気がついたとき、私は埃っぽい道の真ん中でぼんやりと空を見上げて立っていた。
見慣れたビルの立ち並ぶ空とは違い、どこまでも広く、何もない青空。
時折強い風が吹いて砂煙が舞い上がるたびに、ぱしぱしと頬を砂粒が弾けていく。
耳には賑やかな大勢の人の話し声と、商売人の叫ぶかのような声。
大勢の人が、両隣に立ち並ぶ露店をみて回り、時折体がぶつかるのに謝る素振りは全くない。
この露店の道自体は長くは続いていなさそうで、数十メートル先でぽっかりと何もない道幅が見えた。
私はここで、なにをしているんだろう。
回りの人たちを見渡すと、小汚い格好をした人間ばかり。
映画で見るような「大正時代の生活」といった風な粗末な格好をしていた。
といっても人々の格好に和服の人物は居らず、見慣れたような服の形ではあるのだけど。
急に後ろから勢いよく押されて振り返ると私よりも小柄な男がこちらをじろりと睨み付けてくる。
「なにか?」
丁寧に声をかけてみるが、男はチッと小さく舌打ちしたあと、足早に人混みのなかへと消えていった。
不愉快な出来事だ。
こんな不愉快な目に合うのはおそらく道の真ん中で突っ立っているからであろう。
人混みを掻き分けて、道の端に寄ると、ものを売る人が私を客だとおもったのか声をかけてきた。
「おい、にいちゃん!なんか買ってかないかい」
「……にいちゃん?」
不思議に思って聞き返すと、相手から
「おまえさん以外に誰がいるんだよぉ~」
とわざとらしく笑われた。
人の良さそうな人物だ。
「あんた良いとこのお坊っちゃんかい?いい服着てるけども」
「え?……ああ」
自分の姿を見下ろしてみる。
にいちゃん、と言われた通り手の甲は見慣れた白いなだらかな手ではなく、浅黒く日焼けしたゴツゴツとした手だった。
服も側を通る人々よりは小綺麗で、キメの細かな生地を身に纏っている。白い生成のシャツはこの埃っぽい場所には到底似つかわしくなく、所々砂埃の汚れを着けていた。
「目立つかな?」
敢えて、店主にそう聞いてみる。
回りの人々と比べても、やはり小綺麗さが目立つ気がした。
「あんたみたいな坊っちゃんがここにくるのは珍しくもないけどさぁ。共も着けずに一人ってのは目立つかもな。」
「ふぅん。私みたいなのはよくここに来るの?」
改めて回りを見渡してみるが、やはり露店をめぐる人々は煤けたような格好の人ばかりで、とてもじゃないが、小綺麗な格好をした人間が他にいるようにも思えなかった。
「まあ、来るよ?おまえさんも目当てはそれじゃねえのかい?」
「なにが?」
「あれだよ、あれ」
店主が顎で指した先を見やると、先ほどまで気付かなかったそこでは人間が売られていた。
露店だからなのか、売られている人々は皆腕を繋がれてはいるが、それ以外は自由なようで、通りすぎる人々を眺めたり、すがり付いたりしている。
中には見たこともない、頭に獣の耳のようなものを着けた人間もいて、どういう世界観なのだろうと頭がクラクラとしてきた。
「売り物なの?人が?」
「おい、にいちゃん!あいつらは人じゃねえよ!さすがに人間を売ってたら捕まっちまう。……あいつらは獣だよ」
獣。つまり人でないから商品にしているというのか。
ペットショップみたいなものだろうか。
いや、そもそも人の姿をしている時点で倫理に反するとはおもうんだが。
獣を買いにきた客だとおもわれたくない、という気持ちと本当に獣なのか確かめたいという気持ちが鬩ぎ合い、無事に好奇心が勝つ。
「おしえてくれてありがとう、おとうさん」
「あ?」
「あ、いや。親切に助かったよ、ありがとう」
なにかお礼を、と思い身体中をまさぐるとちゃりちゃりと音がする小さな袋が出てきたので手のひらに出してみる。
銀色の細く四角い銀貨とレーズンのような汚ない銅貨が数枚出てきて、私はその小汚い銅貨を店主に差し出した。
「教えてもらったからさ。これでなんか適当に見繕ってくれる?」
「ありがとなー!なんか容れものあるかい?それにいれてやるから」
店主に空にした小銭袋を差し出して店に並ぶ品物がなんなのか、その時になって初めてまじまじと見つめた。
そして後悔する。
大きな虫が生きたまま袋に三匹、ひょい、ひょい、と入れられていくのを黙って見るしかなかった。
「ありがとー!」
にこにこと笑ってはみるが、手に持たされた小銭袋を懐に入れる勇気は出ず、もて余し気味に持ったまま、私は店主に別れを告げた。
小銭袋の口はゆるく、時折入れられた虫たちのながい触覚がちらちらと除き見るので、飛び出してこないようにと、指を輪くしてしっかりと袋を閉じ直す。
妙な緊張感を右手に抱えながら、人の売られている方へと進んでいった。
改めて目の前にしてみると、やはり殆ど人間が売られていた。
殆ど人間、といっても見た目が人間とほぼ変わらないというだけで、彼らの頭には人の耳ではなく大きな猫やフェネックのような耳が生えていた。
それに体躯は人間よりもはるかに手足が長く、もしかしたら身体能力も優れているのかもしれない。
品揃え、といって言いのかは分からないが、店頭に並ばされた彼らは男性よりも女性の方が多かった。
ほとんどが地べたに座って休んでいるのを見るに、長時間ここに座っているようだった。
もしかしたら労働力として男性の方が先に売れてしまったのかもしれない。
私があまりにもまじまじと見ていたからか、あるいは先ほどの店主が言ったように良く在る客と思われたのか、彼らを売る商人が話しかけてくる。
「旦那、どんなのをお探しで?」
別に探しているわけではないのだけど、と思いながらも好奇心が勝手に話を切り出す。
「この子たちって普通に会話できる?」
私の質問に商人が変なものを見るような目で見つめてくる。
「はあ、……訓練されたのでしたら多少は」
話せる個体はいるらしい。
けど、口ぶりからして少数なんだろうか。
「文字の読み書きは?」
追加の質問に商人はさらにハア?といった表情を浮かべ、次第にその視線は客への態度から冷やかしにきた無作法者への態度へと変わっていくように感じとれた。
そんなに変な質問だったのだろうか、と考えながら、私はあわてて金貨を一枚彼に見せる。
「あの、変な者ではありませんので」
何となく警備隊とか警察みたいなものを呼ばれそうな雰囲気だと思って、思わずそう言うと、商人は金貨をみて目の色を瞬時に変えた。
「なぁんだ、旦那。そうならそうと言ってくださいよぅ」
先程よりもテンションが爆上がりした猫なで声が大きく響き、思わず言葉に詰まる。
金貨は見せない方が良かったか。
商人はるんるんといった雰囲気で店の奥に入っていくと小さなテントの中から、小さな女の子を連れて戻ってきた。
「こいつはまだ幼いですが、器量もいいし、言葉も理解して十分に話せます!しかも商人と長い間船旅してここにきた間に文字も覚えたようで。簡単な読み書きはできるやつですよ」
「そうなのか」
そうなのか、と返事はしているが、実際私には人を買う気は全くない。
状況も自分の身分も世界観ですら良く分からないのに、人なんて絶対に値が張りそうなものを買っている余裕などないからだ。
「や」
「いまならなぁんと!1割引きもしちゃいますけど!どうでしょ、旦那」
「あの、やめ」
「はっ、わたくしめと来たら申し訳ありません。大事なお客様にお茶もお出しせずに」
露店でお茶出しする店があるものか、と思いながら、なんとなくこのまま押しきられそうな悪い予感に、焦りを感じていた。
「あの!いいです!」
意を決して叫ぶように告げると、商人は表情を明るくして息をのむ。
「お買い上げ、ありがとうございます~!!!」
「えっ」
「では、伝票をかいてきますので、少々お待ちを」
「あっ」
去っていく背中に声をかけることが出来ず、何度も手のひらを空振りする。
隣で一部始終を見ていた先ほどの女の子は、しらーっとした視線を私に向けていた。
買うと言われてしまった手前、君を買う気はないんだ、ごめんねなどと言えるはずもなく。
全財産の手のひらにのせて、詰まる心を落ち着かせるためにため息をはく。
女の子にも手のひらを見せ、独り言のつもりで呟いた。
「足りるとおもう?」
呆れられているだろうからと返事は期待していなかったけれど、以外にも彼女は真面目に私の手のひらのなかを見つめていた。
「わたし、20ルダーだから一割引で18ルダーで買えるよ」
「……計算ができるの?」
思わず問いかけるとさっと顔をそらしてしまう。
けれど計算は間違いない。
あの商人は獣たちが読み書きで精一杯なように話していたけれど、実際はこの世界の人間が思っているよりも知性を有しているのかもしれない。
「ねえ、残りはいくつになる?」
「41ルダー」
「すごいね!ありがとう」
それだけあれば足りそうな気がする。気がするだけだが。
私はもはや商人とのやり取りをあきらめるつもりで支払いの準備をしていた。
ところが、たっぷりと時間を空けたあと、商人が連れてきたのは、一人の屈強な男だった。