「お客様」
店の主人は隣の大男を後ろに控えて、低い声でそう言った。
その声色の中に不穏なものを感じ、思わず身構える。
反射的に努めて笑顔を浮かべながら、後ろの男を一瞥し、聞いてみることにした。
「ずいぶんと待たされましたけど、その人は?」
私の問いかけに答えてくれるのかどうか、店の主人の顔を見つめる。
彼は一瞬だけ顔の中央を妙にまごつかせてから捲し立てるように返事をしてくれた。
「こちらは当店の者でございまして、見習いですのでお気になさらず」
「左様でしたか」
後の大男がにやりと笑ってこちらを見る。
たぶんこの人は見習いなんかではない。
そもそも、こんなに大きな体格の男性が商人の見習いをするくらいなら、体格を生かしてもっと用心棒的な仕事をした方が見た目にも有利なはずだ。
「それではお会計をさせていただきます。先ほどの金貨を頂戴してよろしいですか?」
「はい」
金貨、という言葉端に上擦ったような独特の緊張を感じて、この店主が真に隠している目的は金貨にあるのかもしれないな、となんとなく感じとれた。
手持ちからは、はじめに見せた金貨ではなく、銀貨を4枚出してみる。
すると、やはりというべきか、店主の目は途端に呆れたような、据わったような視線に変わっていった。
「お客様、こちらではなく先ほどの……」
「えーっと、これで足りてますよね?」
お金の数え方を教えてもらったわけではないので予想ではあったけれど、銀貨4枚で20ルダー分を賄えるハズだ。
隣の獣の少女を見やり、そうだよね?と目で訴える。彼女は瞬きをしたあとにふい、と横を向いてしまったので、答え合わせに確信は持てなかった。
計算が合ってなかったらどうしよう。
合っていませんね、と店主から言われた場合を想像して、妙に狼狽えてしまう。
私の様子を見て優位を感じたのか、店主の方もまた自信ありげな話し方で、再び口を開いた。
「実はですね、先ほど見せていただいたモノなんですけれども、あれはお客様のような方が持っているハズがない代物なんでございます」
「はあ……」
いまいちなにが言いたいのか分からない言い方に、こちらは釈然としない。
私の「足りているよね?」という問いかけに対して答えない所を見るに、恐らくこの店主にとって『金額が合っていて無事に契約の話が終わる』のは都合が悪いのかもしれない。
よっておそらく、私のお金の数えかた自体は間違っているわけではなかった、と思いたい。
その考えに至ると不安な気分も消えてなくなり、再び店主の一挙手一投足に集中することができた。
「なにが言いたいんです?」
思いきって聞いてみる。
彼は私の言葉に少しだけ唇の端を曲げて侮蔑するように答える。
「先ほどの金貨、盗品じゃありませんか?」
「……」
その言葉を口にした瞬間、後ろに控えていた大男がどん、と私たちのついた簡易なテーブルに手を置いた。
威圧的な視線がこちらを見つめるのをみるに、私が泥棒だと思われているようだ。
しかしながら実際のところ、盗品なのだろうか?
正直、自分が何者かもよく分かっていない。
なぜここにいたのかも、どんな名前で、どんな身分なのかも、何一つ知らない。
知らないことは答えようがない。
しかしそれを話したところで信用してもらえるかどうか。
仮に私の感じたこの身体の人物像を語ったところでそれは真実ではないし、盗品かどうかという問いの答えは結局わからない。
確信が持てないことには、答えられない。
「申し訳ないけれど、盗品かどうかというのは私も良く分かっていないです」
こういう、言葉に詰まってしまった場合は素直に話してみるのが一番だと個人的には思っている。
そうすると他で嘘をつきやすくなるからだ。
けれど今回は通用しない相手のようだった。
「アンタを警備隊に付き出してもいいんですよ!?」
商人が大きな声で言う。
大男が私の胸ぐらを掴んで、ぐっと上に引き寄せる。
他人から強制的につま先立ちにされるのは人生で初めてだった。
襟首の部分を捕まれたことで元々身に付けていたのであろう、ネックレスの固い感触が服のなかで弾み、鎖骨に打ち付けられ、僅かに痛みが出る。
けれど今はそれどころではなく、宙ぶらりん状態の息苦しさになんとか足をつけるので精一杯だった。
下手をしたらこの先もっと痛い思いをするかもしれない。
正直回避する自信はない。
「本当に知らないんですっ!そもそもその金貨は普通の金貨ではないんですか?」
「しらばっくれるつもりか?」
そもそも、盗まれた金貨だろうが、正式ではないお金だろうが、商売人はものが売れれば最低限それでよいはずだ。
それなのに、なぜこんなに怒るのだろうか。
人が怒るのは自分にとって都合が悪いときだ。
だから多分、あの金貨はこの商人にとって都合が悪い、ということだと思う。
盗品を扱うことが許せないという価値観なのか、金貨自体に別の意味があり、持つことでなにかが起こるのか。
私のよく回らない小さな頭では、わからない。
「おめえ、いい加減にしろよ」
大男が凄みのある顔で言うので、私もいよいよ痛みを伴う体験の覚悟を決める。
その間にも脅すように身体を揺さぶられ、ふいに布の破ける音と共に盛大に身体を地面に打ち付けた。
「いっ……てぇ…………」
一瞬意識が遠退き、脳天まで尻からの痛みが突き抜ける。
脳震盪を起こした気がする。
あまりの痛さになかなか声が出ない。
数秒を用したが、声をようやく満足に出せるようになったころ、今度は別の場所まで痛みだす。
気が付かなかったが、首に下げていたネックレスが襟首が破けた瞬間に暴れて顔に殴打したらしい。顔の中央もジンジンと痛くなってきた。
鼻をおさえ、どうにか痛みがどこかにいかないかと、軽く揉んでみたり、息を吸ってみたりしたがなんの意味もない。
ようやく落ち着いたころ、やっとのことで顔を上げると、先ほどまで詰められていた男と商人は私の目の前で平伏していた。
「え?」
「ご無礼を働き、誠に申し訳ありませんでした!」
「え?」
「どうか、どうかご容赦を!領主様の命を確実に実行していたにすぎません!」
「……」
どうして急に態度を変えたのかはわからないけれど、とりあえず私はあまり痛い思いをしなくて済んだようだ。
人に殴られたことなど殆んどないに等しいのに、いきなり大男に殴られたらショック死しかねない。
「よかったあー」
安堵から思わず大きなため息をはくと、獣の少女が驚いたようにこちらを見つめてきた。
それを見て私もそういえば獣の少女を買うとか買わないとかそんな話だったと思い出す。
「とりあえず、この子譲ってくれる?」
店主に聞くとそれはもう恐縮しっぱなし、といった態度で逆におもしろかった。
「えーと、18ルダーでしたよね?
これで足りますよね?」
銀貨4枚をだして、会計をする。
「いえっ、お金を頂戴するなどとんでもございません!」
「えっ、そんないいですよ」
「いえ!私どもがとんだご無礼をさしあげたわけですから!」
「やー、タダより怖いものはないって言いますし」
「どうか、どうか、そのままお納めください」
あまりにも低い姿勢で言うので、そのうち地べたに額を擦りそうな勢いだった。
こういう瞬間、相手は罪悪感でいっぱいになり冷静な判断力を失いがちだ。
こういうときに大きなお願い事をすると聞いてもらいやすい。
後で思い返して惜しいことをしたと不満を持たれるよりかは良い方法だろう、とある提案をしてみる。
「じゃあ8ルダー置いていきます。それで良いでしょう?」
私がそう告げると店主はまるで神様に会ったと言うように喜び
、声を上げた。
これくらいで恩義を感じてくれるのなら安いどころかむしろ特ではなかろうか。
契約書にサインして、連れとなる少女の腕輪を外してもらう。
「じゃ、これで。」
「お気をつけて!お客様!」
少女の手を握り、露店の道を抜ける。
抜けた先は人が疎らになるため、一度道の端に立ち止まって息をつく。
「どこかで一旦、落ち着きたいね」
少女に問いかけ半分な気持ちで言葉にする。
「人の少ない場所がいいかな」
「それなら、こっち」
思いがけない言葉に驚きつつも、素直に繋いだ手をひかれ、彼女についていくことにした。
迷いなく道を横にそれ、どんどん木々の生えた雑木林の方へと向かっていく。
どこにいくのだろうと気にはなったけれど、さすがに足を止めた。
まだ人目がある場所の方が良い気がした。
「ここでもよくない?」
「…………」
言葉を発しないから、反抗的なのかと思ったけれど、少女は素直に立ち止まって戻ってくる。
「ありがとう、案内してくれて」
接し方がわからないからこそ、丁寧に接するのを忘れないようにしなければ。