「お嬢様。また新鮮なものを収穫出来たので
今日はそれをこしらえました」
「それはとっても楽しみね」
錆色の世界の最果てに在る、屋敷の中――。
その空間は何もかもが白く、酷く現実感の乏しい食堂。
フロストヘルムは一切の物音すら立てない、
優雅な振る舞いでクローシュを上げた。
「ドラゴンとオオカミのザーメンをメランジェした
ホワイトテリーヌで御座います」
「――綺麗。まるで雪の結晶のよう」
とても食べ物――それも、雄臭い獣人から
搾り取った精液から作ったものとは思えない程の造形に、
艷やかな溜め息を零す霧氷の乙女。
水晶の如く、純白の輝きを見せるホワイトテリーヌは、
白で統一されているにも関わらず、その濃さの強弱が網目模様の
コントラストで表現されており、
その上をオレンジ色のソースが虹のように架かって、
一つの芸術作品のように皿の上で煌めいていた。
「鶏肉と野菜も少し濃い粘りのあるムース状にして成形し、
それぞれの特徴である精液らしさを損なわないよう、
味だけでなく色や香りにも注視しながら調理致しました」
「ありがとう。私だけの素敵なコックさん」
「恐縮です」
耳を立てなければ聴こえない、小鳥の囀りのような小さい食事の音。
この世界でたった一つだけ響く音。
「美味しい――。咽るようなオス臭いオオカミさんのザーメンと……
透き通るような舌触りと後味、絡みつくようでいて、
舌の上を駆け抜けていくドラゴンさんのザーメンが見事に調和しているわ……」
「光栄です。腕を振るった甲斐がありました」
いつもと同じようにトーションを抱え、静かなる氷狼の佇まいは彫刻のよう。
二人が幾星霜の刻を繰り返したのか、本人達ですら分からない。
だが、今日は何かが違っていた。
「ルナリス様。あの一行は創造崩壊した区域に立ち入っております。
如何いたしましょうか?」
「……特に何も? お好きにどうぞ。
目を通して観察出来ないのが残念だけれど……。
でも、あんな所で遊んで何が楽しいのかしら。
危ないだけなのに」
「…………」
氷狼の顔には曇りが見える。
今まで、ここまで侵入してきた者は誰一人として居なかった。
狂った世界に絶望するか、霧氷の乙女の何気ない戯れで堕ちるか。
もしくは狂人となり、哀れな錆色の世界の住人の一人になったのだろう。
その全てが瞬きする暇もなく、抗う事を止めた。
だが、今回の闖入者は抵抗し続け、崩壊区域の探索すら試みている。
「そろそろ、全て収穫するなり、堕とすなりしておいた方が宜しいかと」
「あら、どうして? 最後に舞台に上がったヒトなんて、
もう顔も覚えてないくらい、遠い昔の事よ。
それなら、もっと楽しみましょう。
貴方もヒトとお話するのは好きでしょう?」
「お言葉ですが、過去の来訪者達と比べて、彼らは些か肉体、精神共に強靭です。
これ以上干渉致しましたら、あの御方にどんな影響が出るか……」
「――フロストヘルム」
食事の音が止まり、静寂だけが空間を支配する。
凍りついた月下美人の園を駆け回り、
雪を踏み鳴らす時間の兎の足音さえも聴こえる。
「どんなに強く繋ぎ止めた永い月夜でも、いずれ灯火は昇る。
箱庭のシャーレも、その役割を終えるわ」
「…………」
「それならば、最後は素敵で華やかな舞踏会にしましょう?
肉の棺で花と共に眠るなんて、私には似合わないわ」
「……畏まりました」
その名前の如く、無表情のまま傍に仕え続ける氷狼。
しかし、その瞳の奥には静かなる蒼炎が燻っていた――。