第1話 十年越しの再会
小学生くらいの時だろうか。やけに印象に残る一人の女子と会話した。
クラスの席替えが終わり、一段落ついた教室内。
隣同士になったクラスメートと五分ばかり会話しましょうという空気の中、自分は隣の女子から話し掛けられた。
「名前、
自分は子供ながら、彼女は大人びた人だなと思っていた。
淡々とした、どこか適当な調子の丁寧な言葉遣い。
内向的な自分は、肩身が狭い気持ちで答えていく。
「そう、だね……。えっと、あなたは……」
「田中です」
「う、うん。そう、田中さん。名前は知ってる。僕達、一年生の時から同じクラスだったもんね……」
「ですけど、話すのは初めてですよね」
「そうだね……」
「じゃー、イイ機会ですね。隣同士の間、よろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
とても小柄で、すぐに折れてしまいそうなほどの華奢な体。
ちょこんと存在する彼女は、ヴァイオレットカラーのセミロングヘアーと、アメジストのように輝く大きな瞳を持つ、まるでお人形さんのように可愛らしい人物だった。
おませな風貌は、むしろ魅力的に思えてくる。
今思えば、あれが自分の初恋だったのかもしれない。
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十年後。
現代、東京。
雑多が鳴り響く街。自分はそこで暮らしていた。
ひと気の少ない通りを選び、人間の気配を避けるように歩み進める足取り。
何となく、その道を歩いていた。こっちが近道だったとか、そういう気分だったとか、特にこれといった理由がない無意識の下、自分はその道を選んで進んでいた。
だからだろうか、自分は余計な空間に踏み入ってしまったことに気付く。
路地を進むと公園が見えてくる。その敷地に近付くや否や、急にひと気が増え始めたのだ。
公園の外側に佇んで、スマートフォンをいじっている女性達。その周囲には、女性らを見定めるかのような視線を送る男性諸君の姿がうかがえる。
うわ、やっべぇトコに来てしまった……。
“立ちんぼ”というやつだ。一般的な言葉で表現すると、『援助交際』。現代的な言葉で言い表せば『パパ活』とも呼べるだろう。
女性が声を掛けられて、男性と少しの会話を交わした後に二人で歩き出していく。
現代社会の闇だ……。
目撃した光景に、自分は今すぐにも逃げ出したい気持ちが巡ってきたものだ。
自分は“それ目的”で来たわけではない。変に誤解されるのも嫌だから、さっさとここから立ち去ろう。そんな思いを伴いながら、自分は足早に歩き出した。
この空間から発せられる濁った空気が、自分の肌に合わなかった。
体が拒否反応を起こしている。鳥肌さえ立ってきた生理現象に、逃げるような足取りで自分は公園の横を突っ切っていく。
だが、あと一歩で敷地から出られるだろうという出口に差し掛かった時のことだった。
ふと、自分は何気無く公園へと意識を向けていく。
ちょうど、新たに一人の女性が“それ目的”でやってきたのだろう。随分と気合いの入ったお洒落なコーディネートを身に纏い、片手に持つスマートフォンに視線を投げ掛けるその佇まい……。
百五十八ほどの背丈である、小柄で華奢な体つき。黒色のポンチョに白色のブラウス、サスペンダー付きの黒色ミニスカートに黒色のオーバーニーと、黒色の厚底ブーツに黒色のショルダーバッグというファッション。
猫耳が付いた黒色のキャスケットがチャームポイントであり、狙ったような男性ウケが思惑通りにこちらの意識を掻っ攫っていく。
だが、最も特徴的とも言えるであろうヴァイオレットカラーのセミロングヘアーと、帽子のツバで見え隠れするアメジストのような大きな瞳に“面影”を感じた自分は、彼女に吸い寄せられるようについ歩み寄ってしまったのだ。
フラッと訪れた存在に、女性は顔を上げていく。
いたいけな顔の輪郭。可憐な顔つきはまるでお人形さん……いや、ここまで来ると“ドール”とも言えたかもしれない。
自分は相手の顔色をうかがいながら、恐る恐ると訊ね掛けてみた。
「……あの、もしかして“田中さん”?」
顔色を変えない。表情も変えない女性。
少しばかり沈黙を挟んだ後、女性は反応してくる。
「そーですけど、ドチラ様ですか??」
「俺、
「柏島……」
記憶を辿る、彷徨う視線。
直にも彼女は、こちらと向かい合いながら言葉を返してくる。
「ハイ、名前が印象的でしたので覚えてます。カンキさんって名前、ケッコー変わってますからね」
「そう! その歓喜! ……やっぱり田中さんだったんだ。面影があったから、もしかしてって思ったんだよね」
「あの、ソレは別にイイんですけど。それでウチにナニか用ですか??」
「え、いや……そういうわけでもないんだけどね」
久しぶりの再会。これにひとりで喜んでいた自分だったが、相手からすれば重要なことでもないらしい。
まぁ、そりゃそうだよな……。
という落胆を交えていく最中にも、彼女は注意するように喋り出してくる。
「用がナイのでしたら、どっか行ってください。あと、本名で呼ばれると困りますので、控えて頂けると嬉しいです」
「ご、ごめん……! それじゃあ、何て呼べばいいかな……?」
「“ラミア”です」
「ラミア?」
「ハイ、そーです。ソレが、ウチの“源氏名”ですので」
「源氏名……」
要は、芸名に似た意味合いを持つ言葉である。
女性が名乗る、職業上の名前。源氏名という言葉が使用される場面としては主に、キャバクラやバーなどが挙げられるだろうか。
とか考えていると、ラミアと名乗る彼女はうんざりとした表情で見遣ってきたものだ。
「そーいうワケですから、さっさと行ってください」
「ごめんね、邪魔しちゃったよね……! 俺はもう行くから……!」
理由は分からないものの、自分は平謝りしながら踵を返していく。
いや、理由こそは分かっていた。だが、自分が“それ”を受け入れて、理解したくなかっただけなのだ。
まさか、あの田中さんが“立ちんぼ”を……。
ここで突っ立っているということは、そういうことだもんな。という、過去の憧れが砕け散ったような感覚を覚えながら歩き出した自分。その背中をラミアはじっと眺め遣る中で、彼女はふと脇にやった視線から、一人の男性と目が合っていく。
……卑しい目つきがいかがわしい汗だくの男。
“交渉”しに来たのだろう。真っ直ぐとした足取りで向かってくる彼を前にして、ラミアはすぐに駆け出した。
踵を返した、こちらの下へと。
「あー!! 向かうのでしたら、先にそー仰ってくださいよー!!」
「え?」
瞬間にも、この右腕にラミアがくっ付いてくる。
甘える恋人のようにべったりと密着したそれ。突然の出来事に自分は呆気にとられていく中で、ラミアは甘い猫なで声と上目遣いで喋り続けてくる。
「“ゴ有ホ別イチゴ”ですよね?? ウチはその条件で全く構いませんので、さー、一緒にホテルへ参りましょー!!」
「え? え? なに? 何の話?」
「ウチのハナシに合わせてください」
小声で呼び掛けられたその言葉。
付近には、ドロッとした卑猥な視線を向ける男性がラミアを直視している。
「あ、あぁ! そうだね! それじゃあ、行こっか」
「わーい!! ラミアちゃん、カンキさんのよーなオトコのヒトだーいすき!!」
「よ、喜んでもらえて嬉しいよ……! 取り敢えず、ここを移動しようか……!」
「ハーイ!! 今日は楽しい時間を過ごしましょーねー!!」
猫を何重も被ったような態度の変わり様である。
コーディネートとおめかしをしっかりきめてきたラミアによる、全身全霊の甘える素振り。小柄である彼女にしっかり抱き付かれたことによって、自分は心臓を高鳴らせながら歩き出していく。
……あの田中さんが、抱き付いてくれている。席が隣になった時、お人形さんのような存在感に思わずトキメキが巡ってきた彼女という人物に、自分は今、抱き付かれている。
思考がパンクしそうだった。
脳内によぎる淡い感情。オーバーヒートを起こして今すぐにも倒れそうな自分だったが、半ば無理やりラミアに行動を促されることで意識を保ちつつ、自分は彼女を連れて東京の表通りへと赴いたものだった。