※この作品はR-18です。

龍闘士ユラン ~悦ヘト堕チル凌辱冒険譚~   作:キバガミ

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花の姿をしたアシモベルクの発した不穏な言葉に、悪寒を感じたユラン達。
すると、次第にラベンダー畑はざわめきだし――。


九十二話 枯れゆく花に水をやる庭師はいない②

 ラベンダーの花畑には凍りついたような静寂が訪れ、

自身の唾を飲み込む音さえも鮮明に聴こえる。

 

 何か、大変な間違いを犯してしまった時のような、嫌な汗が額を伝う。

 この感覚は、オレがよく知っている物だった。

 

 死角から鋭利な刃物と狩人の瞳が鈍く揺らめいているのを見た時。

 数キロ先に暁風(ぎょうふう)の国、ピースロンドの至翼師団《しよくしだん》の竜騎兵達が見えた時。

 嗚呼、オレは今から死ぬんだと――。

 

「枯レユクハナニ水を■る庭師ハイナイ■レユく花に水ヲヤ■ニワ■はいナい

 カ■ユく花にミズをヤル庭師はイ■イカレユクハナ■水■■■ニワシハい■い

 枯れ■く花ニ水をやる庭師ハい■い■レユクハ■にミズヲヤルニワシ■イナい

 枯■■く花ニ水をヤル庭シはイないカれゆ■花ニミずをヤるニワ師はいない

 枯れ■く■に水をやる■■はいナい枯レゆクはナに水を■■ニわシハイナイ

 ■れ■く花ニ水をヤル■師はイナイカレユクハナに■■をヤル庭■ハいナい」

 

 ラベンダー化した草原狼獣人(アシモベルク)の言葉に呼応するかのように、

紺碧の帳のあちらこちらから同じ言葉が響き、

それはみるみる内に大きくなっていく。

 

「が、あぁぁぁぁッッ!?」

 

 耳と頭の中で反響し、かき混ぜられているかのような感覚と、

激痛と吐き気が同時に襲ってくる。

 

 薫衣草(くんいそう)達の不協和音は狂乱の協奏曲(コンチェルト)となり、

音の波となってオレ達へと襲いかかり、聴覚を狂わせていく。

 

「うぁ……! 頭が割れそうっす……!

 にーさんっ! 一刻も早くここから離れたほうが……!」

 

「ぐ、ぅ……! ぅ……ぅぅ……ッ……!」

 

「ちょっ、にーさん!? これ以上ここに居たら

 あーし達までおかしくなるっすよ!!

 

「オレはコイツと約束した。だから一緒に連れて行く……!」

 

 オレは視界が歪んでいくのを感じながらも、

無我夢中でラベンダー化したアシモフの周囲を掘り続ける。

 

「まだ、間に合う……! もう少しなんだッッ!!」

 

「無理っすよぉぉッ! それに……多分周りにも同じような

 アシモフの爪の連中もきっといるっす……! どーしてたまたま

 偶然見つけたこのおっさんだけ、命を懸けてまで助けるっすかぁ!!」

 

「たまたま偶然見つけたからだッッ!!」

 

 ティエルはオレの尻尾を引っ張って、今すぐこの場から離れようとする。

 

 オレ達が彼に気が付く事は無く、このまま人知れず、白園(びゃくえん)へと旅立っていく

旅人の中の一人だったのかもしれない。

 

 もしかしたら、他にも同じ様に花にされた者がいて、

そのヒトを助ける為に、この男を人知れず

見殺しにしてしまった未来があったかもしれない。

 

 ティエルの言う通り、どこの馬の骨とも分からない者で、

命を賭けてまで助ける義理など無いに等しい。

 

 もう、これ以上は限界で、彼女か自分の命が危険に晒されるなら、

迷わず彼を見捨てる冷淡な思考も持ち合わせている。

 

 だが、もうオレと彼は縁(えにし)を持ってしまった。

 彼だけは、もう少し手を伸ばせば救い出せるかもしれないのだ。

 

 既に彼はオレの中で認識され、力強くその一部として燃えている。

 もう、オレという存在を構成する一部なのだ。

 

 それは目には映らず、死んでいるように見えても、

どれだけ遠くに至ったとしても、確かに息づいている。誰の心にも。

 

 ――そうだろう。ティエル。

 

「これで頭が庭師になったらにーさんのせいっすからね!

 いっ……!? あ、あれ……」

 

「おい……!?」

 

 不味い。時間が無い。彼女もこのアシモフのような症状が出始めている。

 

 これ以上はもう限界だ。期待させるような事をしてしまったが、

やはり、見捨てる他無いのか――。

 

「ああ……もうっ!」

 

「…………!」

 

 ティエルは尻尾から手を離すと、オレが掘っている地面の

反対側の部分をモグラのように勢いよく掘り始める。

 

「と、取れたっす!! はい、にーさんッッ!!」

 

「うぉッ……!?」

 

 ティエルは、ずぼ、とオレの腰にあるホルスターバッグに土ごと、

ラベンダー化したアシモフを強引に詰め込んだ。

 

「すまない……! よし、行くぞッ!!」

 

 オレはティエルを片手で抱きかかえると、

花びらとラベンダー達の狂騒曲を振り切るようにして

来た道を駆け抜けた――。

 

 

――――

 

 

「はぁ……ッ」

 

 オレ達は廃都の外壁近くまで戻ってきており、

近くにあった掘っ立て小屋に、小休憩を兼ねて身を隠していた。

 

 この場所に来てからというもの、ずっと走りっぱなしだ。

 激しい運動に慣れている筈でも流石に疲労感を拭えず、額には汗が滴っている。

 

「ティエル。大丈夫か? まだ身体の調子は悪いか?」

 

「多分、もう大丈夫だと思うっす……

 あーしもおかしくなっちゃうかと肝が冷えたっす……」

 

「あんまりにも疾すぎて花びらが千切れるかと思ったぜ!

 アンタすげえな!!」

 

 ティエルはいつもの様子でこちらに語りかける。

 どうやら、あの呪詛のような言葉による影響からは免れたようだ。

 後遺症の様なものがあったらと心配だったが、杞憂なようだ。

 

 床に置いたホルスターバッグからはラベンダー化した

草原狼獣人(アシモベルク)が顔を出し、花びらと葉を揺らしていた。

 

 こちらの方は、ラベンダーの花畑に居た時よりも

幾分か調子が良さそうで安心した。

 

「そうでもない……そういえば、お前の事はなんと呼べばいい?

 因みにオレがユランで、こっちがティエルだ」

 

「…………」

 

 それまで活気よく話していた彼は突然、口を噤んだ。

 

「…………?」

 

「……覚えてねぇんだヨ」

 

「名前を……? 記憶喪失なのか……?」

 

「いや、覚えてる事の方が多いけド……

 なんて言えば良いんだろうナ……曖昧なんダ。

 喉元につっかえてる感じでヨ……聞いたら一発で思い出せソウだけど」

 

「ふむ……」

 

 先程は色々話していたのに、まさか記憶喪失だとは思わなかった。

 これは所謂、特異性の記憶喪失というものだろうか。

 

 記憶は失っているが、日常生活には問題無いものや、

そもそも、物を食べるといった行為の仕方すら忘れているような

致命的なもの等、ものによって性質は大きく異なるが、

 

正直、身体が花になるという珍妙奇天烈な状態なのだから、

どんな状態になっていてもおかしくはない。

 

 むしろ、この状態で生き長らえているという事の方が

よっぽど凄い事のように見える。

 

「なら、今からアンタの名前はハナさんっす」

 

「……ハナさん?」

 

「オイオイオイオイオイ、まさか、俺が花だからとか言うんじゃねぇだろうなァァ!?

 捻りがねぇにも程があるんだよォォォォ!!! チビトカゲェェッ!!! 頭お花畑かよォォォ!?」

 

「それはお前の事だろう」

 

「比喩とかじゃなくて、物理的にっていうのが色んな意味で救えねぇっす……」

 

 確かに名前があった方が呼びやすい。

 

 オレも仮にでも名前を付ける事には賛成だが、

当の本人は眉間に皺を寄せ不満を爆発させていた。

 

「却下ダ却下ァァァ!!! 別のにしやがレ!!!

 男の名前に可愛らしさなんかいらねェェんだよォォォッ!!!」

 

「では、男らしさと逞しさ、特徴を両立した形で

 フラワーマンとかどうだ?」

 

「は?」

 

「もっともらしい理由なのににすげー酷い名前っす!!」

 

「ンアアァァアァァァァ~~~~~~!!! ふざけんのも大概にせえよォォ!!!

 このネーミングクソトカゲ共がよォオオォォォ~~~~ッッ!!!」

 

「いや、何か不味かったか……?

 そんなに酷い名前か……?」

 

 正直、ティエルと同じく割と真面目に考えたつもりだったので、かなりショックだった。

 

「そんなに文句を言うんなら、自分で決めればいいじゃないっすか!!」

 

「それが出来たら苦労しねェよォォ!! そーいう

 くりえーちぶな事は苦手なんだっつぅのォォッ!!」

 

「我儘な花だな……」

 

「これから第二の人生が始まるってのニ

 ンなクソだせェ名前とかやる気無くなるダロウが!!

 もっと最高にエンジョイ出来そうな奴にしてクレ!!」

 

「随分、前向きなんだな」

 

「イヤイヤイヤ、ンなもん大絶望に決まってンだろうが!

 でも、こうなっちまったもんはしょうがネェしな。

 なんとか誤魔化しながら生き長らえるしかねーダロ!」

 

「まあ、確かに……」

 

 そう言って、気持ちを切り替えられるヒトは稀有な存在だ。

 

 オレでもこれから不自由な花として過ごさなければならない事になったら、

少なくとも、しばらくは何も考える気にすらならない。

 

 能天気なのか、心根が強いのかは分からないが、

落ち込んで何も出来ないよりはずっといい。

 

 そんな彼を、オレは少し羨ましくも感じた。

 

「後ろ向きな事言ってどうにかなるんなら、いくらでも言ってヤルゼェェェェ!!!

 は~~花に生まれて不幸だぜェェェ~~~~!!!

 女も抱けねェし、早く死にてェ死にてェ~~~~!!!」

 

「……コイツ、やっぱりさっきの花畑に捨ててきていいか?」




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