未来という陽だまりを失った響の現在の心境はいかに……。
翌日、俺は未来と共にホテルを出ると、その足で立花の家の近くまで足を運んでいた。未来には近くの公園で待機してもらい、何かあれば連絡を入れるように伝えてある。
「……昨日も一瞬だけ見たけど、ずいぶんとひどい有様だな」
立花の家の壁には、ライブの生存者である立花とその家族への非難と罵倒の言葉が書かれた張り紙がそこら中に張られており、いたるところにひどい落書きが描かれている。落書きの中には立花がギロチンで首と胴体が切り離される等、およそ人が書いたものとは思えないほどの凄惨な落書きもあった。
(こんな有様じゃ、立花の心が折れるのも無理ないだろう……)
「あの」
俺がしばらく家の外観を眺めていると、横から声がかかってきた。横を向くと、そこにはこの家の住人である立花響の姿があった。
「やあ立花。昨日ぶりだな」
「……何をしに来たんですか、浪川さん」
「ちょっと聞きたいことがあってな」
立花にこちらの要件を伝えると、立花はめんどくさそうな顔をしながら俺の横を通り過ぎる。そのまま家の玄関まで行くと、こちらを振り返って一言だけ告げてきた。
「……帰ってください」
立花の目はひどく濁っており、何も話すことはないと暗に語ってくる。しかしこちらも未来と取引している身、そう簡単に諦めてやるわけにはいかない。
「まぁそう言わずに話だけでも」
「話すことなんてありません」
「そこをなんとか」
「しつこいですね……人を呼びますよ」
交渉を試みるも、立花からの返事はどれも否であった。このままでは一向に話が進まない。やむを得ないと考えた俺は、ポケットからある物を取り出して立花に見せた。
「なら一つだけ教えて欲しい……これに見覚えはないか?」
「……っ!? それは、私が未来にあげたストラップ……」
俺がポケットから取り出したのは、ここに来る直前に借りてきた、未来が自分の携帯に着けていた熊のストラップだ。未来の話によれば、このストラップは立花と一緒に買い物に行った際に立花からプレゼントされた思い出の品らしい。
そこで俺は考えた。そのストラップをどこかで拾ったことにして立花に見せれば、立花がそれに食いついて話を聞いてくれるのではないか……と。正直行き当たりばったりが過ぎる考えであり、うまくいくかどうか不安だったが、その不安に反して立花は見事に食いついてきた。
「これをどこで見つけたんですかっ!?」
「この家のすぐ近くにある公園で見つけた。もしかしたら立花の家の近くに住んでる子が落としたかもしれないから、お前に聞けば何かわかるんじゃないかと思って」
それっぽいことを口にして、なんとか立花の興味をひかせる。しかし冷静に考えると、こういう落とし物は交番に届けるべきだというのが普通だ。もし今持っているストラップが自分とは何の関係もない誰かの落とし物だったら、ここまで食いつきはしなかっただろう。そう考えると、立花は今でも未来に何らかの思いを寄せているかもしれない。
「……ちょっと待っててください」
立花は少し考えるそぶりを見せてそう言うと、家の中へ入っていった。
「……どうぞ」
しばらくして、渋々と言った感じの声で立花は家に入るように言ってくる。それを聞いた俺はひとまず話を聞いてくれることにホッとしながら、お邪魔しますと言って立花の家の中に入る。しかし玄関に入った直後、俺は驚愕の光景を目にしてしまう。
(これは……)
家の中を見た俺の第一印象は、一言で言えば『空き巣』だった。家の壁は一面ひびや穴があり、床にはゴミが散乱していたりなど、誰かに荒らされた跡のようなものが広がっていた。窓は割られており、割れたガラスの近くには先ほど見た悪口の張り紙が大量にばらまかれている。それだけにとどまらず、家の所々に血痕らしきものもついている。
(なんてこった……。いくらなんでもヤバすぎるって……)
「今、お茶入れますね」
「あ、いや……どうぞお構いなく」
俺は内心で驚きつつも、ひとまずリビングに向かおうとする。しかしリビングに向かう途中、床に写真らしきものが落ちているのを見つけた。それを拾って見てみると、そこには立花と立花の家族が笑顔で笑っている姿が写っていた。
(そういえば……家族はどこにいるんだろう?)
写真を元の位置に戻し、俺はリビングに向かう。リビングは比較的にそこまで荒れてはいなかったが、床にはたくさんのゴミ袋が置かれている。恐らく大量の張り紙が詰まっているのだろう。
「……それで、聞きたいことは何ですか?」
立花はうっとうしそうにしながらも、こちらに顔を向けて話を促してくる。見れば分かりやすすぎるほどにさっさと終わらせたいって顔をしている。
(とにかくできるだけ話を引き出さないと)
先ほども言った通り、俺がストラップを拾ったという話は適当にでっち上げた真っ赤な嘘だ。少しでも嘘だとバレたらめんどくさいことになる。できるだけ矛盾が起きないように慎重に言葉を選ばなければ。
「さっきも見せたこのストラップ、これを元の持ち主に返したいんだけど、持ち主に関して何か知ってることはないか? さっきの様子を見た感じ、何か知っているような感じだったが」
「……それは、私が友達と買い物に行ったときに、その友達にプレゼントした物です。それと色違いの物を、私は持ってます」
そう言うと立花はポケットからスマホを取り出し、俺が持っているのとは別の色の熊のストラップを見せてきた。多少汚れてはいるものの、見た目は確かに色以外は同じだとわかる。
「それじゃ、立花の方からその友達に返すことってできないか?」
「無理です」
「それは何故?」
「……その子とは、もう連絡が取れないからですよ。それにあんなやつ、もう友達なんかじゃない……」
立花は吐き捨てるように言い放つ。この話を聞いただけでも、立花は未来に対して相当な恨みを持っているのがうかがえる。しかし言葉とは裏腹に、どこか未来を心配しているような顔にも見える。
「そいつとは友達だったんだろう? 連絡が取れなくなったからと言ってなにもそこまで……」
「そこまで……? ふふふっ……あっははははははは!」
すると突然、立花は狂ったように笑い出した。
「あんなクズ、友達でもなんでもないですよ! 私が苦しんでいる時に、あいつは一人逃げ出して……!」
「落ち着け! まずは話を聞かせてくれ! そこまで怒っているってことは、何か理由があるんだろう?」
「…………」
俺の言葉を聞いた立花は、ひとまず落ち着いてくれたのかゆっくりと話し始めた。
「その子……名前は小日向未来って言うんですけど、その子とはいつも一緒にいた親友でした。何かするときは常に隣にいて、時には喧嘩もして、そして一緒に笑って……私にとって、未来は陽だまりのような存在だったんです」
「……そうか。それはすごくいい友達だな」
「……でも、未来にライブに誘われたあの日から、私の中の歯車は狂い始めました。私は昔、ツヴァイウィングって言う二人組のアイドルが好きだったんですけど、ある日未来にそのライブに一緒に行かないかと誘われたんです」
「なるほど。それで……?」
「もちろん私は行くと言いました。元々ツヴァイウィングが好きだったというのもあるんですけど、何より未来に誘われたというのがすごく嬉しかったんです。でもライブ当日になって、未来は家の用事で行けなくなったとメールが来て、私は一人で見に行くことにしたんです。そしてそのライブで……」
「例の事件が起こったと」
俺がそう言うと、立花は震えたように体を抱き寄せ、ゆっくりと頷いた。
「最初は地震が起こったのかと思いました。でもその直後、ステージが爆発して……ドームの上から大量のノイズが降ってきたんです」
立花は震えた声で、当時の出来事を話す。ノイズがいきなり現れてドーム内がパニックになったこと、それによってたくさんの人たちが犠牲になったこと、謎の二人組が必死にノイズと戦っていたこと、そして自分がその戦いに巻き込まれて重傷を負い、死にかけていたこと……その他にも様々な出来事を教えてくれた。
「それから私は必死にリハビリをしました。一日でも早く家族や友達、それに未来を安心させたくて、辛いリハビリを耐えてきました。……でも、そのリハビリを終えて戻ってきた私に待っていたのは、ひどいいじめでした」
それから立花は、自身が受けてきた仕打ちを話した。ライブの被害者の支援に自分たちの税金が使われたことに納得できない人たちによって立花に対する嫌がらせが始まり、初めは物を隠されたりといった軽いものだったが、世間のライブ生存者に対する非難が広がるとともに段々とエスカレートしていき、生存者が殺されてからは本格的に暴力を振るわれ始めた。
放課後に空き教室に呼び出されては殴られ蹴られ、口汚く罵倒される日々。特にひどい時には複数の生徒の前で全裸にさせられ、その状態で自慰行為をさせられた挙句、床にぶちまけられた自分の弁当を食べさせられたこともあるらしい。幸いレイプされたりはしなかったらしいが、その時は余りの仕打ちに立花は泣き出してしまい、それを見て周りは笑いまくっていたという。
それ以外にもいろんな仕打ちを受けたことを聞いたが、どれもこれも口にするのもためらわれるほどのとんでもない内容だった。
(……まさかライブに行っただけでこんな仕打ちを受けるなんて、立花も思ってなかっただろうな)
もはや政府が裏で何かを隠ぺいするために都合よくライブ生存者に対してヘイトを向けさせたって言われた方が、この異常な迫害にも納得できる気がする。と、そこまで考えて、俺はある疑問を立花に聞いてみる。
「警察や学校には相談したのか? いくらなんでもそこまでのいじめがあったなら、警察や学校も黙ってないだろう?」
これは未来の話を聞いた時も考えていたのだが、警察や学校はこれらの問題に何も対策しなかったのだろうか? もしこれほどのいじめが学校や職場で横行していたら、間違いなく大問題だ。もしいじめがあったことが明らかになって、それに何も対策してませんでしたとなれば、学校や職場の責任が問われて名前にも傷がつくだろう。
しかし次の立花の一言で、俺のその考えはあっさり切り捨てられる。
「もちろん相談しましたよ? 学校の先生に助けてくださいと言ったり、警察の人にも相談しました。でも駄目だったんです」
立花は虚ろな瞳をしながら答える。それを見てなんとなく察しつつも、念のため詳しく聞いてみる。
「駄目だった? どうして?」
「学校の先生に相談しても、『あれは只のいじりみたいなものでしょ』と言われて対応してくれませんでした。警察の人には机に書かれた落書きなどの証拠写真を見せても、『それでは十分な証拠にはならない。君が捏造している可能性もある』と門前払い……そもそも碌に話すらも聞いてくれませんでした」
立花はスマホでその写真を見せながら説明してくる。スマホの画面に表示されている写真は、机に『死ね』『人殺し』等の罵詈雑言が書かれた落書きと、ゴミだらけの下駄箱等ひどい物ばかりだ。
これだけでも十分問題になるレベルの証拠なのに、学校も警察も見て見ぬふり。何よりヤバいのは警察だ。学校側ができる対応に限界があるのはまだわかるが、肝心の警察が対応どころか話すら聞かないのははっきり言って異常だ。この世界の警察は……というよりここの警察は相当腐っているのかもしれない。
「これだけじゃないですよ? さっき殴られたりしたって話しましたけど、彫刻刀やハサミで傷つけられたりもしました。なんなら実際に見てみます?」
「いや、いい。もう十分だ……」
上着をその場で脱ごうとした立花を制止しながら、俺は一番聞きたいことを聞くことにした。
「でも立花には親友だった子がいたんだよな? 確か小日向未来だったか。その子は君の味方だったんだろ?」
そう、未来についてだ。未来は立花と話し合いたいと思っているが、立花が未来に対してどう思っているのかを具体的に知る必要がある。さっきの反応では恨んでいるような感じではあったが、それだけで話し合いの余地なしと決めるのは早計な気がしたのだ。
「……未来は退院した後も、変わらず私に話しかけてくれました。過酷ないじめを受けている中で、未来だけは唯一の味方だったんです。未来がいてくれたから、私もいつかはこのいじめが終わってまた元通りになるって思えたんです。でも……」
「でも……?」
「だからこそ、未来が私に何も言わずに去っていったのが許せませんでした。確かに私に関わっていたら未来もいじめられるかもしれないし、逃げたくなる気持ちはわかるんです。でもっ……それでもせめて、何か一言だけでも私に言ってほしかった! もしかしたら未来にも何か事情があるかもしれない! けどその事情を話すこともないまま、あいつは一人だけ逃げたんだ!」
立花はいつしかその目から涙を流しながら、矢継ぎ早に未来に対する怒りをぶちまけていた。俺はそれをただただ黙って聞き続ける。
「結局あいつにとって、私なんてその程度の人間だったんですよ! あいつにとって私は、別れの言葉すらまともにしないほどの薄っぺらい友情で繋がってただけの親友なんだって! そう思ったら許せなくって、もう何も考えられなくなってっ……! もうっ、誰もしんじられなぐっでっ……!」
嗚咽が止まらず、顔を下に向けて泣き出した立花。俺はもう見ていられず、立花に近づいて思いっきり抱きしめる。
「もういい! 十分だ! すまなかった……思い出したくもないことを思い出させて」
「……っ」
それからしばらく立花は何も言わず、ただ静かに泣き続けた。少しして落ち着いてきたのを確認して、俺は立花から離れる。
「……すいません。いきなり泣き出してしまって」
「気にするな。それより、立花の親御さんはどこにいるんだ? それか親戚の人は」
「……父は私が退院した数日後に職場をクビにされて、お金を持って逃げ出しました。母は仕事で夜中まで帰ってきません。おばあちゃんは今は買い物に出かけていて、もうすぐ帰ってきます」
「そうか」
ひとまず、家族が殺されているなんてことが無くてよかった。父親は逃げ出したみたいだが……今はそれについては考えないようにする。
「なぁ立花、もし小日向未来にもう一度会えたとしたら、お前はどうするつもりだ?」
「……正直わかりません。でも、もしかしたら手が出てしまうかもしれません」
「もし小日向未来に事情があったとしたらどうする? 手を出すのは話を聞いてからでもよくないか? 立花もなぜ小日向未来が何も言わずにいなくなったのか知りたいだろうし」
「……そうですね。一番は未来から事情を聞くことですね。どうせ聞いたところで大した説明はしてくれないんでしょうけど」
立花は顔を怒りで歪めながら答える。でも俺は内心ではホッとしていた。
(よかった。立花は一応、未来と話し合おうとする気持ちはある)
ここで話すことなんてないなんて言われたら正直お手上げだったが、未来に事情を聞こうとしているのが分かっただけでも、今こうして立花と話した意味は大いにあった。
「……それで、浪川さんはそれをどうするんですか? もしかして持ち主に返すんですか?」
「まぁな。落し物はしっかり届けないといけないし、今日の帰りに交番に行くことにするよ。小日向本人に返すのは厳しそうだしな」
「……その方がいいです。そろそろおばあちゃんが帰ってくるころなので、今日はこのぐらいにしてもらえませんか?」
「わかった。悪かったな、急に押しかけてきて」
「いえ……なんだかこんなに人と話したのって、随分久しぶりな気がします。家ではほとんど喋らないので……」
「……そうか」
そんな会話をしながら、俺と立花は玄関に向かう。俺はドアを開ける直前、立花の方に振り返って……
「お邪魔しました。またどこかで会ったら、その時はもっと楽しい話をしよう」
それだけ言って、俺はドアを開ける。
「……大丈夫ですよ。もう次なんてありませんから」
ドアが閉まる直前に聞こえた立花の言葉は、
***
「というわけだ。立花本人は一応、お前と話を聞く気はあるみたいだぞ」
「そうですか……」
その後、近くの公園で待機してもらっている未来のもとへ戻った俺は、先ほどまでの会話の内容を未来に伝えた。未来は顔を俯かせながらも、まだ話し合う余地があることに安堵していた。
「どうする? あとは時期を見て立花と未来の間に話し合いの場を設けるだけなんだが……それが一番の難関だな」
「……いえ、ここまで来たんです。私はちゃんと、響と向き合いたい」
「それでこそだ。きっと分かり合える」
「……はい!」
改めて決意を口にした未来を連れて、俺と未来はひとまず公園を離れた。後はタイミングを計るだけ。もうすぐ未来との取引を果たせる。取引が終わった後のことは、終わった後で考えればいい。
「そうと決まれば、どっか飯でも食いに行くか」
「そうですね。公園で待ってる間に、お腹が空いてきちゃいました」
俺と未来は揃って街の方へと歩いていく。
「……おい、あいつ」
「ああ、小日向だ。まさかこっちに戻ってきてたとはな」
「もしかして今更立花に会いに来たのか? 一人逃げ出しといて、随分勝手な奴だな」
「まぁちょうどいいじゃねぇか。これから俺たちが行うイベントに立花一人だけじゃ役不足だと思ってたしな」
「お、いいねぇ! 立花と小日向、二人仲良く可愛がってやるとするか!」
「ねぇ、隣にいるあいつはどうすんの?」
「ついでに殺すか。でもただ殺すより、立花や小日向の前で殺してやる方が面白いかもな」
「マジで? ほんとエグイなお前! しかしあの彼氏君も運がないねぇ~。小日向なんかとつるんだばかりに、これから地獄を見ることになるんだから」
その後ろで、俺たちをあざ笑いながら見つめる存在に気付くことなく。
そしてこの悪意の塊のような奴らによって、俺はある重大な選択を迫られることになる。
悪意の矛先は着実に、俺と未来の近くに迫っていた。
書いてるうちにビッキーに対するいじめの内容が超過激になってしまった……。ですが本作においては、響並に残酷な仕打ちを受けている人間がたくさんいると言う地獄。
次回、ついに響と未来が再会します。
そして修哉は、この世界に目覚めてから一番重大な決断を迫られます。
果たして、響と未来は無事に和解できるのでしょうか?