彼らが立ち去ろうとしていた時、小さき白影の首は不自然に捻じ曲がった――。
初めは首をかしげたのかと思った。
しかし、それはすぐに錯覚だと分かる。
すぐに小さき白影の全身には深く、巨大な爪痕が現れて一瞬の内に切り刻まれる。
光の粒子となって舞い散り、後に残るのは虚空だけだった。
「…………」
オレ達はその光景に言葉を失った。
まるで、見えざる凶悪な獣がその狂爪でヒトを引き裂いたような――
「…………ッ!?」
続いて、同じように大人の白影も即座にバラバラに引き裂かれていき、
細かい光の粒子は小さき白影の後を続いた。
これが白影だったから良かったものの、実際のヒトであったならば、
見るも無惨な光景だっただろう。
「ひぃぃぃっ!?」
「でタァァァァァッッ!!!」
「落ち着け……!」
ティエルとハナさんは目に見えない獣に怯え、声をあげる。
オレは彼女達の口元を覆い、落ち着かせながら口を塞いだ。
狂爪が振るわれていた時に何かの息遣いや、音や空気の振動も何もない。
「大丈夫だ、恐らく幻覚か何かの類だ。獣の気配はない」
「…………」
二人もようやく落ち着きを取り戻し、オレは口から手をどけた。
「今の光景を見るに、未知の獣は実際には存在しない可能性が高い。
むしろ、危険性は低くなったと言ってもいいだろう」
「ほ、ほんとっすか……?」
確証はないが、明らかに廃城の二階は巨大な獣が闊歩出来る程、
空間は広いものではなかった為、ずっと疑問に思っていた。
実際に存在してはいないと仮定すると合点がいく。
「だが、あくまで推測だ。この領域が危険な事には変わりない。
今まで通り、気を引き締めていくぞ」
「はいっす……」
オレ達は少し安堵しつつも、今一度、
緊張感を持って爪痕だらけの空間を進んだ――。
――――
「…………」
行けども行けども爪の跡――。
先程の白影達が切り刻まれた空間から随分歩いた。
だが、そのせいで殆ど探索出来る所はなく、見るも無惨な光景が続いている。
一体、何がそこまで獣の逆鱗に触れたのだろうか。
ここまで見てきたが、多少の恨みや憎悪がある程度ではこれほどまでしない。
侵入者に対する警告、あるいはその逆――
そして、オレが感じていたのにもっとも近いもの。
オレはこの感覚をよく知っている。
とても原始的で、儚く、そして汚い。
それは、戦場でよく感じるものだからだ。
「損傷が酷すぎて、下手をしたら一階より手がかりがないかもな。
必ず何かあると思ったんだが……」
「一階で拾ったのは傷物の写真っすもんね」
しかも、オレ達が見ただけでは何一つ分からず、
全てはソレイユに依存している。
こんな事で大丈夫なのだろうか。
もし、一階で見つけた写真が手がかりとして不十分で、
二階でもこのまま何も見つからなかったら――
そう思うと、焦りばかりが募っていった。
「何言ッテんダテメーラ。
一番の収穫はオレサマだろォォ?」
「…………」
ホルスターバッグで、文字通り花が咲いたような笑みを浮かべるハナさん。
そういう風に言われると、素直に首を振りたくないのはヒトの性だが、
その言葉通り、一番の収穫はハナさんかもしれない。
やはり、同じ境遇の仲間が出来るのは花であっても心強く、
何より、
知識には大いに助けられた。
彼はまだ、オレ達の知らない何かを知っている――
今でこそ腰を落ち着けて話をする状況ではないが、
ヴェラクトーレやソレイユの元へ帰った時には色々と話が聞きたい。
その中に、この世界から脱出できる手がかりがある可能性は大いにある。
むしろ、今ある手札の中では一番期待出来るくらいだ。
「……大分、広くなったな」
先程まで歩いていた通路とはうって変わり、かなり広い通路に出てきた。
自分たちはエントランスの右から侵入し、左側に移動――
つまり、反時計回りに探索していた事になる。
今の現在地は中央を進んだ時に丁度、位置する場所だろうか。
「これなら巨大な獣がぶらついてても大丈夫っすね」
「こえェ事言うナヨ……多分、ガルガリオン用だロ」
ティエルのほんの冗談にハナさんはたじろぐ。
「アシモフとガルガリオンは随分と体躯が違うからな。
そういえば、リニアオグタでもガルガリオンの為に
建物は広めに空間を取るものではないのか?」
「共用の所はそうっすね。でも、基本的には
ガルガリオン地区とアシモフ地区でざっくりと分けられてるっす」
「なるほど、それでバランスを取っているんだな」
全てをガルガリオンの大きさに合わせていたら、コストや土地は膨大なものとなるだろう。
それに、アシモフの方も何もかもがガルガリオン用の大きさだと何かと不便だ。
かと言って、アシモフ用に作ればそもそもガルガリオンは建物に入る事すら叶わない。
そこで、二つの種族に合わせて地区を分け、
経費を最小限に抑えて上手く住み分けているのだろう。
となると、この城はアシモフが常駐する事を想定して建てられている事になり、
主要な所はガルガリオンも出入り出来るように作られているようだ。
現に、白影達もオレと殆ど変わりない大きさだった。
今思えば、アシモフらしき白影はともかく、
ガルガリオンの白影は一度も見たことがない。
「…………?」
「随分と大きな扉だな……」
ようやく、城らしい荘厳な扉があったが、その装飾は簡素なものだった。
下手をすれば、今までに見つけた扉の方がまだ凝っていたように見える。
(いや、敢えて質素にしている……?)
今までの扉と同じように巨大な獣の爪痕があるが、大きくて頑丈なせいか、
その表面を傷つけているだけに留まっており、問題無く中には入れそうだ。
「うわ……城の中にこんな所があったんすねぇ……」
「ほー、見事ナもんダァァ……」
ティエルとハナさんは、目の前の光景に思わず見とれてしまっており、
感嘆の声をあげていた。