【ふたなり】両性具有の少年少女の青春を描く実験小説 作:喋家月餅太
家族で温泉旅行に来た葵は男湯で体を洗い終わり湯船でくつろいでいた。
まだ二次性徴が始まるよりも随分前の頃の話だ。
両性具有が温泉に限らず公衆浴場を利用するには制限が付き纏う。両性具有の体は端的に外見についていえば乳房とペニスを併せ持つ体だ。男湯に入ることも女湯に入ることも周囲の人々が拒否反応を示したり性的な目に晒される為、施設側から断られてしまう。
稀に混浴のある温泉や水着を着て入る温泉などでは入ることが可能な場合もあるが、両性具有という存在が世に認知されて日が浅くその存在を知らない人もまだ多いため余計な混乱を避ける為、両性具有本人が施設側が可能としていても公衆浴場を避ける傾向にある。実際、両性具有の入浴が可能としている施設に両性具有の利用実績がある例は稀だ。
仮に両性具有が家族や恋人と温泉に行く事になれば家族風呂のある場所を選びそちらのみを利用するくらいである。
ただし、今日の葵のように二次性徴前の両性具有は性自認や社会生活上の性別がどうであっても男湯に入る場合もある。
「自分が男でも女でもある」ことと「ちんちんがある」が二次性徴前の身体的なアイデンティティであり、性自認が女性かつよっぽど男性的要素に対する拒否反応が強くない限りは多くの子どもの両性具有がそれを自然と感じている。
葵の場合は性自認は男性であり、男として男湯に入る事は自然と考えているくらいだ。もっともこの頃の葵はまだ二次性徴に向けての本格的な性教育を受けておらず、将来女性のような体つきになる程度しか理解していないのもあるが。
この点は同性と認識している他の女の子と股間の形が異なる性自認女性の両性具有とで感覚は大きく異なる傾向がある。
今の葵についてはまだあまりピンとこない将来の女性的な体型の変化は意識しておらずあくまで男の子として男湯に入り温泉という広大なお風呂の開放感を楽しんでいた。
そうしているとサウナから出てシャワーを浴びていた父親が葵に声をかけた。父親はもう浴場を出ると言う。
葵はどうするのかと聞かれ、少し考えたあと露天風呂に入ってから出ると答えた。
父親は「わかった」と言うとこの後、食事に行くから遅くならないようにと告げると脱衣所に向かった。
葵は温泉が好きだ。特に露天風呂が。広い風呂は開放的だし、それが屋外ならなおさらだ。
葵は浴槽を出ると足を滑らさないように気をつけながら露天風呂に向かった。
その間、他の入浴客の姿が目に入る。大人に混ざって葵と同じくらいの年の少年達もいる。年下の子たちの中には父親と一緒に入っている女の子の姿もあった。女の子はすぐにわかる。足の付け根に大人子供問わず男性にはあるものが彼女らには無いからだ。葵は両性具有としても男性としてもそんな年下の女の子の女の子の姿が気になりちらりと目をやる。
自分と違う身体というものは不思議に思えるものだ。葵は物心つく前からの幼馴染の佳菜子と裸でビニールプールで遊んだり一緒にスーパー銭湯に母親に連れられて行ったりして女の子の股間は比較的見慣れている。それでも歩く時やトイレで異なる感覚を持って生きている事やその原因となる箇所は気になる。
葵は「ちんちんが無いってどんな感覚なんだろう」と朧げに考えながら露天風呂に到着した。
近くの滝の音が聞こえて涼しげだ。そして周囲から見えないように壁で囲まれているものの上に見える夕焼け空は心地よかった。
温泉特有の成分で床が滑りやすいと注意書きがある。読めない漢字もあるが読み仮名があるが葵はそれを読むと足元に注意を払いながら浴槽に入る。すると葵は先客が一人いることに気がついた。
今の時間は夕食前に汗を流す目的で入浴をする人が多く露天風呂にまで来る人は少ない。見回すと今、露天風呂にいるのは自分とその先客だけのようだ。
葵は奥側の縁に腰掛けていた先客に会釈をした。そこにいたのは葵よりも年上と思われる少年だった。すこしぽっちゃりしていて可愛らしい顔立ちだ。特に股間を隠すなどしていなかったが背丈は葵よりも多少大きいが股間に毛が生えていなかったことからおそらく2~3年上くらいだろう。
少年は会釈を返すと葵の様子を見ていた。葵はなんとなく少年に親しみやすさを感じお湯に入ると少年から近い位置に座った。
「こんにちは。入らないの?」
葵は少年に挨拶ついでに縁に腰掛けている事について聞いた。
「こんにちは。熱くなってきたからちょっと一休みしてるの」
「ふーん」
少年はニコニコして葵を見ている。葵は彼を話しやすい雰囲気だと感じた。
軽く深呼吸をすると少年をあたりを見回した。葵はその様子を見てなんとなく同じようにあたりを見る。露天風呂に葵のあとから入ってきた人は誰もいない。やはりここは二人きりのようだ。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
少年は葵の顔を覗き込んで言った。
葵はその様子に「あれ?」と思った。なんだか自分の周りの同い年や年上の少年たちと違う何かを少年に感じたからだ。
「何?」
「君って両性具有でしょ?」
「えっ!?」
少年の質問に葵は驚いて固まった。そんな質問をされるのは生まれて初めてだからだ。
「えっと……」
葵は少し困った。両性具有なのは事実だ。だが、それを言っていいのだろうか。両性具有なのに男風呂に入っているのがバレたらまずいことにならないか疑問に思った。
「大丈夫。仲間だよ」
困っている葵の様子を見て少年は笑顔でそう言った。葵は口を大きく開けて少年をじっと見た。
「お兄ちゃんも両性具有なの?」
「そうだよ。でも内緒ね」
少年は人差し指を立てて唇に当てた。葵は首を2、3回首を立てに振った。
葵は両性具有として生まれて両親とショーシャルワーカーから男の子として生活しているが自分が男じゃない事は教えられてきた。だが、一度も自分と同じ両性具有には会ったことがなかった。時には自分以外に両性具有が存在するとは思えない事もあったし、自分が男と違うというのもピンとこなかった。だが、偶然家族旅行で来た温泉でこうして両性具有だと言う少年と出会った。葵は困惑していた。
だが葵は自分を両性具有だとどうやって判断したのかを疑問に思った。葵はこれまで何度も親に連れられて温泉やスーパー銭湯に来ていろんな年齢の男性の裸を見てきた。大人になれば胸が育って身体が丸みを帯びてくるのは分かるが、子供の自分は胸もなく身体は直線的で股間にはちんちんをぶら下げていて何も男の子と変わらない。それでどうやって判断するのかが不思議だった。葵は少年の身体を見るが露天風呂に来るまでこの大浴場で見かけた男性たちとの違いが分からなかった。
「俺も両性具有だけどどうして分かったの?」
葵は持っていた疑問を少年にぶつけた。すると少年は自分のちんちんを指差し、陰嚢を軽く引っ張った。
「たまたまの形が男の人と違うの」
「そうなの? どのへんが?」
葵は自分のちんちんを見た。見たところどう違うのかがわからない。
「僕の見てみる?」
少年は再度あたりを見回すと立ち上がって葵の前に来た。ちょうどその位置は露天風呂の出口からは浴槽内の柱で陰になって見えない。
葵はお湯の中で座りながら自分の目の前に立つ少年のちんちんをじっと見た。
少年は自分の陰嚢を持ち上げた。
「見えるかな?」
葵は他人のちんちんをこんな間近で見るのは初めてだ。少年の陰嚢は後ろの方で二つに分かれていた。
「たまたまの袋って男の人は一個の袋にたまたまが二つ入ってるんだけど、両性具有のはこうやって2つに分かれてるんだよ」
「俺のもなってるの?」
「うん」
葵は立ち上がって自分の陰嚢を持ち上げて手で形を確かめた。確かに二つに分かれている。思い返してみると大人の陰嚢はたまたまがぶら下がっている様子を見ると自分や少年のように二つに分かれているようには思えない。自分と目の前の少年が両性具有であると考えるとその通りなのだろう。
「ホントだ。二つに分かれてる」
「子供だと分かりづらいけど、大人の人の垂れ下がったたまたまの形見るとこうなってるようには見えないでしょ?」
少年は葵の考えたことと同じ事を言った。
「でも、子供と大人で違うんじゃないの? 大人になると裏側がくっつくとか」
葵は少年の言ってることを疑っている訳では無いが、ふと浮かんだ疑問を言った。
「うーん。中にいる他の子のを見せてもらえば分かるんだけど、見せてって言うわけにもいかないからね。一応、弟がいて弟と見せ合いっこしてるときに見つけたんだけどね」
「ごめん、信じてないわけじゃないんだ。ただちょっと気になっただけ」
少年は葵の釈明を聞くと「そっか」と再び縁に座った。葵はなんとなくお湯に入るのは違う気がして少年の隣に座った。
「お兄ちゃんはどうして俺のたまたまの形がわかったの?」
「お湯に入る時に一度縁に座ってからお湯に入ったでしょ。あの時に足を上げた時にたまたまの裏が見えたの。あ、二つに分かれてるって」
「そうだったんだ。よく見てたね」
「この近くに住んでてよくお風呂入りに来るんだけどね。お風呂入るたびに探してたの。わたし以外の両性具有に会えるかなって」
少年がそう言うと葵はすごく気持ちが分かった。両性具有だと言われて育ってそう言う存在が自分以外にいるのか疑問に何度も思った。いるなら会ってみたくなるのは当然だ。
それと同時に葵は少年の言葉に違和感を覚えた。今、少年は自分のことを「わたし」と言った。
「あ、言っちゃった」
少年は口に手を当てた。その様子を見て葵は少年に感じていた違和感の正体が分かった。
「お兄ちゃん、もしかして女の子の両性具有なの?」
「……実はそうなの。ほら、おちんちんがあるから女湯には入れなくて男の子の振りしてるけど、喋るとダメだね」
少年、もとい少女は苦笑いをしながら言った。
ソーシャルワーカーから聞いてはいたが、両性具有は親の判断によって男子と女子のどちらかで育てられる。葵は「ちんちんがあるから男の子」という理由で男子として生活してきてその事に疑問を持たないできたから女子として生活している両性具有の存在に居るのは知っていても驚きを覚えた。
「そう、なんだ……」
葵は目の前にいるのが女の子である事を意識して急に気まずくなり少女から目を逸らして反対側を向いた。
少女は目をパチパチさせて葵を見るとすぐに葵の意図を理解した。
「ごめん、裸見ちゃった」
葵は顔を赤くして言う。幼馴染の佳菜子や従姉で女子の裸を見慣れてるはずだが、なんだかとても恥ずかしくて申し訳ない気持ちになった。
「あっ……。そっか、ふふふふ……」
少女は葵の様子がおかしくて笑ってしまった。だが、そんな葵の反応が嬉しく感じた。自分の股間についてるものを見ても女の子だと思ってもらえる事が子供の性自認女性の両性具有としては自分のアイデンティティを肯定してもらえてるように思えたからだ。
「ねぇ、恥ずかしがらないでよ。わたしと君は身体は同じ性別なんだよ」
「でも……」
「あと、今は男の子として男湯にいるんだから」
「うん……」
葵は少し気まずさを感じながら少女の方を向いた。
細身の葵に比べたらぽっちゃりした身体に自分にもあるちんちん。事情を知らなければ男の子同士に見えるし、実際には陰嚢の後ろ側の形は男性と違い男女の機能を兼ね備えた性である両性具有である。なので男ではないとも言える。
「わたしにも君にも同じものが付いてるよ。あと、両性具有じゃないけどあっちにいる男の人達も一緒」
「そうだね……」
葵は少女の男性器を見たがやはりどこか気まずかった。自分に付いてるものと同じだし、葵の視点から見える位置なら少女の言う通り大浴場にいる男性たちと同じものだ。けれど、葵には「異性のもの」に思えた。
「わたしさぁ、温泉が好きでね。今日も家族で来てるんだけどこんな風にのんびり入るの大好きなんだ」
少女は少し間をおいて葵の感情の配慮のつもりで話題を変えた。
「おに……お姉ちゃんと一緒だ。俺も家族で来てるんだ。父さんが先に上がって俺は露天風呂に入ってから行くって言ってきたんだ」
「露天風呂っていいよね。空を見ながらお風呂に入るなんて家じゃ絶対できないもん」
少女はだんだん暗くなる夕焼け空を見上げていった。猫背気味な姿勢で顔だけを控えめに上に向ける姿勢だ。猫背は癖なのだろうかと葵はふと疑問に思った。
「わたしね、今日から二泊三日で温泉に来てるけど、多分、温泉に入るのはこの旅行が最後なんだ」
「え……?」
少女は悲しそうに言う。葵は少女の言葉に驚きつつ、その意味が分からなかった。
「最後?」
「うん。ちょっと触ってみて」
少女は猫背から背筋を伸ばすと葵の手をとって自分の胸を触らせた。
ほんの少しだが出っ張っているような感じがしてとても柔らかかった。
「わかる?」
少女は少し恥ずかしそうに微笑むと葵の目を見た。
葵はその感触に驚いて慌てて少女の胸から手を離した。葵はドキドキしていた。初めてだが少女が触らせた意図はすぐにわかった。これは女性の胸の膨らみだ。ほんの微か、見た目ではぽっちゃりな体型もありその膨らみなのかはわからないが触るとすぐに分かった。
「ごめん、あの!」
葵は自分でも顔が真っ赤になっているのが分かった。思春期前でも膨らみ始めた女の子の胸を触る事に対する感情は並の男子と同じようには湧いてくる。
「お姉ちゃんの胸……」
「そんな慌てなくても」
「でも女の子の胸に触るなんて」
葵は動揺していた。まだ葵のペニスは勃起しないが、体に行き場のない興奮が広がっていく。
「うーん、わたしの身体って女の子じゃないんだけどな。君の身体も男の子じゃないでしょ」
葵は深呼吸をしながら自分を落ち着かせた。そして少女の言った言葉について考えた。少女が自分を「わたし」と言ってから自分は男子で少女は女子であるという頭で会話をしていた。だが、ふたりとも両性具有だ。葵は今始めて「男性でも女性でもなく両性具有である」という意味を理解した気がした。
「わたしも君も両性具有なんだよ。女の子と違っておちんちんがついてるし、男の子とたまたまの形が違う。君ももうすぐ保健所の先生から教わると思うけど、他にも身体に違いがあるんだよ」
葵は少し気の遠くなるような感覚になった。両性具有であることは知ってたつもりだけど、それが男性じゃないという意味であることを実感したような気がした。そんな風に感じたのは生まれて初めてだ。今まで女の子の平らな股間とちんちんのぶら下がった自分の股間の対比しかなかったから。
「話戻そうか」
少女は葵の顔を覗き込む。
「うん……」
葵は少し怖がるような態度で頷いた。
「今、わたしの胸を触ってわかった?」
少女のその問に葵はついさっきの少女の胸を触ったときの感触を思い出した。
「おっぱいが少しある」
葵は遠慮した様子で言う。女の子相手に「おっぱい」という言葉を使うのに少し抵抗があった。
「うん。わたしね、ちょっと太めだから分かりづらいけど、触れば分かるくらいに胸が膨らんできたの。多分、見た目でわかるようになるのももうすぐ。今は温泉ではバレないように気をつけてるけどね」
少女は伸ばしていた背筋を少しだけ曲げて言った。猫背気味なのに葵も気がついていたが胸を目立たせないためだったのかと葵は納得した。
「だからね、わたしの身体はおちんちん以外の場所はどんどん大人の女の人に近づくの。多分、来月には見た目で分かるくらいにおっぱいが大きくなってるかも」
「それって」
「だから温泉に入るのが最後なんだよ。おっぱいがあったら男湯に入れないし、おちんちんがあったら女湯に入れないもん」
少女は寂しそうに小さな声で「大きなお風呂、大好きなんだけどな」と付け加えた。
「お姉ちゃん……」
葵は少女の寂しそうな表情から気持ちが伝わったような気がした。そして、そっと自分の胸を触る。大浴場にいる同世代の男の子たちと同じ平らな胸だ。もっとも、葵の歳なら幼馴染の佳菜子を始め女の子たちも同じような胸だが。
「君はまだ男の子だって言えるよね。でも、わたしくらいの年になったら同じようにおっぱいが膨らんでくるんだよ」
少女の言葉に葵は少し怖いという気持ちが湧いてきた。男子として疑問を持たないできたが胸が大きくなって女の人みたいな身体になっていく。現実感が掴めなかったが、男でいられないかもしれないという恐怖は実感ができた。
「本当に両性具有って男じゃないんだ」
「そうだよ。わたしは小さい頃から女の子のはずなのにおちんちんがついててそれはよく分かってたけどね。男の子の両性具有なら分からないよね」
少女は葵が初めて合う自分以外の両性具有だ。ソーシャルワーカーから自分以外の両性具有の中には男子として生活している人もいる事は教えられてきた。少女はそれを羨ましく思っていた。自分は女の子であるという間隔はゆらがないため男子として生活したいとは思わなかったが、「同性」であるはずの人たちと裸にならなければ分からない場所とはいえ身体が違う事がずっと気にしていた。何かの表紙に取れてしまえばいいのにとすら思ったことがある。けれど、成長によって同性に近づく事ができる自分と違い、目の前の少年は成長することにより異性の身体になっていってしまう。多分、自分にちんちんがついている事によって経験した辛さより、この少年に胸が育ち、身体に丸みを帯びることによる辛さは何倍にもなるんだと思った。ちんちんは隠せるが体つきは隠せない。少年は男子で入れるのか、そこを心配した。
「わたしもね、おちんちんがなくて女湯に堂々と入れればよかったのにって思ったの。他の女の子はおちんちんがついてて立ちションができるのを羨ましがったりするけど、おちんちんのついてる女の子はそれを隠さなきゃいけないんだもん。羨ましく思うようなことなんてないから」
少女は一息でそう言うと口を尖らせた。
「俺、そんなこと全然考えたことなかった」
「同じ両性具有でも女の子として生きるのと男の子として生きるのじゃぜんぜん違うね」
「仲のいい女の子が『男の子って立ったままおしっこできていいな』ってよく言うんだけど、両性具有の女の子はそんな風には思えないんだね」
「両性具有だって分かってもらうの大変だから、あまり知られないようにしないといけないからね」
「それは俺も先生に言われたことあるし、俺だって男でも女でもあるってのがピンとこない」
「だから、女の子なのにちんちんがついてるなんて知ったら大騒ぎになっちゃうかもしれないもん。隠してるんだよ、立ってしたら音でバレちゃうから座っておしっこするし、ついてて嬉しいことってあんまりないかも。家では立ってしてるけどね。やっぱり立ってするの楽だから」
「なんか、俺は男の両性具有だから楽でズルいのかな」
「そんなことないよ。自分が男の子なのか女の子なのかは変えられないからそれに合わせて生きてるだけだもん。それに、これから先は楽しみなの。だからいいの」
「楽しみ」
「大人に近づいておっぱいが膨らんで、腰が広くなって、女の人の体つきになれば『わたしは女の子』って思えるし、周りにも女の子だって見てもらえるか心配しなくて前よりもよくなると思うの」
「そうなんだ」
「温泉に入れないのは寂しいけどね」
葵は女性としての成長を目前に控えた少女の言葉から、少女が自分の将来を楽観的に捉えてるのが伝わってなんだか嬉しく感じた。女子として生活する両性具有は少女の話の最初は辛いだけかと思ったが、成長にしたがって女性に近づけると聞いて少女の苦しみが軽減されるのに葵も安心した。
だが、そこまで考えて葵は自身の身体が少女と同じであることを思い出した。少女が安心を感じている将来の女性化、それは葵にも起こることだと気がついた。正確に言えば、ソーシャルワーカーから教わってたが実感がわかないものの輪郭がはっきりしてきた。
「どうしたの?」
少女の言葉に笑顔を見せた葵は今度はうつむき始めた。
「俺も、お姉ちゃんみたいにおっぱいが膨らむんだよね」
「そうだよ。あ、そうね……」
目の前にいる少年は両性具有で男子として生活している。少女はそんな少年にとって自分が楽しみにしている体の変化が別の意味を持つ事に気がついた。
「俺も温泉に入れなくなる」
「うん。そうなるね」
「おっぱいがある俺をみんな男だって見てくれるかな?」
「大丈夫って言ってあげたいけど、わからない」
「だよね……」
少女はどう言っていいのかわからなかった。困って次の言葉を探しつつ下を向く。そこには葵の男性である証拠があった。
「でも、君にはおちんちんがついてるから。立っておしっこできるし、男の子の変化もあるんだよ」
「え……?」
「わたしにおちんちんがついていて全部女の子になれないのと一緒。全部じゃなくなるけど君もおちんちんがなくなるわけじゃないから男の子のままだよ」
葵は少女が一生懸命、自分を慰めてくれようとしているのが分かった。男に見えなくなるかもしれないけど、男ではある。実感のわかない言葉だがすんなりと自分の中に入ってくるような気がした。
「あとね、まだ時間があるから。どんな風に身体が変わっていくか先生が教えてくれるし、どうやって男の子でいればいいかもゆっくり考えればいいよ」
少女は自分が男性器の存在に悩んでいた中でソーシャルワーカーから言われた言葉をアレンジして言った。少年にとって一番いい言葉かは分からないが自分が救われた言葉だからだ。
「ありがとうお姉ちゃん」
葵は自分が恥ずかしいと思った。つらい気持ちでいるのは少女の方なはずでそれを自分が落ち込むことで話そうとするチャンスを奪ってしまった。
「君よりお姉さんだから、いいんだよ」
「うん……」
葵の様子を見て少女は目を伏せてから少し考えた。これなら自信を持ってくれるんじゃないかと、言うつもりのなかった言葉を言うことにした。
「ねぇ、見てくれるかな」
少女は浴槽の縁から立ち上がってお湯の中を一歩下がった。そして自分の男性器を指さした。
「わたしのおちんちん、見てみて」
「あれ?」
葵はさっきと少女のペニスの様子が違うことに気がついた。
下を向いてぶら下がっていた少女のペニスが少し大きくなって上を向いている。
「上向いてる?」
「うん。男の子は成長するとこんな風におちんちんが大きくなって上を向くようになるんだよ」
「どうして?」
「素敵な女の子を見たり、その子のことを考えたりした時にね。素敵だなって気持ちがおちんちんに現れるの。わたしは女の子だから素敵な男の子に反応してるんだよ」
「男の子?」
少女は恥ずかしそうに口角を上げた。
「君が素敵な男の子だからだよ」
「俺!?」
「うん、だから君は男の子だってことに自身持っていいんだよ。女の子のおちんちんをこんな風に大きくしたんだから」
葵は思いもよらない少女の言葉に顔が赤くなった。女の子に素敵だなんて言われるのは初めてだからだ。すっかり照れている。
少女は葵のすぐ目の前に来て葵のほっぺをつついた。
「格好いいんだから、大きくなっても格好良くなるよ。おっぱいがあってもね」
少女も照れていた。別に葵に恋心を抱いたとかではない。だが、魅力のある男の子だと思ったのは事実で近しい関係にあったら恋をしてたかもとは思っていた。
少女は性自認女性だが、両性具有であり両性具有は男性的な性欲と女性的な性欲の発現のしかたが混ざり合ってる。男性寄りの視覚的な刺激での興奮もしやすい。少女は葵が素敵だと思うだけではなく葵の男性器を見た興奮も勃起の原因としてあった。
「そろそろわたしは行こうかな。ご飯行かないと」
少女は少し名残惜しそうな感情を持ちつつそう言った。
「じゃあね、会えて嬉しかったよ」
「ちょっと待って!」
少女が手を降って身体を出口に向けようとしたときに葵は引き止めた。
「お姉ちゃん、ご飯食べた後はどうするの?」
「特に決めてないかな?」
「ゲームコーナーで遊ばない? せっかく友達になれたからもっと話したい」
少女は驚いた。だが嬉しかった。
「うん。遊ぼう。ご飯食べた後ね」
「絶対だよ!」
「うん。多分、先に行って待ってるよ」
「わかった! また後でね!」
「じゃあね!」
葵と約束を交わすと少女は露天風呂から大浴場のドアを通って帰っていった。
一人残された葵はどこか満たされた気分で湯船に浸かった。
短い時間だったが少女との時間で初めての事が目白押しだった。自分以外の両性具有に会ったこと。それが女子として生活してる両性具有だったこと。陰嚢の形が男性と両性具有で違うと知ったこと。両性具有とはいえ女の子の胸を触ったこと。女の子に素敵だと言われたこと。
葵は自分の胸と男性器を交互に触った。少女のように男性器が大きくなって上を向く現象は葵にはまだ起こらない。胸も平らだ。それが近い将来に変わっていく。恐怖と好奇心の入り混じった感情を自分の身体に持った。
それから静かにお湯に使っているとのぼせそうになっていたため葵も露天風呂を後にして脱衣所に向かった。
脱衣所や途中通った大浴場で大人の男性たちの身体を見た。何となく自分の将来の姿だと思っていたその男性たちが自分とは違う体を持った存在だということを意識した。自分の数年後の姿は股間の男性器を除けば女湯にいる女性たちの形に近づくのだろう。
少し混乱気味だったがゆっくり考えようと思った。そして、この混乱を次の面談でソーシャルワーカーに相談しようと思った。
葵はその後、両親と合流してビュッフェで夕食を取った。どうやら夕食の時間が被っていたようで先程の少女と偶然会った。お互い両親に露天風呂で友達になった旨を話した。その際には葵は少女がここでも男の子のふりをしている事に気づき「お兄ちゃん」と呼んだ。彼女の弟が「お兄ちゃん」と呼んでいたからだ。
食事中はお互いの家族が確保した席で別行動だったが途中、ドリンクバーで一緒になった。その際に少女は葵に耳打ちして「ホテルに居る間は男の子の振りをしてる」と教えてもらった。
食事の後はお互いの家族で合流してゲームコーナーで遊ぶことになった。二人にとってとても楽しい時間になった。エアホッケーで対戦したり、ビデオゲームを一緒にやったりと楽しかった。
ドリンクバーで飲みすぎたのかゲームの合間に二人はトイレに行った。その際、少女も男子トイレに来た。ふたりは連れションをしたが、素敵だと言った少女と素敵だと言われた少年はお互いに隣り合った小便器で立ちションをしている。なんだか照れた。
双方の両親は両性具有であることを知らずにお互いを男の子同士だと認識していると思っていた。二人も両性具有であり、性自認は男女別で異性であることを知っていることを内緒にしていた。
楽しい時間はあっという間だった。ゲームコーナーで思いっきり遊んだあと、ふたりは遊び疲れて眠たくなって親に連れられてそれぞれ泊まっている部屋に帰っていった。
その時は寝ぼけていて別れを惜しむどころではなかった。
それから葵は布団の中で眠り明け方目を覚ました。その際には少女にきちんとお別れを言えなかった事を後悔したが、短い時間だけでも自分と同じ境遇の人と友達になれたことは嬉しかった。
葵を「素敵な男の子」と言ってくれた事が嬉しかった。それに対して困っただけでそのままにしたことが気にかかっていた。だが明日は会うことは出来ないだろう。またどこかで会えたらいいのに、と思った。
少女に会って思ったのは、多分、自分が知らないだけで周りにも何人か両性具有がいるのだろう。そして、今日、少女の言葉で気がついた女性に見た目が近づく恐怖を経験している男子の両性具有や男性器に悩む女子の両性具有がいて自分の悩みが自分だけのものじゃないのだろう。
素敵と言ってくれた少女、その男性器に起こった大きくなる現象。それももうすぐ自分も経験する。それは誰に対してなのだろう。葵は自分の心と体の変化を道に迷うように色々と考えを巡らせた。
そして誰かにそれを話したくなった。両親やソーシャルワーカーではない誰かに。
その時に浮かんだのは幼馴染の佳菜子だった。葵が両性具有だと知っている友達は少ないが数人にいる。だけど、佳菜子にだけ話したいと思った。それは何故か分からない。
だが、佳菜子を真っ先に思い浮かべた意味はそう遠くない、葵の身体が二次性徴に入る前に知ることになる。
葵は家に戻ったら佳菜子と遊びに出かけよう、そう思いながら再び眠りについた。