生粋のアシモベルクだと語る。
その理由とは――。
「それの何が問題なんだ? 貴様もそう見えるが?」
言葉をそのまま受け止めるなら、
目の前のアシモフも毛色は若干蒼みがかっているが、
どこをどう見ても
「生物的な意味ではないのだよ……リュメイヌの理――
いや、
霧に怯え、逃げ惑い、共存などと言う甘い綿のような言葉に
生粋の
牙を抜かれた、哀れで弱い……恥晒しの恥狼……!!」
「そんな事は無い! リバーシュは霧の中で
濃霧の化け物と戦った勇敢な戦士だ!」
「では、彼は自らの意思で霧の中へ向かったのかね?」
「…………」
確かにリバーシュは、オレが居なければ霧の中で
オンドリッドを探す事なんてしなかったと言っていた。
だが、オレに引っ張られる形だったとはいえ、
霧の中へ向かったのは紛れもない彼の意思だ。
アシモフの爪だかなんだかは知らないが、
リバーシュの事をよく知りもしないのに、
侮辱の言葉を並べられるのは不快なことこの上ない。
「目の前の脅威から目を背け、共存という言葉で誤魔化し、
尻尾を巻いて逃げる恥狼は必要無い……
それより、東の彼方より舞い降りた新しい風――
私はそれを感じたい……」
「……結局貴様は何が言いたい? お前はリバーシュと
オレ達を襲ったのか?」
一瞬、彼は呆然とした表情をするが、
すぐに含んだ笑みを浮かべる。
彼の演説めいた言葉は若干鼻につくが、
その言葉を無視出来ないような凄みとカリスマ性があった。
「単刀直入に言おう……我々と共に
と戦って貰えないだろうか?
キミの霧をも穿つ勇敢さと、形無き翼が起こす新しい風――
それは、我々にとって必要なのだ」
「――なるほど、やはりそういった魂胆か。
しかし、お願いにしては随分と物騒な挨拶の仕方だな……?
これが"アシモフの爪"とやらの流儀なのか?」
オレは皮肉と共に隻眼のアシモフを睨みつける。
彼らにとっては切実な願いなのだろうが、
襲われたこちらにとってはたまったものではない。
「その点については詫びよう……
だが、キミ達がすぐにサヴァト領に旅立つと聞いてね……
こうでもしないと話が出来ないと思った。
我々でも悪魔の領地は管轄外なのだよ」
「話がしたいのならば面と向かってそう言えばいい。
暴力的な選択肢を取る必要は無い。
「残念ながら……私達、"アシモフの爪"は恥狼達の間では
随分と嫌われていてね……キミだけならともかく、
他に恥狼が居ては
「こんな野蛮な事をしていては
嫌われて当然だろうな」
オレは会話を続ける振りをしながらも
この状況を打破出来る方法を模索し続けていた。
ちらりとティエルの様子を伺うと、
先程より呼吸は荒く、どんどん容態は悪化しているようだ。
彼女の瞬足を使ってここから脱出するというのは
ほぼ不可能と言っていいだろう。
走る事はおろか、毒が更に浸透すれば
命の危険も有り得る。
何より、このような武装した戦闘集団に囲まれている状況で
脱出するという行為自体があまりにも無謀だ。
「大いなる目的と開祖アシモフの意思を貫き続けるには
このような行為も必要なのだよ……
私は喜んで同胞を抱きしめる為の両手を血で染めよう」
――――狂っている。
こういった輩が一番厄介だ。
自分が正しい事をしている、大義名分を得ていると
思っている連中はどんな卑劣で許されざる行為でも、
それを正当化し、執着とも言って良いような
強い意志を持って遂行する。
それ故、罪悪感を感じて手を緩める事も、
自らの考えを変える事も無い。
自分こそが正しい。自分こそが至高。
この考えを理解出来ない者が愚か。
自身と同じ思考と価値観に矯正してやる事こそが相手の為――。
そんな思考回路をしている相手は
説得するだけ無駄だ。
「言いたい事は良く分かった。
だがオレは
かの界獣にどう関わるかは、リュメイヌの人々が決める事だ。
ただの一介の旅人にどうこう出来る問題ではない」
「開祖アシモフとガルガリオンも元は旅人だったのだよ。
彼らと同じ様に……世界を翔ける風が大地に芽吹く事もあるだろう」
「オレの意思はどうなる?」
「勿論、出来得る限り尊重したいがね……
快く共に往くのであれば願ったり叶ったりだよ。
リュメイヌで味わえる最高の快楽と愉悦、立場を約束しよう」
「では、月並みだが――断ると言ったらどうする?」
「ふむ……あまりそうしたくは無いが……
古き良き肉体言語を行使するとしよう。
何、どちらに転んでもキミは悦んで
刃を向ける事になるだろう」
嫌な汗が竜皮を伝う。
状況は絶望的だ。
彼らと戦う事を選ぶのなら、オレは満足に動けない
ティエルを守りながら、この場を切り抜けなければいけない。
どう考えても不可能だ。
目の前のリーダー格の隻眼のアシモフは
相当な手練のようで、この男を相手にするだけでも
骨が折れそうなのに、周りには十人程の
仮にティエルが五体満足であっても、
この状況を打破するのは至難の業だろう。
彼女とオレが無事にこの場を脱するには――。
「分かった……要求を呑もう……
ただし、条件がある。もう一方に逃げた
ここに居るガルガリオンの安全を約束しろ。
それが出来なければ、何をされようがお前の言う事は聞かん」
「おぉ……おぉ……! いいだろう……!
今……新しい風が凪いだ……!
この風は……必ず、豊穣の大地の忌まわしい霧を
打ち払ってくれる事だろう……!!」
隻眼のアシモフは興奮した様子で声高らかに宣言すると、
周りの
星月夜に向かって輝剣を上げる。
「い、いいんですか? にーさん……
こんな奴らの言う事なんて聞いて……」
「今はこうする他ない……分が悪すぎる」
今、彼らに抵抗して無駄に疲弊し傷を負うより、
素直に言う事を聞いた方がマシだ。
それに、一刻も早くティエルを蝕んでいる
毒の治療をしたい。
「あぁ……それと……そこのお前――恥狼の事だ。
お前はその子宮で私の子を孕め」
「――――は?」
聞き間違いだろうか。
ティエルもオレと同じ呆けた顔をしており、
本当にその口から出た言葉なのかと
隻眼のアシモフを凝視する。
「ふむ……聞こえなかったか?
私の子を産めと言ったんだよ。
霧のせいで耳まで腐敗してしまったのか?」
隻眼のアシモフは先程の興奮した様子から打って変わり、
酷く冷めた視線で横たわっているティエルを見下ろす。
軽蔑、侮辱、嘲弄――様々な感情をかき混ぜ、
煮詰めに煮詰めたような酷く冷たい視線であり、
見ていると背筋が凍りつきそうだ。
「あのぉ……もしかしてあーし……
デンジャラスすぎるナンパ
みたいなことされてます……?」
「オレに聞かれても知らん……
これは……
プロポーズか何かなのか?」
「違うに決まってるじゃないですか!
にーさん、
なんだと思ってるんすか!!」
ティエルが信じられないと言った様子で、
こちらに小声で耳打ちしてくる。
オレ自身も彼の発言の意図が分からず、
ただただ戸惑う事しか出来ない。
「アシモフの爪の者と違い、特別な修練を行っていないのにも関わらず、
その強靭な脚力……目を見張る物がある。
きっと優秀な母胎になるだろう」
「はぁ……どうも……って……絶対嫌なんですけど!!
なんでアンタとあーしがドスケベセックス
しないといけないんすか!?」
「別にドスケベでも性行為で無くとも、
精液注入でもなんでもいい。ただ、私の子種で
孕んでくれればそれでいいのだよ」
「断固拒否します!!!」
ティエルは牙をむき出しにし、
毛を逆立てながら隻眼のアシモフを睨みつける。
その反応は至極真っ当だろう。
一体何を考えているんだこの男は。
ティエルから優秀なガルガリオンが生まれそうだとか、
そんな突拍子もない事を考えているのだろうか。
だとすれば、その逸脱した価値観と
狂人じみた執念に恐怖すら覚える。
「ふん……自身の感情を優先させる能無しの愚者が……
開祖ガルガリオンと似て反吐が出る……
だが、本来の目的は達した。一応、その恥狼も連れていけ。
精々、戦士達の慰み者くらいにはなるだろう――」