手掛かりを掴んで霧の中を一人で駆けるも、
その先で目にしたものは信じられないような光景だった――。
「また……誰、か……来たノ……?」
空気と背筋が凍りそうなおぞましい声と共に、
濃霧が少し薄れて声の主の姿が明らかになっていく。
霧のカーテンの先から姿を現したのは、
見上げるような巨大な生物だった。
それはセルバルのレギオンの家屋の一つや二つを
ゆうゆうと超える程の大きさを誇っており、
病的なまでの白く分厚い肉の表面には糸を引いた粘液がてらてらと輝く。
かろうじて顔の部分は確認出来るものの、
表情さえ掴めない程の脂肪が目立ち、
醜い顔の上には触手のような触覚がついている。
下半身はまるで細長い風船のように膨らんでおり、
一見、蛇のような魔物にも見えるがどちらかといえば
その粘着質な体液も相まって
「こ、これが……
「あ、ぁぁ……! 来ちゃ……ダメだ、よぉ……!」
その霧笛の濃獣と思われる怪物の上半身――
女性で言う所の右乳房の部分には
今の声はそこから聞こえたようだった。
「貴方がオンドリッドと言う者か!?」
「そうだけ、ど……! そんな事はいいから……
早く……逃げてぇ……!」
「そうはいかない! セルバルとリバーシュから話は聞いた!
オレは貴方を助ける為にやってきた!」
「うぅ……無理だよぉ……!
だって……こいつは……! うぐぅ……!」
既にオンドリッドの胸から下部分は
一体、内部では何が行われているのか分からないが、
肉と粘液が蠢く度、艶めかしい音と共に
オンドリッドの身体はビクビク、と痙攣しており、
凄惨な行為が行われているのは間違いないだろう。
「貴様ァッ! 今すぐその
さもなくば……斬る……!!」
「あは、は……♪ あははははははは♪
いつも、の……子犬さん、じゃ……なイ……♪
オイシイ? オイシクナイ? キレイ? キタナイ?」
斬竜刀を引き抜き、明確な殺意を持って身構えているにも関わらず、
目の前の化け物は瞳孔の開いた歪な瞳で見下ろしながら、
さも愉快そうに嗤い続ける。
「やはり獣……言葉は通じないようだな……!
なら……悪いが強引にでも押し通る……ッ!」
正直に言って、これほどの大きさの怪物を
倒すにはオレ一人では明らかに役不足だ。
そして、今一番優先すべき事は、
オンドリッドを救い出す事だ。
隙を伺ってあの乳肉ごとオンドリッドを抉り出し、
どうにか、この濃霧の中から逃げ出すのだ。
「あはははは、言、葉……知って、ル……知ってル……♪
モットモット……子犬さんの言、葉……聞かせテ、ェ♪」
触手のような物が生え、言葉や上機嫌な様子とは裏腹に、
戦闘の意思を見せる。
大小様々な大きさがあるが、最小の物ですら
オレの腕の半分程の太さがあり、少しでも攻撃されようものなら
致命傷は避けられないだろう。
(来る…………ッ!!)
容赦なく触手が振るわれ、巨大な肉の塊が迫り
風圧で霧が陽炎のように揺らめく。
小さい触手が横薙ぎに払われ、オレは最小限の跳躍で
躱しながら
(斬り裂……ッ!? 無理だ……ッ!!)
続け様に巨大な触手が天を穿つが如く伸ばされると、
蚊でも押し潰すようにオレへと叩きつけられる。
想像以上にその動きは速く、
一思いに触手を斬り裂いてしまおうと思ったオレは
咄嗟に無理だと判断し、横へと飛びながら地面を転がる。
凄まじい轟音と共に爆発と砂煙が広がり、
オレが数秒前に居た場所には肉の塊が大地を蹂躙しており、
触手が空中へと持ち上げられると、生々しく地面が抉り取られていた。
(あの背中から伸びる巨大な触手――
あれだけは確実に避けなければ
致命傷は免れない……!)
しかし、逆にその触手以外は、
十分オレの斬竜刀でも対処できそうだ。
倒す事は考えなくていい。
触手が減って攻撃の頻度が減った所で、
一気にオンドリッドが囚われている乳房の部分を切り抜き、
オレが
オンドリッドがどれほど疲弊しているのか、
どれだけ動けるのかにもよるが、
これに賭けるしかない。
もしかしたら、既に体力の限界なのかもしれない。
これ以上、悠長に時間を掛けている暇は無い。
(頼む――! 持ち堪えてくれオンドリッド――!)
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛……!! どう、し、て……
テイコウスル、ノ……?
ドウシ、テ? ドウシテ?」
「黙れッッ……! 貴様こそ……
オンドリッドを離せぇッ……!!!」
最初はすぐにオレの事を捕らえられると思っていたのか、
自身の思い通りにいかずに徐々に苛立ち始める
更に触手の量を増やし、無数の肉鞭は蛇のように
一斉にオレへと殺到する。
「この程度……ッ!! ハアァァァァッ!!!」
大きく斬竜刀を後ろに構えると、
全身をバネにするように身体を捻らせ、
渾身の力を込めて斜めに薙ぎ払うように一閃を放った。
すると、凄まじい斬撃の風圧によって
周囲の霧がぶわり、と晴れていくのと同時に
触手が
無数の肉片やゼリー状の固形物になりながら飛び散っていく。
「痛、イ…………? 痛イィ……!?
イタイイタイイタイッ……イタイィィィィッ!!!」
霧笛の濃獣は半狂乱に叫びながら、
頭を抱えて金切り声を響かせる。
(いける…………! 今ならば……!!)
霧笛の濃獣(むてきののうじゅう)に歯向かう者などおらず、
オレのように真っ向から立ち向かう者など、
湖の底に沈んだ都市の者達のような大昔にしかいなかったのだろう。
そう思うと、オレが抵抗しただけで見せた
激しい苛立ちも、痛みに耐性が無いのも納得出来る。
「はわわ……!」
「じっとしていろ……ッ!!」
オレは隙だらけの
オンドリッドの囚われている右乳房の上へと跳躍し、
ミネヴァの短刀を取り出すと躊躇なく垂直に突き刺し
氷河で魚を釣る穴でも作るように
オンドリッドの周囲を円状に斬り裂いた。
内部もゼリー状になっているのかと思いきや、
肉壺のようにオンドリッドの身体を包み込んでおり、
触手が全身に巻き付いていた。
「オレの手に掴まれ……!」
「う、うん……!」
「グア……アァァァッッ~~~~~~!!」
渾身の力を振り絞ってオンドリッドを
乳房の中から強引に引っ張り上げる。
触手が不快な粘液を垂らしながら引き千切れていき、
更に力んで勢いよく引き抜くと、
オレとオンドリッドはその反動で空中へと放り出された。
「うぐあぁっ!」
「がっ……! はぁ……はぁ……よし……!
立ち止まっている暇は無い……! 逃げるぞ……ッ!」
「ま、待って……!」
オンドリッドの腕を引きながらその場を離れようとするが、
相当疲弊しているのかその足は
まだ
苦しんでいるのか、のたうち回っているが、
これもいつまで続くか分からない。
今という機会を逃せば確実に
この化け物から逃れる事は出来ないだろう。
心臓が収縮するような激しい焦燥感が全身を支配し、
身体は熱く、チリチリと指先や足先が灼きつく。
「うぁ、ぐ……! ひうぅあぁぁッ……!?」
「ど、どうした!?」
突然、オンドリッドが身体を痙攣させ、
悶絶しながらその場にうずくまった。
彼はリバーシュとは違ってふくよかな身体をしており、
走るという行為は得意そうではなかった。
それに加えて
殆ど体力は限界に近いだろう。
しかし、この苦しみ様は明らかに異常だった。
「…………!?」
オレはオンドリッドの前に
彼の腕を背負って身体を支えようとする。
すると、何かが小さい物が身体の
表面を這いずっているのが見えた。
それは、小さいナメクジやヒルのような生物であり、
良く見ればボロボロになった衣類の隙間から侵入し、
乳首や男性器と言った敏感な部分を這いずり回っており、
驚くべき事にその身体の軟体さや細さを利用して
尿道口や乳首穴へと侵入し、オンドリッドの身体を蝕んでいたのだ――。