その中で荘厳な扉を見つけ、開いた先には――。
「これは……」
その中は聖堂となっており、巨大な美しいステンドグラスが目を引く。
この廃城の中はどこも恐ろしい程の静寂に満ちており、
その緊張感から一瞬たりとも気が休まらなかったが、
ここの静けさは性質が違った。
まるで瞑想をしている時のような、心が穏やかになっていく感覚だ。
「…………」
そして、内部にある長椅子には参拝者と思われる白影達が僅かだが座っている。
一体、彼らは何に祈っているのだろうか。
「聖堂というよりは礼拝堂だな」
「それってどう違うんすか?」
「正直、明確な差異はない。地域や宗派によっても異なるしな。
オレ達のような一般人から見て分けるとするならば、規模の大きいものが聖堂、
そうでないものや、カジュアルなものが礼拝堂……くらいに捉えておけばいい」
「はえー……あーしはあまり行かないっすけど
リニアオグタにあったものは、
もうちょっと大きかった気がするっす」
城にそういった礼拝堂がある事は珍しくはなく、
何かを信仰している国や土地であれば、
無いことの方が珍しいくらいだ。
「あのガラスに書かれてるものは何っすか?」
白銀の龍がその巨大な体躯で水晶を包みこんでいる絵がステンドグラスに描かれている。
慈愛に満ちながらも、水晶のような瞳と鱗は冷たさと厳格さを併せ持っており、
より一層、この礼拝堂に神聖さを与えていた。
「あれは……晶域の白氷龍アークフィア、だと思う。
オレも詳しい事は知らないが……」
今現在、竜の国はざっくりと五つに分けられているが、
昔は六つあったと言われている。
アークフィアが統治していた氷の国、燐峰エレンティアは袂を分かち、
水晶風に乗って国ごと何処かへと旅立ったと言われるが、詳細は不明だ。
なんでも、竜の国の更に北には
今もその名残が残っているらしいが、
実際に見たことはない。
だが、問題はそこではない。
「リュメイヌではアークフィアを信仰しているのか?」
「いえ、信仰するって言っても開祖アシモフと開祖ガルガリオンっすね。
元々、
「ふむ……それより、今は何か情報を得るのが先決だ。
中に何か手がかりはないか?」
「うーん……」
ティエルはオレの声を皮切りに礼拝堂の中を調べ始める。
オレも歩きながら内部を調べてみるが、白影とステンドグラス以外には目ぼしい物はない。
簡素な祭壇と長椅子だけで、敬虔に氷龍を崇めている訳でも無さそうだ。
どちらかと言うと、個人的に何かを祈るような
公共の礼拝堂に近いものを感じた。
「丁度いい。ここには何者かが入った形跡も何も無い。
少し休憩を取ろう」
「え、大丈夫っすかね? 一階の部屋の時みたいに
変な事にならなきゃいいっすけど……」
「極力、内部の物は触らないようにしよう。
オレが見張りをするから、二人はゆっくり休んでくれ」
そう言って、オレは入ってきた扉の横の壁に腰掛ける。
ティエルの言った事はもっともであり、
何かが起きる可能性もゼロではないが、帰りの事もあるのだ。
休める時に休んでおくのに越したことはない。
廃城のある空間に立ち入ってからというもの、
ずっと気を張り詰めているのに加え、
身体も動かしっぱなしで極限状態だ。
ティエルやハナさんが心配なのは勿論だが、
オレ自身も相当、疲弊している。
ヴェラクトーレが近くにいるならば、
見張りを任せて泥のように眠りたい気分だ。
「はー、さすがに疲れたっすね……」
ティエルもオレの傍にふらふらと翔んでくると、
近くに腰掛け、身体を転がす。彼女もかなり疲弊していたようで、
やはり、休息が必要だったようだ。
「…………」
「……ハナさん?」
ハナさんの返事が無く、疑問に思ったオレは彼が
入っているホルスターバッグを見下ろした。
「…………」
そこには、死んだように眠っているハナさんがいた。
どうやら、余程疲弊していたらしい。
「……今はそっとしておいてやろう」
「そうっすね。ちょっと無理させすぎちゃったかもしれないっす」
ホルスターバッグに入っているのも案外疲れるのかもしれない。
自身が動いていなくとも身体が揺られれば疲弊する。
船や馬車に乗った後、妙に疲れたような記憶が微かにある。
激しい運動を繰り返すオレに揺らされ続けたハナさんの
体力は相当に消耗しただろう。
「……錆色の変なとこに来てから
怖い事ばっかりっすけど、ここは綺麗っすね」
「……そうだな」
ティエルがそう言いながら上を見上げ、オレも同じように視線を向ける。
ステンドグラスを越して紅い錆色の光が漏れており、
白銀の龍は美しくも妖しい色に染まっている。
「そういえば先程、
信仰していると言っていたが、その二人は一体なんなんだ?」
「興味あるんすか?」
「あぁ。最近、妙にその名前を聞く気がするが、
何も知らないと思ってな」
氷龍を見上げていると先程の話が脳裏を過ぎり、
オレは何気ない疑問を口にした。
「あーしもそこまで詳しいワケじゃないっすけど、
遥か彼方から巨大狼に乗った人狼が霧の大陸にやってきて、
昔からある、御伽話っすよ」
「なるほど、
「そうみたいっすよ。
今のアシモフとガルガリオンって
種族の名前は、その二人の名前が由来らしいっす」
なんとなくだが、ヴェラクトーレが開祖アシモフに拘る理由が見えてきた。
彼から見れば、他の
偉大なる祖先が勝ち得た土地を界獣が我が物顔で闊歩しているこの状況、
奪い返そうともせず、逃げ惑う彼らの姿に不快感を抱いても不思議ではない。
しかし、オレにはまだそれ以上の何かがあるように思える。
確かに気持ちは分かるが、それであれだけ他の
いや、卑下というよりは憎悪すら抱いているように思えた。
「でも、それなら尚更よく分からないな。
開祖アシモフが
何故、奴は未だに生き長らえ、リュメイヌを脅かしているんだ?」
「あーしも昔の話なんでよくわからないんすよね」
ティエルも首をかしげており、細かい所は分からないようだ。
そもそも、こういった御伽話を事実のように考えるのが間違っているのかもしれない。
「所詮、昔話だ。重箱の隅をつつくのが間違いなのかもしれんな。
違和感は残るが……」
「それは、
偽りの物語だからですよ――」
その時、どこからか聞いた事のある深みのある声が礼拝堂の中に響いた――。