着実にユランとヴェラクトーレを蝕んでいた――。
「――そうか、ソレイユと言うのか」
「はい、気軽にそう呼んで下さいね!」
オレ達は純白の雪に彩られた森に入り、
わざとらしい程に塗装された道を歩いていた。
なんでも、彼女は
オレの住んでいた大陸とはかなり方角が違うが、北方のとある
氷山地帯に領地を構えているらしい。
「それで、結局リュメイヌに来た理由は教えて貰えないのかね?
私としては霧氷の魔女の手先ではと、
疑心暗鬼になるしかないのだがね……」
「ごめんなさい。私がリュメイヌに来た理由は……
その……言えません。ただ、怪しい者ではないです!
私はとあるレギオンに厄介になってただけです!
それで、何故か目が覚めたらこんな所に……」
「その台詞は怪しい者の常套句だがね……まぁいい。
ただし、少しでも怪しい行動をすれば、
その首を躊躇なく刎ねる。それで構わないかね?」
「お、女の子に首を刎ねるだのなんだのって……
物騒すぎるにも程があるっす!」
宙を舞い、牙を剥き出しにしながら
ヴェラクトーレを睨みつけるティエル。
首を跳ねるとまではいかないが、
心境的にはヴェラクトーレ側に傾いていた。
まだ、ソレイユの事は何も知らないも同義で、
全幅の信頼を寄せられるかと言えばそうではない。
それに、同じ種族かは分からないが、
霧氷の乙女のあの輪郭――紛れもなく猫獣人の類だ。
否が応にも、その関連性を疑ってしまう。
「それより……ま、また……アイツが突然現れたりとか
しないっすよね……!?」
ティエルは翼を羽ばたかせ、
疑心暗鬼しながら辺りを見回しており、
霧氷の乙女がどこからともなく
現れるのではないかと恐れおののいていた。
かくいうオレとヴェラクトーレも警戒して
神経を張り巡らせており、彼に至っては
眉間の皺が無くなる事はなかった。
「まだ、毒牙にかかってない連中もいるからね。
次に喰われるのは恥狼か猫のお嬢さんか……」
「そんな縁起でも無い事言わないで下さいっす!」
「そうですよ! 私は至ってノーマルですから!
襲われるなんて真っ平ごめんです!」
ヴェラクトーレの何気無く言った言葉に
感情をむき出しにしながら吠える彼女達。
そういえば、霧氷の乙女の被害を直接受けたのは
オレとヴェラクトーレだけであり、
彼女達は完全に無視されていた。
身を隠していたというのもあるだろうが、
何故、彼女達は無事だったのか。
やはり、霧氷の乙女の手先なのか――。
ティエルも姿形が変わっており、
その点においては本当に彼女なのか疑問が残る。
(ダメだ、こんな事を考えていてもキリがない……
それこそ、疑心暗鬼になっては霧氷の乙女の思う壺だ)
そうだ、疑い続けて本当の彼女達を見誤ってしまうくらいなら、
信じて裏切られた方がよっぽど良い。
そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。
「ヴェラクトーレ。そう言えば、それはアシモフの剣だとか
霧氷の乙女が言っていた気がするが……そうなのか?」
「私にも詳しい事は分からんよ。だが、あの悪女の出した物……
得体の知れない事には変わりない」
そう言いながらも、彼は大事そうに
自身の剣と同じ様に腰に身に着けており、
言動とは矛盾した行動を取っているように見えた。
(…………)
かくいうオレも、口移しされた鎖の絡みついた羽根を
未だ捨てる事が出来ずに持っていた。
彼女はこれを招待状だと言っていた。
持っているのも居心地が悪いが、捨て置くというのも
それはそれで何が起こるか分かったものではない。
「んー……リニアオグタの博物館に飾ってある物に似てますけど……
豪華さに欠けるというか、ちょっと無骨っすねぇ……?」
ティエルはヴェラクトーレに近づき、まじまじと
アシモフの剣と呼ばれたものを眺める。
「近寄るな恥狼! それは大衆向けのレプリカにすぎぬ。
英雄は正史を辿れば存外、そういうモノなのだ。
この戦闘に特化した無駄の無い造形が理解出来ぬとは……
開祖もさぞ嘆かれるだろうね……」
「はー、そうですかい。開祖アシモフも孕ませ山賊おじさんの口から
愛刀を抜き出された方がよっぽど悲しむと思うっすけどね~~?
よだれ塗れで汚いし、涙目間違いなしっす」
「……その囀る舌を切り刻んで
豚の餌にしてやろうか?」
また始まってしまった。
この二人は正に水と油――見ているこちらが
疲れてしまいそうだ。
「……仲、いいんですね」
「そう見えるか……? ソレイユと同じで
お互い殆ど初対面だがな……」
仲がいいと言うより犬猿の仲と
言った方が正しそうだが。
(…………)
ソレイユの整った毛並みから伝わる穏やかな香り、
艷やかな唇や、唾液で潤んだ牙と舌――。
普通に会話しているだけだと
言うのに、妙に艶めかしい。
(クソ……! 何故、なんでもない事で
欲情しているんだオレは……!)
頭の中の雑念を振り払うように首を振り、
ソレイユから目を逸らすと、
ヴェラクトーレの視線と交錯してしまう。
その口角は薄っすらと上がって目が細まっており、
何か良からぬ事を考えている表情だ。
「どうしたのかね……ユラン殿……?
そんなに顔を赤らめて……
まるで情欲の行き場を失った三月兎のようではないか?」
「う、うるさい……!」
三月兎――遥か異国の
特にオスは異常な性欲に苛まれ、常にメスの尻を追いかける
落ち着かない姿は狂ったようだと揶揄されている。
オレがそんなに性欲に塗れ、
発情しているように見えるというのか――。
「くだらない……! なんだそれは……バカバカしい……!
オレが発情しているとでも言いたいのか!?」
「ク、カ……! 軽く流せばいいものを……
余程、身体の昂りを抑えきれないと見える……」
ヴェラクトーレの言葉を一蹴する事が出来ない。
身体の昂りは増す一方で、それどころか
彼の蒼い毛に包まれた逞しい肉体や
獰猛な牙、その鋭くも艷やかな瞳――。
それらがオレの五感を刺激し、心臓の鼓動が高鳴る。
(バカな……男にすら欲情しているというのかオレは……!?)
これでは本当に三月兎のようではないかと、
自身の節操のなさが情けない。
「現に私も、あの小娘に怪しげな華の模様を刻みつけられてから……
身体の昂りが止まらないのだよ……
これは所謂、"淫紋"というものではないかね?」
「そ、そんな事は分かっている……!
わざわざ口にしなくてもいいだろう!」
お互いに分かっているのなら、わざわざ彼女達がいる前で
そのような直接的な事を言わなくてもいいものを、
敢えて口にするヴェラクトーレの顔を睨みつけてしまう。
だが、彼はそんなオレに怯むどころか、
ずい、と足を前に踏み出し、身体を寄せてくる。
霧氷の乙女との戦闘の後のせいか、
体毛に包まれ、熟成された蒸れた体臭が鼻につく。
原始的で野生的な芳しい臭い――
普段であれば、それは汗臭いの一言で
片付けられるだろう。
だが、今のオレには――。
「よ、寄るな……!
ダメだ……頭がクラクラする……」
ヴェラクトーレを手で制しながら、
逃げるように後ずさる。
これ以上近づかれればその体臭だけで
どうにかなってしまいそうだ。
「あの、大丈夫です?
そんなに辛いんなら……私が介錯しましょうか?」
「えっ……!? 何言ってるんですか!
それなら同じ夜を共にしたあーしがやるっす!」
「誤解されるような言い方をするな……!
本当に大丈夫だ……
少し頭を冷やせば問題ない……」
一体、この子達は何をやろうとしているんだろうか。
いや――本当は分かっている。
ただ、分からないフリをしているだけだ。
女々しいことこの上ない。
自身の欲望をさらけ出せればどれほど楽か――
オレは快楽に溺れ、理性を失うのが怖い臆病者だ。
「そういえば、お前は大丈夫なのか……?
よく考えれば、オレと全く同じ状況だろう?」
そうだ。彼もオレと同じように
怪しげな紋章を刻みつけられたのだ。
このような身体が灼けつくような感覚、
彼も無事なはずがない。
「いやなに……こう見えて私も一杯一杯なのだよ……
なので、ユラン殿とお互いの欲望を
解消し合えればと思ったんだがね……」
「あぁ……聞いたオレが間違いだった……!
本当にバカバカしい事この上ない……!」
「解消し合うって……男同士でって事!?
えっ……えっ……?」
よく見れば、ヴェラクトーレの表情は
いつも通りを貫いているものの、
よく見れば頬が紅潮しており、
心なしか呼吸も普段より荒いように見える。
ソレイユは彼の言葉を聞くと恥ずかしそうに頬を抑えるが、
何か期待しているような眼差しを向けていた。
「下らん……! オレは先に行く……!」
そう言って彼らに背を向けると、雪道を先に踏み鳴らしていく。
厳密には砂糖な為か、硬い粒がざらつくような感覚が
耳障りで一層不快感が増していく。
(くっ……オレはこのような火照りなどには
決して屈さぬぞ……!)
そうだ、オレがこんな目に合うのも、
身体の奥底が燻るのも全部、この淫紋のせいだ。
早く、どうにかしてこれを
取り除かなければ――。
「ん……? あれはなんだ……?」
先導して歩いた道の先には開けた空間があり、
そこには信じられないような物が建っていた――。