出された料理に舌鼓を打ちながらリュメイヌや
どうやら、彼らにも複雑な事情があるようで――。
透き通るような月の下――黄金海は月光に照らされて
どこまでも蒼く輝き、白昼とはまた違った輝きをたたえていた。
そんな深き静寂に包まれた蒼の世界の中、
レギオンの野営地は篝火で明るく照らされ
空を紅く燃え上がらせている。
黄金海がたなびく度に草木の擦れる穏やかな音が響くが、
レギオンの周辺だけは賑やかさに包まれており、
晩餐に舌鼓を打つ者、盃を交わす者、子供達の笑う声――
どこか穏やかな祭りにも似た、居心地のいい雰囲気が流れていた。
どうやら、オレを歓迎してくれる晩餐らしく、
普段より豪華な食事を振る舞ってくれたようだった。
有言実行と言った形でセルバルは自ら腕を振るっており、
出された羊料理の数々は絶品だ。
「どうだ? セルバルは嘘はつかない。
こんな美味いもの中々味わった事がないだろう?」
「あぁ、羊肉は癖のあるものだと聞いていたが……
ただただ美味くて驚いている」
セルバルは舌鼓を打つオレの姿に満足そうに頷き、
気分良さげに酒瓶を煽ってラッパ呑みしていた。
既に相当出来上がっているのか、
顔は真っ赤で髭をヒクヒクとさせている。
「新鮮だからな! それはそれとして……
もっと竜の国の事を聞かせてくれ。
確か……全部五つあると本で見た事があるが……
ぽろんの居た国はどこなんだ?」
「ユランだ。オレの居た所は白妙の国と
呼ばれていた。他の竜の国と比べて
一番栄えていたな」
「ふんふん……原竜という国を守護する竜が
各国に居るらしいが……そこは二体いるらしいな。
実際に見た事はないが……」
「あぁ、オレも片手で数える位しか見たことがないが……
このレギオンをすっぽり覆ってしまう程の大きさだったな
後は――」
セルバルと他の
オレの話に興味津々と言った様子で耳を傾けていた。
言葉を続けようとすると、リバーシュが
頭をかき毟りながらこちらへやってきており、
セルバルの酒瓶をひったくると一気に中身を飲み干した。
「おい! セルバルの命の水に何をする!
お仕置きされたいのか!?」
「ぷぁ…………! 仕置きされるのはテメェだ、クソジジイ。
次はテメェが見張り番だろうが」
「…………そうだったか?」
「脳味噌の代わりに酒でも
詰まってやがんのか? シバくぞ」
どうやら、リバーシュは今まで見張り番をしていたらしく、
セルバルと交代しようとやってきたようだ。
彼の飲んだ酒はかなり度数の高いものだったせいか、
既に顔が鬼灯のように赤くなっていた。
「それなら、オレが代わりに行こう。
少しでもレギオンに置いてくれた恩を返したい」
「気が利くなちゅらんは! それなら……
セルバルと二人で見張りをしようじゃないか」
「待てテメェ、その酒瓶を置いていけ!!」
オレはセルバルに肩を組まれてレギオンの外まで連行され、
リバーシュは苛立ちながらオレ達の後を付いてきたのだった――。
――――
「チッ……なんでまたオレが
見張り番をしなけりゃならねーんだ……」
「リバーシュが勝手についてきたんだろう。
それに、呑みたいならここで呑めばいいじゃないか。
見張りはセルバルとぷらんに任せろ」
「テメェは呑む気しかねぇだろうが!
ご丁寧に肴まで持ってきやがって……」
オレ達はレギオンの野営地を警護する為、
近くにある見晴らしの良い丘までやってきていた。
とは言っても、セルバルは見張りは二の次で
オレの旅の話を肴に酒を煽る気満々だった。
リバーシュは結局成り行きでオレ達に付き添い、
結果として見張りを継続する形になってしまっていた。
「アンタも楽にして酒でも呑んでくれ。
警護の役目はオレが引き受けよう」
「…………」
「いやぁ、とろんは本当にいいヤツだな!
セルバルは気に入ったぞ!」
「バカ、テメェに言ったんじゃねえだろ」
彼はじっとりとした流し目をこちらにやると、
先程、セルバルから奪った酒瓶を煽った。
「…………ふぅ」
「ほれ、空の胃袋に酒をいれちゃイカンぞ」
「クソジジイ……こんなものまで
くすねてきやがって……」
セルバルは小袋の中一杯に詰まっている
干し肉をリバーシュに手渡した。
リバーシュは呆れながらもそれをひったくり、
味を噛み締めながら酒を更に流し込んでいく。
そして、そのまま夜空を見上げながら
言葉も発する事なく朧月を見つめ続ける。
「…………オンドリッドの事でも
考えているのか?」
「…………あ? なんでオレが
あんなヤツの事なんか考えなきゃ
いけねーんだよ」
――――またあの顔だ。
オレが初めてセルバルと会った時、
言い淀んで苛立たしげに立ち去ったリバーシュ。
その時と全く同じ表情をしており、
色んな感情を魔女の大釜で煮詰め、
乱雑にかき混ぜたような複雑なものだった。
「――そう、それでいい。
オンドリッドは帰ってこない。
もう、過去の者だ」
セルバルは諭すような口調のまま
篝火を見つめながら呟いた。
リバーシュは眉を歪めながら
その感情をぶつけるように更に酒を煽っていく。
「レギオンの子供達も話していたな……
あまり首を突っ込むのは何だが……
オンドリッドというのは誰なのだろうか?」
「テメェには関係ねぇよ……」
「ふむ……オンドリッドはリバーシュの弟でな……
まぁ、これが全然似てないんだ。
体毛の色から体躯、性格まで何もかも……
本当に同じ親から生まれたのかと思うくらいにな」
「ケッ…………あんなふざけた野郎
居なくなって清々したぜ」
不機嫌そうにするリバーシュを前に、
セルバルは静かに語りだした。
リバーシュは恨めしげにセルバルとオレを交互に見やるが、
諦めたように深い溜め息をつくと、干し肉を頬張って咀嚼する。
オレは他人の事情に首を突っ込み、
このまま耳を傾けていて良いものかと悩んだが、
もっと、リュメイヌや草原狼獣人(アシモベルク)達を知りたいとも思っていた。
「だが、オンドリッドは一週間ほど前、
レギオンから首都へと旅立ち、
消息を断った」
セルバルはピンと立っていた耳をしゅん、と垂らし
オンドリッドという者が居なくなったのを
心底悔やんでいるようだった。
「それは……何か事件に巻き込まれたのか?
それとも……自らの意思で?」
「首都への道の途中、放り出された荷車だけが
誰の手にもつかずに残されてやがったぜ。
争った形跡もどこかへ行った形跡もねェ。
ご丁寧にアイツと荷車用の家畜だけ消えてな」
「霧笛の濃獣の瘴気に
してやられたか……」
「トロトロしてるから霧に呑まれやがるんだ。
自業自得ってヤツだ……あんなヤツ……
居なくなっても誰も困らねぇ」
場にはしんみりとした空気が流れており、
セルバルはオンドリッドを思い返すように月を見上げ、
リバーシュは一層不機嫌そうに呑み干した酒瓶を放り投げる。
静寂に包まれた月明かりの丘に、
焚き火の弾ける音と酒瓶の転がる
高い音だけが残響していた。
「その……霧に呑まれるとどうなるんだ?」
「知らねェよんなもん……霧の中に入ったヤツは
誰一人帰ってこなかったからな」
「数少ない生還者の話では……
なんでも粘液の雨が振ってきただの、
巨大な怪鳥を見ただのと聞くが、
実際にはわからん」
「霧の中心地に近ければ近い程、
粘液の雨は酷くなっているようだ。
生還率もそれに比例しているらしい」
「この大陸を旅するなら……
霧には絶対近づくんじゃねェ。
その硬そうな頭に叩き込んどけ、クソトカゲ」
どうやら、霧笛の濃獣はオレの知る"獣"
とは逸脱しているようだ。
獣害の範疇ではなく、それは天災や災害の方が近い。
「一週間……か……怪しいが……
生きている可能性は無いわけではないな……」
「…………何を考えている? ぷるーん」
思案するオレの顔を火照って少し眠そうな表情で覗き込むセルバル。
霧笛の濃獣がどれだけ危険な相手なのか定かではない。
しかし、何も倒そうという訳ではないのだ。
行方不明になった場所が分かっているならば、
雲を掴むような話でもない。
必ず、その近辺には手掛かりが残されている筈だ。
もし――最悪の事態が起こっていたとしても、
せめて遺品だけでも持ち帰ってやりたい。
戦う事しか能の無い自分にとって、
このレギオンの恩に報いる、唯一の方法にも思えた。
それに――大事な人の生死も分からない辛さというのは
オレは痛いほどよく分かっている。
「…………ユランだ。
その消息不明になった場所の詳細が知りたい。
何か……助けになれるかもしれない」
「はァ? テメェ……耳の中にチーズでも詰まってやがんのか?
近づくなっつってんだろ!」
「リバーシュの言う通りだ。
界獣は通常の獣の類を相手にするのとは訳が違う……
雨が降れば納屋へ入る、霧笛の濃獣が来たれば道を開ける。
それが古より伝わる、このリュメイヌの理だ」
「…………」
「――――よし。
では、ぽろんに良い物を見せてやろう。
丁度ここから近い所にある……」
「…………?」
セルバルはアルコールを帯びた身体を
少し気怠そうに起こすと、丘を静かに降りていく。
「早く来いよ、ウスノロ」
オレは疑問を浮かべながらも、
先導するリバーシュとセルバルの後を
付いて行くのだった――。