店内の様子がうかがえる、ガラス張りの喫茶店。
窓側にある二人用の席に、自分とラミアは向かい合うように座っていた。
タブレットで注文を終え、一息ついていく。そんなこちらの様子に、ラミアはカラッとした淡々な調子で喋り出してきたものだ。
「先ほどはどーも」
「え?」
「ウチのハナシに合わせてくれたじゃないですか」
「あぁ、そのことね。まぁ、気にしないで」
あの田中さんと、また会話できるなんて……。
こうして話すのは何年ぶりになるのだろうか。
再びの席替えで隣からいなくなってからというもの、自分は彼女との接点が無くなってしまった。
だからと言って、引っ込み思案である自分から話し掛けに行くなんてできるはずもなく、また田中さんと話がしたいと考えている内に中学校も卒業となり、それっきり彼女とは疎遠になった。
……いつの日からか夢見たシチュエーション。今、それが現実となっている。
尤も、憧れとは少し違う形で邂逅を果たしたものだが。
自分の知る、純潔な田中さんはもういないんだ。そう、勝手に期待して勝手に失望する自分自身に嫌悪していく中で、ラミアはまじまじとこちらの顔を眺めながら、表情を変えない適当な調子で喋り出してきた。
「カンキさん、雰囲気変わりました??」
「え?」
「以前にお会いした時よりも、なんか明るくなりましたよね」
「そうかな……」
強いて言えば、陽キャに憧れて髪型や服装、趣味や生活を変えてきたくらいか。
美容院に通い、ファッション雑誌を参考にコーディネートもしている。趣味もダンスやカラオケなどで積極的に外出し、規則正しい生活を心掛けていた。
しかし、根本的な気質は変われない。
「変わったのは、見た目だけだと思う。見栄を張っているだけで、本当に好きなのはゲームや漫画であることに変わりないし。頑張って明るく振る舞おうと心掛けているけれど、性格は根暗であることに変わりないから……」
「ふーん、そーですか」
すごく興味無さそうな相槌。
オーダーした飲み物が届き、テーブルへ乗せられていく。
自分はメロンソーダを受け取り、ラミアはリンゴジュースをストローで啜っていく。そうして刹那の沈黙を挟んだ後、ラミアは宝石のような大きな瞳をクリクリ動かしつつ、こちらを注目しながら返答してきた。
「まー、ウチは陽キャや陰キャなんて気にしませんから、ネクラかどーかなんて別にどーでもイイです。カンキさんはカンキさんらしくいらっしゃれば、それでイイんじゃないですか??」
「……何というか、達観しているね」
「そーでしょーか?? まー、細かいコトを気にしていられないよーな人生を送ってきましたからねー」
チューッ、とジュースを啜るラミア。
その様子につい見惚れてしまうこちらに対して、ラミアは何気無い視線を投げ掛けながら訊ねてきた。
「カンキさん、今ナニして過ごされてるんですか??」
「えっと、その何っていうのは職業的なものかな……?」
「ホントにナンでもイイですよ。ただの世間話なので」
「あ、うん……。まぁ、バイトしながらアパートで一人暮らしって感じかな」
「一人暮らしですか」
その部分だけに反応を示したラミア。
一方で、自分も『何か会話らしいことをしなきゃ……!』と内心で思うあまりに、そんなことを訊ね返してしまう。
「えっと、田中さん……いや、ラミアは何をしているの?」
いやいやいやいや、“立ちんぼ”してた人になんてこと訊いてるんだ俺!
他人に話せない複雑な事情とかあるだろ! などなど、言葉にした後に自分自身へとツッコミを入れていく。
だが、配慮に欠けたこちらの問い掛けに、ラミアは淡々とした調子でそう答えてきた。
「セクキャバに勤めてます」
「せ、セク……!?」
「セクキャバです」
表情を一切変えないラミア。
「まー、お触りオッケーなキャバクラみたいなカンジのトコですよー」
「あ、だから“源氏名”なんだ」
「そーいうコトです」
カラッとした態度で答えてくるラミアに対し、自分は気まずい面持ちで言葉を返してしまう。
「というか、今サラッと聞いちゃったけど……お触りオッケーなキャバクラって、それ風俗じゃ……?」
「厳密に言えば、風俗とは違います。まー、必要に迫られればキスだってしますし、おっぱいを触らせたりもしますけど」
おっぱい……。
反射的に、彼女の平坦な胸部を見つめてしまう。
……いや、田中さんならむしろアリかも。という男が故の下心をよぎらせてしまう。
そんな中で、ラミアはこちらの視線に気付いているような眼差しを向けながらも、特に咎める様子も無く平然とした調子で言葉を続けてきた。
「特に、ウチの店は下半身のお触りも許可されている珍しい形態なので、性欲を持て余したオトコ達に“そーいうトコ”も撫で回されたりするモンですよ」
「そういうトコ……」
「あー、ただ“本番”はさすがにナシです。指や“アレ”の挿入は禁止されていますのでご安心ください」
「なんか、余計に生々しいな……」
彼女との会話が進む度に、自分は脳にダメージを受けている気がした。
記憶の中にいる純潔な田中さんが、どんどん穢れていく……。
やるせない気持ちで、気分が沈んでしまう。しかし、現実とはそういうものなんだと必死に割り切りながら、自分はラミアと向かい合った。
「じゃあ、今回のも営業の一環ってことだったんだ……?」
「いえ、援交はプライベートでしてます」
「プライベート?」
「ウチのお店、お給料は高い方なんですけどねー。ただ、ソレだけですと、美容の維持や借金の返済が間に合いませんから」
リンゴジュースをチューチュー吸うラミアが、息継ぎの間に話を続けていく。
「水商売である以上、美容の維持は商売道具として欠かせません。なので、大金をはたいてでも日頃からアップデートしなければならないんです。両親の借金も返済しないといけませんし、ソコに家賃や食費、光熱費などの一般的な料金も上乗せされていきます。となったら、足りない分は他の場所で稼がないといけません。短期間で、より効率的に、です」
圧倒された。
もちろん、社会的な視点から見たらアウトラインを越えていることだろう。しかし、世の中には善悪で量れない物事も確実に存在する。
彼女は必死なんだ。自身を犠牲にしてでも稼がなければならない理由が、そこにあるからだ。
「カンキさん。この際ですから、一つお願いしてもイイでしょーか??」
ハッと我に返った自分は、ラミアと目を合わせていく。
ジュースを飲み切ったカップをテーブルに置き、それを脇に退けていくラミア。次に彼女は淡々としながらも、真剣な声音で喋り出してきた。
「お金の持ち合わせって、あります??」
「え? いやでも、お金の貸し借りについてはもう少し考えさせてほしいというか……」
「違います。これから“ウチを買ってくれませんか”??」
「え……」
嬉しいという感情よりも、罪悪感が
呆然とするこちらへと、ラミアは言葉を続けてくる。
「本来でしたら、ウチは先ほどの男性に“買われて”いました。つまり、その分のお金を既に得られているハズなんです。でも、アナタとお話をしているだけでは、ウチの手元にお金が入ってきません。本来、稼いでいるハズの時間が、無収入になってしまうんです」
「だからって、田中さんをお金で“買う”のは……」
「……スキでもない知人を買うなんて、フツーのヒトならドン引きするんでしょーけど。でも、ウチはもう、なりふり構ってなんかいられない状況にいるんです。ウチにとって、死活問題なんですよ。なので、お願いします。都合がよろしければこの後、ウチのコト買ってください」
そんなこと、言わないで欲しかった。
逆なんだよ、田中さん。自分は田中さんのことが好きだったんだ。俺は貴女のことが好きだったからこそ、もっと他の理由で“そういう関係”になりたかったんだ。
罪悪感と嫌悪感で、胃がキリキリし始める。しかし、好きな人の頼みであるからこそ自分は、彼女の願いを叶えてあげたいとも思えてしまったのだ。
自分は財布を取り出し、中身を確認しながら訊ねる。
「……値段、聞いてもいいかな」
「“イチゴ”です。一万五千円」
「……あるにはあるよ」
「あと、ホテル代は別です。ゴムも有りでお願いします」
「料金とか全く知らないけれど、多分なんとか足りそう……かも」
「ありがとーございます」
ゴ有ホ別イチゴ。今となれば、その“隠語”の意味がよく分かる。
それにしても、まさかこんな形で憧れの田中さんを抱くことになるなんて……。
失望ではなく、空虚が胸によぎる複雑な感情。それを思いながら財布を閉じるこちらを他所にして、ラミアはおもむろに立ち上がっていった。
迅速な行動と、貪欲な催促を伴いながら。
「そーと決まりましたら、さっさと済ませちゃいましょー。近くのホテルまでウチがご案内しますので、場所の心配はなさらずにどーぞ」