お菓子の家と霧氷の乙女の襲撃を受けながらも、命からがら脱出する。
そして、フォレノワールの森を抜けていくとそこには――。
「はぁ……っ! はぁ……!
ここまで来ればもう大丈夫だろう……」
オレ達は命からがら、お菓子の家と
霧氷の乙女から逃げ出し、黒の森を歩いていた。
「もう大丈夫だよ。手を煩わせてしまってすまないね……」
「問題ない」
オレは肩を貸していたヴェラクトーレから離れる。
まだ、完全に回復したとは言えないが、
それでも一人で歩ける程度には回復したらしい。
たかが射精させられた程度で――と
傍から見ればそう思うかもしれないが、
あの水飴搾精は快楽を通り越した、
恐ろしいまでの性拷問だった。
絶頂後も変わらない強さで搾精と亀頭責めを繰り返されるのは、
皮膚や肉を削ぎ、剥き出しの快楽神経を
直接嬲られる感覚――と言えば他人に伝わるだろうか。
「これは……
私の国のような北方ではよく食べられてました」
お菓子の家に到達するまでは普通の
雪降る森のようにしか見えなかったのに、
気がつけば見える物は全て木に見立てた
チョコレートケーキに変わっており、
雪は綿飴で一見、土に見える所はココアパウダーに塗れていた。
見ているだけでも咽そうだ。
「北方には、これほどの菓子を平らげる巨人でも
いるというのかね」
「あはは……流石にこの大きさのものはないですけどね。
本物はちゃんと普通のケーキくらいの大きさです。
確か、ユランさんも北方から来られたんですよね?」
「あぁ、そうだ。だが、あまり食べた記憶はないな。
甘い物はあまりな」
自身もそれほど詳しい訳ではないが、
なんでもとある大陸には鬱蒼とした広大な黒い森があり、
その森の名前にちなんで付けられたお菓子の名前らしい。
それで本当に
どこまでもふざけた世界だ。
「じゃあ、にーさんは何が好きなんですか?」
「そうだな、肉や魚のサンドだな。
特にサヴアサンドやコカトリスサンドが好きだ。
美味かつ、片手でどこでも食えて携帯出来るのもいい。
後は……いや、なんでもない」
「後は……なにかね?」
「なんでもないとか言われると……
余計気になるっす!」
参った。つい口が滑ってしまった。
しかし、言わなければこのまま
流してくれそうにもない雰囲気だ。
「ひ、人肌の熱さのミルクだ……」
「へ?」
「人肌の熱さ……?」
空気が凍りつく。
これだから言いたくなかったのだ。
「ぶっ、あ、いや、すみませんっす……!
いや、そんなでっかい剣をぶら下げた強そうなにーさんが
人肌の熱さのミルクって……んふ……! かわいい……」
「わ、笑っちゃダメですよティエルさん……!
ん……くす……、あ……すみません! すみません!」
「何を言うかっ! 乳が好きで何が悪いのかね!?
英雄であっても、時には母の乳房や母乳が恋しくなる時もあるだろう!!」
「お前こそ何を言うか!! 普通の動物の乳だ! 何故、母乳になるんだ!!
勘違いも甚だしいし、フォローにもなってないからな!?
単純に熱いものが苦手なだけだ!!」
全く、どうしてこういう流れになってしまうのだ。
ここに来てからというもの、色んな意味で羞恥心ばかり煽られる。
「んふ……あ、いや別にバカにしてるわけじゃないっす。ごめんなさい。
でも……ホントかわいいっすね」
「う、うるさいっ!」
だから言いたくなかったのだ。
だが、好きなものは好きなのだから仕方ない。
何より、落ち着くのだ。
眠れない夜、一人恋しい時、そして、ヒトを■■■後には、
これが一番心が穏やかになる。
「しかし、私達はこのまま宛もなく歩き続けて、
本当にこの世界から脱出出来るのかね……?」
「分からん、だが歩くしか無い。
まずは動いてみない事には始まらない」
「あの元凶の魔女から話を聞ければ一番早いんだがね……」
「正直、もう二度と会いたくないっすよ!
変なエチエチな淫紋を刻みつけられるのも、
巨人に踏み潰されるのも真っ平御免っす!」
「エチエチ言うな」
矢継ぎ早に現実離れしている状況が訪れて忘れそうになるが、
この下腹部に刻みつけられた淫紋もどうにかしないといけないのだ。
やはり、霧氷の乙女にコンタクトを試みるしかないのか。
まずは、まともに話を聞いてくれる方法を
考えなくてはならなそうだが――。
「――――?」
ふと、空に目をやると大きな建造物が見えた。
お菓子の家なんて目ではなく、天を穿つような大きさで
塔のように高くそびえ立っている。
(あれは……城?)
確かに立派なものではあるが、
その外壁は所々崩れ落ちており、
どちらかと言うと廃城の方が表現としては正しい。
「…………」
そして、ようやく黒の森が終わる。
そこには、先程までのメルヘンな世界観とは
大きくかけ離れた光景が広がっていた。
そして、それを彩るは風化して廃墟と化した、誰も居ない城下町――。
まだ、屍人の類がうろついていると言ったほうがしっくりくる。
そんなおどろおどろしい光景だった。
だが、それ以上におかしい点がいくつもある。
森の終わり目も不自然で、乱雑に切り取られたケーキのようだ。
そして、その断面図はこの世界に来る前に見た、
錆色の世界の色そのものであり、中でうねっていた。
廃城も同じく、その三分の一程は真っ二つにしたような光景で、
城下町もまるで魔獣が暴れまわった跡のように錆色の爪痕が残り、
そこからも、あの不気味な錆色の光が漏れて輝いている。
「え……? 何っすかここ……?
さっきとは全然雰囲気が……」
「止めろッ! 触るなッッ!!」
「ひえっ!?」
錆色の断面を触ろうとするティエルに向かってオレは叫んだ。
「驚かせてしまってすまない。だが、気をつけてくれ……
本当に何が起こるか分からないんだ」
「ご、ごめんなさいっす……」
ティエルはしゅん、とゲイルズィーガー特有の長い首を下ろして項垂れる。
彼女には申し訳ないが、触ってしまってからでは遅いのだ。
「……ここは特に歪だね。まるで、作っている途中で飽きたか、
気に入らなくて壊した砂の城のようだよ」
「そうですね……本当にさっきまでと同じ世界なのか、
疑っちゃうような光景です……」
「また、お菓子の家を見つけた時みたく、
悪童や餓鬼のようによだれを垂らしながら突撃していかないのかね?
ほら、遊園地みたいな区画もあるではないか。
酷く寂れてはいるが、恥狼にはお似合いだよ」
「きいぃぃぃぃっ!!」
「悪童なんて酷いです! ヴェラさんだって
シリアルキラーみたいな極悪人面してる癖に!」
ティエルは犬のように威嚇し、ソレイユもむすっとしながら
身を乗り出し、ヴェラクトーレに抗議していた。
「…………」
例えば、これが豊穣の地リュメイヌのような
普通の場所であったならば、迷わず迂回しただろう。
わざわざ危険な場所を探索する必要はないが、
今は情報の断片でさえも喉から手が出る程欲しかった。
(虎穴に入らずんば虎児を得ず、か……)
ちらりと後ろの様子を伺う。
そこには心身共に疲弊したヴェラクトーレと、
一見、まだまだ元気に見えるが、その仕草や動作の一挙一挙から、
度重なる出来事に憔悴している彼女達の姿が見て取れる。
当たり前だ。こんな訳も分からない危険な世界に放り込まれて、
霧氷の乙女とか言う、得体の知れない存在に玩具にされ続けているのだ。
ヴェラクトーレを含む、彼女達にも休息が必要だ。
「よし、少しあそこの様子を確認してくる。
三人はどこか、物陰で休んでいてくれ」
「えっ!? にーさん一人で行く気ですか!?」
「危ないですよっ!」
ティエルとソレイユはオレの発言に、
芳しくない態度を返した。
反対の立場であったならオレは間違いなく反対し、
激昂した事だろう。
現に、オレ自身もあまり良くないとは思っている。
こういった状況では最低でも常に二人一組で
動く事が戦場では義務付けられており、
その基本を破った者から、
「いや、あそこは入り組んでいて多人数で
歩き回るのは向いていない」
「なら、見なかった事にしてそのまま迂回すればいいのではないのかね?
敢えて危険な場所に赴く必要は無いように思うがね」
「普通なら、な。だが、ここは今までの霧氷の乙女の領域から
激しく逸脱しているように見える。
――オレは、ここは何らかの事情で彼女が放棄した領域だと踏んでいる」
「ほう……?」
お菓子の家で霧氷の乙女と対峙した時、彼女は
こしらえた催し物が台無しだと言っていた。
その言葉から十中八九、あの悪辣極まりない
お菓子の家は彼女が創った物だろう。
では、この世界も彼女が創った物なのかというと疑問が残る。
氷晶花の咲き乱れる雪原や、お菓子で彩られた家や森――。
乙女が見るようなメルヘンチックな物であり、
彼女のような少女が好みそうな物ばかりだ。
だが、この空間や目覚めた時の錆色の世界はどうだ――。
はっきり言って、それらとは対極的に位置する物であり、
生者を貪る無機質なマネキン人形や、壊れた熊のぬいぐるみといった、
おぞましいモノ達が跋扈する空間だった。
自分が創った理想の世界で、見るだけでも背筋が
凍りつきそうな彼らを放置するだろうか。
オレならば真っ先に排除し、より住み心地が良いように
その部分を構築し直すだろう。
最も、そもそも霧氷の乙女自体が悪趣味だとか、
ヒトが世界を創る事なんて不可能だとそう言ってしまえばそれまでだが、
オレはそれが妙に引っかかっていた。
「もし、この仮説が正しいなら、霧氷の乙女とその従者からは
得られない情報がある可能性が高い」
「ふむ、リスクを負う価値はあるということかね?」
「あぁ」
「…………」
彼らは考え込むようにしながら口を閉ざす。
こうしている時間も惜しいが、オレだけの一存で
好き勝手に行動する訳にはいかない。
ただ、静寂の中で錆色の風が凪いでいる。
「私は反対だね――」