話を聞いたヴェラクトーレとソレイユは――。
「…………」
得体の知れない化け物に襲われた事。
見渡す限りのラベンダー畑でハナさんを見つけた事。
廃城内であった事や見つけた写真、フロストヘルムから聞いた情報――
その全てを二人に伝えた。
「界獣サヴァト――あのリュメイヌを闊歩する、
忌々しい霧の化け物がもう一体も存在するなどと、何を戯けた事を……」
ヴェラクトーレは冗談ではないと言った様子で鼻で笑う。
リュメイヌに住む者にとって、原始的かつ根源的な恐怖の象徴でもある
今まで恐れてきた獣がただの片割れで、
他にも存在すると知った時の衝撃たるや、
想像も出来ないだろう。
「……だが、悲観するような情報ばかりではない。
その虚構のサヴァトという
この世界から脱する事が出来る――らしい」
「…………」
疑り深いヴェラクトーレは顎に手を当てて思案している。
フロストヘルムの言葉の全てを鵜呑みにするのは危険だとは思うが、
即席で作った話にしては随分と手が込んでいるし、
オレには彼が嘘をついているようには見えなかった。
「百歩譲って二足歩行のガルガリオンの言葉が事実で、
虚構のサヴァトを目覚めさせた後、
私達が元のリュメイヌへと帰還出来たとしよう」
「あぁ」
「――その後、虚構のサヴァトはどうなるのかね?」
「…………」
やっと手に入れた手がかりに少し舞い上がっていたが、その疑問は最もだ。
虚構のサヴァトが目覚めた後はどうなるのか。
そのまま大人しくその場に留まっている――のは流石に希望的観測が過ぎる。
(オレ達は一体、何をしようとしている……?)
背筋に薄ら寒い物が走る。
分かっていて
得体の知れないものが這い上がってくるような気色の悪い感覚が訪れた。
「……分からん。やはり、もう少し情報がいる」
手っ取り早いのが、フロストヘルムに話の続きを聞く事だが、
神出鬼没な彼は次にいつ出会えるのかわからない。
あの言い分ではまた近い内に会える予感はするが、
あまり当てにし過ぎない方が良い。
「…………」
「おい、どうした? 体調が優れないのか?」
ソレイユはこめかみに指を当て、何かに耐えるようにしながら皺を寄せていた。
オレ達が帰ってきてから、ずっとこの調子だ。
その手には、オレ達が持って帰った傷だらけの写真が握られている。
「ううん。大丈夫……ちょっとびっくりしただけ」
そう言って、ソレイユはゆっくりと立ち上がった。
その表情は何か思い詰めているようで、声をかける事すら憚られる。
何か、持ち帰った情報で気になる事でもあったのだろうか。
「何か分かった事があるのか?
もしそうならどんな事でもいい、話してくれ」
「うん……あそこは私の住んでた所――だと思う」
「……なんだと?」
「でも多分、本物じゃないと思う。
だって、私の家はずっと遠く――北方にあるから」
「
「どうしてそれを……?」
「あの城の中に氷龍の描かれたステンドガラスがあったからな」
「そう……」
あの廃都がソレイユの故郷――
氷龍が管轄する大陸であれば当然、その寒さも厳しいものとなり、雪が積もるのは日常茶飯事だろう。
だから、あの街の屋根は雪に押し潰されないように滑り落とす為、傾斜が厳しかったのだ。
「偽物とはいえ、何故こんな所にソレイユの故郷があるんだ?」
「わからない、けど……」
ソレイユは顔を伏せ、眉間の皺が更に深まる。
「あくまで予想だけど、虚構のサヴァトって人の記憶を元にして
世界を創ってるんじゃないのかな……。
その界獣が私の故郷に居たなんて事は無いだろうし……」
「それなら合点がいくかもしれないね。
存外、霧氷の乙女も界獣サヴァトの威を借りているだけではないのかね?
世界を創造するなどという芸当はヒトの身に余る行為だろう」
「ふむ……」
オレ達は霧氷の乙女の事を、絵本の中の魔女のような
得体のしれない物の怪の類か何かかとばかり思っていた。
だが、界獣サヴァトの力を利用しているのだとすると、
このような常軌を逸した世界を創れた事にも納得がいく。
「もっと進めば、ソレイユの記憶にあるものだけでなく、
オレやヴェラクトーレ、ハナさんや他にいる者達の
記憶から創ったものもあるかもしれんな。
――そして、霧氷の乙女のものも」
「そこに私達が欲する情報もある――と」
「確証はないがな。だが、当面のやる事は決まった」
オレはそう言って静かに立ち上がる。
「――まずは歩こう。虚構のサヴァトを探し出し、
行く先で奴の情報を集める。目覚めさせるにしろ、
どうするかは動いた後で決めても遅くはないだろう」
「新しき風はその名の如く、留まる事を知らないね。
最も、今はそれが心強くもあるが……
正直、羨ましくもあるよ」
どこか、自嘲するようにヴェラクトーレは嗤うと
オレに続くようにして立ち上がった。
静寂のサヴァトと虚構のサヴァト。
その片割れの夢の世界に住まう、
霧氷の乙女とその従者。
かつて、かの界獣を打ち倒したという
開祖アシモフと開祖ガルガリオンの偽りの英雄譚。
虚飾され、囁き唄い続ける霧は揺らぎつつあった――。