ソレイユとティエルの助けもあり、承諾を得る事が出来た。
だが、彼の口からは不穏な言葉が漏れ――。
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ……初めからおかしいと思っていた。
私達以外に居ないはずの者、頑なに語らない
そして、極めつけは先程の発言と廃城を見た時の態度。
明らかに何か知っている風だった」
「……そうだな」
「私は彼女が霧氷の乙女の従者か、もしかすると、
もっとたちの悪い者かもしれないと睨んでいるよ」
「…………?」
「――本人か、或いはユラン殿が先程言っていた、
この世界の創造主だったりしてね」
ヴェラクトーレの懐疑心は頂点を迎え、
溢れんばかりに注いだコップの水のように一杯になっていた。
オレも疑っていないと言えば嘘になる。
だが――。
「ヴェラクトーレ。オレはそれでいいと思っている。
もし、従者だろうが、創造主だろうと」
「…………正気かね?」
「オレも同じように疑っていた。ソレイユは勿論、お前をもな。
でも、それじゃ結局ダメなんだ。この世界と霧氷の乙女に
押し潰される前に、自分自身の懐疑心にすり潰される」
「…………」
「誰も彼も疑って、本当に大事なモノを
見落とすくらいなら、オレは全員最後まで信じたい」
半ば、自分に言い聞かせるようなものだった。
どんなに綺麗事を言っても懐疑心が消える事はない。
信じる事と盲目的な事はイコールではない。
だから、オレは騙されるなら騙されていいと思った。
自分でそう決めた。
「根幹は酷く俗物的なものだがな。この世界から出たいが、
疑心暗鬼になっている状態ではそれが難しい。
だから、目的の為にそう考えるようにするだけだ」
「は……私には新しき風の考えはさっぱり……」
「オレの考えを押し付ける訳でも正しい訳でもない。
お前のように、在るべきものを疑い続ける視点も必要だろう
そこから見えるものもある」
「…………」
彼がどんな人生を送ってきたのかは分からない。
少なくとも、その身体と目に刻み込まれた傷や
戦いでの身のこなしや立ち振舞いから、
オレと同じく、ナニカと戦い続けてきたのだろう。
戦場で生きるという事は疑う事。
相手がヒトではないと信じない事。
それは生きる術なのだ。
どちらかと言えば、今のオレの考えの方が異端だ。
だからオレは――。
「お前がどうして他の草原狼獣人《アシモベルク》を恥狼と
忌み嫌うのかは分からない。きっと、何か訳があるんだろう」
「…………」
「頼む。ここから出るまででいい。オレに対する厚意のほんの少しでも、
彼女達に分け与えてやってはくれないか?
ここから脱出するには全員の力が不可欠なんだ。
その為には良好な関係を構築する必要がある」
「……分かっているよ。私も――」
ヴェラクトーレは深い溜め息をつきながら、
フォレノワールの森を見つめる。
その瞳に映すのは黒き森か、それとも――。
少なくとも、軽々しくオレが踏み込んでは
いけない領域のように思えた。
「――善処はしよう。だが、少し時間がいる」
「あぁ……ありがとう」
やはり、話が通じない相手ではないのだ。
あの最悪な出会いから、狂人か何かの類だと思っていたが、
思考は極めて論理的で現実主義。だが、琴線に触れれば
その身体に刻みつけられた傷を想起させるような、獰猛な獣の姿を見せる。
短い間、接してきただけだがオレは
彼に対し、そう感じていた。
「よーし、にーさん。こっちは準備おーけーっす!」
「ティエルさん。お願いしますね!
忘れたらやですよ!」
あちらも丁度、話が終わったのか、
ティエルはメモ用紙を畳んだ物を
持ちながらこちらへと飛んでくる。
どういった調べ物をするのかは、
彼女に道中で移動しながら聞こう。
「――ヴェラクトーレ」
「…………?」
背を向け、考え込むように遠くを見つめていた彼に声を掛ける。
「これを頼む。疾走るには向かない」
そう言って、オレは鞘ごと斬竜刀を地面に降ろす。
その重さで風が起き、二人の髪や服がなびく。
「えっ!? 持ってかないんすか?」
「あぁ、市街地での戦闘は、斬竜刀は大きすぎて逆に邪魔になるんだ。
だから、預かってくれないか? お前にしか頼めない」
「…………!」
ヴェラクトーレは我に返ったように立ち上がる。
「あぁ……あぁ……! 勿論だとも……!
私の腕が引きちぎれようとも、命を落とそうとも、
この剣だけは護って見せよう……!」
「いや、流石にそうなる位なら、
自分の命を優先してくれ……」
彼はまるで正義の味方でも見た子供のように
目を輝かせ、アシモフの剣と共に、
斬竜刀を大事そうに抱えた。
彼は正真正銘、言葉通りに命を呈して斬竜刀を護ろうとするだろう。
正直、それだけは止めて危険ならさっさと逃げて欲しいが、
心強いのは確かだ。
「ソレイユもあいつが本当にそんな事しないように、
見張ってて貰えると嬉しい」
「あはは、任せて下さい。流石に本当にそこまではしないと思いますけど。
……しませんよね? あ、ちょっとヴェラさん!」
彼女はヴェラクトーレに問いかけるが既にその姿はなく、
大事そうに剣を抱えてフォレノワールの森の方へと歩いており、
ソレイユはそれに気がつくと、とてとてと追いかけていった。
確かに、そっち方面ならば甘く咽るような遮蔽物は
無数にあり、身を隠すにはもってこいだろう。
(…………)
オレは廃城と城下町を見上げ、覚悟を決めるように
腰の短刀の柄を握りしめた――。