「う……うぅ……」
身体全体が鉛のように重い。
それでも朦朧とした意識の中、起き上がればそこはいつもの牢屋の中だった。
拘束具は何一つなく、心地良い解放感を味わいながら深く深呼吸をした。
「よォ、起きたか。水、そこにあるぜ」
「む…………」
声のした方を向けば牢屋の隅の椅子にぶっきらぼうに座り、酒瓶を煽っているミネヴァの姿があった。
辺りには後始末をした後かは分からないが、いくつもの濡れた布巾が散乱しており、
性行為後特有の獣臭さが鼻を突く。
そして、ミネヴァが顎で指した方を向けば、オレの近くには並々と注がれていた水差しがあった。
オレはそれを手に取り、一息も付かずに豪快に殆どを飲み干していく。
「んぅ……生き返ったようだ……」
「おつかれさん。他のヤツらには大好評だったぜ?
また今度、種馬を捕まえるなら絶対竜人がいいってよ」
「…………」
オレは今後、被害に会うであろう同じ竜人に憐憫の情を催しながらも、
水差しに残っていた水を全て胃袋へと入れていく。
「種馬であれば、精液さえ搾れば後はどうでもいいだろう」
「ハッ……分かってねェな……アンタにはバカげた事だと思われるかもしれねぇが、
エロい事は量や質だけじゃねェんだよ……。
身体の相性とか…ようするにエロい事して楽しいかどうかとかも重要なんだよ」
「オレは経験が多い方ではないからよくは分からない、が
お前達にとっては重要な事なのだろうな」
「あァそうさ。アンタも女が出来たら分かるさ。
たかがエロい事だと性行為だのと適当なことしてっと、すぐに捨てられんぞ?」
「――――肝に銘じておこう」
正直、よく分からないが数々の逢瀬を重ねてきた彼女が言うのであれば、
あながち間違いでは無いのだろう。
しかし、ミネヴァとこうしてまともに話したのはいつだっただろうか。
もしかしたら、今までに一度も無かったかもしれない。
「――――いいのか? いつものように拘束具を付けないで……
オレが暴れだしたらタダでは済まんぞ」
「あぁ、もう必要ねェからな。
どこへなりとも好きな所にイッちまえよ」
「…………何?」
オレは訝しげにミネヴァを見つめる。
彼女はオレと視線を合わせることなく、そのまま酒瓶を煽った。
「どういう事だ?」
「言葉通りの意味さ、そろそろ"流れる"時期だからな」
「…………?」
「アタシ達は一定期間をソコで過ごすと
新しい土地へと旅するのさ。
その時には、その土地で捕まえた種馬は置いていく」
つまり、アンタも――ってワケさ」
「何故、そんな面倒臭い事をする。
子種が必要ならば死ぬまで搾り取ってやるだけでいいだろう」
「アァン? 一生ザーメン搾り取られる種馬奴隷にされてェのか?
やっぱテメェ、真性のマゾだなァ……?」
「なっ……!? そ、そんな訳がないだろう……!
ただオレは非効率と思っただけで……!」
オレは舌舐めずりするミネヴァに対し、慌てて否定する。
しかし、口にすると次から次へと疑問は尽きない。
何故、これだけの人数にも関わらず移動を繰り返しているのか、
捕らえた種馬を連れて行かないのか――――。
再び捕らえてくる手間もあるだろうし、
この人数であれば拠点は移動させない方が
色々、効率的だと思うのだが。
「確かにメンドクセェけど、イイコトも一杯あるぜ?」
「良い事…………?」
「活きのイイ、新しい種馬で遊べンだろ?」
「…………聞いたオレが間違いだった」
「アッハァ! それもあるケドよォ……
人攫いにはそれ相応のリスクってもんがあるんだよ。
仲のいいヤツが探しに来るかもしれねェし、
逃げた種馬が報復に来るかもしれねェだろ?」
「…………なるほど」
ヒト一人でも行方不明になれば、大なり小なりそれなりに騒ぎになる。
現にオレだって、元はと言えばその事件を調べる為に依頼されたのだ。
そういったリスクを避ける為に住処を転々と変えているのだろう。
一見、ミネヴァの新しい種馬で遊ぶという言葉も
欲望に忠実そうに聞こえるが、言い方を変えれば
優秀な子種を選別しているように捉えることも出来る。
人攫いや狩人としての適正が高いのも
そういった事から来ているのかもしれない。
「オレはてっきり、男は一生種馬として生かさず殺さず
監禁し続ける極悪非道な種族かと……」
「まァ、無理矢理攫ってきてる訳だからあながち間違いでもねぇけどな!」
ミネヴァは酒瓶を無造作に転がすと、次の酒瓶を開けて水の如く飲み干していく。
「逆に解放した後に、自分の意思で付いてくるヤツもいるけどな」
「やっと解放されたのにか……?」
「忘れられねェんだよ、種馬として過ごした"キモチイイ"日々がよ?」
ミネヴァは笑い、加虐的な目をこちらに向けてくる。
オレはまた何か卑猥な事をやりだすのではないかと思い、目を背けた。
「種馬になった後、自分の意志で来た者は濡れビトとして集落に迎え入れられる
「濡れビト?」
「あー……艶虎族の一員になるって言った方が分かりやすいか?
ま、その後は種馬のように過ごすか誰かと一緒になるかは
ソイツ次第だけどなァ?」
「…………なるほど、理解した」
自らの意思で艶虎族の元へと向かうのならば、報復を受ける事も逃げる事はない。
艶虎族にとっては好都合かつ、男にとってもこれまでの暮らしを捨てる覚悟があるのならば
美女に囲まれ、酒池肉林の日々を過ごせる事だろう。
「――――アンタはどうなんだい?」
気がつけば、地べたに座っているオレの目の前に
ミネヴァが四つん這いでこちらの顔を覗き込んでいた。
酒の影響なのか、頬は火照って艷やかな瞳が揺れていた。
「濡れビトになれば、種馬としての奴隷のような扱いを受けなくてもいい。
無翼種だと罵られる事もネェ。それに――アンタがいた方が、リーシェも喜ぶ」
「…………」
きっと、男としては見目麗しい艶虎族に囲まれて過ごすのはさぞ楽しい事だろう。
好き者であれば尚更、桃源郷に映るに違いない。
「――――オレにはやらなければならない事がある」
「ハハッ、そういう目をしてるよテメェは。
後、数週間あれば確実に堕とせる自信があったんだがよォ?」
「ふん、オレは目的を成し遂げるまでは絶対に屈しない」
「そういうヤツを虐めるのが一番楽しいのよォ?」
「酒臭い。近づくな」
オレは鬱陶しく絡んでくるミネヴァを押し返しながら、
予想だにもしなかった自由に、翼が生えたような高揚感を感じていた――――。