見るのもおぞましい肉天馬に襲われ、逃走劇を繰り広げていた。
手持ちの装備では討伐する事は難しいと判断したユランは――。
家の上から見下ろしているからこそ分かる、
ティエルの言っていた、東に広がる景色。
朽ちてこそいるものの、サーカスのテントや
回転木馬といった物が点在する
遊戯区画になっているようだった。
しかも、驚くべき事に人影のようなものまで見える。
だが、そのシルエットはスノーノイズで覆われており、
あくまで輪郭しか捉えることが出来ない。
まるで白い影でも見ているかのようだ。
「あの奥にあるの……なんすか?」
「…………」
何とも珍妙な建物――いや、巨大なオルゴールだった。
どうやら、何かの建築作品か何かの一つのようで、
歯車が軋む音と共に、物悲しい曲を奏で続けている。
よくよく観察してみると、どうやら美術館としての機能も
備えているようで人が入れる構造になっており、
入り口のような所の隙間から巨大な歯車が時を刻んでいるのが分かる。
巨大な歯車――。
オレの故郷、リンドヴルムで使われていた、
ヴァリスタに似た攻城用の超巨大兵器、
ハウリングゼロが脳裏に浮かぶ。
乱戦の中でその歯車に巻き込まれ、事故死した兵士。
あの痛々しい事件はよく覚えている。
これしかない。規格外には規格外を――。
「光明が見えた」
「え?」
「少し危ない橋を渡る事になる。
済まないが、ついて来てくれ」
「もう今更っすよぉ! 危険でも馬券でも
なんでもいいっすからなんとかして下さいっす!!」
オレはティエルの言葉に頷きだけで返すと、
そのまま屋根がひしゃげる程に強く踏みしめ、
市場の屋台を踏み台にして石畳へと舞い降りる。
そして、一気に開けた所――遊戯区画の入り口まで駆け抜けていき、
ホワイトノイズに包まれた人影や出店を突き抜け、
一直線に巨大オルゴールの入り口まで駆け抜ける。
肉天馬も遮蔽物が無くなり、
その速度を一層増してこちらへと肉薄する。
廃都の建物に比べれば、点在する出店など
路傍の石程度でしかなく、簡単に蹴散らしていくだろう。
「ハァッ……ハァッ……!」
化け物の人外めいた息遣いと、肉を潰すような
歪な足音が近くまで響いてくる。
後ろを振り返る余裕すらない。
そうして少しでも速度を落とした瞬間に
追いつかれ、食い殺される。
「…………!」
中に入ると、そこは圧巻の一言だった。
中は全て硝子張りの通路や部屋で構成されていて、
無数の巨大な歯車が噛み合い、静かに時を刻んでいる。
その様はまるで万華鏡の中に迷い込んだかのよう。
通路の遥か下には、規格外の大きさである
円筒状のシリンダーが緩やかに回転しており、
その表面には不規則に出っ張った箇所があった。
どうやら、本当に巨大なオルゴールそのものらしく、、
あの出っ張り――ピンが端にある巨大な
今、流れているような物悲しい曲が形作られていくのだろう。
――迷っている暇はない。
「ちょぉぉっ!?」
オレは通路に体当たりし、派手に割れる硝子の残骸と共に、
そのまま遥か下方にあるオルゴールのシリンダーへ飛び降りる。
その瞬間、入り口の扉を木っ端微塵にしながら肉天馬が突撃してくる。
肉天馬はオレ達の姿を見つけるや否や、猪突猛進してくるが、
その巨体と重量に硝子の通路は耐えきれず、
派手に割れ、破片を撒き散らしながらシリンダー上へ落下する。
肉天馬はもつれながらシリンダー上へ嫌な体勢のまま落下し、
硝子の破片で切り刻まれ、残骸は
完全なる肉片と化す。
翼が千切れ、下半身がもげ、肉が削げる。
天馬を模したモノは始めに見た原型すら殆ど無い。
それにも関わらず、臓物を撒き散らしながらオレ達を追ってくる。
次第に下半身の無くなった断面から無数の触手が生え、
まるで蜘蛛の脚のように不規則に動かして、
捕食者のようにこちらへと迫ってくる。
最早、
「どうなってんすかアイツ!?
お、追いつかれるっすぅぅ!!」
「…………」
ティエルに言葉を返す余裕もない。
終着点の見えないオルゴールの
シリンダー上をただ駆けていく。
低速とはいえ、回転しているのに加えて
人程の大きさのあるピンを避けながら走る為、酷く不安定だ。
脚を踏み外せば、断頭台のギロチンの如く、
シリンダーのピンを弾く
骨も残らず微塵切りにされ、
残骸は遥か下方で無数に回転している歯車によって、
更に細かいペースト状のミンチ肉にされる事だろう。
「…………ッッ!!」
すぐ横に
規格外な大きさの為か、ピンを弾く度に
骨の髄まで響くような音が鳴り、
シリンダーが振動して脚が痺れる。
まるで、空から降り注ぐ、銀色の平定者の光。
あれに巻き込まれれば切断される所では済まない。
地面を這いずる蟻に向かって、
空から大剣を落とすが如く、
次元の違う圧倒的な暴力に蹂躙されるだろう。
だが、そこに活路がある――。
「いぃぃぃッ!! 耳の奥まで音が響いて……
おかしくなりそうっすよぉぉ!!」
「ぐ…………!!」
「もう無理っすぅぅ! 化け物に喰われるにしろ、
オルゴールに切り刻まれるにしろ、
あーし達もう終わりっすぅぅ!!!」
「終わらないッッ!!!」
いつだって終わりは、自分がそう決めた時。
終わらない――。
そう、強く願いながら跳躍する。
歯も牙のない、肉天馬の巨大な口が迫る。
断罪刃のようなオルゴールの
無機質と有機質の相反する、しかし、
確かに色濃く香る、明確な死の臭い。
「ハァァァァァッッ!!」
お前達が終焉を唄うなら勝手にしろ。
オレは例え、望まれなくても生きてやる――。