今までの光景とは全く異なる錆色の空間に侵食された廃城があり、
そこを調べる為、ユランは一人で向かう事を提案するが――。
「何故だ……?」
反対の声を上げたのはヴェラクトーレだった。
最も賛同を得られると思っていた人物が
彼だと思っていた為、正直驚いてしまった。
「新しき風を危険な目に合わせる訳にはいかない。
それに、リーダーが居なくなった狼の群れなど、
数刻と持たずに瓦解してしまうだろうね。
私が代わりになった所で、ユラン殿のように信頼は勝ち得ないだろう」
「うんうんうんうん」
真っ先に彼がリーダーとなったら離反しそうな
ティエルが音速で首を縦に振る。
よく考えてみれば納得がいった。
何故か盲目的なまでにオレを信頼しているが故、
危険が及ぶ選択肢は避けたいのだ。
快い返事で承諾してくれるかと思ったが、
どうやらそっちの方に転んでしまったらしい。
「…………」
オレは改めて彼らを見渡してみる。
オレ達を襲った挙句に孕ませようとする極悪人面のアシモフ。
それに真っ向から対立する、水に油の強気な妖精竜。何の目的で
得体の知れない
怪しい――怪しいどころではない。
まだ、劇団か見世物小屋のような一行だと言った方が
他人は信じてくれるだろう。
外部から見ても歪だがその内部、
互いの関係値も最悪だと言って良い。
ティエルとヴェラクトーレは見ての通り敵対しており、
ソレイユも殆ど初対面で善か悪かも判断出来る状況にない。
僅かながら行動を共にした感想としては、
悪人ではなさそうだが――。
(しかし、改めて考えるとよく
今まで共に行動してこられたな……)
オレ達は薄氷の上を渡ってきたようなものだ。
少しでも何らかの綻びがあれば、瞬く間にその氷は割れ、
凍える暗い海に落ちるが如く、
この錆色の世界で朽ちていくだろう。
外部ばかりに目を向けていたが、オレ達も
この歪な関係を良い方向へ持っていく必要がある。
何も、手を繋いで仲良しこよしを強要しようと言うのではない。
あくまで利害の一致。この世界から脱出するという
同じ目的を共有するドライな関係でいい。
「えっと……私も反対です」
「…………」
ソレイユも言い辛そうな口ぶりだったが、ヴェラクトーレに同意した。
こうなってしまってはティエルが仮に賛成してくれたとしても、
意見は半数に割れてしまう事になる。
同数ならば理由を付けて強行することも可能ではあるだろう。
だが、そうなれば余計にこの綱渡りのような関係に軋轢を生む。
関係を良くしたいと思っている本人がそれでは、どうしようもない。
やはり、ここは迂回するべき――。
「あ、ユランさんが"一人で"行くのは反対ということです。
私も一緒に行きます!」
「な……!?」
「……何故、ユラン殿が一人で行くと言ったのか、
理由は分かっているのかね? 端的に言って、
私達は足手まといだと言う事だよ」
ヴェラクトーレの言葉は残酷だが事実だった。
万全の状態である彼ならともかく、今の疲弊しきった彼や、
見た限り戦う術が無い彼女達が一緒では護るだけで精一杯、
思うように動けないだろう。
「あの廃城、調べてみたいんです。
もしかしたら――」
そう、ソレイユは含みを持たせながら言葉を紡ぐも、
語尾は消え入りそうであり、何かやきもきした様子で俯いた。
何か言えない理由があるのか、自身の考えに自信が無いのか、
それは定かではなかった。
正直、少しでも彼女の事を知る為にも聞いてみたいが、
それは今では無い気がした。
「はいはーい!! なら、あーしがねーさんの代わりに
ユランさんに付いていくのはどうっすか?」
ティエルはその小さい手を思い切り上げ、
「クハハハッ……! ただ蝿のように飛び回るだけの
羽虫が付いて行った所で何が出来る……
それこそ足手まといではないか」
「孕ませおじさんは黙ってるっす! 確かにあーしは戦えないですけど、
空も飛べるし小回りも利くっすから戦いの邪魔にはならないっすよ。
それに、にーさんに何かあったらひとっ飛びで
おっさんとねーさんに知らせる事も出来るっす」
「な、なるほど……伝書鳩ならぬ、伝書竜ですね」
「…………」
ヴェラクトーレも険しい表情をしながらも、
その意見には一考の余地があるのか、否定する素振りはなかった。
確かに、小柄なティエルだけならば共に行動しても邪魔にならないだろう。
それに、いざとなれば高いところや狭い場所と言った、
安全な場所に身を寄せる事も出来る。
他の二人は、今の状態ではどうあっても共に居ると行動を制限される。
「にーさんはにーさんにしか出来ない事をやって下さいっす。
あーしはそれ以外の事を全力でサポートするっすから」
「分かった。では、ティエル。オレと来てくれるか?」
「勿論っす!」
ティエルはぱあ、と満面の笑みを浮かべながら首を振った。
そういえば、この世界に来てから彼女を頼った事はなかった。
普段、護ってくれているヒトに頼られる嬉しさは、オレもよく分かる。
「他の皆も、オレ達であの廃城と城下町を
調べてくる事に異論はないな?」
「はい! 私はヴェラさんを見ているので、
くれぐれも気をつけて下さいね」
ソレイユはむん、と前に見たのと同じように
両手で握り拳を作り、快活にオレ達を送り出してくれる。
「ヴェラクトーレもそれでいいな?」
「……好きにしたまえ」
明らかに不服だというような言い方だったが、
彼も異存はないらしい。
ティエルの言っている事は説得力があり、
何より、一人より彼女と共の方が
彼も安全だと判断しての事だろう。
この間に体力を回復する事に努めてくれれば助かる。
「なるべく早く戻るように務める。その間、
霧氷の乙女や従者に見つからないように身を潜めていてくれ。」
この人数分けには些か不安もある。
ヴェラクトーレとソレイユが今の状態で襲われた場合、
満身創痍の彼が霧氷の乙女と対峙する必要があるからだ。
彼女は、獲物を嬲る事に楽しみを見出しているようで、
命を奪う事が目的ではないようだが、
いつ、指の上に止まった蝶を握り潰すが如く、
気まぐれで殺されるか分かったものではない。
少しでも早く探索を終えて、彼らの元へと戻りたい。
あまり探索に時間もかけられないか。
「そういえば、ねーさん何かあの廃城で
調べてみたい事があるって言ってましたよね?
あーしに言ってくれれば調べるっすよ」
「なら……」
ティエルとソレイユは少し離れた場所で座り込み、
何かメモをしながら話を始める。
どうやら、オレの代わりに調べ物をしてくれるようだ。
もしかしたら、また前の歪な人形達と対峙した時のように、
激しい戦闘になるかもしれない。
そうなった場合、代わりにしっかりと目的を把握
してくれている者が居るというのは非常に助かる。
「――ユラン殿」
「なんだ?」
小声でヴェラクトーレが語りかけてくる。
「あの