩車をしていた。子供の扱いが上手いもので、ゆりりんは楽しんでくれている。

「全く。ここは託児所か」

 直井が毒づくと、日向が鼻で笑った。

「お前だってガキだろ」

「なに? 貴様、また洗濯バサミの有能さに震えるか?」

「へーんだ、同じ手に引っ掛かるかよ」

「ふん。ならば、これならどうだ? ――貴様は、ユイの有能さに気がつく」

「っ⁉」

「自分の無能さに気がつくといい。彼女と比べ、劣る自分自身の愚かさを嘆くのだ」

 直井が日向を再び催眠術にかける。見事に引っ掛かったようで、いつものスタイルでソファに寄っかかるユイの前に、日向はひざまづいた。

「うわあっ⁉ なんですか、ひなっち先輩⁉」

「ユイ! お前はなんてすごい奴なんだ! 音楽も出来て、可愛くて、戦線に貢献出来て! それに比べて俺はなんだ、なにが出来るって言うんだあああああああああ⁉」

「……え。なんか、キモいです」

 ユイがドン引きしている。俺が「いつもかっこいいのにな」と言ってやるとユイが「はい……って、なに言わすんですか⁉」と顔を赤くした。

「どーでもいいが、嬉しそうな松下が気になるぜ……」

 藤巻が椅子にだらっと座りながら、そんなことを言った。たしかに、ゆりりんと遊ぶ松下五段は生き生きとしていた。

「松下くんはロリコンだからね」

 大山がさらっとヤバいことを言う。

 今すぐあの肩車を止めさせたくなるから言うなって。

「む。しまった……」

 と、ここで松下五段が不可抗力で、護身用の拳銃を落とした。

「ひ……きゃああー!」

 ゆりりんは顔を青くして、本部を飛び出してしまう。松下五段が「そんなに怖がるとは……」と言いながら、拳銃を拾う。

「っ⁉ 一人で飛び出していったのですか⁉」

 高松が焦ったように叫ぶと同時、椎名が「連れ戻す」と言って窓から飛び降りた。いやどっから飛び降りてんだよ、雨の中。

 音無がはっとして声を上げる。

「そうか、ゆりの過去は……まずい! 早く追いかけねーと!」

 

 

 足が速いのか、ゆりりんは中々見つからなかった。校内かと思ったが、通りすがりのNPCが「あ、副会長。さっき、なんか小さい女の子が外へ飛び出した気がして……」なんてことを言ったため、すぐさま俺は外へと飛び出した。

 曇天から降り注ぐ雨はとめどない。視界が水のせいで不自由だ。しかし体が濡れるのも厭わず、俺は決死の捜索を続けた。

「桜木さん」

 と、ここで遊佐の綺麗な声が背後からかかった。

「遊佐?」

「あちらに」

 遊佐の示す方に、ゆりりんの姿があった。大階段の先にある、大きな広間そこでうずくまって、泣いている後ろ姿が見えた。

 俺はすぐに駆け寄って、その背中をゆする。ゆりりんは泣きはらした顔を上げた。

「たく。心配させるな」

「ぐす……おにいさん」

「なにも雨の中、飛び出すなって――」

 ぐるるる、という唸り声が聞こえた気がして、思わず顔を上げた。

 刹那、背筋が凍る。

 のっそりとした動作で近づいて来る、その姿は――全長二メートル以上はあろうかという、巨大な熊であったのだ。まさか、目撃情報が出ている熊と、こんなところで出くわすなんて……!

「ぐるるるる……!」

 熊は何故か興奮した様子でこちらを威嚇しながら、駆けて来る。どういうわけか、俺達が狙われているようであった。ゆりりんが熊に気がつき、「ひっ……」と短い悲鳴を上げて、抱きついてきた。

「くそ! これでなんとかなるのか……⁉」

 俺はやもえず拳銃を取り出し、発砲する。けたたましい音に、ゆりりんがびくりと体を震わせるが、気にしている場合じゃない。今は緊急事態だ。

 撃った弾が熊の肩、足に命中する。しかし全く止まらない。むしろ逆効果であったとも言え、熊は大きな声で吠え、より興奮状態になっていった。

「ちくしょう! あれだけの巨体、拳銃じゃどうにもならねえよ!」

 熊が飛びついてくる。俺は悪態をつきながら、ゆりりんを抱え横へ跳躍し、なんとか回避。頭目掛けて、もう一度拳銃を発砲。こめかみのあたりに当たった気がするが、熊は少しひるんだだけであった。

「ゆりりん、走れ! お前だけでも逃げてくれ!」

「っ、い、嫌!」

「なに?」

「あたし、逃げないって決めたから!」

 思わず、俺は舌打ちをする。過去のこともあるから仕方ないのだろうが、彼女がいたところでなにも役には立たない。熊が再び、こちらへ向かって襲いかかって来る。

「くっ……!」

 万策尽き、ゆりりんを庇うように抱きしめる。

 が、衝撃はやって来なかった。

 代わりに、雨の水滴と空気を鋭く切り裂く音が聞こえた。俺が恐る恐る目を開けると、熊はぐったりとその場で倒れていた。そして俺達の前に立つのは、ハンドソニックを取り出した、立華であった。

「危なかったわね」

「立華……!」

 というか、あのデカい熊すら瞬殺かよ。

「あの金髪の女の子があたしを呼んだのよ」

 遊佐か。立華も偶然近くにいたのだろうが、助かったな……。

「それにしても、その子……もしかして」

 立華がゆりりんをじっと見やる。ゆりと似ていることに、気づいたのだろう。

「とりあえず、戻るか」

 俺がゆりりんへ手を伸ばす。しかしゆりりんは、その手を払った。

「おい?」

「あたし、みんなのとこ戻らないと。絶対にがんばるって、決めたんだから!」

 そう言ったゆりりんの相貌は、とても力強くて。

 あのゆりを彷彿とさせる、危うさがあった。

 だから俺ははっとして、そのゆりりんの頭を撫でてやった。

「おにいさん……」

「俺は、お前の力になる」

「……あたしの?」

「ああ。必ず、ゆりりんの力になる。そばにいる。お前の未来で、桜木 春斗は待っている」

「約束、してくれる?」

 ゆりりんが小指を差し出して来る。俺はそれに答え、小指を絡めた。

「――ああ。約束だ」

 そうして、ゆりりんは消えた。

 これがきっかけだったのか、あるいはそういうものだったのか。

 真意はわからないが、ゆりりん降臨事件はこうして幕を閉じたのであった。

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