彼女達の凍えた身体を温める為、暖を取るのだった――。
「んあ~~……生き返るっす……」
「骨身に染みますね……」
あれからオレ達はヴェラクトーレの取ってきてくれた
木片を火に焚べて巨大な樹の下で暖を取っていた。
旅の道中で簡素な道具自体は所持していた為、
オンドリッド程ではないが軽食を用意する事も出来、
おかげで彼らは身体の芯から温まっているようだった。
「それよりもなんだ? 恥狼……その無様な姿は……
とうとう
姿さえも捨ててしまったのか?」
「そんなのあーしが聞きたいっすよ……」」
ティエルは胡座をかいたオレの足の上に座り、
手に取っているカップからスープを飲んでいたが、
ヴェラクトーレの物言いにむっとした表情になる。
「しかし、本当にどうしたんだろうなその姿……
オレが以前話していた竜人種の
ゲイルズィーガーにそっくりだが……」
「それはこっちが聞きたいっすよ……
あーしも吹雪に襲われて気がついたら
にーさんの腕の中だったんですから……」
改めて彼女を見下ろすと、逞しいガルガリオンの姿は見る影もない。
オレの知っているゲイルズィーガーの姿を
手のひらサイズ程にしたらこのような形になるだろうか。
「だいたい……アシモフの爪の連中が
襲ってこなければこんな事にはならなかったですよ!」
「何を言うか。貴様が脳足らずで
逃げたからこの様な事態になったんだがね……
さっさと私達に協力してくれれば何も問題は無かったのだ」
「ホンットにアンタ達は自分の事しか考えない連中っすねぇ……!
これだからリュメイヌの鼻つまみ者は困るっす!」
「黙れ恥狼。戦いもせず霧から逃げ回り、
恩恵だけは一心に貪るリュメイヌの寄生虫が……
開祖アシモフもこんな奴らが蔓延ると分かっていたら、
命を呈して
ティエルとヴェラクトーレの鋭い視線が交錯し、火花が飛び散る。
よく状況や関係が分かっていないアルビノの少女は
少し困った様子でその光景を眺めていた。
「にーさんもなんとか言ってやって下さいよ!
ストーカーされてる張本人なんすから!」
「あぁ……迷惑なのは間違い無いんだが……
今はそれどころではないしな」
こんな訳の分からない状態になっているのは
アシモフの爪一党やヴェラクトーレにも一因――
いや、三因くらいあるかもしれないが、
オレは本気で怒る気にはなれなくなっていた。
彼は常識や価値観こそズレているものの、
自分自身の快楽や欲望で動いているのではない。
でなければ、恐ろしい花びらや人形から身を挺してまで
オレを庇ったりはしない。
あの必死な姿は子や縄張りを守ろうとする
親狼のようにも見えた。
「あはは……仲良さそうで何よりです」
「どこをどう解釈したらそう見えるっすか!?
ねーさんも気をつけないと孕まされますよ!」
「……そういえば、貴女は大丈夫か?
まだ身体が冷えるのならば、
オレの外套も貸そう」
「いえ、もう元気一杯です。
おかげで助かりました」
むん、と彼女は両手で握り拳を作って
自身の体調をアピールした。
良く見れば、彼女は
特徴的な純白の毛に耳と尻尾、そして紫色の瞳孔をしている。
どんな種族かは分からないが猫獣人の特徴が垣間見え、
少なくとも
「貴女はヴェラクトーレと同じ、アシモフの爪なのか?」
「私の派閥にはアルビノの猫獣人なんて居ないよ」
「もしかしたら、ティエルのように
姿が変わっている可能性もあるだろう」
「アシモフの爪……?」
アルビノの猫獣人はしゅん、と耳と尻尾を垂らし、
少し混乱している様子でオレ達を交互に見やった。
「えっと、良く分からないですけれど……
そちらのおじさんとは初対面なので、
多分違うのかなと……」
「ふむ……では質問を変えよう。
――貴女は何故あの場に居たのかね?
アシモフの爪でもユラン殿の連れ人でも無い者が
星月夜の中、霧の近くに……?
おかしいじゃないか……」
ヴェラクトーレの声色と雰囲気が変わる。
その全てを見透かすような鋭い眼光は
アルビノの猫獣人を射抜いている。
すぐにヒトを疑うのは関心する事ではないが、
確かにヴェラクトーレの疑問も最もだ。
状況から見て、同時期にやってきたのは
間違いないだろう。
白い花びらに囚われる事が
この世界に来る為の片道切符ならば、
オレ達と同じくあの付近に居なければおかしい。
「あの場……? えと……
何の話をしているのかさっぱり……」
食い殺そうとしかねないヴェラクトーレの
爛々とした眼光に対して、少し困惑した様子の
アルビノの猫獣人だったが、
真正面からその威圧感を受けながらも、
ヴェラクトーレへと言の葉を返した。
「待て、話が噛み合ってない、ヴェラクトーレも落ち着いてくれ。
彼女達は凍え死にしそうになっていたんだぞ。
込み入った話は体調が回復してからでも遅くない」
「あー、兄さんは優しいっすねぇ。
どこかの片目のヘンタイ狼おじさんと違って」
「よく
ヴェラクトーレもオレと喋っている時は
幾分かマシだったのに、
何故、ティエルとの会話ではこうも
売り言葉に買い言葉の応酬になってしまうだろうか。
「とにかく、これからどうするか
考えなければいけないな……
一刻も早くリバーシュ達と合流したいが、
ティエルもそのままの姿では……」
「んー……身体も小さくなって可愛いし、
にーさんとお揃いだし、
案外良いかなーなんて……」
「カカ……! とうとう恥狼の姿すら捨てようというのか……
これが生粋の
「うがーーーー!!」
「ぐ!? このトカゲ鳥……ッ! 良さぬか……!
私の髪の毛を毟るな……!」
とうとうティエルは堪忍袋の緒が切れたのか、
まるでカラスのようにヴェラクトーレの頭をついばみ、
髪を毟っていた。
(本当にこんな調子でこの歪な世界から
脱出出来るのか……?)
ティエルとヴェラクトーレの様子を見ながら、
呆れるようにこめかみを指で押さえる。
ティエルの身体の事や、アシモフの爪一党の件も
一旦は棚の上に置いているような状態で、
あまりにも問題が山積みで頭が痛い。
「やっぱり、ここは霧氷の乙女の箱庭――」
ヴェラクトーレとティエルを尻目に、
ぽつりとアルビノの猫獣人は呟く。
「そういえば、アシモフの爪一党の一人も、
その言葉を口にしていた記憶があるな……
一体、霧氷の乙女とはなんなんだ?」
「何、御伽噺のような物だよ……リュメイヌの北方――
動かぬ霧の中には霧氷の乙女が暮らしており、
迷い込んだ者を永遠の箱庭に囚えると」
「初めて聞いたっす……」
「実際に霧氷の乙女が存在するのかどうかは定かではないがね……
なにせ、
帰ってきた者は居ない。誰一人ともね……。
最も、場所は分かっているから近寄らなければ済む話だが……」
どうやら、ティエルの反応を見るに、
霧氷の乙女とはリュメイヌに住んでいる者なら
誰でも知っている話ではないらしい。
特定のレギオンでしか共有されていない情報なのだろうか。
「なるほど。しかし、先程の錆色の世界やここを見るに、
何らかのヒトの意思や手は介在しているように感じるな」
流石に先程の人形達や壊れた調度品、
そして、この水晶花の園を見るに
明らかに自然に存在している物ではないだろう。
誰が、何の為にこのような場所を作り上げたのかは知らないが、
今のオレ達にとってはただの脅威でしか無い。
「そうですね……なんとかしないと……」
「あぁ、そうだな。ん、ええと……」
呟いたアルビノの猫獣人に同意しようとするが、言葉が出なくてハッとする。
何気無く会話に混ざっていたが、まだ彼女の名前すら知らないのだ。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。
なんと呼んだらいいだろうか?」
「あ、私ですか? 私は――」
「私はルナリス――以後、お見知りおきを……
素敵な竜と狼の演者さん」
「――――」
鈴の転がるような――それでいて皮膚の下を何かが這い回るような
得も言われぬ声はアルビノの少女から発せられたものではなく、
どこからともなく響いてきたのだった――。