午後十時という夜の時間帯に、ラミアから電話が掛かってきた。
こんな時間に、一体何が……!?
アパートの自室にいた自分は、大急ぎでスマートフォンを手に取っていく。
「田中さん!? 大丈夫!?」
『?? どーされました??』
心配とは裏腹に、彼女はいつも通りの様子だった。
ケロッとした適当な調子の声音に、自分は一瞬だけ頭を真っ白にしてしまう。
「いや、こんな時間に電話が来るなんて、田中さんに何かあったのかと思って……!」
『あの、ウチがセクキャバにお勤めしてるコト忘れてませんよね??』
「あ、今は職場にいるのか……」
ホッ。
ひとり騒いでおきながら、胸を撫で下ろした。
電話越しからは、呆れのような雰囲気を感じ取れる。これに自分は気を取り直して、それを訊ね掛けたものだ。
「ごめん、早とちりした……。でも今は仕事中なんだよね? 電話していて大丈夫?」
『仕事中ですけど、イマは控室で待機してますからヘーキです』
「あぁ、そういうことか」
ラミアの状況を把握したところで、今度は彼女からそれを切り出してくる。
『あの、この後ってお会いできます??』
「この後? でも今は夜だし……」
『そーです。今夜、お会いできますか??』
「え?」
こんな夜遅くに、二人で密会……?
それって、つまり……。
急にドキドキしてきた心臓。だが、こちらの高揚感に構わずラミアは言葉を続けてくる。
『アナタにお会いしたいと仰る“同期のヒト”がいらっしゃるので、カノジョにカンキさんを紹介したいと考えてたんです』
「え? 俺に会いたい人……?」
『先日カレシにフラれたばかりのコなんですけど、カンキさんの名前を出したら紹介してほしいと頼まれましたので、こーしてお電話しました。よろしければこの後、ウチも含めて三人でお出掛けでもしませんか??』
「なるほど、そういうことか……」
ラミアの同期というセクキャバ嬢の子を加えた、三人で夜のお出掛け。
何とも危険で、とても魅惑的なお誘いだった。
二人のセクキャバ嬢に囲まれるというシチュエーションに、どこか興奮を覚えていく。しかし、ここは『女性だけで深夜の街を歩かせるわけにはいかない』という内心を口実にしながら返答した。
「遊びに行くかどうかはともかくとして、迎えには行くよ。女性だけで深夜の街を出歩くのは危ないし」
『お気遣いどーも。じゃー、駅前の噴水近くで合流というコトでお願いしまーす』
「あぁ、お仕事頑張って」
『ありがとーございます。では』
プツッ。
通話が途切れる音を聞いてから、自分はすぐさま鏡の前まで移動した。
それから急ぎで身支度を整えて、お店の終業時刻を見計らいながら部屋を後にしたものだ……。
――――――――――――――――――――
午前零時を過ぎた深夜の時間帯に、こうして東京の街を出歩くなんて思いもしなかった。
見慣れた昼の光景とは異なる、
しかし、さすがは東京。交通量は昼時と比べても全く見劣りしない。
噴水の前は、ガラの悪い高校生達がたむろしている。
これに「うわぁ……」と思った自分は、付近の植林に移動して彼女らを待ち始めた。
連絡を入れ、待つこと十分ほど経過した頃だろうか。
前方から歩いてくる二人の女性に気が付いた。
片方は、既に見慣れてしまったラミアであり、彼女の隣には煌びやかな雰囲気を放つギャルっぽい女の子がいる。
百六十五ほどの背丈で、長いまつ毛と勝気なオーラが華やかだ。
袖を持て余したシルエットの、ぶかぶかでダボダボに膨らんだ黒縁の紺色マウンテンパーカーが特徴的で、ショート丈の白色オフショルダートップス&ショート丈で黒色のキャミソールに、アイボリー色のワイドパンツと、サンダルのようなアイボリー色のヒールというファッションを身に纏っている。
へそ出しコーデな彼女の存在感は実に眩しく、夜の中でも自然に発光しているような明るい印象を覚えた。
直にも、隣にいるラミアがこちらへと指を差してくる。それに視線を合わせた彼女がこちらの姿を捉えると、発見した対象に小悪魔な笑みを浮かべながら駆け出してきた。
クラブピンク色の長髪をリボンのように後ろで結った、織姫のような髪型。ネイビー色の瞳をキラキラ輝かせる彼女は、接近と共にこちらを指差しながらハキハキとした声音で喋り出してくる。
「柏島歓喜君!」
「ど、どうも……」
「あはっ、バリバリの草食系じゃ~ん! ウケる~! あーそー、私のことは“メー”って呼んで! ただいま、彼氏絶賛募集中で~す! あ、メーって名前は源氏名だから、そこんとこよろ~!」
勝気に微笑んできたメーという女性。彼女は右手を目元に添えて、親指と人差し指、中指を立てたフレミングの法則のようなピースを行ってくる。
これまた、華やかで元気な子が来たな……。
勢いに押されて、思わず後ずさった自分。だが、メーという女性からも感じ取れた“面影”に違和感を抱いていくと、直にも自分は疑心の眼差しを向けつつ彼女に訊ね掛けてみた。
「あれ…………もしかして、“
恐る恐るといったこちらの様子に、メーは一瞬だけキョトンとしてから再び煌びやかに話し出してくる。
「ウソ!? なんで苗字知ってんの!? え、ヤバ、目を合わせただけで名前が分かる超能力者!? カンキ君って実は占い師だったりする!?」
「いやいや、それはさすがに……」
忘れるわけがない。彼女はラミアの幼馴染であり、自分にとっては“同級生”でもある存在だ。
クラスこそは一緒になったことがない。しかし、
席替えで隣にラミアが来た際にも、別のクラスからフラッとやってきた彼女が、俺の席や机に無断で腰を掛けたりしていたものだ。
活発的で悪戯好きな、可愛いけれど手が掛かる問題児。そんな認識がありながらも、田中さん&
雌羊さんの周囲には、いつも男子達が
……人気者だった彼女が今、目の前にいる。しかもゼロ距離で対面し、こうして会話まで交わしている。
「雌羊さんは、俺のこと覚えてない……?」
「カンキ君のこと? なんかあったっけ?」
「俺と雌羊さん、同じ小学校と中学校だったんだけど……」
「マ!? ヤバ、それって運命じゃん! チョーアガる~」
あ、この感じは覚えてなさそう。
切ないというにはあっさりとした、自分でも清々しく吹っ切れていたこの気持ち。
そんな心境の視線を送る中で、合流してきたラミアがメーへと喋り出してきた。
「で、どーです?? 一応、カンキさんは昔馴染みの同級生ですけど」
「それ今聞いた~。てか、なになに? カンキ君ってさ、ラミアの彼氏だったりすんの? だとしたら寝取りにならない? 大丈夫?」
えっ。
思わずラミアへと向いてしまう自分。
いや、まぁ。俺は構わないけど……? という視線を送るこちらに反して、ラミアは淡々とした調子で首を横に振ってきた。
「違います。たまたま再会しただけの元クラスメートです」
ガーン。
静かにフラれた自分が落ち込んでいく。
だが、返答を聞いたメーは微笑を浮かべるなり、獲物を捉えたかのような眼差しを向けながらこちらへすり寄ってきた。
「な~んだ、つまんないの。……ま、私はいいけどね~。むしろ、ラミアの男じゃないなら好都合って感じだし」
こちらの腕に絡みついてきたメー。ギャルな彼女はキラキラとしたオーラを醸し出し、上目遣いと共に抱き付きながらそれを口にした。
「私さ~、元カレにフラれて、今すっごく寂しい気持ちなんだよね~。だからさぁ~、カンキ君……このまま私と付き合っちゃう?」
「え?」
ニッ、と悪戯に笑んできたメー。
勝気に微笑む彼女は、愉快そうに眉間にシワを寄せながら言葉を続けてくる。
「な~んてね! あは、冗談だよ冗談! 本気にしちゃった? ならごめんね! あでもカンキ君が本気なら普通に付き合えるけど? どする? 今日から私のカレピッピ?」
「え、え~っと……」
メーから香るフェロモンが嗅覚をくすぐり、視覚に入るギャルな容貌が実に刺激的だ。
煌びやかな存在感は男の憧れとして映り、多くのオスが彼女の争奪戦を繰り広げたことだろう。メー本人も、その様子を眺めて楽しむ小悪魔なタイプをしていて、過去の印象としても誠実性に欠ける人物だなとは思っていた。
しかし、彼女と会話して初めて体感した。
一緒にいるだけで元気になれる華やかな彼女の存在は、悪魔的な魅力に満ち溢れていたことを……。
「カンキ君ってさ、ゲームとか漫画が好きなんでしょ?」
「まぁ、そうだね。ごめんね、陰キャみたいで」
「全然? むしろゲキヤバ大歓迎って感じ!」
「え?」
「私もゲームとか漫画好き! 何ならアニメもよく観るよ? 流行ものから昔懐かしいものまで、なんでもござれ~」
「もしかして、メーってオタク?」
「か~っ! やっぱわかる人には『解っちゃう』よねぇ~! てことで、ここでメー様のアピールタ~イム。一番好きなゲームジャンルは音ゲーで、次にアクションゲームでーす。FPSもしまーす。暴言吐きまくりだけど。あ! 最近は死にゲーのエルゼンリングやってま~」
「マジで? あれって女の人もプレイするんだ……」
「するする! 何なら、トロフィーコンプ前だけど?」
「しかもめっちゃやり込んでる!」
前のめりになってくっ付いてきたメーは、両腕を真っ直ぐ伸ばしながらこちらに寄り掛かってくる。それから、ぶかぶかなストリート系のシルエットに身を包んだ彼女は顔を覗き込ませると、次にも得意げな満面の笑みで応えてきた。
あー、ヤバいな……。なんか一気に親近感湧いたかも。
同じ趣味を持つ異性はポイント高い。あまりの破壊力でメーに揺らぎ始めていた自分へと、ラミアは平然とした面持ちで喋り掛けてきた。
「ソレで、この後どーします?? メーさんはゲーセンと居酒屋に寄りたいと仰っているんですけど、カンキさんもウチらと一緒にオールします??」
「え、俺も一緒に居ていいの?」
「イイですよ?? と言いますか、イイから誘ったんじゃないですか。ナンでしたら、本日のお出掛けは同窓会というコトにでもします??」
ラミアの提案に、メーが身を乗り出しながら反応を示してくる。
「うはっ、同窓会いいじゃん! ラミア、ナイスアイデア~」
「ハイ、決まりですねー。じゃー、居酒屋も控えているのでさっさとゲーセンに向かいますよー」
と言って、ラミアは踵を返すように歩き出した。
なんか、流れでWマドンナとオールすることになった。
返答の余裕すら与えられなかったが、自分としても悪い気はしないお誘いだった。
加えて、メーも勝気な表情で「ほらほら、カンキ君も行くよ~」と口にしながら、こちらを引っ張るように歩き出したものだ。
抱き抱えたこちらの腕を、自身の衣服や体に密着させたその状態で。