「みんなは、恋をするの?」
「?」
「恋心、なんて言うから。みんなは大人だし、この場は女子会でしょう?」
ゆりりんの言葉に、一同はしんとなった。大浴場の中は一瞬にして、静まり返る。
クラスSSSこと、死んだ世界戦線。綺麗どころの若き魂が集まるものの、何故か浮いた話が全くない集団だ。このぐらいの年の女の子は、集まれば恋バナの一つや二つするものだが、生憎と彼女達にはそんなもの持ち合わせてはいなかった。
しかしそれでは、子供のゆりことゆりりんとなにも変わらない。
ややあって、関根が岩沢へ話を振った。
「えっと、そういう話は、岩沢さんに聞いてください。我らがガルデモのカリスマメインボーカル、その人気は図り知れず! 言い寄った男の数は数え切れないほどですよ!」
「え? そうなのか? 言い寄られたことなんて、あっただろうか……」
「気づいてすらいないいいいいいいい⁉ さすがは音楽キチ! ドンマイ、フラれていった数多の男達よ! お前達の雄姿は忘れない!」
関根は芝居がかった口調でそう言った後、今度はひさ子へ話題を振った。
「ひさ子先輩はどうですか?」
「あん?」
「いつも男性陣と麻雀しているじゃないですか。いいなーって思う男性の一人や二人、いらっしゃらないんですか?」
「別に。ただのカモだぜ」
「ただのカモ発言きたあああああああ⁉ さすがは一流の打ち手! ドンマイ、負けていった数多の男達よ! お前達の雄姿は忘れない!」
関根は芝居がかった口調でそう言った後、今度は入江へ話題を振った。
「みゆきちはどうだい? かつてNPC達を手篭めにとった、魔性の悪女こと入江たんの恋愛事情は⁉」
「そんなことしてないよ⁉ 恋なんて、あたしにはとても……」
「この人いいなーって、思ったことは?」
「……ないよ」
「フラグやイベントすらなし! さすがはみゆきち! ドンマイ、本編でセリフが少ない声優の無駄遣い! しかしヘブバンで救われた! 今度はあたしを救ってほしい! というか、救ってくれよ! あたしにも喋らせろよ! メインキャラになって、ガチャで登場するようにしてくれよ! 配布キャラでもいーからさ! みゆきちばっかりズルい、あたしだってガルデモのリズム隊なのにっ! ぐすっ、うわああああん⁉」
「しおりんがなにを言っているのかも、突然泣き出した理由も、全然わからないよ……」
が、関根はすぐに立ち直り、ちらっとユイを見やる。
「えっと、君は……いいや」
「ええええっ⁉ なんでですか!」
「いや、なんとなく」
「聞いてくださいよ! 関根先輩、あたしにも振ってくださいよ! 女子の恋バナ、混ぜてくださいよ!」
「知るかよ」
「知ってくださいよ⁉ えっとですね、あたしことユイにゃん♪ の親衛隊、実は男性もありましてね。その数は――」
「遊佐たんは好きな男性いるの?」
「そのような感情を持ち合わせていません」
「やっぱそう答えちゃうかー」
「話を聞けやああああああああああああ!」
ユイの叫びに、関根は「はいはい」とあしらう。
「ここにいる子達は、みんな凄惨な生前を送ってきたの。だから浮ついた話になることは、滅多にないのよ」
ゆりがゆりりんに淡々とそう説明をした。ゆりりんが首を傾げる。
「生前……?」
「ここは死後の世界よ。それも、皆一様に生前へ強い未練を残した、ね」
「でも、あたしには……死んだ記憶なんて」
「でしょうね。そもそもあなたは、本物のあたしの魂でもないでしょうし」
「???」
「ま、難しく考えないことね。とにかく、戦線メンバーにそういう青春っぽい話題は向かないってことよ」
「……死後の、世界」
ゆりりんはどこか震えた声で、そう復唱をした。
日曜日。休日であるが、天気は生憎と雨であった。ゆりとの鍛錬は使われなくなった部屋で適当に済ました後、俺は大食堂へと向かった。その一角で黙々と朝食をとる音無と日向の姿を見つける。しかしそのメニューは罰ゲームかというくらい、朝からヘビーなものであった。音無の前にはマルゲリータピザがあり、日向の前にはトンカツ定食がある。案の定、二人共に渋面を浮かべながら食事をとっていた。
「よう。朝から胸やけしないか?」
俺がそう言って音無の隣に座る。音無は「おはよう……」とテンション低めに言って、対面の日向が「おはよー。ランダムだからな、こういうこともある」と言った。
「ランダム?」
「ポケットの中から拾った食券を引いているんだよ。ま、俺と音無がやっているゲームみたいなもんだな」
「戦線にとって朝食の食券はレアだしな……」
トルネードは基本、夕方に行われる。朝はNPCも寝起きのため、テンションが低い。そのため、陽動はどうしても遅い時刻に行われる。
ちなみに俺は普通に鮭定食を頼んでいる。しかもサイドメニューのプリン付きだ。まあ、このプリンは俺用ではないのだが……。
「一枚くらいなら手伝うか?」
音無に言うと「ああ。そうしてもらえると助かる」と返事が来たので、俺はマルゲリータピザを一枚食べた。濃密なモッツァレラチーズとトマトソースに、分厚い生地。食べ応えもある良いピザだが、朝に食べるものではない。一枚程度なら美味しくいただけるが、音無の皿を見るとこれがあと四切れもあった。
「桜木、俺のも手伝ってもらえると助かるぜ」
「断る」
「なんで音無は手伝ったのに、俺はダメなんだよ! ワッツ、ホワーイ⁉」
「中々流行らないよな、それ」
「単なる口癖だよ!」
「まあ、一枚だけなら食べてやるよ」
トンカツを一切れだけ貰って食べてやる。分厚い肉に、濃厚な肉汁。かなり美味いが、やはり朝食べるものではない。俺は自分の定食を食べる前に、早くも胃が重くなり始めていた。永遠に若くいられる死後の世界だからこそ出来るゲームだな、これ……。
そんなこんなで朝食をとり終える。ふと辺りを見渡すと、ひさ子と岩沢の姿を見つけた。俺は二人が座るテーブルへと近づく。
「おはよう」
俺が言うと、岩沢が「よう」と短く返事した。ひさ子はチーズトーストとサラダ、岩沢は朝うどんを食べていた。
朝だというのに、声をかけただけでNPCの視線を感じた。ガルデモといえば、トルネード時にはガードマンをつけなければいけないほどの、人気ぶりである。例え朝一だとしても、それなりに注目を浴びているということなのだろう。ましてや、野郎が近づいているともなれば、ファンは嫌でも「なんだ?」と意識するだろう(主に男ども)。
「ゆりりんにこれ、渡してやってくれないか。俺じゃ女子寮は近づけないからよ」
そう言って、買っていた瓶に入っているプリンを差し出す。ひさ子が「そういうことか。なんだかんだ、気にかけているのかよ」と言って、岩沢が「まあ、とりあえず座ったらどうだ?」と言ってきたので、座ることにした。
ひさ子は瓶のプリンを受け取り、クールに小首を傾げた。
「あたしから渡しておくよ。入江達に預けちまったからな。まだ起きてねーのかも」
「朝遅いのか」
「あいつらは基本、午後起きだよ」
なんて不規則な。あまり体に良くないし、肌にも良くないんじゃ……って、ここは死後の世界だったか。
「ゆりりんは、やはりあたし達とは違うようだ。死んだ記憶があるわけじゃない」
岩沢がそう言って、俺はふむと鼻を鳴らした。
「ま、そうだろうな。この世界に、子供は迷わない」
「けど、死者じゃないなら、成仏はないってことだろ? あの子、この世界から去れるのか?」
ひさ子の疑問に、俺は肩をすくめるしかない。
「さあな。最終手段を除けば、ひょっとすると厳しいかもしれない」
「昨日NPCに目撃されないようにするの、結構大変だったしな。あんまり長引いてほしくはねーんだけど」
「……まあ、たしかにな」
どっち道、今のこの世界でゆりりんに居場所はない。
早くなんとかしてやりたいものだ。
小さい女の子を隠し通す――というのは、無謀だったようだ。そもそも戦線が彼女を見つけるまでに、多くのNPCに目撃されてしまったようで、この学園に小さい女の子が迷い込んでいる、という情報がいくつも上がっていた。
生徒会室で立華と共にそれらの情報をまとめていると、立華はため息をついた。
「不思議なことが立て続けに起こるわね」
「立て続け? 他にもあるのか」
立華はこくりと頷いた。
「熊の目撃情報よ」
「ああ、熊か……って、熊?」
「ええ。それも2メートルを超える大きな熊よ。早く捕獲出来ればいいのだけれど」
2メートル、か。さすがに遭遇したらどうしようもないな。捕獲って言っても、この天上学園にそんなことが可能なのだろうか。ああ、でも立華がいるのか……。
「桜木くんはなにか知っているかしら」
「え? ああ、どっちもよくわからないな」
大嘘であった。女の子に――ゆりりんに関しては、よく知っている。だけど、戦線が匿っていることを教えたら、また対立が生まれるかもしれない。余計なことは喋らないようにした。
「そう。外出は控えることね。外は危ないから」
立華はそう言って立ち上がり、生徒会室の出口へ向かった。
「どこへ行くんだ?」
「見回りよ。みんなを守らないと」
「今日は雨だぞ?」
立華は暗い窓の外を見やる。
「だからこそ、よ。生徒のいない今日がチャンスだわ」
「……まさか、熊を退治する気か?」
「ええ。なんとかするわ」
立華はハンドソニックを取り出して、そんな宣言をした。
……そりゃ、頼もしい限りで。
戦線の本部へと行くと、そこはひどく賑やかになっていた。ゆりりんが加わったことにより、さらに騒々しくなっている。
「おにいさん!」
ゆりりんが俺を見つけるなり、ぎゅうううっと腰に抱き着いてきた。小さな頭を優しく撫でてやると、ゆりりんが顔を赤くしながら、嬉しそうに目を細めた。なんだか子猫のようだ。子供とはいえ、これがゆりなんだから不思議な感じである。
「ゆりりん。俺が肩車をしよう」
と、ここで唐突に野田がそんなことを言い放つ。ゆりりんは俺にしがみついたまま答えた。
「あなたはいや」
「くうううう……っ⁉」
野田は早くも嫌われていた。子供バージョンでもその扱いとは……。
その後は松下五段が代わりにゆりりんを肩車をしていた。子供の扱いが上手いもので、ゆりりんは楽しんでくれている。
「全く。ここは託児所か」
直井が毒づくと、日向が鼻で笑った。
「お前だってガキだろ」
「なに? 貴様、また洗濯バサミの有能さに震えるか?」
「へーんだ、同じ手に引っ掛かるかよ」
「ふん。ならば、これならどうだ? ――貴様は、ユイの有能さに気がつく」
「っ⁉」
「自分の無能さに気がつくといい。彼女と比べ、劣る自分自身の愚かさを嘆くのだ」
直井が日向を再び催眠術にかける。見事に引っ掛かったようで、いつものスタイルでソファに寄っかかるユイの前に、日向はひざまづいた。
「うわあっ⁉ なんですか、ひなっち先輩⁉」
「ユイ! お前はなんてすごい奴なんだ! 音楽も出来て、可愛くて、戦線に貢献出来て! それに比べて俺はなんだ、なにが出来るって言うんだあああああああああ⁉」
「……え。なんか、キモいです」
ユイがドン引きしている。俺が「いつもかっこいいのにな」と言ってやるとユイが「はい……って、なに言わすんですか⁉」と顔を赤くした。
「どーでもいいが、嬉しそうな松下が気になるぜ……」
藤巻が椅子にだらっと座りながら、そんなことを言った。たしかに、ゆりりんと遊ぶ松下五段は生き生きとしていた。
「松下くんはロリコンだからね」
大山がさらっとヤバいことを言う。
今すぐあの肩車を止めさせたくなるから言うなって。
「む。しまった……」
と、ここで松下五段が不可抗力で、護身用の拳銃を落とした。
「ひ……きゃああー!」
ゆりりんは顔を青くして、本部を飛び出してしまう。松下五段が「そんなに怖がるとは……」と言いながら、拳銃を拾う。
「っ⁉ 一人で飛び出していったのですか⁉」
高松が焦ったように叫ぶと同時、椎名が「連れ戻す」と言って窓から飛び降りた。いやどっから飛び降りてんだよ、雨の中。
音無がはっとして声を上げる。
「そうか、ゆりの過去は……まずい! 早く追いかけねーと!」
足が速いのか、ゆりりんは中々見つからなかった。校内かと思ったが、通りすがりのNPCが「あ、副会長。さっき、なんか小さい女の子が外へ飛び出した気がして……」なんてことを言ったため、すぐさま俺は外へと飛び出した。
曇天から降り注ぐ雨はとめどない。視界が水のせいで不自由だ。しかし体が濡れるのも厭わず、俺は決死の捜索を続けた。
「桜木さん」
と、ここで遊佐の綺麗な声が背後からかかった。
「遊佐?」
「あちらに」
遊佐の示す方に、ゆりりんの姿があった。大階段の先にある、大きな広間そこでうずくまって、泣いている後ろ姿が見えた。
俺はすぐに駆け寄って、その背中をゆする。ゆりりんは泣きはらした顔を上げた。
「たく。心配させるな」
「ぐす……おにいさん」
「なにも雨の中、飛び出すなって――」
ぐるるる、という唸り声が聞こえた気がして、思わず顔を上げた。
刹那、背筋が凍る。
のっそりとした動作で近づいて来る、その姿は――全長二メートル以上はあろうかという、巨大な熊であったのだ。まさか、目撃情報が出ている熊と、こんなところで出くわすなんて……!
「ぐるるるる……!」
熊は何故か興奮した様子でこちらを威嚇しながら、駆けて来る。どういうわけか、俺達が狙われているようであった。ゆりりんが熊に気がつき、「ひっ……」と短い悲鳴を上げて、抱きついてきた。
「くそ! これでなんとかなるのか……⁉」
俺はやもえず拳銃を取り出し、発砲する。けたたましい音に、ゆりりんがびくりと体を震わせるが、気にしている場合じゃない。今は緊急事態だ。
撃った弾が熊の肩、足に命中する。しかし全く止まらない。むしろ逆効果であったとも言え、熊は大きな声で吠え、より興奮状態になっていった。
「ちくしょう! あれだけの巨体、拳銃じゃどうにもならねえよ!」
熊が飛びついてくる。俺は悪態をつきながら、ゆりりんを抱え横へ跳躍し、なんとか回避。頭目掛けて、もう一度拳銃を発砲。こめかみのあたりに当たった気がするが、熊は少しひるんだだけであった。
「ゆりりん、走れ! お前だけでも逃げてくれ!」
「っ、い、嫌!」
「なに?」
「あたし、逃げないって決めたから!」
思わず、俺は舌打ちをする。過去のこともあるから仕方ないのだろうが、彼女がいたところでなにも役には立たない。熊が再び、こちらへ向かって襲いかかって来る。
「くっ……!」
万策尽き、ゆりりんを庇うように抱きしめる。
が、衝撃はやって来なかった。
代わりに、雨の水滴と空気を鋭く切り裂く音が聞こえた。俺が恐る恐る目を開けると、熊はぐったりとその場で倒れていた。そして俺達の前に立つのは、ハンドソニックを取り出した、立華であった。
「危なかったわね」
「立華……!」
というか、あのデカい熊すら瞬殺かよ。
「あの金髪の女の子があたしを呼んだのよ」
遊佐か。立華も偶然近くにいたのだろうが、助かったな……。
「それにしても、その子……もしかして」
立華がゆりりんをじっと見やる。ゆりと似ていることに、気づいたのだろう。
「とりあえず、戻るか」
俺がゆりりんへ手を伸ばす。しかしゆりりんは、その手を払った。
「おい?」
「あたし、みんなのとこ戻らないと。絶対にがんばるって、決めたんだから!」
そう言ったゆりりんの相貌は、とても力強くて。
あのゆりを彷彿とさせる、危うさがあった。
だから俺ははっとして、そのゆりりんの頭を撫でてやった。
「おにいさん……」
「俺は、お前の力になる」
「……あたしの?」
「ああ。必ず、ゆりりんの力になる。そばにいる。お前の未来で、桜木 春斗は待っている」
「約束、してくれる?」
ゆりりんが小指を差し出して来る。俺はそれに答え、小指を絡めた。
「――ああ。約束だ」
そうして、ゆりりんは消えた。
これがきっかけだったのか、あるいはそういうものだったのか。
真意はわからないが、ゆりりん降臨事件はこうして幕を閉じたのであった。