【ふたなり】両性具有の少年少女の青春を描く実験小説 作:喋家月餅太
「お待たせ、待たせたな」
葵は下駄箱の前に着くとそこにいた友達の健太に声をかけた。
「ずいぶん長引いたな」
靴を履いて待っていた健太は葵が靴を履いているところに言葉を返した。
「今回はOがついにキレた」
「えっ!?」
「いつもの二人が箒で遊びはじめてな。前からカリカリしてたけど我慢ならなかったらしい」
「あー。それは大変そうだな」
「そういうわけですまんかった。どのくらい待った?」
「いつもより30分くらい長いって感じかな」
「ホントにごめんな。班変わって欲しいわ」
「気にすんなよ。葵だって被害者だろ?」
「そうなんだけどな」
葵は靴を履き終わり簀の上に置いていた通学鞄を手に取ると歩き出した。
健太もそれに釣られて歩き出す。
「収まったの?」
健太は気を使い気味に言う。
「Oとバカ二人は先生に連行されて残った連中で掃除を片付けて、多分今も怒られてんじゃないかな」
「災難だったな」
「うん……」
葵は一言そう言うとため息をついた。
健太は葵の様子から何かあったことを察する。
話出すかと思って聞く体勢になったが葵は黙り込んでしまった。
(なんか他にあったな……)
葵と健太は幼馴染だ。
幼稚園の頃からの付き合いで同じく葵の公園デビューの頃からの付き合いの佳菜子や他の幼稚園からの付き合いの友達と合わせて中学までずっと一緒だ。
葵が一番仲のいいのは佳菜子だが、「同性の」友達では健太が一番仲がいい。
健太にとっても葵が一番仲が良く親友と言ってもいい間柄だ。
「どうしたんだ? 喧嘩したやつが出たってだけじゃないだろ?」
校門を出てしばらく歩いて人が周りにいないことを確認すると健太が沈黙を破った。
「うん……」
葵は険しい顔をしてまっすぐ先の方を見つめている。
「お前だから話すけどさ、俺を女子の側につけようとすんのどうなんだ?」
「えっ?」
「なんかさ、男子が悪い、女子は被害者みたいな流れで男対女みたいな話にOは持っていくわけだよ」
「うわっ、それ一番めんどくさいやつじゃん」
「そう。男とか女とか関係ないだろ? やらなきゃいけない事があってそれをサボってる奴がいるってだけだし、そんなの女子だってサボる奴いるんだから」
「そうだな。お前の班って……」
「男子はバカ二人と俺。女子はOを入れて二人」
「ああ、なるほど。それでか」
健太は葵の状況を理解した。葵特有の事情が絡む話で一番葵が嫌うパターンだと。
「俺も掃除サボるのは無しだと思うしそこは前からOに賛成してたけどさ、男子が女子をいじめた話にすり替えて俺を女子にカウントするのはふざけんなって話だろ?」
健太の予想は的中した。
これは頭を抱えたくなる話だ。
「俺は女になったつもりはないぞ」
「それはないわ」
心底健太は葵に同情をした。Oは何かと口うるさくて特に男子への当たりが強い。
それについては葵も健太もあまりいい印象を持っていなかった。
そんなOが葵が一番触れて欲しくない事を揉め事の正当性に使ったのだ。怒るのも当然だと思った。
「で、何言われたんだ?」
「『男子の味方しないよね? あなたは女子でもあるんだから』って」
「断言するわ。それは怒っていい」
「俺もキレそうになったけど、もう一人の女子がOに注意して先生呼びにいってさっき解放されたってわけ。疲れた」
葵は怒ってはいないが話しながら居心地の悪い表情を浮かべた。
健太はその表情を見て葵のクラスのOという女子が許せないと感じた。健太は葵が自分の身体のことで悩んでるのを見てきたからだ。
葵は男子生徒として中学に通っているが医学的には男性ではない。
男女両方の生殖機能を持つ両性具有という性別だ。
両性具有は正確にはわかっていないが数千人から数万人に一人の割合で生まれると言われていて、きちんと機能する男性器と女性器の両方を兼ね備えている。
外見は妊娠する身体のため乳房や広めの骨盤を持ちほとんど女性だ。
性自認は人によって違うし、はっきりと自分でどちらの性か認識できるまでは親や医者が判断した性別で育てられる。その扱いは非常に慎重だ。
葵は男の子として育てられてきたし、本人の性自認も一貫して男性だ。
そんな葵に「あなたは女子でもある」と言うのは医学的、身体的には正しいが男性としての性自認を持つ両性具有の当事者に言っていいことではない。
まして自分の意見を押し通すためのダシに使うのなら尚更だ。
「明日、一発殴ってやろか」
「やめとけよ、女に手をあげるもんじゃないぞ。気持ちは嬉しいけど」
健太の物騒な申し出に葵は嗜めるように言った。
葵の言葉に「わかった」と言うと健太は目だけをそちらに向けて葵の全身を下から上に見た。
(こいつ、性格は本当に男らしいよな。意識してそうしてるのはあるだろうけど)
葵は男子の制服を着ているが、何も知らない人が見たらボーイッシュな女の子にしか見えないだろう。
胸も腰の丸みも控えめだが服で隠しきれていない。
学ランを着ている冬着の時期なら隠せてはいるが、スラックスにワイシャツやポロシャツになる夏服なら完全に女性的な特徴がわかる状態だ。
それがあるから意識して男らしく振る舞ってるのは事実だった。
「殴るはしないけど、謝らせるくらいはしたほうがいいと思うぞ。まさか許してないよな?」
「カッとなったけどもう一人になだめられてそのまま。そこから掃除を再開したけどずっとイライラしてた」
「ちゃんと抗議しておいた方がいいぞ。放っておくと何かにつけてお前のことを都合いいように言うようになると思う」
「うーん、あんまり女子に強く言うのは」
「関係ないだろ? 卑怯な奴がいてそれをやめさせるために抗議するのに男と女も関係ない」
「まぁそうだな」
「だいたい佳菜子ならそんな風にしないだろ」
「あいつはそんなこと言わないし、あいつとは付き合い長いから遠慮してないって言うか」
「今回は相手関係なく遠慮するところじゃないと思う」
「それもそうだな」
「あと、オレはお前の事をそんな風に言う事を許して欲しくない」
「お、おう。ありがとう」
葵は健太の言葉が自分のことを心配して言ってくれていると感じて少しむずがゆさとありがたさを感じた。
普段意識してないが友達がきちんと自分の事を考えてくれるのは嬉しかった。
それに小学校最後の年に健太に心配をかけた事を思い出した。
二次性徴が始まって身体が「女性化」し始めた時期にその事が受け入れられず泣き出した時に「今までと変わらない」と自分が男である事を実感させてくれる言葉をくれたのは健太だ。
その時のことを無にするような事は親友のためにもするべきじゃない。
「そうだな。明日、Oにはっきりと言う」
「うん。そうしたほうがいいよ」
「ありがとな」
「明日なんかあったらオレに言えよ」
「わかった」
健太は葵の言葉に安心した。
葵は健太を心配させたくない、健太は葵に辛い思いをしてほしくないお互いに大事な友達だから自分を大切にして欲しいと思っていた。
健太は葵を激励しに背中を叩こうと葵の背後に手を伸ばした。
だが、葵のワイシャツの下に透けるものが目に入るとそっと手を引っ込めた。
「どうした?」
葵は健太が何をしようとしたのか分からないがその様子が気になった。
「まぁ、頼ってくれよ」
健太は手を前に出して拳で自分の胸板を軽く叩いた。
「おう!」
葵はそれに威勢良く応える。
(こういう時、どうしたらいいんだろ……)
健太はやりかけた動作の是非に迷ったがどうしていいか分からなかった。
背中を叩くなんてのは男同士ならコミュニケーションとして別に変な事じゃない。
だが、ワイシャツの下にブラジャーが透けるのを見て葵を同じ男として見てはいけない場面だと思ってしまった。
それが正しいのか分からない。
確かに自分も葵も男だが、身体のその部分は女と同じだ。
しちゃいけない事にも思えた。
健太は葵にその事を悟られないように繕いながら話題を変えた。
翌日、昼休みに葵と健太は廊下の窓から外を見ながら駄弁っていた。
クラスの違う二人は普段はそれぞれの教室で同じクラスの友達と過ごすことが多い。
しかし今日は葵が教室に居たくない気分だった為、健太を呼び出した形だ。
葵が教室から出た理由は教室内の雰囲気の悪さからだ。
Oと昨日、掃除の時間に喧嘩した男子二人の間で気まずい空気が流れており、特に男子二人は教師から注意を受けた事に対してOが黙っていればよかったと腹を立てていて居心地のいい状態ではなかった。
「はぁぁ……」
「あと一限だから頑張れ」
ため息をついた葵に健太は肯定で体育の準備をしている女子の姿を眺めながら言った。
「今日は掃除ないから帰りの会終わったらすぐにでも帰る」
「そうしろ。あの二人に文句つけられても面倒だろ」
「給食の時まさにそんな感じだった」
「ホントにおかしいよな」
健太は心の底から葵に同情した。
まず、昨日の掃除の時間に男子がふざけて喧嘩になった事はみんな知っている。それをやらかした二人以外の唯一の男子である葵に同情票と同じ男子として止めなかった事への非難がそれぞれあった。
そこに加えてOが葵が女子であるかのように発言したことが広まっていて葵が両性具有である事を知るクラスメイトからの同情とOへの非難がありクラス内の雰囲気は葵にとって向けられたくない目で満ちていた。
葵の世代では全員が小学校の高学年の保健の授業で両性具有という存在について習う。
特に葵の出身小学校では葵の学年で早いうちからその事を教えてきた。それは両性具有という特別な配慮が必要なマイノリティである事を公表している葵とその周囲の人への配慮だ。
二次性徴を迎えると身体つきが男性のものと違ってくる為、男性として暮らす両性具有はその事を隠せない。
その事もあって両性具有は女子として養育される人の方が多い。それは女性との違いは鼠蹊部のみでそこは服で完全に隠れるからだ。
男子として養育された両性具有にも二次性徴や中学高校への入学を機に女性への生活上の性別移行をする人もいる程度には両性具有が男性として暮らすのは不便だ。
もっとも葵は物心がついた時から一貫して男性としての性自認を見せてきたので男子として中学以降も暮らす事になり、周囲にその事実を知らせる事になった。
本人としてはその事を適切だと考えてきたが、今日ばかりは両性具有である事を周りが知っている事や自分が身体的に完全な男性じゃない事を嫌に思った。
「サボる?」
「流石にそれはマズい。サボりたいのが本音だけど」
葵は健太には両性具有である事を腫物のように扱われてる事を言わなかったが、同じ学年なら噂は伝わってくるもので状況を知っていた。
(周りもそっとしといてやれよな……。何もしてなくて雰囲気出してるだけなんだろうけど)
健太はOを含めて葵が男性でない事をこういう時に限って意識して態度に出す一部の同級生たちに憤りを覚えた。
「ーーさん、あのっ」
教室のある方向からすぐそばで葵を苗字で呼ぶ声がした。
葵と健太は同時に振り返る。
そこにいたのはOだった。
「何?」
葵は不審がって返事をする。
「その、昨日のことを謝りたくて……」
Oは恐る恐るといった感じでそう言った。
健太は葵以上にOの事を警戒した様子で見た。
Oはその目つきに怯む。葵からはその健太の表情は後ろにいたことから見えないので自分を怖がったように思った。
(謝りにか。にしても、さん付けって本気で葵の事を女子だと思ってるのか?)
伝聞とはいえ葵を女子扱いした事に健太は怒りと不快感を持っていた。さん付けで葵を呼ぶOに反省しているとは思えない。
葵は気まずそうに健太の方をチラッと見た。
健太は目だけを動かして葵とOを交互に見る。
「葵、俺、トイレ行ってくるわ。じゃあ放課後にな」
健太はOの方を見ないようにしてそう言った。
「校門出たとこの生垣の前にいるから一緒に帰ろうぜ」
「お、おう」
健太は続けてそう耳打ちして葵のクラスとは反対方向のトイレに向かって歩いて行った。
葵は返事をしつつ健太を見送るとOの方を向き直った。
「ごめんなさい、お話ししてたところだったよね?」
Oはバツ悪そうに言う。健太が気を遣ってこの場を去ったのに気がついていた。
「まあね」
葵は曖昧に返事をするとチラッとトイレの方を見る。
男子トイレはすぐ近くだ。入り口はLの字状になっている。本当に用を足そうとしたのかもしれないがここでOと会話をすれば入り口付近にいたら聞こえるだろう。
(あいつに心配かけてるよな……)
葵は申し訳ない気持ちになった。健太には何かと心配をかけてきている。特に両性具有であることが原因の心配は同じく幼馴染の佳菜子よりもかけているかもしれない。
「それで何?」
葵は不機嫌そうな口調で言う。Oの昨日言った言葉に対する怒りは今でもはっきりしている。昨日抗議する間がなかったから余計だ。
正直、顔を見て嫌な気分にしかならない。
「その、昨日、わたし、ーーさんのことを女子だって言ったでしょ」
「言ったね」
「酷いこと言ったと思う。保険で習ったようにーーさんみたいな人に生活してる性別と逆の性別として扱うのってすごい失礼だし、傷つけたと思う。それに身体のことを都合よく意見を通すのに使って卑怯だったと思う」
「……うーん」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい。もうしません、約束します。絶対にもう言いません」
「それだけ?」
葵はOの目をじっと見て話を聞いてからそう言った。
「はい。これだけじゃ足りないと思うけど、これ以上言うこと思いつかなくて。ただ、誓います。絶対にーーさんの身体のことを言ったりしません」
Oはあごを多少震わせていたが、しっかりとした口調でそう言った。
「そうだなぁ……」
葵は頭をかきながら言うべき言葉を探した。
本音を言えば酷い事を言ってやりたい気持ちだが、それは卑怯者のすることだ。
「いいよ。わかってくれるなら」
「本当に……ですか?」
「本当はすごい怒ってるんだけど、そうやって謝りに来てくれたし、Oがもう俺の身体のことを言わないって誓ってくれるなら俺もそれについて何かを言うつもりはない」
「ありがとう」
「お礼を言うことじゃないよ。分かってくれればいいから」
「はい。気をつけます」
「ならいいよ」
葵は一度目を逸らしてからもう一度Oを見た。
一つ言いたいことがあるが言おうか迷った事がある。それを言う事にした。
「一つだけ言うけど、両性具有って自分の性自認と身体の違いに悩んでるから俺じゃなくても本人が名乗ってるのと反対の性別で扱ったりするなよ。俺だからいいけど他の人なら大変な事だぞ。それに俺だって相当怒ってるからな」
「わたしが軽率だったわ。本当に気をつける。あのね、この後放課後に保健の先生にお願いしてその事をきちんと教わる約束をしてるの。もう絶対にしない。全部気をつけます。それしか言えないけど」
当事者でもない人間が何を言っても軽率になってしまうと思ったのだろうOは言葉を慎重に選びながらたどたどしく言った。
葵はそれを聞いて驚いた。保健の先生から教わるという「その事」は両性具有についてだろう。
身体のことなのか接し方なのかは分からないが、お願いしたということはOから頼んだということだ。
きちんと考えてくれたんだと思い、葵は少しだけだがOの事を見直した。
「そうして貰えると助かるよ。俺だけじゃなく他の両性具有の人も」
「お詫びを聞いてくれてありがとう。わたし、先に教室に戻ってるね。本当に昨日はごめんなさい」
「ああ」
そう言ってOはお辞儀をしてから教室に戻って行った。
葵は普段頑固で口うるさいOの見たこともないような改まった態度に戸惑っていた。
本音を言えばさっき葵の前に来た時に怒りが収まらず少しでも失礼態度をしたら怒りをぶつけようかとも思ったくらいだ。
だけど、ちゃんと謝っていった。
もう言わないとも誓ったがそちらは普段の様子を見てるとうっかりならやってしまいそうで信用できないが、きちんとした態度での謝罪に葵は拍子抜けしていた。
昨日はある程度、冷静だったが一晩募らせた怒りをぶつけてやろうかと思った自分が恥ずかしく思えるくらいだ。
葵は怒りと困惑の入り交じった複雑な感情に戸惑った。
まずはこれ以上、怒らない事だろうとは思ったがそれも上手くできない。
「無事終わったみたいだな」
居心地の悪さを感じて立ち尽くしているところに健太が戻ってきた。
「うん……」
健太も葵の戸惑った様子に気づき、困った様子だった。
お互いに話すべき言葉が見つからずにいた時、助け舟かのようにチャイムが鳴った。
「五限目始まるな」
健太は何か言うべき言葉が見つかったと言わんばかりに口を開いた。
「そうだな」
「じゃあ、放課後な」
「わかったん」
葵と健太はお互いに頷くとそれぞれの教室に戻って行った。
「お前、聞いてたんだよな」
放課後。学校からしばらく離れた頃に葵が昼休みの件について聞いた。
「小便して手を洗ってからな。本当にトイレ行きたかったし」
「ふーん」
「まぁ、ほとんどは聞いてたよ」
健太はOが葵に謝りに来た時に男子トイレの入り口付近にいて用を足していた時間以外ははっきりと聞こえていたと話した。
葵も男子生徒として生理の時に職員室近くの多目的トイレを借りる以外は男子トイレを使っているため構造は知っている。
葵の学校の教室近くの生徒用トイレの少なくとも男子トイレはドアがなくL字型に壁を配置して中が見えないようになっている。
手洗い場や付近までくれば集中すれば廊下にいる人の話し声ははっきりと聞こえる。
実際、以前、他の班編成の時に掃除中に外で女子が男子に告白する様子に遭遇してその一部始終に聞き耳を立てながら掃除が終わってるのにトイレから出るに出られないなんて経験を葵はした事がある。
健太もそこまでドラマチックじゃないにしても外にいる人の声が聞こえた経験はいろいろあるだろうしその行動は不思議じゃないと思った。
「で、許したの?」
健太は葵の表情を注視しつつ尋ねた。
「うん。ああやって謝ってくれたらこっちからは何も言う事はないし。腹は立ってるけど気をつけてくれるならそれでいいとしか」
「そうなんだ」
「なんか不満そうだな」
「俺は聞いてて不快に思った事があったから」
「え?」
葵は健太の言葉を意外に思った。
きちんと謝った。自分は許した。それ以外何があるだろう。
「お前のこと、まぁ仲良いわけじゃないから苗字で呼ぶのは普通だけど、さん付けはないよな。女子扱いしてるだろ、結局」
健太は怒った口調で言う。
葵は「それか」と思った。
「あー、それな。あいつ、仲良い奴以外、男子も女子もさん付けで呼ぶんだよ」
「そうなの?」
「うん。だからそれは俺が両性具有だからとか、女子扱いしてるとかじゃない」
「えー、変な奴だな」
「漫画の中の委員長みたいだよな。まぁ、実際、女子みたいだってさん付け嫌がってる奴はいるよ」
「だろうな……」
健太は昼休みの葵と同じように持っていた怒りの矛先を失って戸惑っていた。
葵はそれに対して自分のことを考えて怒ってくれている事に感謝を覚えつつ、自分と健太それぞれの怒りの行き場のなさにおかしさを感じたが顔には出すに出せなかった。
「ならよかったんじゃね? お前の言うとおりうっかりはあっても気をつけてはくれるだろうし」
「俺もそう思う」
葵はすっきりした顔をしている。そう健太は思った。
昨日から持て余した怒りから解放されたからだろう。
健太も言葉を交わしたことのない相手に一方的な偏見で怒りを持っていたことを反省した。
それと同時にトイレから聞き耳を立てていた二人の会話からOに対して肯定的な感情を持っていた。
「よく知らない奴だけど、Oは悪い奴じゃなさそうだな」
「なんだよ、急に」
「ああやってさ謝りに来て、保健の先生に話を聞きに行ってってなかなかできることじゃないって言うか。ホントに反省してるし、やったことを繰り返さないってきちんと考えてんだろうな」
「多分な。でも、なんか健太の言ってることって不良がたまたま親切なことしたらいい人に見える奴みたいだな」
「まぁ、それはそうだけど……」
健太は葵の私的に笑ったが、言った言葉は本心からだった。
ただ、それは葵には言えないことだ。
おそらく校内で唯一の両性具有の生徒である葵は色々な意味で有名だ。
女子のような身体つきで小さいとは言え乳房があり生理がある時は体育を見学し、普段も着替えは別。周りから見て気になる存在なのは誰が聞いても納得できる事だった。
それ故に思春期の男子たちは同じ男子生徒ではあるが異性として意識してしまうことも多い。
むしろ同性として見るのは難しいかもしれない。
ここまでは葵自身も周囲の様子に対して勘付いてるし想定済みのことだ。
だが、葵の知らないところで交わされる葵についての話題は時に絶対に聞かせたくないと思う内容のものだと健太は知っている。
今ではそういうことを言う男子とは距離を置いているが、自分が入っている会話の輪の中でそう言う話題が出た事が何度もあったからだ。
セックスの対象としてありだとか、胸や尻の形がどうとか葵を性的に見た前提での話題だ。
健太自身も女子についてのそう言う話題はした事があるし、言葉が露骨じゃないとはいえ葵と共通の幼馴染の佳菜子から女子も人によっては大差ないとは聞いている。
だが、男子として生活していて男性としてのアイデンティティを保つのに苦労している両性具有の葵をそう言う話題の対象にするのは健太には抵抗があった。
友人だから葵が二次性徴に苦しむ姿を見てきたから故ではあるだろうが、とても汚い会話だと思えていた。
そう言う奴は保健の授業で習ったはずの範囲ですら両性具有についての知識を持っていなかった。忘れたのか最初から聞いていなかったからかはわからないが間違った知識を前提に有る事無い事を妄想している。
それを目の当たりにしてきた健太からすると葵の性に正しい知識を身につけて反省しようとしているOは立派に思えた。
健太自身も誤解していたが男女どちらにもさん付けで呼ぶくらいだから相当に真面目なんだろう。
褒めるくらいはするべきだと思えた。
「まぁ、丸く治ったのかな。よかったんじゃないか?」
健太は葵に自分が何かを思い出して腹を立ててる事を悟られないように話題を変える為に話をまとめようとした。
「Oが謝ったら俺の方からは何もいうことはないしな。せいぜい掃除の時にあいつらが揉めないかくらいだけどそこはもう知らん。もう忘れることにする」
「それがいいわ」
健太は葵の様子に安心してずっと見ていた顔から目を逸らした。
今いるのは葵と健太、どちらの家からも近い川沿いの道だ。
ここは車が通れないし途中に駄菓子屋があったりするので少し遠回りになるがここを通って家に帰ることが多い。
もうすぐ本格的な夏になる時期ということもあり話をしに立ち止まった道沿いの原っぱには虫が多い。
半袖ということもあり蚊に刺されるのも時間の問題だろう。
健太は葵にそろそろ歩き出そうと言い出そうとした。
その時、健太は葵に釘付けになった。
今日は初夏とはいえかなり暑い日だ。健太も汗をかいている。
それは葵も一緒だ。
汗ばんだ葵の肌のところどころにワイシャツがシャツが張り付いてブラジャーが透けたり乳房の凹凸がはっきりわかる状態になっていた。
「あのさ、葵の……」
「どうした?」
「なんか羽織るものとか持ってないのか?」
健太は顔を赤くしながら葵から目を逸らしていた。
健太の様子を見て葵は視線を自分の胸元に下げた。
「あっ……」
葵は咄嗟に片方の腕で胸元を隠した。
葵と健太は同じ原因だがそれぞれ違う理由でまごついた。
葵はセカンドバッグ中からを地面に置き、薄手のガーディガンを取り出して着た。
暑くなってくる季節に上からもう一枚羽織るのはしんどいが、こういう時のために去年からカーディガンやサマーセーターを持ち歩くことにしたのだ。
「ごめん……」
「オレのほうこそ」
遠くで雑踏が聞こえる中、健太はかすかな衣擦れを聞きながら目を逸らしていた。葵がカーディガンを着終わるまで見ないようにするためだ。
「いいよ」
葵がそう言うと健太は葵の方に向き直した。
普段、同性として接しているし隣り合って小便器で連れションをしたりしているがこう言う時に葵は両性具有という自分とは違う性別の存在なんだと実感する。
こういう時は仮にトイレに行っても並んで連れションはしづらい。
葵は「その部分」は男だが、それでも女である部分を見てしまうと良くない事をしている気分になってしまうからだ。
「暑くないか?」
「暑いね。ワイシャツはそろそろやめておくか。ポロシャツかジャージならまだなんとかなるし」
「行事とかくらいだろ。ワイシャツ着ないといけないの」
「だな。お前だからまだいいけど、他のやつの前で透けるのはキツい。特にああいうことがあったばかりだから」
葵はどこか悲しそうな目で遠くを見た。
健太は葵の表情を見て心配になったと同時にどこか申し訳ない気持ちになった。
小6の頃から生理や乳房の発達で男性としてのアイデンティティの危機に直面して苦しんできたのはよく知っている。
だが、その葵の気持ちを親友だと自負している立場であっても完全にわかることができない。
自分は完全な男性で声変わりや成長痛など二次性徴での身体の変化に戸惑ってきたが、男女どちらとも違う存在になっていく事とその変化の割合が性自認と違う方が多いというのは辛いことは理解できる。
だけどこうして乳房の存在を隠して男である事を保とうとする事、配慮のない人間に性自認と違う性で扱われる事の辛さはどれだけ考えてもわからない。
「そろそろ慣れなきゃな。去年でいろいろ経験したしそれを活かさないと」
葵は笑って言った。
健太は葵は辛い気持ちを味わっているがそれにきちんと立ち向かえる強い人間だと知っている。
心配だからって健太が必要以上に気に病むのは葵の強さに水を刺すような気もした。
「ジャージなら体育の着替えも楽でいいんじゃないか? オレもそうしようかな。運動部の奴らとかそうしてるし」
「そうだな。明日から上はジャージにするか」
いつもの葵だと健太は思った。
葵は見られることに抵抗はあるだろうが健太が思ってるよりも気に病んでいないのかもしれない。
健太も気にしないように気をつけようと思った。
二人は家に向かって歩き出し、いつもの男子中学生らしい馬鹿馬鹿しい話をしながら家への道を進んだ。
だが、健太には一つこれまで意識していなかったことが頭をよぎった。
これまで心配だと思っていた感情の別の顔があることに。
健太は葵と別れて一人になった時、その感情に気づいた事を後悔した。
丁字路で遠くなる親友の後ろ姿に罪悪感を覚えてしまった事に悩む事になるとはこの時は思ってもいなかった。
テスト期間が終わり、夏休み前の通常授業に入った日のころ。
健太は他のほとんどの中学生と同じようにテスト期間を嫌なものだと思っていたが、今回は初めてテスト期間の終わって欲しくないと思えていた。
テスト期間はそのことだけを考えていればいい。
だが、テスト期間が終われば初夏の頃から密かに健太を困らせていた悩みに対峙しなければならなくなる。
放課後、珍しくまっすぐ帰り友達との約束もない日に両親のまだ帰らない家の自室でベッドに大の字に横になり健太は天井を眺めていた。
健太は思春期男子らしい悩みを持ってた。ただ、その対象が男子として正しいものなのかでも悩まされている。
この頃、健太は葵の胸元が気になってしょうがないのだ。
葵は男子生徒として学校に通っていて本人の性自認も男性だが、その身体は両性具有だ。
女子と同じように胸には乳房が膨らんでいる。
ある時期から他のどの女子よりも葵の胸に油断をすると意識を向けてしまうのだ。
葵はいくら男子だと言っても両性具有である以上、女性の機能を身体に持つ。乳房もその一部だ。
だが、幼い頃から同棲の友達として接してきた健太には葵に対して性的好奇心を向けてしまうのはありえないしあってはならない事だ。
男子として女子の胸元に関心を持つのは自然な事だ。そして葵は生物学的には女性でもあるし外見的には男性より女性に近い。
他の男子ならこんな事を多分ここまで悩まないだろう。
健太にとって葵は同性の友人で親友だ。
それだけじゃない、身体が女性化していくのを悩んでいた葵の味方でいようと心に誓った。
他の男子が向ける好奇の目から友達として守ると本人には告げないものの心に決めている。
その自分が葵の女性としての部分に興味を持っている事に対して健太は自分を許せずにいた。
そんな気持ちに反して葵に会うとふとした瞬間に胸元を見てしまう。
葵の胸は学ランだとまず膨らみは分からないし、ジャージでも言われなければ気付かないほどには小さい。
それでもシャツやポロシャツの時は小ぶりな乳房の形がはっきりと分かる。
多分他の男子も同じように思っているだろうが、その存在を意識するとソワソワしてしまう。
それに今のところは大丈夫だが、勃起してしまわないかも不安だ。
多分こんな事を考えてるなんて知ったら葵は自分から距離を置くだろう。
同性の友達だと信じていた相手が性的な関心を向けているのだから気持ち悪いと感じるはずだ。
健太と葵の関係性を抜きにすれば健太が葵に持ってしまう感情は思春期男子としては正常なものだ。
両性具有は男性から見れば異性だし異性愛者男性が魅力に感じる要素を身体的特徴として持っている。
それは健太も承知の上だ。だが、その感情からは距離を置かなければならない。
葵は男だから。そして健太は女が好きな男だから。そして葵も多分、恋愛対象は女だから。
健太は葵への性的な興味に気づいてからそれを振り払う方法を必死に考えた。
その方法はなんとか見つけた。
健太は廊下に一度出て家族がまだ帰ってきていない事を確認した後、クローゼットの奥にある秘密の場所に手を伸ばしてそこに置いている本を数冊取り出した。
それはエロ本と水着グラビアの雑誌だ。
健太が葵に性的な感情を持つのを止めるために始めたのはこれらの本や雑誌の写真に写ったかわいかったり美人だったりするモデルのセクシーな姿だ。
もっと魅力的な異性の姿で感情を上書きしようと思ったのだ。
葵は仮に女子として見たとしてもかわいい部類に入るとは思うが、それでも女っぽさは身体の控えめな丸み程度だ。
モデルをやるような年上のお姉さんたちは胸も大きいし引っ込むところも引っ込んでいる。
顔もかわいいし、何より自分と葵についているものが股間にない。葵のそれは小学校の時に連れションやプールの時に見た事はあるが自分と同じだ。そこには健太も興奮できない。
まだ見た事はないが水着やボカシの向こうには女性器が付いている。それにちんちんのない股間というだけでも魅力的だ。
ビキニのパンツの方に膨らみがないのも興奮する。
そういったより魅力的な女の子で目を肥えさせて葵の女性的な部分への認識を色褪せさせようと思った。
健太は今日「使う」ページを選ぶとティッシュの箱を手元に置きズボンを脱いだ。
モデルの肉感ある肢体でこれからオナニーをするつもりだ。
これは目を肥えさせるだけじゃない、健太が恐れている事を避けるためでもある。
間違っても葵をオカズにしてはいけない。それは肥えてはならない一線だ。
だから両性具有の葵じゃなく女性のモデルをオカズにする。
今日はテスト前からオナニーをしていなかったから溜まってるし、出す時はいつもよりずっと気持ちいいだろう。
視界と妄想で健太を魅了するグラビアモデルの女の子の姿に葵への感情を忘れられる事を祈った。
そしてパンツを脱ぎ既に勃起したペニスを握り健太は行為を始めた。
目の前にある雑誌の女の子に興奮しようと集中しながら、間違っても親友の女性部分を連想しないようにと願いながら。
土日を挟んで月曜。
その日からそれぞれの教科の授業でテストの返却が始まった。今日は英語と社会、保健体育だった。
健太は成績はいい方だ。結果は上々。
葵の胸に抱き始めた劣情のせいで勉強に集中できるかは不安だったがなんとか杞憂に終わらせることができた。
今日は帰り道に葵と約束をしている。
テストが終わった記念ということで帰り道にある駄菓子屋で買い食いをしようというのだ。
今日は葵は掃除当番のため、帰りの会が終わってすぐに合流はできない。
健太は一旦、玄関まで行って外靴を履いて待つことにした。
ぼんやりと待っていると葵と以前、掃除の際にOと喧嘩になった男子二人が談笑しながらこちらにやってきた。
(うまくやってるんだな。よかった)
特に葵の口から二人についての話題や揉め事になった以降の掃除の班についての話は聞いていなかったが、普通に会話をしている様子から今は何も問題はないようだ。
「おーっす」
二人と下駄箱の前で分かれて葵がこちらへやってきた。
「待ったか?」
「少しな。今日はスムーズそうだな」
「あの一件から先生がしばらく様子を見るようになってな。それでだいぶ改善された」
「なるほどな」
先生が見張っていたらふざけることもできないと健太は思った。
「まぁ、よかったな」
「うん」
葵は健太の言葉に心配をさせてしまっていたのかと気にかかりながら返事をした。
健太もその様子には気がついたが、過ぎたことなので特にこれ以上話題にはしないつもりで靴を履く葵を眺めていた。
(あっ……)
かがむ葵の背中を見た時、健太はここしばらく意識から追い出そうとしたものに対峙した。
葵の背中にポロシャツからグレーのスポーツブラが透けていた。
健太は慌ててみないように目を逸らした。
ポロシャツはスクールシャツに比べれば透けづらい。だが、それでも白い布にグレーのものが下にあるとそれなりに透けて見えてしまう。
葵も男として扱われるように気をつけて下着を選んでいるんだろうがこればかりはどうしようもない。
そういう話は葵とは流石に男同士だからこそできないから事情は知らないし、女子の下着というのもよくわかっていないから健太には何か工夫をしているんだろうくらいの認識でしかないが。
「よし、行くか」
靴を履き終わった葵は特に何も気にすることなく普段通りに言った。
「お、おう」
健太は普通に返事をしたつもりだが動揺を隠しきれてなかった。
「健太、掃除はもう何もないから安心しろ。それに来週掃除やったら夏休みだ。二学期は班替えがあるからもうなんもないぞ」
「おう、そうか」
健太は自分の名前を呼ばれた段階で気づかれたのかと思ったが、そうではないようで安心した。
今、健太がするべきはうっかり意識してしまった葵のブラジャーから意識を逸らして歩きながら葵の胸に目が行かないように気をつけることだ。
「ーーさん」
廊下からこちらに向かってくる葵の苗字を呼ぶ声が聞こえた。
「Oさん」
二人は声のする方向を向き、葵が声の主の名前を呼んだ。
「あ、お友達と一緒だったね」
「いいよ、なんか用?」
「今日ゴミ捨て買って出てくれてありがとう」
「あーあれね。こいつを待たせたからじゃんけん長引かせたくなかったから」
「そっか。それじゃあね。また明日!」
「じゃあな」
Oは軽い調子でそう言うと靴を履いて小走り出かけていった。
健太はその様子を見て、隣のクラスで話したことはないが悪い噂ばかり去年同じクラスだった男子から聞くOのイメージとのギャップに驚いた。
なんとなく性格も見た目もブスなんだと思っていたが、案外かわいいし喋り方も優しげだ。そして胸が大きかった。
健太は小走りになった時、揺れたOの胸をはっきりと意識に焼き付けていた。
あんなふうに揺れるんだとか柔らかそうだなとかそんな事を考えて運良く葵のブラジャーが透けてることから意識を遠のかせることができたようだった。
「行くか」
「お、おう」
健太はOの胸に見惚れて心ここに在らずだった状態から葵の言葉で我に帰った。
「どうしたんだよ?」
葵は訝しげに聞く。
「テストで疲れてんだよ」
健太は咄嗟に誤魔化した。
流石にOの胸に見惚れたとは誰が聞いてるかわからない学校の玄関では言えない。
まして、男子でありながら乳房があって妊娠もできる葵に女子をエロい目で見たと言うのは抵抗があった。
葵とはそう言う話を特に意識することなくしないできたが男性とは違う体を持つ男子としてその辺はどう考えてるんだろうとふと健太は気になった。
それも話題にするにはセンシティブすぎる。
健太は歩き出した葵に歩調を合わせて帰り道を進んでいった。
今日はテスト終わりということで帰り道にある駄菓子屋に寄ることにした。
その駄菓子屋は河川敷近くの公園に面した場所にあり地域の子どもや生徒の社交場になっている。
帰り道での買い食いはしちゃいけないことになっているが、節度を持ってであれば実質黙認されている。
食べた後の片付けなどをきちんとするのが地元の子供達の間で共有されているためトラブルがないからだ。
葵と健太は駄菓子と清涼飲料水を買って運良く空いてた公園のベンチに座った。
お互いテスト結果の話をしたり夏休みの予定の話をしたりだ。
夏と言えばこの時期になると小六の頃に葵がもうプールに行けないと落ち込んで話した事を思い出す。
二年前の今くらいの時期には胸も膨らんで生理も来ていた。
それに今くらいの時期に学校で男性器がある事もあり慣れないナプキンを上手く着けられず漏れた経血でズボンと椅子をみんなの前で汚してしまった事もある。
健太はその時、佳菜子が葵をトイレへ連れていった後で騒ぎになったクラスメイトたちを諌めて汚れた椅子と床を誰に言われる事もなく掃除した。
プールにもう行けないというのはその帰りに自分が男性じゃない事をつきつけられ、周りの見る目が変わってしまった際に慰めようと夏休みの予定を思い出すように葵に行った時に言われた事だ。
海やプールが好きだった葵がおっぱいとちんちんの両方を持つ身体だから更衣室も使えない事をそこで健太は初めて理解した。
あの日のことが葵の身体が男性でも女性でもなくそれが大変な事だと目に見えて理解するきっかけになったのだ。
「夏休みだな」
葵は公園の向こうにある川を見ながらいう。
「おう、そうだな」
健太は小六の頃の事を思い出していた事を悟られたのかと思いドキッとした。
「お前どっか行くの?」
「俺? ばあちゃんの家くらいかな。葵は?」
「キャンプ」
「どこ?」
「隣町の山のキャンプ場」
「あそこか」
健太も何度か行ったことのある場所だった。
小学校の頃には葵の家ではよく海にキャンプに行っていたが、山に行くのは葵が水着を着て泳ぐことができないからだろう。
両性具有は二次性徴以降出来ないことが出てくるんだなと思ってそれをどう葵が捉えているかが心配になった。
(これを言ったらこいつ怒るだろうな)
健太は自分の心配が強く振る舞ってる葵の気持ちを削ぐものだと感じてその考えを打ち消そうと話題を探した。
「ところでさ、健太」
先に次の話題を見つけたのは葵の方だった。
「何?」
健太が返事すると葵は健太の顔をまっすぐに見た。
思いがけない葵の表情に健太は一瞬たじろぐ。
何か重大な話でもあるのだろうか。心当たりはないが。
「お前さ、時々俺の胸を見てるだろ」
「えっ……?」
葵の口から出たのは思いがけない、一番聞かれたくない言葉だった。
気づかれないように気をつけてきたが、バレていた。
それに対して葵はどう思っているだろうか。怒っているのか自分を嫌悪するのか。幼馴染でも許せないかもしれない。ここで絶交される可能性だってある。
「いや、そんなことあるわけないだろ? お前男だし」
健太は多少早口気味に言った。これではかえって怪しい。
葵はその健太の様子を見て少し呆れた様子を見せた。
「正直に言えよ。俺、怒ってないから」
「いや、だから……」
「言っとくけどバレてるぞ。時々チラッと俺の胸元を見て目を逸らすの」
健太は一生懸命、誤魔化す言葉を探した。
その間も目が泳いでいて自分でも怪しいとしか思えない。
それに何を言っても誤魔化せるわけじゃないのは分かっている。
「ごめん……。いつもじゃないんだけど、つい目がいって」
健太は顔を葵の方に向けたがまっすぐ目を見れず目を逸らしながら言った。
葵はどんな反応をするだろうか。
多分、健太に対して嫌悪感を持ってるだろう。
「見られるのは正直、お前でもあんまりいい気分しないぞ」
「だよな。それは……」
「まぁ、気持ちはよく分かる」
「えっ?」
葵の口から想定外の言葉が出た。
健太は聞き間違いかと思ったが確かに「気持ちは分かる」と言っている。
「俺も女子の胸、見ちゃうからな」
「マジで?」
「俺も男だから。かわいい女子とか胸の大きな女子とか見るし、その……」
葵は口を濁らせた。大体何を言いたいかは健太には分かった。テスト終わりにうちに帰ってから健太がしたのと同じ事を葵もしてるんだろう。
「葵も?」
「そりゃそうだろ」
「自分にあるのに?」
「はっ?」
「いや、ごめん!」
いつもの軽口に戻ったつもりで健太はつい口を滑らせた。
男子でありながら乳房がある事に悩んでる葵に一番言ってはいけない言葉だろう。
「いや、それは関係ないよ。自分にあっても別だし、見たいし触りたいとは思う」
葵は予想外に顔を少し赤らめて目を逸らして言った。
あまり下ネタの話には加わってこなかったし、周りも葵がいる場所では気まずくてそういう話を避けてきた。
女子の身体がどうとかそういう話に慣れてなくて照れてるんだろう。
「話戻すけど、健太、お前、見るなとは言わないけどそれならせめて俺じゃなくて女子にしろ。それと、バレないように気をつけろ」
葵は話が逸れた事に気がついて話題を軌道修正すると少々強い口調で言った。
「わかった。でも、分かるもんなんだな……」
「女子はどうか知らないけど、俺は見られる側も見る側も気持ちが分かるから誤魔化せないぞ」
「それっておんなじこと考えて女子のことを見てるって事?」
「そ、そうだな」
健太は複雑な心境で葵の言葉を咀嚼していた。
見られたくないが自分も女子の胸は見てる。めちゃくちゃなことを言ってるように思えた。
「まぁ、俺もお前の胸見るのは流石にどうかと思うからなるべく女子のことを見ようと思ってた」
「そうしろ」
「あと、雑誌の水着のグラビアとか見たり」
「俺も見てるわ」
「お前も?」
「かわいいお姉さんとか見たいだろ」
「そうだよな」
葵の意外な面を垣間見れたと健太は思った。
両方の生殖機能を持ち男性の性自認を持つ葵が恋愛対象はどちらなのか疑問に思ってたからだ。
両方というか個性もあるが少なくとも女性の身体には魅力を感じているようだ。
ふとこれなら学校の玄関で見た物を話題にできないかと思った。
乳房のある葵に対してこれを話題にするのは嫌がられるかと思ったが、自分と同じように男として女子の胸に興奮を覚えてるのなら大丈夫じゃないかと思ったからだ。
「さっき思ったんだけどさ、Oってかなり胸あるよな……」
健太は少し顔を赤くしながら言った。
時々気になって胸元を見てしまっている葵に女子の胸についての話題を振るのは照れるし多少の怖さはある。
どんな反応をされるか不安に思いながら健太は葵の反応を待った。
「でかいよな。しかもすごい揺れる」
「俺もさっき見たけど。なんか皿に開けたプリンみたいだった」
「もっと柔らかいけどな」
「あぁ……」
何気なく言ったであろう葵の言葉に健太は気まずさを覚えた。
健太は女子の胸を触ったことはない。だからどんな感触かは知らないが葵にとっては自分の体にある物だ。着替えなり風呂の際に普通に触れるから感触を知っているんだろう。
健太はその言葉に葵が異性に思えてしまったがその考えを一生懸命振り払った。
「葵も見てたんだ」
Oの事を話題にしようと健太は話題を先ほど見たOの胸の大きさに向けようとした。
「あれは見るだろ。あれだけでっかいと多分、揉み応えがあるぞ」
葵がそう言うと健太は唾を飲み込んだ。
単にOの胸に興奮しているわけじゃない。目の前にいる「男友達」が自分にもついてる物を実感を持って興奮の対象としている事について聞いているある種の気まずさを覚えたからだ。
(というか、見られる側を経験しててよく平気でこう言うこと言えるな。俺なら無理だ)
健太はその葵の様子に対して理解に苦しんでいた。
つい先程、健太に言った言葉を考えると見られるのは嫌なはずだ。それなのに堂々とこうして女子の胸を見ている事を話すのはどんな心境なのかと疑問しかなかった。
葵は話を続けたが、健太は葵の態度に困惑して冷静さを取り戻していた。
そこでふと気になったことがありそれを尋ねる事にした。これ以上、Oの胸の話は流石にOに申し訳なかった。
「他の女子はどうだ?」
「他? そうだな……」
「たとえば佳菜子とか?」
「えっ……?」
健太は葵と小さい頃からの仲良しでお互いに親友と言える間柄の幼馴染の女子を例に出した。
この話題は健太が葵の胸を見ていた事への指摘に始まり、乳房のある身体の男子である葵が女子の乳房に興奮した話に逸れた形だ。
身体的に男性である健太からすれば聞いてて居心地の悪さを感じるから話題をここで終わらせたい狙いもあった。
「佳菜子か……」
葵は楽しそうに話していた様子だったが急に困ったような顔をした。
健太はその表情に自分と同じような感覚を持っているだろうと思った。
佳菜子は幼稚園の頃から一緒で親同士も仲がいい。
小さい頃はスーパー銭湯やプールに一緒位いったことがあるし裸でビニールプールで遊んだことがある。
佳菜子の大事なところは小さな頃に見ているくらいだ。そしてそこにエッチな感情なんてなかったし今でも胸やあそこを見たいかと言うと微妙だ。
健太はそれを女きょうだいに対する感情だと認識している。姉と妹のいる健太は実際にどちらに対してもそんな感情は湧かないしそんな事を想像するのすら気持ち悪く思えるからだ。
葵は一人っ子だから女きょうだいと同じと言う感覚はわからないだろうが、似た感情を持っているに違いないと思った。
「佳菜子はちょっとそう言うふうに考えるのは違うと言うか」
「まぁ、そうだよな」
「付き合ってると迂闊にそんなふうに見れないんだよな」
「だよな……って、今なんて言った!?」
健太は葵が佳菜子に対して持っている感情に対して想定外な答えが返ってきた事に驚いた。
「いや、だから、付き合ってるとさ」
「お前ら付き合ってるの!? いつの間に!?」
健太は葵が繰り返した言葉に聞き間違いじゃない事を確信した。そして心の底から驚いた。
「言ってなかったっけ?」
葵は健太の顔を見て気まずそうに言った。
「聞いてない!」
健太は幼馴染である葵と佳菜子が付き合っている事、それを黙っていた事にショックを受けた。
確かに佳菜子は葵の事を好きなんじゃないかと思う節はあった。
だが、仮にそうなら告白したり付き合ったりしたら報告してくれるものと思っていたからだ。
健太は二人が自分の入る余地のない関係になった事には別に何も思うところはないがそれを黙っていたことがショックだった。
「ごめん。知ってたりもう言ったもんだとばかり」
「で、いつから付き合ってるんだよ、お前ら」
「春くらい? 一年の終わりとかそのくらい」
「『くらい』ってなんだよ。付き合ってそんなに経ってないだろ。もう忘れたとかじゃないよな?」
男は記念日をよく忘れると言うのはよく聞くし、健太の姉もそれで彼氏に怒っていたのを見たことがある。
恋愛経験のない健太にも葵がいつから付き合ってるか曖昧な事を言う事はおかしいと思った。
「いや、俺たちもいつから付き合ってるのかわからないんだよ。なんとなく二人きりの時に手を繋いだりするようになって、そのくらいの頃に佳菜子の部活の先輩に『付き合ってるの?』って聞かれてそういえば付き合ってるよなって思って『はい』って言ったってくらいで」
「告白したとかそう言うんじゃないって事か?」
「そうだな。気がついたら付き合ってたって感じだな」
健太は漫画やドラマで見るような交際を始める段取りじゃなくなんとなく「気がついたら付き合ってた」という事に不可解さと困惑を覚えながらも納得ができた。
葵と佳菜子ならあり得そうだと思ったからだ。
健太はそれでもここで話の流れで偶然知ったことと二人の口から報告がなかった事に寂しさを覚えた。
「なんだよ、それ……」
そう言って健太はため息をついた。
葵は申し訳なさそうに頷いた。
「話戻すけど、付き合ってると胸とかってただ見るだけじゃなくそのうちにもっと違う形で関わる事になるだろ。下ネタにできないんだ」
「そういう事な」
健太は予定外の報告に驚いて忘れていたが、葵が話を戻した事によってなんの話をしていたか思い出した。
「まぁ、みんな俺と下ネタを話すの避けてるみたいだからこんなこと話すのお前くらいだけどな」
「やっぱりそうなんだな」
「気づいてた?」
「うん。お前がいない時には結構普通に下ネタ話してるからな」
「そうだよなぁ」
葵は残念そうに言う。
健太はそんな葵の様子に申し訳なさを感じた。
健太自身も葵を避けてるわけじゃないが、葵がいなくなったと同時に下ネタを話し始めた現場に何度も立ち合ってるからだ。
その理由は葵の身体が胸だけじゃなく性器も女性のものがあり生理が来る事もある。身体的に女でもある相手の前で男だけの下ネタは話しづらいと感じている男子は多いし、健太もその気持ちは分かる。
「まぁ、そんな感じで佳菜子の胸は触りたいなって思うけどそれを面白おかしく話すのは違うって思うんだ」
「オレは好きな奴とかいないから分からないけどそんな感じなんだな」
「そんな感じ」
健太は葵が穏やかな表情で言ってるのを見て「これが真剣に付き合ってるということが」と思った。
「ごめんな、それなら佳菜子がとか言わないほうが良かったな」
「付き合ってるって言ってなかったんだし、仮に付き合う前でもあんまり下ネタにはしづらいな。健太は?」
「お前と付き合ってなくてもきょうだいみたいな感じだから抵抗はあるな」
「俺も付き合ってなかったらそんな感じかな」
葵と健太はそう言って少し気まずそうに笑った。
「あー、買い食い〜!」
突然、二人の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。
『佳菜子!?』
健太と葵は顔を上げて声の主を見ると声を揃えて驚いた。
二人の幼馴染の佳菜子だ。
「こんなところでより見てして。何話してたの?」
佳菜子はベンチに座っている二人の顔を覗き込んで言った。
葵はビクッとして健太は申し訳ない気分になって佳菜子に目を合わせられなかった。
「何、エッチな話?」
二人は揃って顔を逸らした。
当たっている。しかも、それが佳菜子の事も含んだ話だからだ。
健太と葵は目を合わせてお互いに「何か言えよ」と催促した。
「っていうかさ、買い食いってお前も買ってんじゃん」
口を開いたのは健太だった。
「あんたたちがお菓子食べてるから混ぜてもらおうと思ってね。でも、男同士の話にあたし邪魔だった?」
「そんな事ないよ。別にエロい話はしてないし」
「本当?」
「ああ、ってかさ、なんでお前、葵と付き合ってるの黙ってたの?」
「えっ!?」
女子の胸の話をしてたなんて言えない。だから健太は先ほど聞いた葵と佳菜子が付き合ってる事について話題を変えた。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇよ。さっき葵から聞いてびっくりしたわ」
「そうだっけ?」
佳菜子は困った顔をしながら葵の方を見た。
葵は佳菜子に対して頷いて答える。
「ごめんね、黙ってたわけじゃないの」
「今までの延長線上で付き合ってたって気がついたからそのままになってたんだろ?」
健太は葵から聞いた言葉を要約して言った。
「そうなの。あと、言ったような気がしててかな?」
「ああ、そう」
健太は佳菜子の言葉に呆れ気味に相槌を打った。
「ごめんな」
葵はケンタをまっすぐ見て言う。
「いいよ。お前らがお互い好きなのはなんとなくわかってたし。特に佳菜子な」
「え?」
葵と佳菜子は目を見開いて健太を見た。
「いつから?」
「さぁ。小6くらいかな。葵は確証がなかったけど佳菜子はわかりやすかったぞ」
健太がそう言うと葵は驚いた表情で健太を見たままで佳菜子は顔を真っ赤にしながら誤魔化すように笑っていた。
二人の様子を見てきて佳菜子が葵を好きだろうと思っていたのははっきりわかっていた事だった。
健太と三人で遊んでいても接し方が違ったからだ。どこか葵に向ける目が優しかった。
対して葵は最近もしかしてと思ったくらいだった。そもそも両性具有である葵は性自認こそ男性だがどちらを好きになるか疑問に思ってたからだ。
自分が女子の身体に興奮を覚える胸なんかは葵にもあるものだ。
自分と同じように女子に興味があるのか疑問だったし、もしかしたら佳菜子は葵が男子を好きになって泣く事にならないかと心配していたほどだ。
だがここ最近は葵の佳菜子に対する態度はなんだか変わった。どう変わったかはうまく表現できないが佳菜子の事を好きになったんじゃないかと思うくらいではあった。
それは多分、関係が恋人に変わったからだったんだろう。
これは健太としても幼馴染にこんな事を話すのは照れるしここまで気にしてたのは言いづらい。
「なんとなくそんな感じしてたってくらいだけどな」
そう言って健太は自分がしていた観察を隠す事にした。
「そっかぁ……。あ、そうだ、葵」
佳菜子は顔を赤くしたまま天を仰いだ。そして、何かを思いついたようで葵の方を向く。
「おう」
葵はあまり健太に対してと変わらない態度で佳菜子に応える。
「あの高いアイスをお金出し合って健太に買ってあげようよ」
「ああ、いいな」
「え? なんで?」
「付き合ってた事を黙ってたお詫び。ちょっと待っててね」
そう言うと佳菜子は駄菓子屋に真っ直ぐに小走りで向かった。
「いいのか?」
あっという間に話をまとめて去っていった佳菜子に呆気に取られながら健太は残った葵に言った。
「まぁ、黙ってたのは俺も悪いと思うし。食ってみたいって話してただろ? このくらいしかできないけど受け取ってくれよ」
葵はあの短いやり取りで佳菜子の意図を汲み取ったみたいだった。
三人で育ってきたが、恋人になってから健太には分からない気持ちの通じ方があるように健太には見えた。
そして、それに対してなんだか寂しさも覚えた。初めて幼馴染二人に距離を感じた瞬間だった。
「ありがとな。あと、気をつけるわ」
「何を?」
「最初に話してた事だよ」
「胸のこと?」
「そう。お前、男だし彼女もいるなら余計にな」
健太は恥ずかしいと思いながら言った。
やっぱり乳房がどうこういう話は恥ずかしい。
葵にはそんな様子がなかった。女子の胸に興奮するが、自分の身体にないものとして興奮する健太と自分の身体にもある葵ではその辺の感覚が違うのだろう。
そこに葵が自分と違うと感じた。
「お待たせ。はい、どうぞ」
佳菜子が戻ってきて健太にカップアイスを渡した。
このカップアイスは200円以上するバニラのアイスだ。すぐそこの駄菓子屋ではいくつかアイスを扱ってるがその中で一番高い。
「本当に良かったのか?」
「報告しなかったお詫びだよ。すっかり忘れてたから」
佳菜子は笑顔で言う。
健太はその様子を見て悪気があったわけじゃないし自分の事をきちんと考えていてくれたと思い素直にアイスを受け取った。
「ありがとな」
「こちらこそ」
佳菜子は健太に買ったアイス以外に60円の氷菓を二つ買っていた。駄菓子屋でアイスを買う時にいつも選ぶやつだ。
「あたしたちも食べようか」
「そうだな」
「座っていい?」
佳菜子がそう言うと健太は座っている場所を詰めて葵もそれに続く。そうして空いたスペースに佳菜子が座った。
健太、葵、佳菜子の順番で座った形だ。
小さい頃からこの公園で三人で来た時はこんな風に座る。
しばらくベンチに座る事もなかったし中学になってからは初めてだが、久しぶりに三人で座るベンチは三人とも成長したせいか狭く感じた。
懐かしい感じがして健太は葵と佳菜子が付き合って自分の知らない面が増えても三人でいる時は変わらないんだなと思い安心した。
健太は佳菜子の買ってきたカップアイスを食べながらふと隣に座る葵との密着に意識が向いた。
(柔らかいな……)
腕や脚で触れる葵の感触は他の男子と違っていた。
女子とこんな風に密着したことはないが姉とソファでくつろいでいる時に経験した感触だ。
葵の身体の感触は紛れもなく女性のそれだった。
健太はそれに気がつくとふと保健所の職員からもらった性教育の本の両性具有についてのページを思い出した。
葵と近しい関係という事から保健所職員に両性具有についてのレクチャーを受けたことがありその時に貰ったものだ。
両性具有は父親にも母親にもなれる。身体つきは妊娠することができるように女性に近くなる。
こうして身体の半分で感じてる葵の身体の感触がまさに女性のそれである証拠だろう。
それを意識すると健太は勃起してきた。
(うそだろ。今それはまずい……)
鞄を太ももの上に乗せているから二人にバレはしないだろうが、それでもさっき胸を見てる事を咎められた後だ。勃起は流石に洒落にならない。
(落ち着け、葵にもちんこはあるんだぞ。胸があっても男だ)
健太は必死に自分に言い聞かせた。
小さい頃に葵たちと全裸でプールで遊んだ事や小5の林間学校、普段男子トイレで連れションする事を思い出した。
それでも、リアルタイムで身体に伝わる女性の感触には叶いそうにない。
「あれ、どうしたの健太?」
アイスを食べる手を止めている健太に気がついた佳菜子が訪ねる。
「あ、いや、硬くて。手であっためてるところ」
「あー、買ったばかりのアイスって結構固まってるよね」
「まぁ、のんびり食べなよ。それ滅多に食べれないから」
「ああ、ありがとな」
確かに滅多に食べられない高いアイスだが健太にはアイスの硬さよりも自分のちんちんの硬さの方が気になっていた。
(葵も俺と同じように勃起するんだよな、多分。葵ならわかってくれるか……いや、自分の柔らかさにに興奮してるとか知られたら胸見てたどころじゃない……! 佳菜子には絶対わからないことだし……このまま治まってくれ!)
健太はアイスが少し柔らかく溶け始めた部分にスプーンを差し込んで少しずつ食べ始めた。
「どう? おいしい?」
ワクワクした様子で佳菜子は聞く。
「お、おう、美味いなこれ」
健太は素直に感想を述べる。
「なんか感想薄い……」
佳菜子は不満そうな顔をする。
「いや、普通そんなもんだろ」
葵はすかさずフォローする。
健太はアイスの美味しさを味わいはするがそのリアクションをする余裕を失っていた。
ずっと男の友達だと思っていた葵にこれまで以上に女性としての要素を視覚ではなく触覚で、身体の感覚で味わってその興奮への動揺を隠すので精一杯だった。
健太は一番持つことを避けてきた相手へのエッチな気持ちに戸惑うのを隠すために必死でアイスを食べた。
(こんな形でこのアイス食べるとはなぁ。もっと味わいたい……)
健太はアイスの味に集中出来ないことと二人に自分の心境を悟られないことを心の底から悔やんだ。
「今度は三人で食べたいね。あたしもどんな味か気になる」
「そうだな。小遣いに余裕のある時に、な」
佳菜子と葵は無邪気にそう言った。
健太が感じる心地の悪さとは対照的に佳菜子はこのアイスを奢ってくれた事に満足そうだった。
そんな様子を見て健太は佳菜子に罪悪感を覚えた。
(佳菜子、すまん。俺、お前の彼氏を女として見て興奮してる……)
健太は身体半分で感じている葵の柔らかさを忘れられそうにはなかった。
多分、明日以降、葵と会う時には思い出してしまうだろう。
健太はこの感情を振り払うために家に帰ったらオナニーをするしかないと思った。
多分、葵の胸や身体の柔らかさをおかずにしてしまうと思う。どんなエッチな写真や動画でもこの感触には敵わないからだ。
それは健太にとって禁断の超えてはいけない一線だったが、それから逃れるためには賢者タイムしかないとしか思えなかった。
ヌいた後の冷静さがなければかの感情を振り払えないだろう。
「これ、うまいな。生クリームとバターを組み合わせてような濃い味なんだよ。バニラアイスがこんなに美味いの初めてだ」
健太は不自然だと自分でも思いながら饒舌にアイスの感想を語った。
今ここで起こっている勃起をまずどうにかしないといけない。その為には何かで気を逸らさないといけないからだ。
アイスはそれにちょうどよかった。
「よかった」
「そんなうまいのか。俺も食いてぇ」
二人の幼馴染は健太の苦境を知る由もなくそう言った。
(本当にごめん……)
健太は罪悪感で押しつぶされそうな気分だ。たが、服越しに感じる葵の女の子の柔らかさは容赦なく健太の触覚を刺激する。
健太の勃起はしばらくは治まりそうになかった。
そして勃起と葵からの信用の危機の中で健太は心の中から自分に誓った。
好きな女子を見つけようと。だれか女の子を好きにならなければと。
そうしないとうっかり葵に向けてはいけない感情を持ってしまいそうになるからだ。
思春期男子にとってその決意は普通の状況よりも強固なものになりそうだ。
葵はそんな健太の様子を知る由もなく先ほどの胸を見ていた件も解決したと思ったまま同性の友達として見ていた。