その手には招待状と呼ばれた鎖の絡まった羽根が握られていた――。
「大丈夫っすか……?」
「あぁ……済まない……」
まるで嵐のように去っていった霧氷の乙女。
その残り香は色濃く、謎の紋章まで
下腹部に刻み込まれてしまった。
ティエルが雪を溶かした水で冷やした布を持って
オレの額に当てて看病をしてくれているが、
尚も身体の火照りは収まらない。
「いやはや……参ったねぇ……
まるで身体が溶鉱炉のように滾る……
なぁ……ユラン殿?」
傍の木にはアシモフの剣と呼ばれた物を立てかけ、
どこか憂いを帯びた瞳でヴェラクトーレはこちらを見つめてくる。
「し……知らん……!」
普段なら気色悪ささえ覚えるものだが、
何故か今のオレはその姿を艷やかとすら感じており、
そんな自分に気がつくと、ハッとして顔をそらす。
何を考えているか良く分からない彼だが、
どうやらオレと同じ様に昂りを感じているらしい。
やはり、刻みつけられた怪しげな紋章のせいなのだろうか。
(…………)
視線を下ろし、掌の上の鎖が絡まった羽根を見つめる。
霧氷の乙女は招待状と言っていたが、一体どういう意味なのだろうか。
大体何故、オレのアソコからこんなものが――。
「ティエル、ありがとう。
もう大丈夫だ……そっちも休んでくれ」
「ホントに大丈夫っすか……?
その……あんな事された上に……
得体の知れないものを刻みつけられて……」
「だ、大丈夫だから……
向こうへ行っててくれ……!」
「…………?」
豹変し、手で押しのけるようにした
オレの様子に首を傾げるティエル。
だが、こうでもしないと股間部にテントが
出来てしまっているのがバレてしまいそうだったからだ。
先程味合わされた、どこまでも堕ちてしまいそうな
甘美なる快楽。思い出してしまっただけでこの体たらくだ。
早くこの紋章もなんとかしなければ――。
「やはり、ここはリュメイヌではないようだね……
先程の錆色の世界を垣間見た時からそういった疑惑があったが、
彼女を見てようやく確信へと変わっていく。
問題は、オレ達がどう
本来、
無意識状態の者が訪れる場所だ。
同じ場所ではあるが、死者として訪れるのと
生者として訪れるのとではまるで訳が違う。
生者であれば眠りから覚めれば
元の肉体のあった場所へ戻れるだろう。
だが、死者ならば刻が来れば、
生者では決して往く事のない別の階層へと旅立ち、
二度と戻ってくることはない。
それはオレ達のいる世界――
完全なる解脱を意味する。
「なら……オレ達は、
死んで……しまったのか……?
「――――」
誰も言葉を発さない。
――いや、怖いんだ。
そう、自覚してしまうのが。
現にオレは激しく後悔をしている。
口から吐き出された言葉は耳を伝い、
全身に行き渡ると脱力感へと変わっていく。
現実での出来事が走馬灯のように駆け巡る。
嗚呼――結局オレは何も成し遂げられず、
「いや……説明が付かない事もあるよ。
第一層では、この歪な世界や霧氷の乙女のような
荒唐無稽な振る舞いは出来ない筈……」
「そ、そうっすよ……!
あーしはこんな変な所来たことないっすよ!」
「…………」
そうだ、まだ諦めるのは早い。
亡者ならば亡者らしく、生にしがみついてやる。
この雪原で静かに眠るのはそれからでいい。
「――そうだな、まずは歩こう」
そう言って、オレは静かに立ち上がる。
深く考えすぎて身動きが取れない事もあれば、
思慮浅く、頭より先に身体が動く事もある
どうしようも無い自分だったが、
今はその単純な思考が有り難かった。
それに、これはオレだけの問題ではない。
ヴェラクトーレやティエル、猫獣人の彼女もいる。
特に、ティエルは仕事でオレを運んでいただけに過ぎず、
完全にいざこざに巻き込まれた形なのだ。
彼女だけはなんとしても
元の世界に帰してやりたい。
「しかし、どうしたものかね……
童話の世界宜しく、霧の魔女の首でも獲ってみるかね?
魔法が解けるかもしれないよ?」
「いや……お前も見ただろう……?
彼女の領域内ではオレ達は人形遊びに使う玩具と同じだ……
まともにやりあっても勝ち目は無い。
だが、間違いなくオレ達より情報を持っているのは事実……」
「では……?」
「ああ……もう一度、霧氷の乙女を探し出し、
対話をしてみよう」
「えぇ……何されるか分かったもんじゃないっすよ!」
オレには確信めいたものがあった。
もし、彼女がオレ達の事を排除するつもりなら
先程の邂逅の時に行ったはずだ。
このまま、この世界を彷徨わせ続けて
くたばるのを待つのもいいだろう。
だが、そうはしなかった。
何らかの役割を期待しているのかは分からないが、
少なくとも生かしておく価値はあると、そう認識された。
(最も、常識が通用しそうな相手ではないがな……)
そう思案しながら、装備の上から刻みつけられた紋章を撫でる。
ティエルの言う通り、次は妙な事をされなければいいが――。
「私は……賛成です。
他に何も思いつかないですし……」
「勿論、私もだよ。
新しき風の赴くままに……」
「きも……誰のせいで
こんな目にあってると思ってるっすか……」
オレ達は顔を見合わせて頷くと水晶花の園を後にし、
銀と黒に彩られた森へと足を踏み入れるのだった――。