「永遠」って何だか、甘美な響きだとは思わないかい? 敬虔な数学徒達に、「永遠」って言ったら色々とお小言を貰いそうだけれど。僕は少なくとも、「永遠」というものに憧れているね。
少しひんやりとした部屋に、男が一人。椅子の上に座って、独り言を呟いていた。何かに語りかけるように。
ところで、急に話が変わるけれど。この雑多な世の中で、「唯一無二」に素晴らしいモノを挙げろと言われたら、キミは答えることができるかい? それは……、シェイクスピアが書く戯曲だろうか。それとも、遺した言葉? はたまた、子猫ちゃん達の喜ぶ姿? いや、バンドメンバーと一緒に世界へ与える笑顔かな? ……僕には到底、理解できないなぁ。……あぁ、僕はね、あるよ。「唯一無二」のモノ。それは、瀬田薫。そう、キミのことだよ。
自分の出した問いを、自分で否定していく。両手を広げ、呆れた顔で、やれやれというように首を横に振る。海外ドラマの役者しかしなさそうな大仰な動きだった。そもそも彼は、相手の反応など待っていないようだ。
瀬田薫。キミを初めて見たのはどこだっただろうね。どこか舞台の上だったか……。それともハロハピのライブだったか……。そんなことはどうでもいいね。とにかく、ひと目キミを見た時、この子は「唯一無二」だ。そう思ったんだ。その美貌、言動、精神性。全てに惹き込まれたよ。そこからの僕は、もうキミに一直線さ。気がついたらキミのことを四六時中調べ回っていたね。通っている学校、部活、バンド活動、交友関係、行動パターン、趣味嗜好は一通り網羅したね。あぁ! あと、どうにかしてスリーサイズも調べようとしたなぁ。アハハ! 流石に、直接接触せずにスリーサイズを調べようとしたのは無謀だったね。……あぁ。でも、一つ苦労したのは……、えーと、あの金髪の子は何ていったかな……。うーん。……まぁ、キミ以外の有象無象の名前なんてまぁいいか。その金髪の子のお付き……黒服とか呼ばれてたかな。あのエージェント集団がとてつもなく面倒だった……。キミが金髪の子と一緒にいる時はいつもどこかにいて、尾行するのはとても難儀だったなぁ。しかも、キミを調べ回っていることに気づいたのか、キミにも個別で黒服が付いていたこともあったっけ……。でも、キミのことを知るためだ。そんな困難もいいスパイスみたいなモノだったよ。継続は力なりってね。おかげで、僕はキミがよく利用するライブハウスにバイトとして入って、キミに接触できた……!
男は、これ以上に無く上機嫌で、どんどん饒舌になっていく。声の大きさは、独り言とは思えないほどに大きく、それに身体の動きも付いている。まるで一人芝居をしているようだ。
おっと、興奮し過ぎてしまったね。失礼。……あぁ、キミとの思い出は、昨日のことのように思い出されるよ。接触した直後は、黒服が警戒していて面倒だったなぁ。あと、あのクマ。んーと。ミッチェル? あれっ、エッフェルだったかな? ……どうでもいいな。そう、あのクマの中身にも怪しまれていたね。会う度に疑うような目をしていた。あれも鬱陶しい限りだったね。僕はただ、キミの熱狂的なファンというだけなのに……。まぁ僕は、あんな奴らは無視して、キミにひたすら接触し続けたのだけど。平日はできるだけバイトに入って、キミがライブハウスに来ればそこで話しかけた。休日は偶然を装って会いに行った。キミが出る舞台があると聞けば見に行った。バンドのライブにも行った。最初は、キミの友達という立ち位置で充分だった。でも、僕はそれ以上を望む様になっていた。キミを、僕のものにしたいと思った。キミの……全てを。
男はそこで間を置くように、一旦口を噤んだ。男は立ち上がって横にある台を見下ろす。その顔に、恍惚とした笑みを浮かべて。
僕は、キミに告白した。もちろん、受け入れて貰えるという確信を持って。告白した時のキミの顔は……、あぁ、あの美しさは言葉にならないな! 顔も、耳も真っ赤にして、目の潤んでいたキミの唇を思わず奪ってしまった。一瞬、身体を硬直させたキミも、すぐに身体を僕に委ねてくれた。それがあまりに愛おしくて。この時間が永遠になったら良いのになんて思ったよ。呼吸が苦しくなってくるから、そういう訳にもいかなかったけれど。でも、お互いの唇が離れて、僕がキミの顔を見たら、目はトロンと溶けていて、口を開けてハァハァと呼吸を乱しているものだから、理性が飛びそうになったよ。
男の目の前にある横長の台に、何か大きなものが乗っている。被せられた白い布から浮き上がるシルエットは、人型だった。男は布の端を持ち上げ、その顔を明らかにする。
フフッ。キミは綺麗だ……。「唯一無二」に素晴らしいよ。
台の上に寝かされている薫の顔は、白い。まるで、磁器のようだ。おおよそ、生きている人間とは思えない、異様な白さだった。
舞台上で演じるキミ。子猫ちゃんへのファンサをするキミ。「儚い……」の一言で、あらゆる感情を表すキミ。「かおちゃん」と呼ばれると恥ずかしがるキミ。高い所が苦手なキミ。生魚が心底嫌いなキミ。こういうところは、僕以外も知っているだろう?
でも僕は違う。疲れた時のキミがベタベタ甘えてくることを知っているし、僕がキミを置いて、他の女の子と話していると後で拗ねることも知っている。シたい時、キミはしっかり求めてくるし、キミの舌は意外と長くて、口でスるのが上手い。僕が突けば、普段のキミからは考えられないような矯声で鳴いてくれるし、キミがイク寸前に突くのを止めてあげれば、切ない顔に甘い声で続きを求めてくる。皆の王子様があられもない姿を晒しているのは快感だったなぁ! こういうところは、僕しか知らないだろう?
僕は、キミと過ごす日々の中で思ったんだ。
「キミを誰にも知られないまま、僕のモノにしてしまいたい……」
キミは、色んな人の注目を集めてしまうからね。僕は心配になったんだ。僕はどうしたものか、必死に考えたよ。……そうして僕は閃いたんだ。
―キミを「永遠」にしてしまえばいいじゃないかって!
男は薫の頬に手を添え、顔を薫に近づけ、囁くように言葉を紡ぐ。
キミを
「キミをずうっと、僕のそばで飾っておきたいな」
前々から、こう言っていたはずだったのに!
思いついたら、いてもたってもいられなくて、学校も休んで、寝る間も惜しんでエンバーミングの準備をしたよ。キミを「永遠」にするために。キミを拘束して薬剤投与で苦しみ無く逝かせてあげた。防腐処理を完璧にされたキミはこうして僕のそばにいる。僕と一緒になれて嬉しいだろう?
でも、そのはずなのに。キミの顔は何故か苦しみに歪んでいて……。わからない。わからないよ。薫。……幸いにも、キミは「永遠」になった。時間はたくさんある。キミの顔を苦しみに歪ませた理由は、ゆっくり解き明かしていこう。
あぁ愛おしいよ。薫。これで、僕とキミはずうっと一緒だよ。
最低限の光量に抑えられた霊安室に、男の嗤い声がこだました。