「…………ハッ!? オレは……どうなった……?
ぐっ……! あれから一体……何が起こって……」
頭が酷く痛む。
どうやらオレは何者かに鈍器のようなもので
激しく後頭部を殴打され、気絶させられたらしかった。
あれから、ミネヴァに指示された場所で待っていたのだが、
それからの記憶が全くない。
また、彼女に騙されたのだろうか?
「お目覚めですか?」
「…………誰だ?」
しかし、目の前に現れたのはミネヴァではなかった。
どこかで見覚えがあったが名前まで思い出せない。
酷く酩酊しているような感覚で上手く思考が纏まらない。
「ふふ、あれだけ濃厚なひとときを共に楽しんだというのに……
割と薄情な方なんですね」
「…………あの宴の時に居た女か?」
確か、ラナと言われた艶虎族だったはずだ。
何故、ミネヴァでなくて彼女がここにいるのか――。
そもそも、ここはどこなのか。いつもの牢屋とは違う場所だ。
「…………ッ! なんだ……これは……」
オレは身体を動かそうとするが、そもそも首が全く動かない。
視線だけを動かすと、どうやら穴の空いた木板に首を拘束されているらしく、
身体も厳重に縛り上げられ、腕は後手に、足は開かされたままで
前かがみの体勢のまま固定されており、ビクともしない。
ただ金属音が擦れる音だけが虚しく響いており、
これはおそらく鎖で縛られているのだと認識する。
いくらオレでも力でどうこうなる物ではない。
「折角、搾畜用にこしらえたのに……お気に召しませんか?」
「搾畜……だと? 俺達は開放されるとミネヴァから
聞いていたが……聞き間違いだったのか?」
「あは……あの子、そんな事言ってたんですか」
ラナはミネヴァも愛用していたと思われる針を指の間でクルクルと遊ばせ、
オレの胸板をしなやかな指先が這い回り、犬でも愛でるかのように顎を撫で回す。
ミネヴァが獰猛な虎であるなら、彼女はまるで蛇のようだ。
前者は苛烈な分、素直で何を考えているかは分かりやすいが、
彼女は全く逆――心臓を撫で回されているかのような不快感を感じる。
「そんな勿体ない事、する訳が無いじゃないですか。
最も……もう彼女に会う事は無いかも知れませんけれど」
「…………? どういう事だ?」
「――――だってもう死んでますから」
一瞬、オレはラナが何を言ったのか理解出来なかった。
ただただ、世界が止まったかのように思考が固まり、
感情だけが魔女の大釜の中身のようにグチャグチャにかき混ぜられる。
「え……あ……? 何を言っているんだ……?
あんな……殺しても死なないようなヤツが……死ぬワケが……」
「ふふ、私にとっても予定外でした。
精々、保守派の彼女にも苗床として頑張って貰おうと思ったのですが……
これがまた、鬼神の如く暴れて……つい、心臓を一突きしてしまいました」
「つい……じゃないだろうッッ!! 貴様……何をしたか分かっているのか!?
仲間を殺したんだぞッ!?」
「ええ、仲間だから、苗床として生かしてあげようと
したんじゃないですか。私も殺すつもりはありませんでした」
噛み合わない、噛み合わない――どこまでも話が噛み合わない。
「理由が分からない……何故だ……
何故、彼女を殺した……!?」
「意見の相違と言った所でしょうか……?
そうですね……貴方は男を攫い、各地を放浪する
今の艶虎族の在り方をどう思いますか?」
「それは…………」
正直に言って、攫われる者にとってはたまったものではないだろう。
それに、艶虎族自体にもリスクがある。
現に、オレも攫われた男を探す依頼を受けて近辺を捜索していたのだ。
艶虎族の集落が見つかった場合、下手をすれば皆殺しだ。
ミネヴァは一定周期で部族ごと移動し、男達を解放すると言っていたが、
外部の人間からするとそのような事知ったことではなく、
山賊共とやっている事はなんら変わりない。
だがしかし、彼女達の生き方を否定するつもりはない。
腹が減って鳥や獣を狩り、腹を満たす事と何が違うのか。
「危険――だな、お互いに」
「そう、私は平和に暮らしたいんですよ――。
ですから、私は艶虎族の在り方を変えようとしました。
――――種馬を攫ってくるのが危険なら、自分で作ればいいんですよ」
「作る…………?」
「ええ、単純な話、家畜ですよ。
狩りをするよりずっと安全で……効率的でしょう?
孕んで産んで……また孕んで……艶虎族の中で
完結させれば、全て丸く収まります」
ラナの言う事は分かる、確かにこの上なく合理的だ。
種馬を鶏や牛に置き換えればいい。
しかし、オレの中の何かが警報を鳴らす。
――――それは間違っていると。
「――――お前達は、血が濃くなりすぎないように放浪していたんじゃないのか?」
合理的だが重大な問題がある。そう、近親相姦だ。
区切られた箱庭の中で全てを完結させれば、
否が応でも近親相姦の形となり、その血は濃くなっていく。
ヒトは異なる遺伝子を交わらせ、病気などの耐性を見に付けていく。
そのような事を繰り返せば、風が吹けば飛ぶ枯れ葉のように
身体は弱くなり、部族ごと滅ぶだろう。
そうなってしまっては本末転倒であり。
奇形児等、病気以外にも様々な問題も山積みだ。
今の艶虎族の在り方は、長い刻を経た中で営まれた生態系のようなものであり、
それもまた、合理的なものなのだ。
「えぇ、だから色んな種族を裏で収集していたんですよ」
「うぐ、ぁぁ……! もう……止めてくれぇぇ……!」
「…………!?」
感情が昂ぶっていて気が付かなかったが、
横を見てみればオレと同じ様に拘束されている
色々な種族の男達が居り、まるで家畜のようにペニスを搾られていた。
さながらその光景は牛舎のようであり、
強烈な獣臭いオスの香りと、絶望する嬌声が響き渡っている。
「そして、最後のピースが貴方ですよ。竜人は中々採れませんからね……
それに前に頂いたザーメン……中々味わい深かったですよ。
きっと丈夫な子が生まれるでしょうね」
「…………ッ!? 彼女は……リーシェはどうした……!?」
そう、ミネヴァが殺されたのだ。このオレでも衝撃的であり、
彼女がどのような強烈な感情を抱いたのかは想像もつかない。
「あぁ……あの子ですか……彼女も艶虎族の仲間、ですからね、
今も"頑張って"頂いてますよ? ふふ…………
幸い、貴方が初体験を済ませてくれたようですからね、
孕むも産卵するのも効率的に行ってくれるでしょう」
「き、貴様、アァァァアァァァ~~~~~~!!!」
ラナの言葉にオレの頭の中は真っ白になる。
白く――より白く濁った白で塗りつぶされていき、
ブチ、と頭の血管が切れるような音を聞いた。
「あら…………?」
「グ、オォォォ、ォォ……! ガアァァァァァッ~~~~~~!!!」
ミキ、ミチ、とギロチン台が嫌な音を立てていき、
付け根から徐々に引き千切られていく。
オレは荒ぶる竜のような雄叫びをあげ、
身体が傷つき、竜皮から血が滴るのもお構いなく鎖を引きちぎり、
尻尾で石の壁を一部破壊していく。
そして、そのまま猛獣が如く、
オレはラナへと殴りかかったのだった――。