そこには異質な光景が広がっていた。
窓辺や天蓋のあるベッドに並べられた可愛らしい人形の数々。
床にぶち撒けられた知育玩具からして明らかに子供部屋だと分かる。
しかし、如何にも難しそうな書物の並べられた本棚や、大人向けの哀愁を感じるボードゲーム、
その上には黄ばんだ分厚いゲームブック。その最中に使用されたと思われる、
乱雑に書かれたメモのようなものがいくつも散見される。
そして、極めつけは飲みかけのブランデーやボトルが無造作に転がっており、
とても子供が嗜むようなものではない物がいくつも見られた。
この部屋の主はどういった人物なのか、全く想像出来ない。
「子供部屋にしては随分とませた物が置いてあるな……」
「そうっすねぇ……まだおっさんの部屋とかの方が説得力ありそうっす。
これが本当のこどおじって奴っすかね?」
「なんだそれは」
ランプに照らされた歪な部屋はただぼんやりと浮かび上がり、
得体の知れない恐怖に心臓は拍動を刻み、背筋には嫌な汗が伝う。
頭の中にはたった一言――"何故"という言葉だけが浮かんだ。
「久々の酒だァ!!」
「バカ者。このような場所にあるものを飲んで、
腹を壊しても知らんぞ」
「というか、花に酒とか与えていいんすかね……」
二人は何気なく喋っているように見えるが、顔は全く笑っていなかった。
ただ、自身の感じている恐怖を紛らわすように冗談を言っているだけだ。
だが、それを誰一人として指摘しない。自覚するのが恐ろしいんだ。
「……あ、にーさん。あそこ」
「…………?」
ふと部屋の隅を見れば、上質なタンスの上にエネルゲイアの
ペトログリフを用いて撮ったと思われる写真立てがあった。
複数個存在していたが、かろうじて原型が残っているものや激しく損傷しているもの、
殆どまともなものが存在していなかったが、風化こそしているものの、
たった一つだけ伏せられている写真立てが存在した。
「…………」
オレはそれに近づき、おもむろにそれを手に取った。
中には小柄なヒトらしき者が映っていたが、子供の落書きのような線と
鉛筆やペンといった尖ったもの、もしくは引っかき傷のような痕が酷く、
正確な人物像を窺い知る事は出来なかった。
ただ、上等な衣類と装飾をしているのはなんとなく分かり、少なくとも一般人ではなく、
やんごとなき身分だった事は推察出来る。
この部屋の主なのだろうか。
「ティエル。ハナさん。これが誰なのか分かるか?」
「いやぁ、分かんねーっす……」
「というカ、殆ど何も見えネーじゃネェか!!」
「…………」
オレはそれから写真だけを取り出すと、なるべく傷まないように配慮しながら
自らのポケットに収めた。
正直、この世界から脱出する為に必要なものだとは思えなかったが、
ヴェラクトーレやソレイユに見せれば、何らかの糸口は見えるかもしれないと
思いを馳せる事しか出来なかった。
「他にも調べてみよう。少しでも情報を持ち帰るんだ」
オレ達は手分けしてこの部屋を調べてみる事にした。
とは言っても、ハナさんとは物理的に離れる事は出来ないので、
正確にはティエルと分担という事になるが。
「氷血病と生きた医師……ペトログリフ黙示録……かいじゅうアムネジアとよるのおさんぽ……ゲームマスターの心得……
まるで統一感がないな。絵本から娯楽本、学術書のような物まである」
「よるのおさんぽ懐かしいナァ~~~~。
小さい頃、よくカーチャンに読んで貰ったゼェ」
本自体はよく読む方ではないので知らないものばかりだったが、ジャンルは支離滅裂だ。
部屋主が大人なのか子供なのか、女性なのか男性なのか、朧げなイメージすら浮かばない。
(複数人で同居していた……? 大人と子供……?)
答えの出ない問答を繰り返しても仕方がない。
オレ達の目的は部屋主の正体を突き止める事ではない。
この世界から脱出する為、それに準じた何らかの情報を持ち帰る事だ。
「うひゃぁぁ~~」
「ティエル。なにか見つけたのか?」
「いやぁ、そういえば友達のガルガリオンの子供に、
似たようなのプレゼントしたなって……」
ティエルはおもちゃ箱の中から知育玩具を取り出し、頬を緩ませていた。
よくある、四角や三角の穴に同じ形のものを嵌め込むパズルみたいなものだ。
「真面目にやってくれ。ここにあまり長居をする気はないからな」
「分かってるっすよ。えっと……痛ッ……」
おもちゃ箱を漁っていたティエルがびくりと身体を震わせ、反射的に腕を引っ込めた。
「どうした。大丈夫か?」
「大丈夫っす。ちょっとチクっとしただけっすよ。今のなんだったんすかね……」
そう言ってティエルは再びおもちゃ箱の中に手を突っ込み、先程刺さったものを手探りで探し始めた。
それはすぐに見つかったようで、漁っていた音が鳴り止んで静寂が訪れる。
「…………」
「なにか見つかったのか?」
「こ……これ……」
「――――」
ティエルは青ざめた様子でこちらに振り向き、その手に取ったものを差し出した。
そこには、使い捨ての注射器が握られていた――。