適当な場所に座り込んで、一旦ため息をはく。
上を見上げると空の色は薄く、秋なのだろうかと考えた。
そもそも四季があるのかもわからないけど。
隣に立ちっぱなしでこちらを見下ろしてくる少女に声をかける。
「座れば?」
少女は私の言葉に素直に従い、斜め向かいに少し間をあけて座った。
「ふぅ~。……どうしよう」
考えることがたくさんあると、何から考えれば良いのかわからない。
どうして自分がこんな状況なのか、原因を考えたところでヒントがあるわけでもないし。
自分が誰なのかもわからない。
場所も地名も時代も何もかもノーヒント。
さっきまで居た、露店の並ぶ道を遠目に眺める。
見た感じ、道の駅のような雰囲気だ。
町並みの雰囲気自体は寂れた感じだけど、人はそれなりに多い。
狭い集落という感じだ。
けれど私のような勝手のわからない者にもさして警戒している感じではなかった。
田舎ならそうはいかない。
田舎ではルールを守らない者や余所者がやってくると、村人総出で見張りにくる。
村の秩序が乱れるからだ。
ここはそうじゃない。
人の出入りが激しい場所なのだろうか?
余所者に慣れているから誰も気にしないのかもしれない。
向いに座った少女を見る。
暇を持て余しているのか、雑草を眺めている。
時折、猫みたいな耳が風に揺れてか、ぴくりぴくりと反応を示す。
私の視線に気付いているのに、知らないふりをしているようだ。
観察していると行動もどこか猫っぽい気がする。
本当に猫なのかもしれない。
「君の名前は?」
そう言えばなにも聞いていなかったなと思い至り、とりあえず呼び方に困るので名前を聞いてみた。
「ない」
「ないのかあ……」
「……」
困った、なんて呼べばいいのだろう。
彼女、猫、奴隷、と連想ゲームをしつついやいや、人としてどうなんだと思い直す。
「あなたが決めて」
「え?」
「私の名前」
「ええ……?」
「主人は奴隷を好きに呼ぶ。好きに呼んだらいい」
そんなことを言われても。
気に入ってもらえる名付けを出来る自信がない。
けれど呼び名がないのも実際困る。
しょうがなく、私は何か名付けのきっかけにならないかと、彼女を見つめた。
目立つのは褐色の肌。
店先にいた他の子達は黒っぽい肌の子もいれば、白い肌の子もいた。
たぶん人種的には元々は白くて、日焼けして黒くなったような感じなのだろう。
長時間、空の下にいたのなら日に焼けて当たり前だ。
それから、青い瞳。
外国人でよく見る、薄い水色ではなく、深い青色の瞳だ。
生物的に人と同じなら、たぶん珍しい瞳の色になる。
猫の耳が生えてるから、本当のところはどうだかわからないけど。
でも彼女の目はいつまでも眺めていたいくらいに、澄んでいて綺麗だった。
じっと瞳孔を見つめていたお陰で、少女には目をそらされてしまった。
私はしばらく考えたのちに、適当にそこら辺に落ちていた小石を拾って、砂場の見えるところに移動する。
こういう時って、花の名前とか、なんか詩的な感じのものしか浮かばないんだよな。
地面に「Iris」と書いてみる。
少女を手招きして文字を見せる。
「これが君の名前」
「……読めない」
「アイリスって読むんだ」
「アイリス?」
「青い花の名前」
「青い花?」
「そう、こんなやつ」
Irisの隣に記憶に朧気なアヤメの花の絵を描く。
「見たことない。絵が下手」
「……はっきり言うね」
「アイリス……」
「あ、でも待って。花はすぐに散るから、名付けには不向きなんだった」
「……」
じとー、とした目で見られて少し焦る。
「読み方を変えようか。イリスは?」
「イリスと読むの?」
「うん。私のいた場所ではイリスとも読めるんだ。
気に入らない?」
心配になり、少女の顔を見つめるとううん、と首を縦にふった。
「イリスでいい」
「じゃあ、よろしくね。イリスちゃん」
「あなたは?」
「え?」
「なんて呼べばいいの?」
そういえば、自分自身のことをなにも話していなかった。
けれど、どちらを話せばいいのだろう?
私自身のこと?
この身体のこと?
どちらにしろ、話せることは少ない。
なら、少なくとも確実な方を教えてあげるべきだと思った。
「私は松井エリ。好きな方で呼んで」
「マツイエリ」
今一分かっていないような顔でフルネームを復唱されて、私のほうもぽかんとする。
「マツイエリ様」
「あ、えーとね。エリが名前なんだ。エリでいいよ」
「エリ様」
「あ、うん」
敬った呼び方をされると会社の取引先を思い出して窮屈な気持ちになる。
「エリって呼んで」
「……わかった。エリ」
「……ありがとう、イリスちゃん」
「私もイリスがいい」
「うん、わかった」