混乱を招くので、作品上のキャラクター名はそのままです。本人達は別の名前だという認識なので、よろしくお願いします。
ゆりが探偵業をやっているなど、色々とトンデモ設定になっていますが、基本はイチャイチャするだけの話です。
R18長編 転生編 上「死んだ世界戦線、再び」
二十二歳になった。
現状、人生において不満はない。
いやむしろ、自分で言うのもなんだが、出来すぎているといっていいくらい、万事が順調であった。
俺、桜木 春斗は若手の小説家だ。大学在学中に新人賞を受賞し、軽く話題になった。大学は在校生が受賞したということで、学園のホームページに掲載するなど、大々的に発表したのである。まあ、大学側が有名人を輩出した、という売りをプッシュするのはよくある話だ。恰好のネタなのは間違いない。
大学で可愛いと評判の同級生に、告白だってされた。それはもうモデルのように美人な女の子で、性格も良い。
だというのに、俺はその告白を断った。
……そう。この人生においてもそうだし、恋愛についてもそうだ。
どこか胸の中に、ぽっかり穴が開いているような。
なにかが欠けているような。そんな憂い目が、常に渦巻いていたのである。
そんな日々の中であった。
家に奇妙な「招待状」が届いた。
クラスSSS入隊案内状――意味不明な内容に、最初は悪戯かと思った。
だけど、そうじゃないことにすぐに気がつく。
胸の中の穴か急激に埋まる、凄絶なある衝撃が脳内に走る。
招待状の送り主は、仲村ゆりであった。
招待状にあった住所を辿り、半信半疑でテナント前へ辿り着く。下の階にはなじみの部隊章が刻まれた看板が置いてあり「二階 SSS探偵事務所」と書かれている。
……そう。半信半疑、というのは二つの意味である。
一つは、本当にこの記憶の通り、ゆり率いるSSSなのかどうか。
もう一つは、ここSSS事務所が――探偵事務所、という胡散臭さから生まれた懐疑心である。
「……あいつが探偵???」
想像がつかない。
周りをキョロキョロと見渡し、大きく息を吐く。
正直……ひどく、緊張していた。
ゆり。仲村ゆり。
あの世界では婚約者として、俺と共にあってくれた。だけど……それはあくまでも、死後の世界での話。前世での出来事だ。
今世では、今日まで会うことすら叶わなかった。
いや、それどころか……俺は、ゆりを忘れていたのだ。あの日々を、忘れていたのである。
胸の穴からして、そしてこんな簡単なことで思い出したことといい、完全に忘れていたわけではなかったが……ゆりが招待状を送ってくれなかったら、俺はきっと忘れたままでいたような、そんな気がした。
だから……。
「今の俺は、あいつの婚約者でもなんでもない……」
微妙な距離感を感じざるを得ない。
……今の自分が、ゆりにふさわしくない、とも考えてしまう。
現に、探偵をやっていたなんて知らなかった……。
まあ、本当にあいつなのかどうか、まだ疑ってはいるが。
待て待て。……つーか、俺はまだ、あいつのことが好きなのか。
可愛いと評判の同級生の告白を断ったのも、あいつへの恋心が残っているが故……なんて考えると、まあロマンチックではあるが。
ゆりは今の俺を知らない。
また好きになってくれるのかは、別の話で――。
「――〇〇〇(転生先での本名)さん。いえ、桜木 春斗さん。なにを一人でブツブツと呟き、キョロキョロとしているのでしょうか?」
「うおうっ⁉ そ、その声は……」
あの時とほとんど同じな、無機質だけれど美しい声――。
振り返る。そこには、茶色のコートに身を包んだ遊佐が佇んでいた。髪を降ろしているからか、余計に大人っぽく見えるな……。思わず、色々な意味でドキリとさせられた。
「遊佐か!」
「はい。思い出せたようですね。お久しぶりです」
「すげえな。あの時とあんまり変わってないな。でも、雰囲気が優しくなった」
「桜木さんも変わりないですよ?」
「……そう、なのか? 全然違う人生だぞ?」
今の俺は、むしろ身体能力が低い方だ。
運動神経も、平均よりちょい下くらい。
武術の技術、銃の扱いなんてさっぱりだ。不思議なことに、当時の知識を一つも思い出せない。記憶が戻った今もそうだ。
「わたしも違う人生になりました。今はゆりっぺさんの助手です」
「まさかのバディポジションかよ……」
「いえ。ワトソン役は、別の人ですよ」
「そうなのか?」
「はい。入ってみればわかります。ご案内しますよ」
「……」
俺は遊佐を追随し、二階へ上がる。
手が震えていた。
「大丈夫でしょうか?」
「え?」
遊佐がドアを開ける前に振り返り、問いかけてきた。
「顔色が悪いですよ」
「あ、ああ。記憶が戻ったばかりだしな……それに、本当にあいつらに会えるかって思うと。なんだろうな、感情がぐちゃぐちゃだ」
「最初は皆さん、そうでしたよ。勇気を振り絞ってください」
遊佐が優しく言ってくれる。やはり当時より、丸くなった気がする。
俺は深呼吸をし、こくりと頷いた。
「ありがとう。行くよ」
「はい。では、参りましょう」
遊佐がドアを開け、「桜木さんが来ましたよ」と声を上げた。
簡素な事務所であった。部屋の真ん中に机があり、その上には書類と固定電話、ノートパソコンが置かれている。そして窓の光を背景に、上座の椅子に座る麗人はゆりのもので――。
「かーっ、取り逃がしただとお! なにをしているのよ、全くもう、頭使わないでも使えない連中ね! 死ぬ気で追いかけなさい、じゃないと減給よ! ええー、じゃない! さっさと動く! このクソが!」
乱雑にそう言い放ち、ゆりはがしゃん! と乱暴に電話を切る。次に、見覚えのある男――日向が、電話を片手にゆりへ言い放った。
「ゆりっぺ、草薙さんのジャッカル(※猫の名前)がまた逃げたって」
「今こっちは忙しいのよ! 断りなさい! 大体、ジャッカルはどうせいつもの公園にいるわよ!」
「草薙さん、引きこもりだからなあ」
「いい加減就職活動しろよ! いつまでパワハラのトラウマ引きずってんのよ! ジャッカルも草薙さんを外に出そうとしているんじゃないの⁉」
「いや、俺にキレられても知らねーよ」
「とりあえず、断りなさい。人員はさけない。あと草薙さんは外へ出る」
「へいへい。あー、草薙さん? ゆりっぺが外へ出ろって――えー、嫌だって? 働きたくないって? 外へ出たくないって? んなこと言われましてもねえ」
日向が困ったように電話をしている間に、ゆりがようやくこちらに気がつき、目を丸くした。
俺とばっちり目が合う。
ゆりはしばらくの間、固まった後――顔を赤くし、その場で慌てふためいた。
「ははは、春斗くん⁉ き、来てたの? ちょ、ちょっと待ちなさい!」
ゆりはそう言って、バタン! と奥の部屋へと消えた。
……寝起きだったのか、見た通り忙しかったからか。
ゆりの頭には、寝癖があった。
忙しさを理由に、結構だらしない生活を送っているのかもしれない。
「よう、親友! ここへ来たってことは、思い出したってことみたいだな」
日向が電話を切り、当時と変わらない爽やかな笑みを浮かべ肩を組んできた。
「し、親友って……今の俺とは、今日会ったばかりなのに?」
「なに堅苦しいこと言ってんだよ、当たり前だろ? それとも、お前はあの時の友情を忘れちまったのかよ?」
と、ここで遊佐がクールに言い放つ。
「ちなみに、今の日向さんはホモなので、気をつけてください」
「っ⁉ ホモ⁉」
俺が慌てて日向から距離を置く。日向がおいおい、と腕を振った。
「遊佐。いきなりそんな本当のことを言うなよ。桜木がびっくりしちまうだろ?」
「えええええ⁉ 否定しねえのか⁉」
「……まあ、な。今の俺は、これだ」
肩を組まれたことを思い出し、背筋がゾワゾワした。
つーか、そうなると一つ気になることがある。
「お前、ユイとの約束はどうなるんだよ⁉」
「え? ユイ? わり、ぶっちゃけどうでもいい」
「ひでえ⁉ プロポーズまでしたのにか⁉」
「だって、俺ホモだし」
「日向あああああああ⁉」
思わず叫んでしまう。お似合いだったのにな……。
が、ここで遊佐がまたもクールに口を挟んだ。
「ちなみに、ユイさんを見つけ出したのは日向さんです」
「え?」
「彼女を見つけ出すという約束は、ちゃんと果たしたんですよ」
それを聞いて、ほっとした。
「なんだ。ちゃんと、ユイのこと好きなんだな。良かった、良かった」
「はあああ⁉ 違いますから! 俺はホモだってちゃんと言いましたよね⁉ 性別の壁は超えられませんから!」
「……ホモを強調しないでくれ。いちいち寒気がするから」
「なにジリジリと離れてんだよ」
「あんまり俺に近づかないでもらっていいか。あとこっち見るな」
「ええー⁉ つれねえな! たく、音無といい、俺を避けやがって。ちぇっ、今世でも親友になろうと思ったのによ」
「音無も見つかったのか」
「ああ。相変わらず、天使ちゃんと仲良かったぜ。来世でもくっつくなんて、愛が深いよな……残念、だけどよ」
「いや残念がるなよ……」
「っ⁉ いけね、つい本音が……い、いやー、音無には天使ちゃんと末永く幸せになってほしいぜ! なあ!」
「怖すぎる……」
日向にはあまり近づかないでおこう。あとユイに頑張ってもらうしかない。早くこいつを正常に戻してくれ。
「お、お待たせ」
と、ここでようやくゆりが戻って来た。私服姿の彼女はとても新鮮だ。相変わらずのリボンのカチューシャ、フリルのついた薄いピンクのシャツに、黒いズボン。少し大人っぽい雰囲気にはなったが、先ほどの言動といい、あまり前世と変わりないようだ。
「桜木さんが来たから身綺麗にしましたね」
「う、うっさいわね! 余計なこと言わないでちょうだい!」
遊佐の指摘に、ゆりが大声を上げる。そしてごほん、と仕切り直した後、俺へ近づき手を伸ばした。
「――ようこそ、死んだ世界戦線へ。今度は、みんな生きているけれどね」
ゆりはそう言って、愛らしい笑顔を浮かべた。
いつだって彼女には、とりこにさせられる。ぎくしゃくしながら、俺は握手に応じた。
ゆりは小さいころから、前世での記憶を持っていたらしい。クラスSSSは転生したのだから、皆それぞれ幸せになればそれでいいと考え、今のように再びみんなを集めようとはしなかったらしい。
まあ、当然の成り行きだろう。
前世は前世。繋がりはあるけれど、あれは違う「俺達」だ。
今の俺達には、今の「人生」がある。そして大切なのは「未来」だ。今の俺達にはそれぞれ家族や、大切な人達がいる。
前世という、死後の世界での思い出に縛られるのはよくないことだろう。
だが、その考えを打ち破ったのが、日向だったらしい。「――今のあいつらのこと、気になってんだろ。なら、また集めりゃいいだろ、元リーダー。変な気を遣うなんて、ゆりっぺらしくねえぜ」そんなようなことを言って、日向とゆりの二人から、再びこの世界で「クラスSSS」を結成したらしい。
「なんの因果か、あの時と同じよ。最初に会ったのが、彼だったの」
ゆりは鬱陶しそうに言い放つ。対して日向は、にやりと笑みを浮かべた。
「俺達、幼馴染なんだぜ。家、隣同士なんだ」
「そうなのか?」
ゆりはこくりと頷く。
「そうよ。あたし達が赤ん坊の頃から付き合いがあるの」
「だから、俺達は兄弟みたいなものでさ。なあ?」
「不服だけれど、そうね」
ゆりと日向の関係性はわかった。まあつまり、腐れ縁で、ある意味あの時と似たような間柄ということなのだろう。
「で、それがなんで探偵業に?」
俺の質問に、日向が答えた。
「このゆりっぺは人助けが好きというか、人の役に立つのが好きでさ。色々と人助けをしたり、戦線のメンバーを集めて活動を大きくしたりして……気がついたら、こんな事務所まで構えられるようになったってわけよ」
「すごいな……」
この世界でも、ゆりはゆりなんだ。
「あら。あなたほどじゃないわよ、桜木先生」
ゆりがにやりと笑みを浮かべる。俺は息を詰まらせた。
「やっぱ、知っているのか」
「ええ。そもそも、あなたを見つけたのは、小説家としてデビューをして、写真が貼られたからよ。すぐにあなただとわかったわ。黒縁の眼鏡をかけていたから、ちょっと雰囲気は変わったけれどね」
体格もあの時ほど良くはない。眼鏡もかけていなかった。
俺はゆりと違って、それなりに見た目が変わったと言えるだろう。
「そうか。なら、話は早い。残念だが、今の「俺」には優れたスキルも知識もなくてな。小説が書けるだけの、普通の青年だ」
「知っているわよ。我が戦線――もとい、探偵事務所に入る気はないってことよね?」
「ああ。この桜木 春斗は、ゆりの役にはあまり立てないだろう」
「あなたが「普通」だなんて、なんとも面白い話だけれどね。もっとも、文才がある分、別の意味で大物になったようだけれど」
「不思議なことに、当時のスキルは忘れているんだよな。銃の知識もない」
俺が言うと、ゆりは腕を組み、こくりと頷いた。
「それがこの転生の「ルール」なのよ」
「ルール?」
「ええ。記憶は持ち越せても、知識や技術は持ち越せないのよ。例えば、松下くんは柔道の腕なんてからきしだし、竹山くんもプログラミングとは全く無縁の人生を送っていて、情報処理の知識は全て無くなっているわ。もっとも、あたしの「勘」だけは例外のようだけれどね」
ゆりが誇らしげに、そんなことを言う。
この世界でも、勘で戦って(?)いるのか。リーダー、探偵として。
「クラスSSS……もとい、SSS探偵事務所には、あいつらがいるってことか?」
「ええ。まあ、バイトだけれどね。それに忙しい子や、あなたのようにすでに進路を決めている子は、ここに所属していないわよ。だから、死んだ世界戦線とは名ばかりで、最終的にはあたしと遊佐さんと、日向くんしか残らないんじゃないかしら? まあ、ここで働くつもりなら、こき使ってやるけれどね。スキルがなくたって、あなたも大歓迎よ?」
ゆりがにやりと笑み浮かべる。俺は首を横に振った。普通の俺が役に立つようになるには、相当苦労が必要になるだろう。情けない姿は、ゆりに見せたくない。
「さて。桜木も来たことだし。ゆりっぺ、またみんなで集まらねーか?」
日向がそう言うと、ゆりがこくりと頷いた。
「ええ。死んだ世界戦線、卒業メンバー。同窓会よ!」
冬の冷たい風に吹かれながら、ゆり、日向、遊佐に連れられとある居酒屋に入った。
「――よう。元気にしていたか?」
店に入るなり、迎えに来たのは店員姿のチャーであった。
「っ⁉ チャーなのか?」
「ああ。この店の一人息子でな。まあ、後継ぎって奴だ」
「だから、戦線の集合場所なのか」
チャーの案内で二階に上がり、大きな個室の前に通された。
「ここにみんないる。楽しんでこいよ」
「ええ。いつもありがとうね」
ゆりが言うと、チャーは「俺は仕事に戻る。じゃあな」と、クールに去っていった。この世界でも彼のポジションはあまり変わらない。
個室に入ると、見慣れたメンバーがいた。日向が大声を上げる。
「さて、問題! ここにいるイケメンは誰でしょうか?」
ピンポン、と番組とかでよく聞く音が聞こえた。
「はい、藤巻選手!」
「桜木 春斗」
「正解!」
わざわざボタンを押して答えたのは藤巻であった。
彼はクイズ選手権に出ているらしい。
頭良いんだが、悪いんだか。
「よう、遅かったじゃないか」
音無に手招きされ、隣に座る。すでにビールが置かれている。音無はジョッキを持って「乾杯しようぜ」と言ったので、俺はジョッキを合わせた。
あの時と違って、未成年でもないしな。しかし、不思議な感覚だ……。本当に卒業生の同窓会って感じがする。
対面には立華とゆりが座っている。ゆりは「かなでちゃーん♡ 今日も可愛いわー♡」と言って抱きつき、立華は「ゆり。会えてうれしいわ」と言って抱きつき返した。
この世界では、大の仲良しのようだ。
「幹部は桜木が最後だな」
音無がそう言うと、俺は苦笑いを浮かべる。
「俺は幹部じゃないけどな」
「ああ、そっか。まあでも、似たようなものだろう?」
と、俺の隣に日向が腰かけてきた。
「よう、お二人さん! 一緒に飲もうぜ、親友同士の再会を祝してさ!」
「桜木。俺、あっち行ってくる」
「待てよ、音無⁉ なんでそんな露骨に避けるんだよ!」
「俺、ホモじゃないからさ」
「知っていますから、避けないでくれませんかね⁉ 傷つきますから!」
「でも、お前はホモなんだろう?」
「ああ。それがどーした」
「やっぱり、向こうへ行くことにするよ」
「待ってくれよ⁉ 三人で語り合おうぜ⁉」
「ええー……」
「テンション低すぎませんかね、音無さん⁉」
と、ここで日向の背後からユイが突然現れ、その首元に抱き着いた。
「ひなっち先輩!」
「うおわっ⁉ んだよ、ユイかよ、なんの用だ!」
「どうしてこの間のデート、すっぽかしたんですか!」
「すっぽかしたもなにも、約束してねーから」
「じゃあ明日は?」
「仕事だ」
「明後日は?」
「仕事だ」
「明々後日は?」
「それも仕事だ」
「あたしに構えやああああああああああああ!」
「ぐががががっ⁉ 頭を引っ張るな、くっつくな!」
「ひなっち先輩がデートの約束するまで、ずっっっと離れませんから!」
「鬱陶しい奴だな、離れろって!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらじゃれ合う二人。なんだかんだ、あまり関係性は変わっていないようだ。
……日向の性癖が致命的なのを除けば。
「音無! 助けてくれ!」
日向が叫ぶと、音無はため息をついた。
「俺、ホモじゃないし、かなで一筋だからさ」
「ホモであることをいちいち持ち出さないでくれませんかね、あとのろけるな!」
立華は小首を傾げて「結弦が一途なのは知っているわよ?」と言った。音無は「そうか。まあ俺達の思いは、通じ合っているからな」などと臭いことを言う。
なんだこのリア充。
ゆりが重いため息をついた。
「あーあ。いいわよね、お前らは相手がいて」
立華はまたも小首を傾げた。
「??? ゆり、桜木くんが合流したわよ?」
「っ⁉」
ゆりは息を飲んで、立華の背後に隠れた。
音無が俺の背中を小突き、小声で後ろを向くよう促した。
「桜木、桜木!」
「な、なんだよ」
「ゆりにはなにか言ったのか? 婚約者だっただろう?」
「そうだけど。あれはあくまでも前世での話だし、今はまだ会ったばかりだ……」
俺が言うと、音無が「ああ。たしかに、それもそうか」と言って頷いた。
「なら、まずはお互いのことを知らないとな」
「そう言われても……なにを話せばいいんだよ」
顔を赤くする俺に、音無が目を丸くした。
「お前……もしかして」
奥手すぎる俺の様子に、音無は察してしまったようである。
そう。俺、桜木 春斗は二十二歳であるが、童貞なのである。
というか、女の子と手を繋いだことすらない。
「どうて――」
「言うな! 情けなくなる!」
「なんだよ。別に、恥ずかしがることでもないだろう? 意外だなって思っただけさ」
「そうかよ……」
「なんだか、前世でのクールなお前が嘘みたいだな。なんつーか、今はすげえ純粋な好青年だ」
「悪かったな。頼りない俺でよ」
「そうは言ってねーよ。むしろ、良いことじゃないか。きっと、どこかでゆりのことが忘れられなかったんだ。だから恋を全くしてこなかった。そうに違いない」
「そんなにロマンチックだと良いんだけどな……」
背景はどうであれ、童貞であることに変わりはないんだよな。
「とりあえず、彼氏がいるかどうか聞いてみろよ」
「……そういう話、あいつにはないのか? モテるだろ、絶対」
「おいおい、俺に聞くなよ。ゆりに直接聞くんだよ。ほら」
音無に促され、ゆりの方を見やる。ゆりはウーロン茶をちびちびと飲んで、俺と控えめに目を合わせた。それだけで心拍数が上がってしまう。
前世――死後の世界じゃ、体を何度も合わせた仲なのに、驚くほどお互いぎこちなくなってしまっている。
「ゆり」
「なによ」
「その……好きな男とか、いないのか」
ゆりは顔を赤くした。
「い、いないわよ、そんなの! あのね、今のあたしは探偵なの! それも地元じゃ結構有名な! 見たでしょ、あの忙しさ!」
「あ、ああ」
「恋をしている暇なんて、あたしにはないんだからね! ふん!」
ぷい、とそっぽを向かれる。立華が「ゆりは可愛いわ」と言って、ゆりの頭を撫でた。
「で、でも、アンタが、またその気なら……(ボソボソ)」
「そうか。仕事、好きなんだな」
「っ⁉ そ、そうね……」
ゆりは何故か、しょんぼりとうつむいた。音無が苦笑いを浮かべて「これは、ちょっとだけ大変かもな」と言った。
死んだ世界戦線は、再び集まった。
だけど、俺達は転生した。だから、今いるみんなはあの時の俺達であって、あの時の俺達ではない。
なにもかもが、あの時のように……とは、中々いかなかった。
戦線メンバーと一通り話し終え、充実した同窓会となった。
共通して言えることは、みんな元気で、今の人生をエンジョイしているということだ。あの時のような、凄惨な人生を送っていないし、神への復讐に燃えているわけでもない。それはとても幸福なことだ。
「さて。送っていくわよ」
実はここまでの道筋は、ゆりが運転する車であった。なので、ゆりはアルコールを飲んでいなかったのだ。が、日向と遊佐は車に乗ろうとしなかった。
「おっと、俺と遊佐はこれから二次会に行くからよ。ゆりっぺは桜木を送っていってやれよ」
「……あなた達、そんな仲だったかしら」
「そうだぜ? なにせ同じ、ゆりっぺの助手だからな。なあ?」
遊佐はこくりと頷いた。
死後の世界ではあまり絡みがなかった二人だが、この世界ではちょっと違うようだ。
しかしその瞬間、またもどこからか現れたユイが、日向の首筋に飛びついた。
「この浮気者おおおおおおおおお!」
「ぐはああ⁉ ユイ、てめえ、帰ったんじゃねえのか!」
「浮気の匂いがしたので!」
「なにが浮気だよ、そもそもお前と付き合ってねーから!」
「大人しい遊佐さんを酔わせて、一体ナニをする気なんですか! このケダモノ! 襲うならあたしにしてくださいよ!」
「襲わねーから⁉ 遊佐のことも、あとお前のことも!」
「襲ってくださいよ! この後すぐでもいいですから! この近くにラブホテルがありますから!」
「20歳の女の子がそんなことを大声で叫ばないでもらえますかね! 道行く人が怪訝な視線を送ってきていますから! 遊佐が近くにいることも含めて、色々と誤解を招きますから! 「あれ? この人達、修羅場なのかしら?」ってなっちゃいますから!」
ゆりは重いため息をついて、車に乗り込んだ。
「春斗くん。助手席座って。早く行きましょう、騒がしいったらありゃしない」
俺は苦笑いを浮かべながら、助手席に座る。
「まあ、戦線らしいけどな」
「……そうね」
ゆりは笑みを浮かべ、車を走らせる。遊佐が小さく手を振って、見送ってくれた。ユイと日向はまだぎゃあぎゃあ騒いでいた。
車が夜の道を走る。道は少し込んでいて、やや進みが悪かった。
「……」
無言の間が続く。
「なにか喋りなさいよ……」
沈黙に耐えかねて、ゆりが言う。が、今の俺は口ごもるばかり。自分で自分が情けなくなった。
ゆりが憂鬱げに、息を吐いた。
「……あの時のようには、いかないわね」
「え?」
「死後の世界では、婚約者だったじゃない。あたし達」
ゆりがどこか、遠い国の出来事のように、そう口にした。流れゆく外灯、がゆりの顔を照らす。その顔は知っている顔のようで……知っている顔では、なかった。
「日向くんとユイ……は、いいとして。音無くんとかなでちゃん。今はああだけど、あれでも紆余曲折はあったのよ」
「そうなのか?」
「ええ。結局ね。あの時のあたし達は、今のあたし達じゃないのよ」
「……前世の俺は、今の俺じゃないのか」
「そう。でも、全くの他人でもないわ」
赤信号になり、車が止まる。ゆりは大きく息を吸い、吐いた。
「あたしが探偵になったのは、間違いなく前世が関係している」
「そうなのか?」
「ええ。小さい頃から、あの時の記憶があったんだもの。知っているでしょ? あの時のあたしの生前。そして、死後の世界でのあたしの、復讐を」
俺はこくりと頷いた。青信号になり、車が進む。ユイが言っていたラブホテルが視界に映る。豪奢で下品な光が、煌々と放たれていた。
「今度は大切なものを、自分で守れるように。そう思って、毎日頑張っていたのよ。やがて出たのが、探偵という答えだった。それが今のあたしよ」
「……ゆりは、転生しても強いな」
あの時もそうだった。
ゆりは凄惨な生前に、決して挫けなかったのだ。
「それに。クラスSSSをもう一度作れば……」
「作れば?」
何故、そこで言い淀むのか。
「な、なんでもないわよ。ところで春斗くんは、どうして小説家になろうと思ったのかしら」
「俺はゆりと違って、前世の記憶がなかった。今の俺が、小説が好きだからそうなった。それだけだ。特別な理由はない」
「そう。でも、良かったわね。あの時より、ずっと良い人生だと思うわよ」
「まあ、洗脳はされていないな。ただ、苦労してないせいかな。今の俺はあの時のように、なんでも出来る人間じゃない……」
「随分と、自信を無くしたものね。あの桜木 春斗が、意外だわ」
ゆりがくすりと笑った。
前世のゆりは、今のゆりじゃない。
そのはずなのに、その笑い声はとても、心揺さぶられるもので……。俺は、自分がわからなくなってきた。
「なあ、ゆり」
「なに?」
「また、会ってもいいか」
「ええ。同窓会は定期的にやっているわよ。あの時の、定例会議のようなものかしら」
俺は膝の上で、ぐっと両手を握った。
……これで終わって、いいわけがないだろう。
「そうじゃねえよ」
「???」
「今度は二人で、会ってくれないか」
体中の力を振り絞らないといけないくらい、勇気のいる一言だった。
ゆりに届くだろうか。
引かれないだろうか。そんな不安に揺れる。
「……そ、そうね。いいわよ」
ゆりはボソボソと、返事をした。