その際に明らかに今までとは雰囲気の違う錆色の廃城を発見し、
紆余曲折あって二人で探索する事になったユランとティエル。
しかし、いざ探索へ赴こうとするも、問題が発生し――。
「……何やってるっすか?」
「準備運動だ。ティエルもしておけ」
「え? は、はいっす……」
ティエルは頭の上にハテナを浮かべながらも、
軽く跳躍運動をしているオレを真似るかのように、
地面に脚をついてジャンプし始める。
今回は素早く探索を終える事が目的。
当然、排除せざる負えない相手であれば戦う必要もあるが、
そうでないならば、極力逃走するなり、巻くなりするつもりだ。
「ガルガリオンは走る前に準備運動はしないのか?」
「いやー、するっすけど、にーさんとかアシモフみたいな
二本足のヒトらのものとは全然違うっすけどね。
というか、走るんですか?」
「あぁ、置いていかれないようにしてくれ」
「ふふん、ガルガリオンのあーしに速さで
勝てると思ってるっすか?」
「いや、今は竜だが」
この旅では常に斬竜刀を肌見放さず身に付けていた。
手放して行動するのは北方に居た頃を思い出す。
あの頃は、市街地や地面ばかりを駆けずり回っており、
仮にその頃に持っていたとしても、まともに使えなかっただろう。
「よし――行くぞ」
「了解っす……?」
簡単な準備運動を終えると、静かに構える。
ティエルはそんなオレの姿に頭を捻った。
「…………!」
次の瞬間、オレは強く大地を踏みしめ、
突風のように駆け出していく。
風を纏い、所々に点在している錆色の残滓や
ひび割れた黒い荒野は、一つの線となって後ろに流れる。
「ちょ、ちょっとタンマ! 待って欲しいっす!」
「…………?」
ティエルの声に足を止めると、足裏と地面が摩擦し、
むわりと煙塵が舞い上がる。
「どうした?」
「いや、疾っ……! お、追いつけないっすよ!」
ティエルは羽根をばたつかせ、
脂汗を浮かべながら追ってくる。
彼女の元の姿では、その速さは足元にも及ばないが、、
今はオレの方が
「しかし、急がなければ。時間を使った分だけ
ヴェラクトーレ達が危険に晒される事になる」
「それはそうっすけど……あ!
じゃあ、にーさんの身体にしがみつくっす!」
そう言って、彼女はオレの首裏にがっしりとしがみつき、
そのままにへへ、と笑う。
彼女が問題無いならそれでいいが――。
「分かった。手を離すなよ」
そう言って、再び駆け出す。
「ちょぉぉッ! 千切れる! 身体が千切れるっす!!」
すると、ティエルの身体はまるで暴風に
煽られた軍旗のようにたなびいた。
「…………」
参った。速度を落としたほうがいいだろうか。
しかし、そうするくらいなら、ティエルもヴェラクトーレ達と
共に待っていて貰ったほうがいいかもしれない。
「ティエル。やはり、彼らと一緒に――」
「嫌っす!! あーしも役に立ちたいっすよ!
ずっと、にーさんとおっさんにおんぶに抱っこなんて……」
「…………」
そう言ってティエルは俯いた。彼女の気持ちも分かる。
オレはその無力感を毎日、嫌という程味わっていた。
それは相手が護ってくれるような優しい人、親しい人ほど辛くなる。
だが、
オレは伝えなければならない。
彼女に付いてくるなと、これ以上無いくらい無慈悲に、明確に。
「しょうじ――」
「待って下さいっす! 絶対、役に立ちますから……!
んん……ええと、ええと……そうだ! んしょ……」
「お、おい……!」
彼女は無理矢理、オレの胸元の隙間に潜り込んでくる。
オレの竜皮とは違い、ゲイルズィーガー特有の
ざらついた鱗の感触が擦れて、なんともくすぐったい。
「へへ、これなら大丈夫っすよね?」
「……大丈夫、なのか?」
顔を出した彼女は得意げに笑う。
その姿はまるでカンガルーの袋の中の
子供のようであり、なんとも珍妙だ。
確かに、これなら密着しているおかげで安定はしそうだが――。
「物は試しっす! これでダメだったら……
おっさん達と一緒に待ってるっす」
「……分かった。では行くぞ」
その言葉を最後に、再びオレは風になった。
今度は大丈夫らしく、ティエルは安定した体勢で
風に煽られ、目を細めていた。
「おぉぉぉ……! 疾いっす!!
ガルガリオンの時のあーしくらい
疾いんじゃないっすか?」
「それは流石に盛り過ぎだろう……」
翼の無いオレには脚しかなく、
少しでも彼らの脚を引っ張らないように、
俊敏さを鍛錬して身に付けたからだ。
だが、それでもティエルには遠く及ばない。
よくて、彼女の半分程度の速度だろう。
それに、あれほど長時間走り続け、速度を維持する事は出来ない。
「なんか……いつもと反対っすね」
「…………?」
「ほら、いつもにーさんの方が
あーしの背中に乗ってるじゃないっすか」
「そうだな。自分で疾走るのもいいが、
やはり、リュメイヌではティエルの背中の方が落ち着くな。
あの快適さを知ってしまったら、もう馬など乗れんぞ」
「ホントっすか?」
「あぁ、嘘は言わん。生憎、世辞は苦手でな」
「にへへ……なんか、嬉しいっすね」
心なしか、ティエルが先程より温かくなった気がする。
風を切ると、いくら竜皮とは言え寒さが堪えるので、
彼女の温もりは丁度いいのかもしれない。
「……見えてきたな」
「そうっすね。人っ子一人いなさそうっす」
そうこう話をしている内に、廃城とその城下町に近づいていた。
ティエルの言う通り人の気配はなく、荒れ放題と言った形だ。
「少し跳ぶぞ」
「跳ぶ……? ちょっ!?」
灰かぶりの大木を垂直に駆け抜け、
頂点付近の枝へと跳び乗ると、
それを踏み台にして一気に街の外壁を超える。
下に散らばるは広大な人の軌跡。
風が全身を駆け抜け、服がぱたぱたとたなびく。
「…………ッ」
廃墟と化した建物の屋上に跳び乗ると、
そのまま柱にパルクールを行いながら地上へ降り立ち、
石畳の広い大通りを全力で駆ける。
店が道の左右に並んでおり、市場らしかった場所の
樽や箱は朽ちていたのか、オレ達が通り過ぎた後の突風に
流されるかのように崩れ、荒れ狂う。
「うはぁ! にーさんどんな身体能力してるんすか!
町並みが残像にしか見えないっす!」
「まだまだ速度を上げるぞ!
振り落とされないようにしろよ!」
「おけっす!」
風を切る音で声が掻き消される為、
お互い大声で叫んだ。
しかし、えらく調子がいい――。
思い描いたように全身が動き、
景色はそれに乗じて後ろへ流れていく。
オレもこの旅で成長出来ているという事だろうか。
明確な理由は分からないが、そうであれば嬉しい。
「これは……北方の町並みに似ているな」
「え?」
「見ろ、屋根の角度がリュメイヌのと違って急だろう」
「あ、確かに……」
「あれは、雪の重さで家が潰れないように
屋根に積もらない形状をしているんだ」
「はええ、そうなんすねー……
でも、なんでこんな形なんすかね?
リュメイヌに雪なんて降らないっすよ?」
「…………」
どこへ嵌めるのかも分からない、パズルのピースだけが増えていく。
まだ、はめ込むにはその欠片も情報量も足らず、
まるで奥歯に何かが挟まったかのような
もどかしさを感じる。
「そういえば、ソレイユからは何を調べてこいと言われたんだ?」
「えっと……東にある区画の外壁を超えた先にある物……
後は、廃城の中にある物っすね。
細かい所はさっきメモに書いて貰ったっす」
「随分と具体的だな……」
「ホントっすね。まるで、ここを知ってるみたいな……」
色々思う所はあるが、今は少しでも早く
その場所へ向かうことが先決だ。
疑問はそれらを見つけた時に
解決するかもしれない。
「……とりあえず、先に廃城に向かうより、
近い方の東の区画とやらに行ってみよう」
「分かったっす! うぉぁ……!?」
方向を確かめる為、廃墟の家の壁を駆け上がり、
その屋上から大きく跳躍する。
廃城は11時の方向に位置しており、中心部という訳ではないらしい。
あの位置さえ把握しておけば、それを目印に東区に向かうのも容易だろう。
そのまま、東区まで通じていると思われる通りに着地し、再び疾走する。
「……ティエルはソレイユの事をどう思う?」
「ねーさんっすか? どうって……んー……
悪いヒトじゃないと思うっすよ?
むしろ、明るくてノリが良くてあーしは大好きっす!」
「……そうか」
ソレイユの事を疑っているかどうかの意味を
含めて言葉にしたが、実に彼女らしい答えだった。
ティエルの青空のように晴れ渡った感情が、ただただ温かい。
もしかしたら、ヴェラクトーレみたいに深くは
考えてないのかもしれないが、それは彼女の美徳だろう。
「ならなら、にーさんはあーしの事をどう思います?」
「ん……どうというのはまた難しいな、以前の姿であれば
オレが感じたのは、大柄で筋肉質で毛むくじゃらで逞し」
「ぐあむッッ!!」
「痛い痛い痛い!!! 頸動脈を噛むな!!
本気で死ぬぞ!?」
「にーさんが前と同じ事言うからっす!」
胸元のティエルがオレの首元に噛みつき、
鋭い牙が食い込んでいく。
その痛みにつんのめってしまい、
危うく転げてしまうところだった。
「いや、すまん……こういう時はなんと返せば良いんだ……?
あまり、世渡りが上手い方ではなかったんでな。
大体、こういうのは思ってもいない事を言っても相手に失礼なだけだろう」
「そーいうのを乙女心が分かってないって言うっす!」
「そんな事を言われても困る。どうと言うにも色々あるだろう。
戦闘力はとか、体型、感情、容姿的にとか……」
「――にーさんはどれだと思います?」