第4話 セックスフレンド
夕暮れの東京。駅前にある噴水の前で佇む自分。
手元のスマートフォンを確認すると、画面には『田中さん』という名前が映し出されていた。
プリクラで加工された写真。両手を頬に添え、ぶりっ子のポーズをとる彼女の姿が可愛らしい。
だが、SNSに登録されたラミアのアカウントに対して、自分は未だ信じられないといった内心でそれを眺め遣っていたものだ。
……あの田中さんと、連絡先を交換してしまった。
無性にドキドキしてきた心臓が、鼓動を速めて胸を打ち付ける。この感覚に緊張し始めていくと、次にもこちらへ歩み寄ってきた足音に遅れて気が付いた。
顔を上げた先には、先日と同じ格好をしたラミアが淡々とした足取りで近付いてくる。
ヴァイオレットカラーのセミロングヘアーと宝石のような瞳。黒色のポンチョと白色のブラウスに、黒色のミニスカートとオーバーニーに厚底ブーツ。猫耳が付いた黒色のキャスケットがチャームポイントである彼女の存在感は、周囲の視線を釘付けにする。
ショルダーバッグを肩に提げた、ドールのようにいたいけで可憐な女の子。尤も彼女は同級生が故に、その風貌とは裏腹に自分と同様、れっきとした成人でもあった。
「お待たせしましたー」
「大丈夫、俺も今来たところだから」
まぁ、張り切りすぎて三十分は早く到着していたんだけども……。
それもそのはず。だって本日は、同伴終わりのラミアと“プライベートで”食事をする予定が入っていたからだ。
「田中さ……じゃなくて、ラミア。今日もお疲れ様」
「ご丁寧にどーもー。コチラこそ、急に呼び出してすみませんでした」
「気にしないで、ちょうど予定が無かったから」
「そーですか。ならイイですけど」
適当に答えてくるラミアだが、この食事に誘ってくれたのは彼女の方からである。
先日の件で彼女と肉体関係を持ってからというもの、自分はラミアと連絡を取り合う仲に発展していた。
これが現実だとは思えない。まるで夢みたいだ。
物心がついた時から、ずっと思い描いていた理想の未来。どこか胸に引っ掛かっていた彼女への想いは今、こうして実現されている。
もはや、彼女が体を売っていようが関係ない。自分はただ、彼女と一緒に居られる今この時を、幸せに感じてしまえたものだ。
ラミアの歩調に合わせて、駅前を適当に歩き出す。それからすぐにも、自分はスマートフォンを持ち上げながら話し出した。
「お、俺、周辺のお店をいろいろ調べてきたんだ! 多分、こういうのはオシャレなお店が良いのかなって思ってさ! でも、ラミアの好みとかが分からなかったから、ひとりじゃ決められなくて……! お店、良かったら一緒に考えてもらえると嬉しいんだけど……」
女性との食事ならば、綺麗でオシャレなお店だよね。
という世間的な認識を頼りに、自分はついさっきまで必死に検索をかけていた。
そんな自分の考えに対し、ラミアはこちらをまじまじと見つめながら返答してくる。
「あの、気遣って頂けるのは嬉しいんですけど、できるならオシャレなお店よりも安いお店の方がイイですね。節約できるトコは節約したいので」
「え? あ、あぁ……そっか。じゃあ、俺が奢ろうか……!」
「別にイイですよ。ジブンの食事代くらい、ジブンで支払いますから」
「そ、そっか……」
なんか俺、空回りしてる……。
募る焦燥で動揺してしまいながらも、自分は気を取り直すように訊ね掛けた。
「なら、サイゼリオとかのファミレス系にする……?」
「そーですねー……。いつもなら、そーいうトコで済ませたいモンですけどー……」
視線を周辺一帯に流していくラミア。
探すように瞳をクリクリ動かしてから、彼女の意識は一つの店で留まった。
「カンキさん、お酒って飲めます??」
「あんまりたくさんは飲めないけど、お酒は好きだよ。……えっと、居酒屋に寄る?」
「顔馴染みのヒトと久しぶりにお会いしたので、たまにはこーいうお店もワルくないかと」
「ラミアはお酒飲めるの?」
「飲めるもナニも、セクキャバの接客で飲み慣れてますからヘーキですよー」
「あ、それもそっか……」
にしても、女性から居酒屋を指定されるなんて想定外だった……。
店の一覧を画面に出していたスマートフォンをポケットにしまい、自分はラミアと一緒に居酒屋へ入っていく。そこで座敷に通された自分らは、オーダーを済ませた後に他愛ない会話で料理を待ち始めた。
注文した料理やお酒が運ばれてきて、晩餐の準備が整う。共にして、自分とラミアはテーブルを挟んで向かい合いながら、手に持つグラスを鳴らしていった。
「じゃー、そーいうコトで、今日もお疲れ様でしたー。カンパーイ」
「今日もお疲れ様、乾杯!」
グラスの甲高い音が軽く響き、自分はウーロンハイを、ラミアはパインサワーを喉に流し込む。
テーブルには、お刺身や焼き鳥などが乗っていた。
その光景こそは、オシャレとはだいぶ程遠いものにはなったが……まぁ女性と来る居酒屋も新鮮で、非常に気分が良い。
とか考えていると、焼き鳥を頬張るラミアが淡々とした調子でそう喋り出してきたものだ。
「カンキさんって、一人暮らしされているんですよね??」
「そうだね。バイトを掛け持ちしながら、一人で暮らしてるよ」
「ふーん。そーなんですねー」
もぐもぐするラミアは何気無いサマで言葉を続けてくる。
「カンキさんって、カノジョさんとかいらっしゃったりします??」
ブフォッ。
破壊力が高い言葉を受けて、自分は思わずウーロンハイを喉に詰まらせた。
むせながら胸を叩きつつ、自分は何故か慌てて答えていく。
「い、いないいない! というか、いたらラミアのこと買ってないよ!」
「まー、ソレもそーですよねー。カンキさん、“そーいったコト”は不慣れのよーでしたし」
「ギクッ」
容赦がない言葉を、躊躇せずに連ねてくるラミア。
尤も、人形のように大きな瞳で見つめながら、攻撃力が高い言葉を平然と口にしてくる彼女の姿も愛らしく思えたものだが。
なんて内心で呟きながらも、次はこちらから質問を投げ掛けてみる。
「それにしても、どうして俺なんかを食事に誘ってくれたの? ラミアなら、もっとこう、俺よりも良いお相手さんとかいそうに見えるんだけど……」
不安視するような視線を向けてしまったかもしれない。
だが、ラミアは質問の内容やこちらの視線を気にすることなく、適当な調子で答えてきた。
「そー見えます?? 多分ですけど、カンキさんが思うほどウチの交友関係は広くないですよ?? まーイイじゃないですか。そーいうキブンだったんです」
「な、なるほど……?」
「まー、たまには同年代のオトコのヒトとおハナシがしたかっただけですよー。なので、特に深い理由なんかナイです」
と言って、彼女はパインサワーを一口啜ってから言葉を続けてくる。
「……カンキさんのよーなヒトから得られる成分を、ウチは欲しがっていたのかもしれません。久しぶりの再会でしたけど、まー面識はあるお相手さんでもありましたし、数年越しに話してみたら意外と好印象だった上に、カラダの相性がバッチリでしたから」
「体……。ど、どうも……っ」
「職業柄、同年代のオトコのヒトという成分が足りなくなりますからねー。気分転換したいなーって思ってたトコロで、ちょーどカンキさんというお友達と出会えましたので、ナンとなくこーして食事にお誘いしてみた、ってカンジでしょーか」
つまり、それがたまたま俺だったというだけで、タイミングさえ合っていれば別のクラスメートとかでも良かったのかな……。
彼女を本気で想っているからこそ、考えすぎてしまう……。
複雑な思いを抱いてしまいながらも、平然とした彼女の食事風景に自分は見惚れていく。
……まぁ、ここでネガティブに考えても仕方が無い。むしろこれは、神様がくれた絶好のチャンスと捉えるべきだろう。
こうして再び、田中さんと巡り合わせてくれた。この機会を逃すわけにはいかない。
彼女に接近し、特別な存在として迎え入れる。自分はその決意を、内心で静かに固めていった。
だが、この時の自分は知る由もなかった。
そう遠くない未来。この決意が揺らぐほどの魅惑的な女性達と、自分はどんどん巡り合う運命にあることを……。
――――――――――――――――――――
居酒屋を出た時には、既に夜を迎えていた。
酒で酔っ払った自分らは、どこかポーッとした意識で外の空気を吸っていく。
……体が熱い。芯から火照ってくる。その感覚はラミアも同じだったらしく、彼女は酔いのままにこちらの腕へ抱き付きながら“それ”を訊ね掛けてきた。
「カンキさん、ひとつお願いしてもイイですか??」
「どうしたの?」
「今日、カンキさんのお宅に泊まってもイイでしょーか??」
!?
一瞬にして酔いが醒めた。
勢いをつけすぎて首の骨を鳴らしながら彼女へと振り返り、途端に困惑してしまう。
「え、あ、あぁ……! お、お泊まりかぁ……!」
「ダメですか……??」
腕にくっ付き、渾身の上目遣いで見遣ってきた彼女。
あっ~、むり。
不可抗力。自分の理性が瞬殺されると共にして、隠し切れない動揺のままコックリ頷いた。
「その、片付いてなくて、ちょっと汚いかもしれないけれど……それでも良ければ、まぁ……」
「そんな今更、別に気にしませんよ。じゃー、そーいうコトでさっさと向かいましょー。ウチのコト、お持ち帰りしてくださーい」
語弊を招くセリフと共にして、腕を引っ張ってきたラミア。彼女の催促を受けて、自分は慌てながらも応じていった。
大丈夫。酔っ払った女性を介抱するだけだから……!
まるでそう言い聞かせるように、内心で何度も正当化していく。そう、自分はただ酔っ払ったラミアの安全を確保するために、自室で休ませようとしているだけなのだから……!
――――――――――――――――――――
駅から歩いて十五分。住宅街の中にあるアパートへと帰宅する。
初めて女性を招き入れたこの部屋は、男の一人暮らしと言うに相応しい散らかり具合を見せていた。
尤も、ゴミが散乱しているといった不衛生な散らかり方ではなく、ベッドの布団を直していなかったり、山積みになった漫画本や、ゲーム機のコードが絡まっていたりといった程度の散らかり様だったが。
で、ラミアはラミアで抵抗なく男の部屋に上がり込むと、彼女は真っ先にベッドへ直行してから倒れ込んだ。
片付いていない毛布などを掻き集め、夢心地といった表情で目を瞑るその姿。
コアラみたいで可愛い……。酔っ払った可憐な女の子が、薄らぼんやりとした意識の中で布団を抱え込んでいく一連の様子。それを眺めていた自分は、尊ぶ感情と同時に発情もしてしまい、煩悩を振り払うように彼女から目を背けた。
ダメだ。泥酔した女性の寝込みを襲うなんて最低な男だぞ……!
よぎる欲望と、巡る葛藤。二つの感情が内心で繰り広げられる最中にも、ふとこちらを見遣ってきたラミアがそのセリフを口にしてきた。
「カンキさん。先日のゴム、まだ残ってますよね??」
「え……?」
表情を一切と変えない、淡々とした彼女の面持ち。
ラミアはミニスカートの姿で仰向けに寝返りを打ち、その際に着用する衣類のほとんどをめくり上げていった。
めくれたポンチョからは、ノースリーブのブラウスから覗く生の脇。その裾部分もめくれてヘソが出て、ミニスカートからは黒色の大人なランジェリーが見えている。
ドキッ。心臓が強く脈打つと共にして、ラミアは確信めいた表情で布団に抱き付きながら、上目遣いと猫なで声で喋り続けてきた。
「襲わないんですかー?? 無防備のオンナのコが目の前にいますけどー??」
「だ、ダメだよ……! 酔っ払っている女の子を襲うなんて、俺にはできない……っ!」
「ウチは別にイイですよー?? いつでもオッケーですけどー??」
「あ、あとお金も必要だよね! 一万五千円、今すぐ用意できるかちょっと分からないから……っ!」
「今日は要りませんよー。だってですね、コチラの宿泊代はカラダで支払うつもりですから」
とてもノリ気に見える彼女の様子は、果たして酔いから来たものなのか、それともシラフによるセリフなのか。全く判別がつかない……!
「そんなの、俺にお釣りが来ちゃうって……!! こんな部屋でそんな、割に合わないよ……!」
「ホントにイイんですかー?? せっかくオンナのコを部屋に上げたのに、手を出さずに終わりですか?? コレが、ウチとの最後のやり取りになるかもしれませんよ?? それでも後悔しませんか??」
「そう言われると、正直めっちゃ後悔するとは思うけど……ッ!!」
張り詰めた“息子”が、“カノジョ”を欲しがっている。
盛り上がった股間をラミアへと向け、自分は煩悩に操られるようゆっくりと歩み出していく。そして自分の影でラミアの全身を覆っていくと、次にも彼女は微笑と共に股を開いて誘惑してみせた。
あぁ、やってしまった。
ベッドが軋む音と、湿り気を伴いながら肉を打ち付ける音を部屋に響かせる。
いつも寝ている布団には、全裸のラミアが寝転がっていた。それも、酔いしれた赤面の表情で、汗だくになりながら、本能のまま背を伸ばすこちらの“息子”を、彼女は自身の“ソコ”で咥え込んでいる。
ピッタリと嵌った“アレ”は、ラミアの奥を何度もノックした。
病み付きな快楽に自分は溺れ、酔いのままに運動を繰り返す。そうして彼女の小さな体に覆い被さっていくと、仰向けであるラミアの背中や後頭部に手を回して抱え込み、抱擁と共に密着した状態で、想い人の“ソコ”を掘り続けたものだった。
……二人だけの空間で、快楽のひと時に没頭する。
その最中にも、ラミアのショルダーバッグの中にあるスマートフォンが振動していたことに、自分らは気が付かなかった。
脱ぎ捨てられたラミアの衣類やショーツと共に、ベッドの脇に置かれた鞄の中で端末は震えていく。その画面には今もコールの表示と共にして、『メーさん』という文字が映し出されていた。