視線を落とした先に見たものとは――。
(く……ぅ……! 気をしっかり持て……!
諦めるな……ッ‥…!)
疲弊して揺らめく視界と絶望に沈もうとする心に鞭を打つ。
こんな所で終わる訳にはいかない――
オンドリッドを必ずリバーシュと
カルバルの元へ帰すんだ――。
「…………?」
先程、巨大な触手が振り下ろされて
激しく盛り上がった岩盤――そこに何者かの影が見えた。
――――見えた気がした。
(あれは……まさか……
だが、どうして……)
そこには決して居ない筈の者の姿があった。
こちらの様子を伺う鋭い瞳――。
それは紛れもないリバーシュの姿であり、
まるで獲物を虎視眈々と狙う獣のようだ。
「…………」
「…………」
オレとリバーシュの視線が交錯する。
その瞳は酷く苛立ちを孕んだものだったが、
同時にオレに今すべき事を伝えてくれる。
「ぅ、ぐ……! どうした……? この程度、か……?
オレ、は……まだまだ余裕があるんだが、な……?」
「…………?」
「知らないのか? 竜人は生存本能が強い分……
性欲や射精量も他の種族とは比べ物にならんぞ……?
この程度では……物足りないくらい、だ……」
「ホン、ト? ホント? ホントォォ……♪
嬉シ、イ……嬉しいノォォッ♪」
この化け物を観察していて分かった事がある。
一件、言葉は通じるが本質は野生の獣そのものであり、
自身の生存と欲求以外には恐ろしい程に反応が薄い。
逆に言えば、それさえ刺激してやれば
ある程度は行動に方向性を持たせる事が出来るかもしれない。
どんな凶悪な獣でも必ず無防備になる時がある。
それは――――。
「くは、ぁ……! ぁ……あ、ぁぁ……ッ……!!!」
何かがペニスに強く吸い付くような感触に、
オレは思わず身体を身震いさせて唇を噛んでしまう。
恐らく、乳肉内では先程の産卵管とは別の搾精に特化した触手が
オレの肉棒から精液を搾取しようとしているのだろう。
だが、これでいい。
オレに注意が向けば向くだけ――。
「ギウゥゥゥッ!? ギビィィィッッ!!??」
恍惚の表情を浮かべていたクチュラヌプスの表情は、
突然歪み、
苦悶の表情へと代わり、目を白黒させながらたたらを踏む。
化け物の死角からリバーシュが乳房の根本へと
飛びかかると刃を交差させ、
耳障りな金切り音が響かせながら火花が飛び散る。
凄まじい爆発が化け物の乳房の根本で起こり、
それと同時に浮遊感と共にオレとオンドリッドは
切断された乳肉ごと地面へと落下し、転がっていく。
「うわ、ぁぁぁッ!?」
「ぐぅぅッ……!」
オンドリッドはまだ乳肉に包まれて身動き出来ないようだったが、
オレが拘束されている乳房の上へとリバーシュが跳躍すると、
二刀の刃で瞬時に乳肉を斬り裂いていく。
彼の刃は赤みを帯びており、刃が触れた部分から
蒸気が噴き出していく。
水分を失ったクチュラヌプスの乳肉は
熱したバターのように溶かし斬られていき、
オレは乳肉壺の中から解放される。
まだ下半身には乳肉と触手が絡みついていたが、
両腕はリバーシュのおかげで多少は自由が効くようになった。
腕さえ使えればこっちのものだ。
「…………ッ!」
リバーシュは言葉も交わさずにクチュラヌプスに跳躍し、
さらなる追い打ちをかけようとする。
一瞬、無謀だとも思ったが、あの紅く煌めく刃と
切れ味はなんなのか――。
頭に浮かんだ二つの問いに応えるかのように
クチュラヌプスへ肉薄したリバーシュは
何かが入っている小袋の中身を振り撒き、
刃を交差させ斬り裂くと、肉を足蹴にして一気に離脱する。
その瞬間、火花が飛び散ると同時に凄まじい豪炎が
クチュラヌプスの表面を覆う。
「イギギィ゛ィ゛ィ゛ッ!? ヒギィ゛ィ゛ィ゛イ゛ッッッ!!!」
クチュラヌプスは狂喜乱舞するかのように踊り狂い、
リバーシュが付けた傷を抑えながらのたうち回る。
その表面は黒く炭化しており、生々しい刃の痕が残っていた。
(――――なるほど)
どうやら、この化け物は熱に弱いらしく、
水分が蒸発した部分は再生出来ないようだった。
そして、リバーシュの赤刃はあの袋の中身――、
火薬で高温まで熱された事によるものなのだろう。
そういえば、オンドリッドがクチュラヌプスに
立ち向かった際も火槍を使用していた。
恐らく、この魔物は火に弱いという
(この機会を逃す訳にはいかない――!
一気に畳み掛ける――!)
オレはミネヴァの短剣でオレを包み込んでいる乳肉を
乱雑に引き裂き、どうにか這い出る事に成功した。
「ぐ、ぁ…………!」
身体の状態はあまりにも悲惨だった。
胸板は母乳が溜まっているのか張っており、
腹に至っては妊婦のように膨らんでいた。
睾丸の方も卵が産み付けられているせいで、
軽く身体を動かしただけでずっしりと重みが伝わる。
それに加え、あばらが折れているせいで
斬竜刀を抱えただけで胸部がズキズキと痛む。
だが、今はそんな事を言っていられない。
この千載一遇の機会を逃せば、今度こそ終わりだ――。
全力でリバーシュの援護に回るべきだ。
「ギ、ギギギィィィッ……! イタイ、ノォ゛ォ゛ォ゛ッ!!
もふもふサン……イタ、イノォ゛ォ゛ッッ!!
ドボジテ……ドボジテ食ベサセテクレナイノォォォッ!!!」
血走った目でリバーシュを捉えるクチュラヌプス。
その視線だけで獲物を絡め取ってしまいそうな形相だ。
当の本人は涼しげな顔でその視線を受け流しており、
弾丸のような疾さで飛び回って魔物を翻弄する。
触手の根本部分を爆風を帯びた斬撃で的確に抉り、
着実に化け物の戦力を削ぎ落としていた。
しかし、リバーシュの武器や戦い方は
本来はヒトを想定したものであり、
このような巨大な化け物相手では決定打に欠けている。
それに、彼が持っている火薬らしき物も有限だ。
あまり時間の猶予は残されていない。
「こっちだ――!! 化け物ッッ!!!」
リバーシュとは反対側へと位置するように移動し、、
彼が付けた焦げ跡を斬竜刀で叩き斬る。
常に視界の死角を維持して、両方同時に補足されないようにする。
クチュラヌプスは忌々しげにこちらを見下ろすが、
胴体も反転させてこちらを注視してしまえば、
よりリバーシュは縦横無尽に立ち回れる。
彼が化け物に付けた爪痕をオレはなぞるだけでいい。
「アハ、ハ……♪ アハハハハ……♪
イヂメル……? イヂメ、ルル……?
ワダジ、モ……ワタジモォ……♪」
クチュラヌプスにある背中の巨大な触手が振るわれ、
圧倒的質量の肉の紐が飛来する。
今度まともに受ければ、あばらだけでは済まないだろう。
だが――――。
「爆ぜろ――! クソ蟲……!!」
巨大触手の根本にリバーシュが着地すると、
刃を重ね、閃光と同時に火花を放つ。
彼の利刃は電光が如く瞬き、クチュラヌプスの
肉体を物言わぬ肉塊へと変貌させる。
「ギギィィィッ!!! キ、ヒヒッ……♪
熱イ……ノォッ……♪ 熱……熱イィ……♪」
先程より一際大きな爆発に地面が振動し、
空気と霧がかき混ぜられ、宙で激しく渦を巻く。
その中心では化け物が身体をくねらせており、
苦痛で苦しんでいるか、それとも悦んでいるのかさえ分からない
狂乱の笑みを浮かべていた。
「ガァァァァッ……!!!」
オレは彼が爆破地点から離脱すると同時に、
爆塵の中へ飛び込む。
狙うはリバーシュの付けた深い炎傷。
水分が蒸発して炭化した部分は、
彼の刃よりオレの斬竜刀がよく通る筈だ――。
「一気に……叩き潰す……ッ!!!」
「ギギ、ギギギ、ギ……ッ♪
還ルゥゥ……♪ 還ル、ノノォォッ♪」
背中の巨大触手の根本――そこは丁度、
首根っこの部分であり、そこから斜め一閃に
斬竜刀を振り下ろした。
水分を失ったクチュラヌプスの肉体は
まるでヘチマの中身のようにスカスカで、
どこまでも刃が食い込んでいく。
そのまま反対側まで跳躍しながら一気に斬竜刀を振り抜くと、
そのまま首と胴体は真っ二つになり、
重力に従って地面へと落下していく。
「や、やったか……!?」
「不吉な事を言うんじゃねェ」
地面に膝を付き、荒い呼吸を繰り返しているオレの元に
リバーシュが寄ってくる。
オレは彼の言葉にハッとする。
思わず口から出てしまったが、倒して生死不明の相手に
そういった疑問を投げかけるのは
復活の呪文とされており、あまり宜しくない。
「済まない……」
「はッ……! アンタの復活の呪文は
あの化け物に効かなかったみてェだな?」
粉塵が収まると、そこには体液を滴らせながら
白目を剥いているクチュラヌプスがあり、
あれほど激しく動き回っていた触手は全て静止していた。
――――オレ達は勝利したのだ。
「おっと忘れてたな……」
リバーシュはオンドリッドが囚われている乳肉まで近づくと、
乱雑にオレの近くの地面へと放り投げる。
「ふぎゅ……!」
「さァて……テメェら……
何かオレに言う事はあるか?」