「ハーレムルートを目指しましょう、先生」 作:アキラゼミ
「ミカ様!何ですか今の音……キャアアアッ!?」
「先生がっ……先生がぁっ!ま、窓からっ、手榴弾が来て!そそっ、それで、先生がっ……」
「きゅっ、救護騎士団を呼んできます!!」
近くに居たと思われるトリニティの生徒が次々にミカの部屋を訪れては、それぞれ救護騎士団を呼ぶ為か、様々な方向に散っていく。中にはクスクスと笑う者も居たが、今のミカには彼女らを追いかける事などできず、先生に付きっきりで呼び掛けることしかできなかった。
「先生っ!先生っ、お願い目を開けて!先生っ!」
風に吹かれたのか、ミカの部屋が勝手にバタリと閉じる。どういう訳か、鍵まで閉まったのか外から開けられないようで、ドンドンと近くの者達が扉を叩いている音が耳に突き刺さる。
ミカは、救護騎士団の到着に備える為に、足元がフラつきながらも立ち上がり、扉を開けようと力の籠らない足で向かおうとするが……。
「────嗚呼、すまない、先生。駆け付けるのが少し遅くなってしまったようだ。すまない、預言の大天使よ。貴女の期待に、私は応えられなかった」
「……誰……?」
割れたガラス窓は開け放たれていて、そこには、燕尾服を着た、頭が2つの木のマネキンのような、奇妙な物体が居た。いつものミカなら、何も言わず拳をぶつけたか、発砲したであろう。
だが今は涙で視界が歪み、痛み、怒り、悲しみで脳内もクリアではなく、およそ彼女らしくない程にその場で「誰か」を尋ねることしかできなかった。
「私のことなど、どうでもいい。時は一刻を争う」
「ちょっ……先生に何するの!!」
「先生に触れるなッ!!」
「──ッ!」
先生を引っ張り自分の元に手繰り寄せようとするミカだったが、頭が2つの男────マエストロに一喝され、ビクリと肩を震わせて手を止める。
「先生がどういう状態なのか、見て分からないか?動かす事すらも、彼にトドメを刺しかねないのだ!誰もが貴女のように頑丈だと思ってもらいたくないものだな!!
「ち、ちが……そん、そんなつもりじゃな……だっ、だって、だって……!」
「黙りなさい!先生の命が掛かっているこの場面で先生の命を救おうとする私を止めるだと!?貴女はそれでも先生の
「わ……私…………うっ、うぐっ……うぅ……!」
「──泣くくらいなら見ているのだな。
「!!」
先生の足は吹き飛んでいた。右足は太ももの中間辺りで途切れていて、左足は膝から下が無い。襟を引かれたことで身体が空中で真一文字になり、足を手榴弾に向ける体勢になってしまったのが原因だ。
逆に言うならば、そのお陰で、背中や腹部、股や顔面などの重要部位に大した傷が付かずに済んだと言えなくもないが、敢えて、マエストロはそこには触れないでおいた。
そして、もし出血に耐えて生き延びたとしても、今後の生活はまず間違いなく両足に義足、もしくは車椅子が必須になるだろう。
しかし先生の死亡、または死の淵を彷徨う事が、あの「色彩」が接触してくる可能性が高い瞬間だとマエストロは黒服から聞いて知っていた。だから、今、この場ですぐに先生を万全な状態に回帰させる必要があった。
黒服の考察では、「色彩は純愛派」であるので、ハーレムなんか作っている先生の元になんか来ない可能性の方が圧倒的に高いのは間違いない。しかしそれでも0%とは言い切れない。だからこうして、可能性を0にする、0に近づける為にゲマトリアが動き出した。
「ッ、ダメだ。傷口に欠片が入り込み、中途半端に焼けてしまっている。『
「……っ」
「聖園ミカよ。今しばらく目を閉じていてもらえるだろうか。恐らく今から起こる事は、そなたには、耐え難い苦痛となろう」
「……大丈夫。先生を助けるのに必要なら……」
「……決して私を止めるなよ」
何処からか
「傷口が汚い為、再生させる事が叶わない。これは新たな傷口を作り、そこから再生させる為の措置。黙って見ていてもらえるな?」
「……うん」
「宜しい」
ただの刃物ではないらしく、骨すら関係ないかのように、ズドッと重い音と共に太ももを両断する。両足共に、破片が刺さり、傷口が焼けた所から先を切り落とした。
「よし。我ながら、綺麗な断面だな。後は、細胞を
「……」
「案ずるな。先生は、この世界の主人公だ。主人公無くして、物語は進行しない。物語とは、得てしてそういうもの。主人公を失った世界は、滅亡したも同然となる。そなたにも分かるだろう?」
「……うん。分かる。私にとって先生は…………大事な人で……王子様みたいな人……。でもあなたは先生の何なの……?どうして助けてくれるの?」
「私は何なのか、か。それは、私にも分からない。ただ1つ断言できる事があるとするなら、それは、今の私は先生を助ける為にここに居るということ。物語を進行させる主人公を蘇生させるライバルか。いいや、そんなに美しいものでもないのだろうな。普段の私は、先生の敵でもなく味方でもない中立の立場を選んでいる────が、今この瞬間に限り、完全に先生の『味方』となり、『助け』となろう」
「……」
「主人公は代替わりしない。あくまでも『先生』の物語だからだ。ならば私は、先生の物語をハッピーエンドに導く為の、舞台装置となるのみだ」
「…………」
「……そなたの懐疑心は分かっている。素性の知れぬ私に先生の命を預けるのを、今も尚、恐れているのだろう」
「!」
「私を信じろという、大それたセリフは言わない。しかし今は、黙って私のやる事を見ているのだな。それこそが、先生を救う近道となるのだから」
「だからさ……どうして先生を助けてくれるの?」
「友を助けるのに理由が必要かね?桐藤ナギサらに助けられた、そなたがそれを言うのか?」
「……先生の友達って、黒服さんの他に居たんだ」
「その黒服は私の同僚だ。いや同志と言うべきか。少なくとも愛すべき、慈しむべき『友』ではないが決して悪くはない関係だな」
マエストロはそう話しながらも、足の細胞に複製能力を絶え間なく掛け続けている。細胞単位、更に少しでもミスをすればまた切断したり削らなくてはならないような、危うさがある。
しかし、マエストロは、柄にもなく焦っていた。だから、敢えてミカと会話して気を紛らわせる事で程よく肩の力を抜くことができた。
結果────綺麗な断面から細胞を複製し続けたマエストロは、関節部を含めた足の成形にも成功、元通りの「足」が完成した。惜しむらくはスネ毛が元より少なく、ツルツルの肌になったことだろう。まるで脱毛後の足、乙女の足のようだ。
「……これにて一件落着、か。血液も、当然のように
「ううん、いいよ。部屋が先生の血で濡れたって、いいよ。先生が助かるのに必要な事だったんだし」
「……そうか。すまないが掃除は頼んだぞ」
「うん。……先生、いつ起きる?」
「さてな。麻酔を使用したワケではないから私にも分からない。恐らく、手榴弾炸裂の際の痛みによるショック性の気絶だと思うが。そうであれば我々が思っているより早く目が覚めるかもしれないな」
「……そっか。ありがとう、マネキンさん」
「……」
マエストロは溜め息をついて立ち上がり、悩み、疲れた者が空を見上げるかのように天井を仰いで、また、溜め息をついた。
「──先生。あなたは死なないぞ。私が、あなたのリスポーン装置になろう。たとえ、あなたの肉体が完全なまでに消し去られようとも。肉体を
「……」
「嗚呼、先生──あなたからの依頼を受けていて、良かった。本当に良かった。心から、そう思うよ。でなければ私は、『生身』への造詣を深められず、こうして先生の命を救う事など到底叶わなかった。そう、全ては因果で繋がっているのだ。どのような小さき事象でも、全て繋がっているのだな。恐らくこの世には、『無意味』な事など、決して、決してありはしないのだろう……!」
「……何それ、宗教か何か?」
「────時に、聖園ミカよ。どうもこの世界には
『Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.』といった言葉があるそうだな」
「それって──!」
「私は、そうは思わない。全てが虚しいだなんて、そのような暗い発想────それこそ、寂しくて、虚しいではないか。私は芸術家だからな、虚しいと思いながら作品を手掛けたりはしない。寧ろそれを否定したいとすら思う。まさに今、思い至ったよ。この世に『無意味』な事もまた存在しないのだと。ゴルコンダならば、私と違う結論に至るだろうか。しかし、やはり、先生────あなたと私は互いに高め合える存在なのだ。今回の件で、確信できた。私の目に狂いは微塵も無かった……と」
踵を返すと、ガラスが割れ、全開に開け放たれた窓へ向かい、窓枠に手をかける。何やら屋外の方は騒がしく、何か、騒ぎが起きているようだ。
「先生は、じきに目覚める。安心するといい」
「帰るの?」
「用事があるのでね」
背中を向けたまま窓から飛び降りる。ミカは彼が窓から落ちてどうなったのか気になったが、そんな小さな事は、どうでもよかった。今はただ、苦痛を忘れてスゥスゥと寝息を立てている先生を、赤黒い血溜まりの中で、小鳥のような、美しく響く声で、しかし囁くように静かに「
◆
「────こうして顔を合わせるのは初めてだな。預言の大天使、百合園セイア」
「まさか……お前、ゲマトリアか……!!」
「私の事は『マエストロ』と呼んでくれ。それが、今の私の名であり、記号である」
テラスで1人きりで紅茶を嗜むセイア。普段ならナギサの姿もあろうに、どういうワケか、今だけはセイア1人きりであった。
まるで、ナギサには会わせられないようなお客がここに訪れるのを、分かっていたかのように……。
「警戒する事など無い。礼────そしてお詫びをする為に来たのだ」
「何だと…………?」
「忘れたとは言うまい。そなたが、我が同胞であるゴルコンダに、夢現の狭間で接触し、此度の事件の概要を彼に伝えたのだろう?」
「……さて、どうだったかな」
失いつつある能力。いや、殆ど失ったようなものである。今回それが叶ったのは「色彩」襲来の際のような「勘」ではなく、間違いなくあの頃のような詳細な予知夢によるものであった。
しかし、相変わらず制御はできなかった。そこでセイアが干渉を図ったのが、絵画の中に居るらしいゴルコンダであった。絞りカスのような能力を駆使しながら、彼に、この件について伝えたのだった。
「まぁいい。『先生は無事だ』────それを
「!」
「エデン条約の際には、かつての同胞が失礼した。深くお詫び申し上げる。彼女の事は、厳密に罰し、我らがゲマトリアから永劫、追放させて頂いたよ。元から、先生を消そうと考えたりなどと、我々とはあまり反りが合わなかったのもあるがね」
「……」
「今回、我々ゲマトリアに救援を求めたのは──、やはり『先生』のお陰なのか?」
「──そうだとも。ゲマトリアが『敵』というのは私と先生の中では共通の認識だった。その先生が、君らゲマトリアと敵対するのをやめる、と私に宣言したときは、大いに驚いたものだがね。しかし話を聞けば納得するしかなかったからね。そんな所だ。一先ず先生が無事ならばよかったよ。私にとっても彼は大事な人なものでね。失う可能性があるなら、守れる可能性があるのなら、喩え嘗ての敵だろうと頼りたくなるのさ。私より『力』があるからね」
「それについては──本当にすまなかった。先生を
『回復』はさせられたが、未然には防げなかった」
「構わない。もしかすると、元からそのような未来だったのかもしれない──いや間違いなくそうだ。だから、助かったのなら、それでいい。ところで、どこの誰が
「?……何の話だ?」
「え?その、ゴルコンダ、とやらに伝えたはずだ。先生を襲う脅威は
「────待て。確かにそれは聞いた。だがそれは私の
「…………………………」
「何て事だ……先生ッ!!」
◆
今から少し前──トリニティ内の某所にて。
「うへ〜、相変わらずトリニティは広いや〜」
カールした可愛らしいアホ毛を揺らして、1人の生徒がトリニティに立ち寄っていた。アビドスから来訪したその生徒は、何か特別な理由があってこのトリニティに来たワケではない。トリニティの中央図書館に用事があったのだ。
ここにある中央図書館はキヴォトス全体で見ても最大規模の図書館であるとさえ言われている程で、それこそD.U.の図書館より頼りになるくらいだ。
久しぶりにトリニティに訪れたその生徒────小鳥遊ホシノは、フラフラ歩きつつ、ものはついでだからと、学校見学をする事にした。
トリニティと言えばお嬢様学校だ。アビドスにも十六夜ノノミというお嬢様が在籍しているが、このトリニティは殆どがお嬢様。まさに、規模が違う。
「見ました?また『先生』が魔女と一緒に……」
「ええ見ましたわ。全く、『シャーレの先生』も堕ちたものです」
「元からかもしれませんがね」
「確かにそうかもしれませんわ」
「後で石でも投げ込んでみませんこと?」
「ふふ、名案ですわね。どうせあの女の所に居るのでしょう?」
「ま、どうせあの女が守るでしょうがね」
「部屋に傷でもつけられれば、甘い時間に終止符を打てますわよ」
「あらやだ、名案ですわ♡」
(……陰湿さも相変わらずだぁ……)
トリニティの生徒達の会話から、先生も偶然このトリニティ来ていると知り、ホシノは、顔だけでも見て行こうかなと、図書館に行く前に、軽く先生を探してみることにした。
トリニティの彼女と言えば、婚約者の聖園ミカを指しているのだろうと勘づいたホシノ。既に彼女は寮暮らしを始めていると先生から聞いていたので、向かうべきは寮だな、とおおよその方向を定めて、再び歩き出す。しかし……。
「ん〜。やっぱりやめとこうかなぁ」
寮に居るのなら、顔を見る事すら難しいだろう。ましてや恋人同士の時間を邪魔する権利など無い。ホシノは先生の顔を見たいという思いを心の奥へと押し込んで、溜め息をついて、中央図書館に向かい始めた。
しかし、その瞬間────とある建物の一角で、手榴弾が炸裂したような音が聞こえてきた。しかも割とすぐ近くだ。風に乗って、否、風に乗らずとも現場の声が聞こえてくる。
「何ですか今の音はっ!?」
「キャアアアアッ!!」
「キャハハハハッ!」
「先生っ!先生ぇぇえっ!!」
「救護騎士団を!早く!!」
「何があったの!?」
「誰かがミカ様の部屋に手榴弾を投げたみたいで、一緒に居た先生が重症だって……!」
「まだミカ様へのデモなんかやってるおバカが!?いや待って、先生って、それは────」
ホシノは、視界が揺らいだような感覚に陥った。
誰が、どうなったって?誰が何をされて?誰が?誰が何を食らって、どうなった?────先生が?
考えるより早く、ホシノは黒煙の上がる寮らしい建物の窓の下に来ていた。ガラスの破片や、窓枠の破片などが散乱している。
周囲はトリニティの生徒達が多い。救護騎士団を呼びに行く者や、何もせず見上げる者……そして。
「あーあっ、先生に当たっちゃったんですのね」
「でもま、いいんじゃありません?魔女の下僕などこの世に不要ですわよ」
「ふふ、違いありませんわ」
「アハハハハ!」
「ふふふふふ……!」
そんな会話をしながら現場を去ろうとする生徒がおよそ2人。さっき会話していた生徒達とは違う。ホシノは理性が飛びそうな、獰猛な、自分が自分でなくなるような、イヤな感覚に襲われながら、牙を剥き出しにして愛銃のショットガンを構えて2人に突撃した。
「うあああああああっ!!お前がっ!お前らが!!先生にッ!!何をしたってッ!?何してんのっ!?ねぇ!ねぇっ!先生が死んだら!!どうするの!?どうしてくれるのッ!?」
「な、なんですのあなた!?」
「きょっ、狂人ですわ!誰か!誰かぁ!!」
「はああぁぁあああっ!!」
ドンッ!ドンッ!
「ぎッ……い、痛いッ……」
「誰か、た、助け……」
ドンッ!ドンッ!
「ッ!?救護騎士団だ!止まれ!何をしてる!」
「他校の生徒か?校章を見せろ!!」
「〜〜〜〜〜ッ……うるさいな…………人間1人守れやしないクセにこういう時ばかり出張るの?」
「何ッ!?」
「後から来たって、遅いんだよね。これは、私にも言える事だけど。────取り返しのつかない事が起きても、それでも『後から』来るの?」
流れるような身のこなし。まさに、タンクの動きではない身のこなしで、歯向かってくる者達を尽く力で強制的に捻じ伏せていく。
1人、2人、3人────6人、9人。まだまだ戦闘は終わらない。しかし、燃え上がるように熱く血が昇っていた頭も、こうやって戦闘を経る毎に、少しずつ確かに冷えて、冷静になってきた。
あんなに叫ぶなんて「らしくなかった」と思わず自分で苦笑いしてしまうくらいに、彼女は冷静さを取り戻せていた。
やがて野次馬も消え失せて、寄せてくる「敵」を倒し尽くす。ホシノは肩で息をしながら、壁や窓枠などの突起に足を掛けて、壁を昇る。するとたった数回のジャンプでミカの部屋に到達し……。
「〜♪」
「先、生ェ……!」
失血死さえ疑われるような血溜まりの中で、眠る先生を膝枕しつつ「
「……え、誰────」
ミカがホシノの侵入に気付き、顔を向けたとき。既にそこには彼女の姿は無かった。先程、ホシノの戦闘中にマエストロが出て行ったばかりの窓際からミカの背後まで、一息で跳躍して距離を詰めると、先生の身体をガッシリ掴み、一気に距離をとる。
膝枕していると思っていたミカは、先生の身柄が奪われたと気付くと、フラリと立ち上がりながら、一歩一歩、ホシノに詰め寄る。
「ねぇ……あなた、何してるの?」
「こっちのセリフだよ。血塗れのまま、膝枕なんかしちゃって。しかも、呑気にお歌なんか歌ってさ。これだから世間知らずのお嬢様は困るね」
「これは──」
「手榴弾が投げられたって?これ、先生の血の匂いだよね。どうして血を流した先生が無傷なのかは、知らないけど。ズボンが太ももから消し飛んでるしきっと足が吹き飛んだんだろうね」
「!」
「────どうして足が生えてるとか、そういう、細かい事はいいや。良かった、先生が生きていて。一先ず、先生の身柄は私が保護する。じゃあね」
「待ってよ、急に来て何……」
ジャカッとショットガンを向ける。先生の身体を抱えているので身重だろうが、それでも十分に戦闘可能──ミカでさえそう思えてしまう程に、彼女の気迫は、闘志は本物だった。
「キャンキャンとうるさいな。あんた程の実力者がそばに居て、どうして先生はこんな目に遭った?」
「ッ」
「私がそばに居たなら、絶対、先生にはこんな血は流させないのに。──先生も、なんでこんなヤツを
『婚約者』なんかに選んだんだろうね」
「……ッ!!」
侮蔑するような、ゴミでも見るような冷たい目を向ける。そこには、自分が選ばれなかった悲しみ、選ばれた者の不甲斐なさへの苛立ち──それ以上にやるせなさなどが含まれていた。
「先生を守れもしないクセに。私達より弱い先生が過ごすこれからの人生で先生の隣に立とうとなんて思うな!!守れないヤツに、その資格は無い!!」
「────……」
ミカは、彼女へ向けていた手を力無く降ろした。もう、返す言葉も無い。部屋の外では相変わらず、救護騎士団を連れてきたらしい生徒がドンドン扉を叩いているが、そんな雑音すら耳に入らない程に、2人の間に流れる空気は凍りついていた。
「先生の事はこのまま連れ帰る。文句無いよね」
「………………うん」
「文句なんか言われても問答無用だけどね」
フンッ、と鼻を鳴らしたホシノは先生をおぶり、再び窓へ向かい飛び降り、そのまま、中央図書館へ向かう用事すら放棄して、帰路に着いた。
◆
数時間後────アビドスに向かう電車内にて。薄らぼんやりした意識から「私」は目を覚ました。
「……おっ。起きたね、先生。おはよぉ♪」
「────ホシノ?」
「うん、おじさんだよ〜。トリニティに行ったら、大騒ぎになっててさ?色々と大変そうだったから、おじさんが先生のお迎えに行っちゃったよ〜」
「大騒ぎ?……そうだミカは!?確か手榴弾が部屋に投げ込まれて、それでッ!!」
ホシノは先生にも分からないほど静かに、そして僅かに目を伏せた。起きて最初に訊く事がそれか、婚約者の事なのか、と。
──「どうしてホシノがトリニティに?」そんな問いが来るかな、と密かに期待していたホシノは、ほんのちょっぴり、胸に刺さるものがあった。
「うん、知ってる。大丈夫、先生が守ったんだよ。婚約者さんは無事だよ。ただね、部屋に手榴弾とかちょっとヤバ〜い問題が起きちゃったから、暫くは問題解決に至るまで、忙しくなりそうだってさ〜」
嘘である。厳密には「そうなる」が、現場からは即座に撤退したホシノが、これから起こるであろう問題、トリニティの内情を知るはずがない。しかし目覚めたばかりの私がそれに気付けるはずも無し。
「そ……っか……」
「幾ら日用品とはいえ、明確な攻撃の意思があって投げ込まれちゃ、問題にもなるよねぇ。料理に使う包丁で、人を刺しちゃいけないのと同じだよ」
思えば、手榴弾が日用品ってヤバイな
あれ?カヤ、実は割とまともだったのでは?いやそれは今更だ。やり方が間違えていただけで彼女がやろうとしていた「危険の排除」そのものは正解、それは分かってた事じゃないか。
「ところで私のこの足は……」
「うん?あぁ、スネ毛、綺麗に消えてるんだねぇ。まるで女の子の足だよ。スベスベしてそうだから、触ってみてもい〜い?」
「いいけど……」
「うへへ、あったかぁい♪」
ズボンの布が、焼けたように、途中から無造作にちぎれている。右足は太ももの真ん中より少し上、左足は膝より少し上の辺りで途切れている。一体、私の身に何があった……?
「──先生の事は、おじさんが守るからね。だから心配しないでね。そばにいる内は先生に怪我なんかさせないからね」
「……ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」
「んーん、十分じゃないんだなぁ。あのね、先生?気持ちでどうにかなるなら……苦労はしないよ〜」
ホシノ、どうしたんだろうか。焦り?何やら、いつもの緩い口調の中にも少しだけ違和感がある。やたらベッタリしてくるのは、2人きりだからか?
アビドスに向かう電車の中は、スカスカ過ぎて、痴漢プレイというよりも、普通にガッツリセックスできるのがもはや笑うしかないんだよね。この前もシロコと車内セックスしたし、このままホシノともヤッても────って何考えてんだ私、落ち着け。
「……んぅ?先生、スマホ鳴ってるよ?」
「ン」
これは……。
◆
その日の晩、アビドス高校の校門前にて──。
「やぁマエストロ。わざわざアビドスまで出向いてくれてありがとう。こんな夜中にごめんね」
「構わない。それより久しぶりだな。こうして顔を合わせて話すのは先日の進捗報告以来か。一先ず、先生がお元気そうで何よりだ」
「お陰様で。今日の事件について、電話で、ミカに聞いたよ。……マエストロが助けてくれたんだね」
まさか、セイアがゲマトリアに接触してこの事を伝え、対処しようとしていたなんて思わなかった。ミカにも伝えて、部屋デートにしたが、残念ながら私が大怪我をする未来自体は変わらなかった、と。
「なに、気にする事はない。先生は私の顧客であり理解者であり、友なのだ。友を助けるのに、何か、高尚な理由が必要なのかね?」
「……ありがとう。何か、お礼させてくれない?」
「ふむ。私としては無償でも良いのだが……?」
「そうはいかないよ。命の恩人なんだから」
そう言うと、ギギギギと全身を軋ませて震える。マエストロも黒服のように表情変化が分からないが笑っていそうに思える。
「先生ならそう言うと思っていた。────よし、では、こうしようか。────『ゲマトリア』に、加入してはくれないか?」
「ッ……!」
「あぁ、勿論、シャーレの先生は継続してもらって構わない。兼任という形でどうだろう。我々と共に先生の追求したい事柄を、事象を!追い求めよう!命が燃え尽きるその瞬間まで!」
「………………」
「命と肩書き、どちらが重要なのだ?さぁ、先生。ゲマトリアに加入するか?加入すると言え……!」
「……」
「恩義には報いるものだぞ?先生。それは分かると思うが、どうだろうか?」
「……うん。分かるよ」
「ならばゲマトリアに……!」
「────そう、か。いや、すまない先生。少し、意地悪を言ってしまった。先生を救えたことで少々浮かれてしまっていた。すまなかった」
「……私の方こそごめん。助けてくれたのに……」
「いや。今ここで解答を求める方がナンセンスだ。熱に浮かされた子供の如き浮ついた発想だったよ。今の話は無かったことにしてくれ」
「……」
「だが、我々はいつも先生を待っている。いつでも歓迎しよう。それだけはお伝えしておく」
「……うん。ありがとうね」
「まぁ、加入せずとも名誉顧問のような形式で協力してくれるだけでも、十分に嬉しいのだがな……」
「名誉顧問ってそれ、部活か何か?それとも大学で言うところの名誉教授みたいなもの??」
「『集まって活動する』という意味ならば、あまり部活と変わらないのかもしれないな。尤も、殆どは個々人で動くのだがね」
「えぇ……」
「──そのような冗談は置いといてだ。名誉顧問の話、考えてくれるだけでも嬉しいのだが……」
「……うーん……」
「今までと何ら変わりやしないさ。ただ、我々から先生へ、今よりもっと積極的に関わりたいだけだ。その『名誉顧問』の肩書きは、『我々から先生への干渉を許す』という意思表示──そう、喩えるならパスポートのようなものと思って頂いて構わない」
「パスポート……」
「先生にとっては、何も変わりやしない。我々から先生への認識が、ほんの少し、より前向きなものに変わるだけなのだ。先生風に言えば『自己満足』に近いかもしれないな。これは、ゲマトリアによる、自己満足の為の提案だ。先生にとっては、損も得も有りはしない。だが有り体に言うなら、加入特典も用意したいと考えていてね」
「通信講座か何か???」
「聞いて驚かないでほしい。──この私の『
「!!???!?」
「なんて事はないさ。かつて、ベアトリーチェにも同様に力を貸した事がある。どうだ?生徒の弾薬は勿論、先生にとっては必要なもの──コンドームやローション、媚薬や精力剤なども、効果を損なわず無数に複製が可能になる。お金はダメだぞ」
「お、おぉ……!」
「通信講座とは違い、私からのこの『特典』は期間限定ではないから、どうかゆっくり考えてほしい。繰り返しになるが、我々から先生への認識がほんの少し前向きなものになる────ただそれだけだ。だから次回、こうして
「………………わかった。考えておくよ」
「──よろしい。それではな、先生。あぁそれと、ヒエロニムスは、もう暫くお待ち頂きたい。少々、調整が難しくて苦心しているのだ」
「調整?」
「乳首の色だ」
そう言い残したマエストロは、ギッ、ギッと木の身体を鳴らして、どこかへ立ち去って行った。
次回────「ワガママフォックスですまない」
この世界では救護騎士団のモブも居るってことで。
スケジュールに「かつて本部として使われていた」建物があるってことは、最盛期は今より人員が居たことが伺える。だけどトリニティ程の規模だと今も多かれ少なかれモブ救護騎士団員は居るよね、と。
ホシノ、じゃなくて暁のホルスの八つ当たりの的になってもらった。ホルスと救護騎士団、ごめんね。
4.5th PVの過去おじ?の表情を見るに、なんか割と声出しそうに見えた。叫ぶ姿も可愛いね。
欲望の坩堝となりつつある素敵なお題箱はこちら。
https://odaibako.net/u/Akirazemi
「あなた」の選択が先生の運命を決めます。ゲマトリアの名誉顧問に────。
-
なる
-
ならない