平子真子に好感度100のエッチな彼女ができたら 作:架鍵キー
現世の片田舎、小さな観光地の宿の夜。
枕元にある行灯型をした趣深いランプの光を最小限につけて、平子は初めて結ばれたばかりの恋人の眠る顔を眺めつつ波打つ金の髪を撫でていた。
撫でながら、
あァー、気持ち良かった。
と身も蓋もない感想を抱いていた。
絶えて久しかった女性ということもあるだろうが、それだけではなく──例えば『それだけ』などという表現で済ませたら閻魔大王が死ぬ前から自らこっちに来てギルティを宣言ししばくだけしばいてため息をついて帰りそうだった。
棗は美しく、胸が豊かで、腰が細く、尻もある。多くの男の都合のいいわがままを叶えた、女性として激しい魅力を完備した肢体を持っている。
加えて、隙さえあれば涼しい作りの顔貌を温かく微笑ませ、甘えながら好き大好き愛してると言う。嬉しい。
可愛い。
棗はこんな女で。
こんなのを抱いた後の男が気持ち良かった以外に考えることなどない。
何もない。
あるとしたら、もう一生大切にする、ということくらいだった。
状況に他人のお膳立てがあることには不甲斐なさを感じている。しかし、そうしてもらえなければ平子の性格上、これほど早く彼女と体を交えることができなかったのも確かだ。
思いがけず婚約まで発展したデートの後、平子と棗が交際を初めたのを三番目に知って、浦原喜助は緊張感のかけらもないほうの笑顔で祝福しつつ扇をパタパタさせて喜んでいた。
もうそのときから何かしてやろうと考えていただろう。親切心のほかに、斜めからのお節介を焼いて相手が戸惑うのを見るのが好きなのもあるだろうが。
棗は一緒に食事がしたいと、どちらかに仕事上不都合がない限り神がかった速度が出る足で毎日昼食を持ってくる。仕事が終わってから顔を見にくることもある。
平子が好きで好きで仕方ない、の感情を誰にも隠す気がなかった。
百年の想いの結実に、初めての恋人に、棗は浮かれまくっていて僅かな時間でもくっつきしょっちゅうキスをしたがった。
外には出さないようにしているが久しぶりに得た愛らしい恋人に平子もだいぶ浮ついているので否やがあるはずもなく、周囲に人影がなければ応じる。
これが非常にまずい。
棗はとてもエッチである。
キスをしていると、胸板に弾力がある柔らかな乳房が押し付けられる。体に腕を回すと細い腰の曲線を感じる。
最初のうち、「キスしてもいいですか?」と事前に聞く棗に改まって尋ねなくていいと言ったら棗は思いつくと唇を寄せるので、そのときの位置と体勢によっては当たる。膝とか、お尻とかが。股間に。当たるだけならともかく棗はそこからキスがしやすいように動き、できるだけ平子に触れる面積を多くしたがるのでさりげなく離すのが大変である。
辿々しかったキスも上手になってきて、この可愛いのどないせえちゅうねん俺男やぞ、と頭を痛める事態に陥りつつ……陥っていた。
どないもせんでええのは承知している。
付き合い初めてたった数週間で求められても経験のない棗は戸惑うだろう。箱入りのお嬢様だ。結婚まではそういうことはしない貞操観念を持っていてもおかしくない。そして九割方持っているに違いなかった。
現実で平子の妻になることは理解と納得をさせたが、だからいいだろうとは言いたくない。
求めれば、抵抗があったとしても平子に嫌われるのを恐れて受け入れる可能性もある。どちらかと言えばこちらのほうが良くない。
大切にしたいし、無理強いはしたくない。
でも体を押し付けてキスされるとしんどいのである。
だからといってキスを断ると世界の総てに拒絶された──つまり平子に拒絶された顔になるので可哀想で心が痛む。正直そういう表情も平子を愛してるからこそなので可愛いのだけれども。
しかしそういうのを匂わせるのは少なくとも親に挨拶に行っておたくのお嬢さん俺の嫁にしますと断りを入れるくらいのことはしてからだろう。
──と、いうところに電話してきたのが浦原喜助である。
『どうもー、あれから調子はどうッスか平子サン。こっちは最近新しくビタミンの入った醤油を売り出したら近場の奥様方に美容にいいんじゃないかと売り上げが伸びてるんですけど実はあんまり』
「電話かけてくるてことはメールじゃ済ませられへん用があんねやろ。オマエんとこの新商品情報なんていらんからはよ言わんかい。あとオマエんとこ駄菓子屋やろ、なんで醤油売ってんねん」
『だからあれからどうッスかって』
「ハァ?」
『彼女サン可愛くてそろそろ悶々としてるんじゃないかと』
「ほななー」
『冷たく切』
切った。すぐ再度かかってきたが。
『冷たく切ろうとしても挨拶するあたりが平子サンッスよね』
「なんでオマエとそないな話せなあかんねやボケ。気色悪い」
『聞いてくださいよ。平子サン真面目だからどんなに明日檜サン可愛くても手を出せなくて、なるべく距離置こうとしてて、それで明日檜サンどうして冷たくされるのかわからなくて泣いてる頃だと思うんですよ』
「棗泣いとんの!?」
『アタシがこのあいだの帰りに予想した通りなら、そろそろあのペンギンのぬいぐるみに話しかけながら泣いてますね』
平子は深い哀しみに打ちひしがれた表情を思い出す。そんな顔も可愛いなどと思っていていいほど棗に余裕はなかった。
『明日檜サンが可哀想なので電話してみました』
「オマエ棗に盗聴器仕掛けてへんやろな……?」
『彼女には霊圧を感知する菌が付いているのでそれを利用すれば盗聴も可能なんですが、プライバシー保護法に違反するのでそういうのはやってないッス』
「オマエが法を語るな。いや、なんでそんなもん付けてんねんあいつ」
『親御さんが付けたんじゃないですか? 霊圧が極端に低くなったら救急隊が出動するようになってるんですよ』
「ハァー」
過保護なのか、その手段がとれる立場ならやって当然の親心なのか。
本人の許可は取っているのだろうか?
『で、明日檜さん泣いてますけどどうします?』
「でも泣いてるってオマエが想像しとるだけやろ?」
『距離置こうとしてないんだったらアタシの予想そこから外れるんで泣いてませんね』
「まあ……しとるけど……」
『好きになって貰えたと思ってたのにわけもわからず距離置こうとされたら女の子泣いちゃいますよ』
「せやろうけど……」
最初の悩みに戻る。どないせえちゅーねん。
『みっともないっていうのは同じ男としてわかるんスけど、正直に話したほうがいいですよ? 彼女がお断りするならそれはそれで距離が開くことに納得はするでしょう』
「正論なんやろうけどオマエに言われるのが嫌やなァ……」
『ま、そんなワケで可哀想な明日檜サンと別の意味で可哀想な平子サンのためにいい口実を見つけてきたんですよ。聞きます?』
「別の意味ゆーな。何や」
◆
『棗、一回帰らせといて悪いんやけど、今から来れるか? 話がある』
浦原との話が終わって、そうメールをいれる。
あらん限りの力で走ってきたのだろう、一分もしないうちに障子の向こう側に人の気配が現れた。
「真子さん……?」
「入ってええで」
障子が開き、膝をついていた棗が入ってくる。
取るものもとりあえずという格好で、腰に斬魄刀を差し、左手にペンギンのぬいぐるみを抱えたまま目を真っ赤にしていた。
──喜助、実はいつも世話になっとってありがたいと思てんねんけど、そんなかでもとりわけ今回は助かったわ。
と平子は真剣に思った。
嫁さんにしよう、幸せにしてやろうと決めた娘を早速自分で泣かせてれば世話ない。
「何の御用でしょう」
「棗、こっちおいでや」
胡座をかいたまま軽く腕を開くと、棗は目にキューっと力を入れ、斬魄刀とぬいぐるみをその場において平子の胸に飛び込む。
抱きしめて、彼女の後ろ頭を撫でる。
「泣かせてごめんな」
「え? あ、いえこれは、ただ悲しい物語を読んでいただけで」
「キスしてええ?」
返事もせずに棗は唇をくっつける。
しばらく唇を寄せ合っていると、感情を晒してもいいのだと理解した棗がしゃくりあげる。
「真子さん、真子さん、私何かしましたか? 最近あまりキスしてくれないし、抱き寄せて貰おうとしても向こうむいちゃうし、どうして」
「あーあー、オマエは何も悪ないから泣かんとき」
あえて何が悪いかと言えば、美人で、胸が豊かで、細い腰の曲線が絶妙で、言われて嬉しいことをガンガン口に出すのが悪い。
特に最後のが悪い。棗は男の胸を『クソ、可愛い』でグッというかキュンというか、締め付けるのが必要以上に上手いのだ。
「気に障ることをしていたならそれが何か言ってくださればもういたしません。お料理も頑張りますし音痴も何とかして直します。殺人以外は何でもします」
「大丈夫や、そのままでええ。手料理食うてみたいし三番隊の飲みで『罰ゲームで一曲』が可哀想すぎて免除になったて歌声はめちゃくちゃ興味あるが、今は置いといてええ。人を殺せとかも全然言わん」
「棗は真子さんともっとキスがしたいです。抱きしめて欲しいです。一緒にいたいです。触れ合っていたいです。お付き合い始めてからも私にくれる言葉や優しさに胸が締め付けられて、弥増しにあなたを好きになっていくのに、あなたに触れられないのはつらくてたまりません。私はあなたが好きで仕方ないんです、どうしたらいいのかわからないくらい」
言葉を区切るたびにキスをする棗の涙が平子の頬を濡らす。
「あァ……。あのなァ、……ちょっとキスやめて長めに話させてくれるか?
さっき現世での虚退治の依頼が来てな。縄張り持つタイプの虚で、その地区を担当しとる死神では倒せへん強さなんやて。そんでも俺が出てくほどのモンやないねんけどな。でも近くに感じのええ観光地があるて話やから行ったついでにそこでゆっくり一泊しよか思てるんや。
それでな、棗、オマエと二人で行きたい。『そういうつもり』で誘うてる。『そういうつもり』でどうするか決めてくれるか?」
名目は虚退治で遠出。
本当は、誰の目も気にする必要がない場所で、二人きりの一晩を過ごしたい。
何のために一夜を誘われるのかは明白である。
棗も大人だ。諸々を察して、涙に濡れた頬を両方の袖で拭って、表情を微笑みに変える。
「行きます。お休みとりますね。いつになりますか?」
「ノータイムでイエスて。躊躇いとかないんかい。オマエ俺のこと好きすぎひん? 無理せんでええんやで? 俺いくらでも待つし、断っても嫌いになったりせえへん。浮気もなしや。約束する」
「旦那様に抱かれたくない妻がどこにいるんです」
棗は平子の手をとり、自分の頬に添えさせる。
「したいです。真子さんと。心も体も、全部あなたと触れ合わせたいです」
ああ良かった、嫌われてなかった、それどころか大事にしようとしてくれていた、と棗が喜びに胸を打たれている横で、心臓に何発も被弾した平子は動けなくなっていた。