その特性の穴を突いて上手く躱し、廃城へと到達し――。
「なんか、思ってたよりも綺麗っすね……」
「不自然なほどにな」
オレ達はハナさんが
小さき未知の生物の猛攻を掻い潜りながら、ようやく廃城まで辿り着いた。
外からは寂れた城のように見えていたが、中に入ると
長居年月が経っているかのように風化している箇所はあるものの、
それ以外は埃一つ無い、実に整った内装だった。
しかし、松明やランプ、ペトログリフの施された光石の類も無く、
静まり返った古城内は窓から月明かりの様に漏れる錆色の光と
闇の帳が支配しており、心の奥底から湧き出すような原始的な恐怖を抱かせる。
オレは携帯型ランプを取り出し、明かりを灯すが
その小さな光源は却って心細ささえ感じさせる物であり、
ランプに照らされたハナさんの表情も不安そうだ。
「ヤダァ……! 俺……こういうの苦手ナンダヨォ……
ユランちゃん。危なそうだしモウ帰ラナイ?」
「では、ラベンダー畑に――」
「ア~~!!! それ言やぁ、なんでも許されると思ってンだろクソトカゲ!!
ハイハイ、夜のお城のお散歩サイコーですわァァ!!」
ハナさんはヤケクソ気味に叫びながら、
いじけてホルスターバッグの中に潜ってしまった。
正直、オレも気は進まないが、情報を得る為には仕方がない。
ソレイユが調べて欲しいというからには、必ずこの場所には何かがある。
そんな気がするのだ。
(一体、ソレイユは何を知っているんだ……?)
様々な思惑が浮かぶが、考えていても仕方がない。
今、オレ達のやる事は思考する事ではなく、
この世界から脱出する為の情報を集める事なのだ。
「ありゃ、ハナさんは怖がりなんすねぇ。
それじゃにーさん。いきますか」
「ティエルは平気そうだな。
オレもこういった雰囲気は得意ではない。
正直、ハナさんと同じ心境なのだが……」
「そうなんすか!? 意外っすね……
怖かったらいつでもあーしの胸に
飛び込んできても良いんすよ?」
「そうしたら潰れるだろう」
ティエルはものの例えだと、ぷんすかと頭の上から煙を出しながら後を付いてくる。
古城の中は一見広そうに言えたが、どちらと言えば巨大な屋敷と言った方が近く、
一般的に祭儀や事務等を行う城と比べ、どちらかと言うと、
住居としての役割を重視しているように見えた。
一階には広大なロビーが広がっており、様々な場所に通じているであろう
通路や扉が立ち並んでいる。
そして、高貴なる絨毯が敷かれた綺羅びやかな大きい階段は
途中で三叉路の様に分かれており、各エントランスへと通じる場所へと伸びていた。
廃城の上質な絨毯や調度品は埃を被っている訳でも古びている訳でも、ましてや粗悪なものではない。
それなのに、どこかくたびれた印象を抱かせるのは何故なのだろうか。
「まずは一階から調べて安全を確保しよう。
二階の探索を終えて戻ってきた時に、
退路が無くなっているのだけは避けたいからな」
「な、ナンデ退路が無くなるンだヨォ……?」
「そりゃぁ……決まってるじゃないっすか」
「…………?」
「ヒト食いの化け物が出るからっすよぉぉぉ!!!」
「ヒィィイィィィ!!!」
ティエルはいつの間にかオレの鞄からタオルを取り出しており、
それを以前のように頭から被っていた。幽霊の真似事でもしているのか。
「止めろティエル。不用意に怖がらせるな」
「ごめんっす」
ティエルはぺろりと舌を出しながら、特に悪びれてもいない様子で謝った。
ハナさんはというもの、ホルスターバッグに引っ込んで震えている。
個人的には喋るラベンダーの方がよっぽど恐ろしいのだが。
(一体、この廃城には何が……)
見知らぬ世界の事を知っているような素振りを見せるソレイユ。
記憶障害なのにも関わらず、誰よりも
霧氷の乙女と同じく、ハナさんの身体に流れるスノーノイズの正体。
そもそも、
この世界は――
足掻けば足掻く程、謎は深まっていくばかりだった――
――――
「ふむ……」
オレ達は心細いランタンの灯火を頼りにしながら、
廃城の一階を探索していた。
しかし、客間や庭園、食堂と言った、居住空間の充実した
見事な城だったのだろうとしか言いようが無く、
特に手がかりになりそうな物は無かった。
ティエルやハナさんが期待しているような
化け物や幽霊の類が出る気配もなく、
ただただ、静寂だけが城を支配していた。
「何が出てくるかと思ってひやひやしましたけど、
思ったより普通のお城っすね……
いや、お城なんて見た事がないですし、凄いのは分かるんすけど……」
「…………」
「……ハナさん?」
マンドラゴラの如く奇声を発し続けていたハナさんは、
恐ろしいくらいに静かなままだ。
一体、どうしたのだろうか。
「イヤ、どっかで見た事アンだけどナ~~……
う~~~~ン……」
「本当か? どこで――いや、無理に思い出さなくてもいい。
何か気付いた事があったらでいいから教えてくれ」
ハナさんを質問責めにして、洗いざらい持っている情報を
吐き出して貰いたい気持ちもあるが、今は慎重になる必要がある。
こういった記憶障害は、普通に生活して起こるものではない。
薬物や外傷といった、人為的に引き起こされるもの以外では、
起こるべくして起こったもの――自身の脳や身体が必要だと判断して起こるものなのだ。
それは、壮絶なるストレスや心的なものや、現実を受け入れられない程の出来事が起こった時――
もし、ハナさんにそういった心の傷があるのなら、彼自身が望まない限り、下手に刺激しない方がいい。
それに、仮に聞くなら全員の前で聞く方が良いだろう。
オレとティエルだけで情報を咀嚼しても仕方がないからだ。
「そーいえば、あーしどころか、リュメイヌにはそもそもちゃんとした城なんて
無いから
ティエルは話題を変えるように、明るい口調で語りかける。
ガルガリオンの逞しい姿とは対照的に、彼女の心は繊細だ。
オレがハナさんに踏み込んでいかない理由を察したのだろう。
「オレはリンドヴルムの戦士だったからな。
任務や戦場に送り出される時以外は、
城へ入り浸る事が多かった位だ」
「ホォォ~~~~。道理でそんな筋肉ダルマなワケだ!」
「筋肉ダルマは余計だ」
「どうっすか? あーしには分かんないっすけど、
そことは何か違和感というか、違うことはないんすか?」
「そうだな……まず、そもそもの造りが違うように見える。
建築様式の違いもあるだろうが、城というよりは屋敷――
人が住む為だけに造ったものに見えるな。王座も無ければ兵舎もない」
「うーん……手がかりにはなりそうもないっすね。
……一体、誰が住んでたんすかね」
「どうだろうな。少なくとも調度品の質や洗練された装飾から考えて
やんごとなき者だったのは確かだ」
「アァ間違いネェ! ヤンゴトナキ奴ダ! ヤンゴトナキ!」
適当な事を言っているのか、本当にそう思って言っているのかよく分からないが、
ハナさんも他愛のない会話で恐怖が紛れてきているようだった。
「ん……? あれはなんだ?」
「へ……?」
オレ達が歩いている通路の先――二股道になっている
そこには薄明かりのようなものが見える。
ぼんやりと白い光を放っており、松明の赤い炎とは違うようだが、
明らかに自然のものではない。
「――二人はオレの後ろから離れないようにしてくれ」
「はいっす」
「俺は離れたくテモ離れランネーけどナ……
ヤバかったらすぐ逃げろヨ!!」
オレは短剣の柄を握り締めたまま、
慎重に誘蛾灯のような揺らめきへと近づいていった――。