嵐のように立ち去った彼に唖然としていたが――。
「……び、びっくりしたっすね」
突然の出来事にオレ達は唖然としており、暫くの沈黙の後にティエルがそう呟いた。
だが、おかげで重要な情報を得る事が出来た。
「…………」
オレは強い違和感を抱いていた。
何故、この世界に滞在して欲しいと言ってきたのに、脱出する方法を教えたのか。
はっきり言って矛盾している。逆の立場であったなら、絶対に相手に情報を渡す事は無いだろう。
その方が、より楽に目的を達せられるからだ。
相手が足掻くなら殺さない程度に蹂躙し、抵抗する意思を摘み取るのもいいだろう。
(前にオレ達を襲ったのはそれが目的か……?)
それなら尚更、フロストヘルムの行動が不可解だ。
オレ達に助け舟を出す理由がない。今も斬竜刀も無く、
まともに戦う力の無いオレ達を蹂躙する事など、
赤子の手を捻るより簡単な事だろう。
だが、それをしなかった。
先程のフロストヘルムからは悪意は感じられず、
こちらの事を欺こうとする意思は無いように見えた。
(本当はオレ達がこの世界に滞在しようがしまいが、どちらでも良い……?
もしくは、こちらに情報を与えても問題が無い……?)
疑問が浮かんでは、また新たな疑問が無限に湧いて出てくる。
そもそも、オレ達がこの世界に滞在する事で何があるというんだ。
霧氷の乙女の玩具にでもするつもりなのか。
「に、にーさん?」
「ああ、悪い。少し戸惑ってな……」
「そうっすよね……サヴァトだかなんだか知らないっすけど、
次から次へとまくし立てられて、ワケが分かんないっす……」
「そうだな。だが、おかげで重要な情報を得た。
オレ達がこの世界から戻る方法はある……!」
それだけで、深い闇に包まれた洞窟の中に一筋の光が差し込んだかのように、光明が見えてきた。
これで闇雲にこの世界を探索するのではなく、はっきりと目的を持って行動する事が出来る。
――虚構のサヴァトを目覚めさせる。
今後は、その虚構のサヴァトが眠っている場所を探す事が目的になるだろう。
どんな相手なのか全く分からないが、界獣と戦うのではなく、
目覚めさせる事くらいなら、いくらでも方法はあるように思える。
「早く、ソレイユやヴェラクトーレにも伝えてやらんとな……!」
「にーさん。ちょっとウキウキしてます?」
「そう見えるか? やっと活路が見えたんだ、
そういう気分にもなる。ティエルもそうだろう?」
「あはは……そうっすね」
「…………?」
ティエルはぎこちなくはにかみながらそう言った。
てっきり、跳ね回りながら帰れると喜ぶものだと思っていたが――。
(そうだな、ハナさんと同じでティエルも疲れ切っている。
今のオレ達にはまだ休息が必要だ)
「もう少し休むか。帰りも何が起こるか分からんからな。
どこぞの狼のせいで随分と散らかって、風通しが強くなってしまったが」
「はいっす――ん……? このおばけ、何か持ってるっすよ?」
「ん?」
ティエルはいつの間にか、翼を羽ばたかせながら礼拝堂の前列へと移動しており、
祈るような動作をしている白影の手元に視線を向けていた。
オレも移動してみると、その横に寄り添うようにフォトフレームが立ててあった。
それには手が添えられており、とても大切にしてあるように見える。
「……すまんな。ちょっと見せてもらうぞ」
そう言って、オレはフォトフレームを手にとり、その中を覗いた。
そこには、庭園のような場所で屈託のない表情で笑うソレイユらしき人物が写っており、
その傍らに同じ体躯の猫獣人と、父親らしき白影が両者の肩に手を置いている。
その白影は先程、切り刻まれた大きい白影にシルエットが似ているような気もした。
「…………」
だが、ソレイユ以外は全て一階で見た写真のように切り刻まれており、
特に顔の所は入念に爪痕が刻みつけられており、その表情すらも伺えない。
そんな残虐な世界でただ一人笑う少女は、どこか不気味にすら思えた――。
――――
「あれ……! ユランさんじゃないですか!?」
「おぉ……! 幾星霜の錆空を超え、
我が元へと舞い戻ってきたか……! 新しき風よ」
「相変わらず、一言一句気持ち悪くて何よりだ」
オレ達の姿が見えると、ソレイユが手を振りながらこちらに駆け寄り、
ヴェラクトーレも斬竜刀を抱えながら続いた。
少し探索に時間がかかってしまい、不安だったが彼らも無事だったようで良かった。
オレ達も廃城から戻る際に、またあの化け物達の巣窟を通らなければいけないのかと
うんざりしていたが、幸い何からも襲われる事は無く、安全に戻って来る事が出来た。
よくよく考えれば、ハナさんが
怪しげな鳥の群れのような奴らもいつの間にか居なくなっていた。
その理由は定かではないが、オレ達にとっては都合が良かった。
運が向いて来たのかも知れない。
「おや? その鞄に入っている花は何かね?
もしや、私への贈り物かね?」
ヴェラクトーレは目ざとく、オレのホルスターバッグから顔を出している
ハナさんに気が付くと、目を輝かせ始めた。
どういう思考回路をしていれば、そのような結論に達するのだろうか。
百歩譲って贈り物だったとしても、ソレイユに渡すだろう。
ナイフに舌舐めずりでもしてそうな、危ない隻眼の狼おじさんに
花など贈って何の得があるというのだ。
「そう思うんなら受け取ってくれ」
「おぉ……! このように胸がときめいたのはいつ振りだろうか。
この感覚は美女と初夜を迎えた時……
或いは、巨大なミズグマを仕留めた時に似ている」
「ただし、返品は一切受け付けん」
そう言って、オレはヴェラクトーレにホルスターバッグごと、雑にハナさんを手渡した。
「ユラン殿から貰った可憐な花を突き返すなどと無礼にも程がある……
仮にその様な輩がいれば、その喉元掻き切ってくれよう」
ヴェラクトーレはバッグを大事そうに受け取り、
かぐわしい花の香りを嗅ごうとマズルを花弁に近づける。
「ラベンダーは、その優しき香りから幸福や沈黙と言った意味を持つ。
そして、その中でも最も香しい花言葉は"貴方を待つ"というものだよ。
これがユラン殿が私に伝えたい想いなのだね……言葉にせずとも分か――」
「ウリィィイィィィイィィッッッス!!!」
「!?」
「テメェがヴェラクトーレっつー孕マセおじさんカ!!
オレもメスを孕ませるのは大好きだぜェェェ~~~~!!!
宜しくナァァァ~~~~~~!!!
「…………」
ヴェラクトーレは硬直し、言葉を失っている。
流石のの彼でも、喋る花は面食らったらしい。
「……何かな? この吐き気を催す下品な汚花は」
「お前の言う可憐な花だぞ」
「……気持ちだけ頂いておこうかね」
「ちょ、待テヨ!! 下品な汚花ッテひどくネー!!??」
ヴェラクトーレはオレに向かってハナさんを突き返した。
「おい、突き返すのは無礼なんだろう?
そんな輩は喉元を掻き切ってくれるんだろう?
自分で出来ないなら介錯くらいは手伝ってやるぞ」
「はて、残念ながら記憶に無いね。
きっとこれも、この世界が与える弊害に違いない。
ユラン殿も気をつけ給え」
「…………」
冗談めいたヴェラクトーレの言い分に、ソレイユは複雑な表情をしている。
そうだ、今はこんな事をしている場合ではない。早く、廃城で得た情報を全員に共有しなければならない。
あの廃城が一番気になっていたのはソレイユなのだ。
「そうだ、オレ達はあそこで――」