その危険性から一度、引き返す事を考えたユランだが――。
「……にーさん。あーし達は大丈夫っす。
このまま行きましょう」
「大丈夫じゃネェェェヨォォォッ!! なんで……なんでこんな所に
アイツが居るんだよォォ……!! アイツは確かに……」
「じゃあ、ハナさんはこの世界から脱出出来る方法を知ってるっすか?」
「そ、それはァ……」
「なら、腹括るっすぅぅぅッ!!! 同じ
いつまでもあーし達……にーさんのお荷物でいいんすか!?」
「いっ、ぎゅぅッ!! んオォッ!! 首……いや、茎をガクガクすんナァァァッッ!!
というか、ティエルのネーチャンはトカゲだろォォォ!?」
ティエルは喝を入れようとしているのか、
ハナさんの首らしき部分を揺さぶると
顔は凄まじい勢いで前後に揺らされ、
その激しさに目を白黒とさせていた。
オレはまだ悩んでいる。
ティエルはそのように言ってくれているが、
死の境目を彷徨うような激戦区のような場所に、
戦う術を持たない彼らを連れて行っていいのだろうか。
これから、肉天馬や得体の知れない飛行生物のように、
もっと恐ろしい怪物が出てくるかもしれない。
オレはその時、二人を守りきる事が出来るのだろうか――。
「ワ、ワカッタ……! ワカッタから!! 燃えてル家だろうが、
連れて行ッテクレヤァァアァァァアァァ~~~~!!!」
「とは言ってもな……やはり、一度
ヴェラクトーレの所へ二人を預けて……」
「ンアァ!? こちらとラ腹ァ決まッタんだよォォッ!!
今更、尻尾巻いて帰りやがったラ……」
「帰りやがったら……?」
「ハナ汁プシュゥゥゥッ!!!」
「うぐあぁッ!? 貴様ァァッ!?」
ハナさんは鼻水や涙、花の蜜が混じった
珍妙奇天烈お下劣な体液を吹きかけてくる。
甘い蜜の香りの中に体液特有の生臭さもあり、
信じられないくらいの気色悪さに急いで顔を拭う。
「クソ……! こんな時にふざけている場合か……!
さっきまであんなに行きたくないと言っていただろう!」
「ティエルのネーチャンが覚悟決めてんノニ
俺ダケカッコ悪ぃ格好出来るかよォォォ!!!」
言っている事とテンションが先程と180度変わっており、
彼の背後には燃ゆる炎が揺らめいているようだ。
つくづく忙しい男だ。
その目まぐるしく変わる気分と態度に
こっちまで疲れてくる。
だが、オレはその言葉の中に、
ティエルにもあった感情を感じていた。
無力感――。
「分かった。状況が状況だ。オレも全力で守るが、
誰がいつ、命を落としてもおかしくない。
覚悟だけは決めておいてくれ」
「「…………」」
二人は神妙な顔で頷き、こちらを決意を秘めた瞳で見上げる。
これなら大丈夫そうだ。オレも彼らの強き意思に応えよう。
「よし……」
改めて準備を整えて立ち上がる。
迷う事など何も無い。
あの廃城まで、全力で二人を守りながら疾走する。
それだけだ。
思考を切り替えろ。
機械になれ。
目的を遂行するだけのただの――。
「しかし、いつ攻撃が来るか身構えてはいたが……
全く次の攻撃が来る気配は無いな……彼らは
目視出来なければ襲って来ないのか……?」
「
他ノ界獣もヤル奴が居るらしいガ、ハウリングソナーっつッテ、
フツーの生物じゃ出せネェようなバカデケェ声を出して、
その音の反響デ、地形や敵の距離を知ルんだとヨ」
「しかし、あの小さな奴らは叫んでいるようには見えなかったが……」
「ソレガ
ヒトの耳には聴こえネェ周波数の声で叫ブんダ。
目に頼れねェ分、他ノ界獣とはその精度が段違いでヨ。
近くでようやく聴こえる程度なんダ。
霧笛ノ音が聴こえた時には死んだと思えって言われてたナ」
ようするに、蝙蝠などが複雑な洞窟内で岩や壁にぶつかる事無く、
自由に飛び回れるのと同じ原理だ。違うのは規模だけだ。
どれほどの所まで感知出来るのかは分からないが、
どうやら、遮蔽物に遮られればその精度は落ちるらしい。
恐らく、今オレ達が襲われていないのはそれが理由だろう。
もっとも、彼らが飛び回っている時計塔から、
大分離れたお陰なのかも知れないが――。
「ふむ……原理さえ分かれば、どうにかなりそうだな」
「どーするんすか……?」
「こう――するんだ……!」
散らばっている廃屋の残骸――その中でも大きめの石片を抱えると、
反対側に建っている廃屋目掛け、力一杯放り投げた。
すると、まるで積み木の家を崩すが如く、
勢いよく崩れていき、耳を抑えたくなるような
凄まじい音が響き渡る。
「…………!」
それと同時に、オレ達は反対側へ勢いよく飛び出し、
先程襲撃を受けた所とは別の石畳の上を駆け出した。
そして、先程と同じように異型のスナイパーが、
生ある者を否定するが如く、一つの黒い線となって迫る。
だが、それはオレ達の方ではなく、瓦礫を放り投げて
破壊した朽ちた家に突撃していった。
「わっ……家が木っ端微塵に……」
「あッタマいいなァ!! より大きい音と崩壊する時の衝撃や振動デ
ハウリングソナーを逆手に取ったってワケカ!」
「ハナさんからの情報が無ければ思いつけなかった。感謝するぞ」
「命の恩人だしナ!! 礼を言うのは俺の方だゼ!!」
「礼ならティエルに言うんだな。あの広いラベンダーの海の中から、
たった一輪の花――ハナさんを見つけたんだ。
それは砂漠で一粒の砂を見つけるのに等しいものだ」
「ありがとナ! ティエルのネーチャン!!
チュ~~しちゃうゼ!! チュゥゥ~~~~!!」
「きもっ! 止めるっす! 食虫植物っすかアンタは……!
それに、あーしは……そんな資格無いっす。
一度、ハナさんを見捨てようと――」
「あの状況では、その考えが正しい事もある。複数人や組織では尚更だ。
それに、どうあろうとお前が彼の命を紡いだ事に変わりはない。
これは揺るがない事実だ」
「…………」
「きっと、普段でもこうした一期一会を
たくさん経験して来たんだろうな。
それは、さよならの痛みよりも、ずっと素晴らしい事――
だと、オレは思う」
「……そうっすね」
ティエルは複雑な表情をしていたが、最後には首を振って頷いてみせた。
今はこれでいい。ハナさんは何の話しているんだと言った様子で、
オレ達を見上げていたが、すぐに前に向き直った。
「よし、この調子であいつらにオレ達の存在を誤認させ、
遮蔽物に身を隠しながら廃城まで向かうぞ」
「ウィィィッッス!!!」
(しかし、どうしてハナさんはこんなに
リバーシュやヴェラクトーレでさえも知らなそうな情報を……一体、何故?)
オレ達は強き思いや様々な思考を巡らせながら化け物の攻撃を掻い潜り、
廃城までの道を駆け抜けていくのだった――。