(エロは3話からです)
【第三章】1話 - サイレンスの悩み
◆ ◆ ◆
オリヴィア・サイレンスは悩みが尽きなかった。
今日も眠い頭を無理やりに回転させ、様々な事を思考している。
仕事の事、自身の
今日も彼女はリーベリ族の茶色い頭羽をパタパタと羽ばたかせながら思考を続ける。
サイレンスのトレードマークである大きな眼鏡の下で鋭い眼光を輝かせ、持ち前の鋭い洞察力と深い集中力で同時並行的に様々な事を思考する。
だがそれのどれもこれもが、すぐに答えが出ない深い迷宮のような物だった。課題だけが増え続け、彼女のタスクは減ることを知らない。
彼女はロドスオペレーターとして主に戦地医療や救護支援を担当している。遠征や調査隊の医療班として作戦や任務に同行し、ロドスのオペレーターに戦場や調査地で質の高い医療を提供している。そして作戦外でもロドスの内部の治療施設に足繁く通い、鉱石病治療を行っている医療チームの補助をするとともに自らも主治医として複数の患者を診ており、実に忙しなく日々ロドスの為に尽力している。
リーベリの中でも比較的小柄な彼女は、その持ち前の切れ味のある生真面目さと、どこか庇護欲を掻き立てるその一生懸命さから、彼女の治療を受けたことのある外勤オペレーターを中心に熱心なファンが多かったが、彼女自身はその事にはまったく気付いていなかった。
古巣であるライン生命医科学研究所では
――――、
そして目下、その中で彼女の一番大きな悩みの種はドクターに「目をかけてやってくれ」とお願いされている、ある女性についての事だ。
今日も遠征作戦から帰投してすぐに、サイレンスはその女性の宿舎へと向かっていた。
時刻は既に頂点を超え次の日を迎えている。簡単な任務報告と、同行したオペレーターと共に採取したサンプルの提出を足早に済ませたサイレンスは、自分の宿舎に寄ることもせずにその女性の宿舎へと向かう。
――――、夜の宿舎エリアは人影が少なく、ほぼ無人の通路を進みサイレンスは目的の宿舎を目指す。
羽織った白衣をフクロウの尾羽根のようにたなびかせながら、厳しい表情を浮かべながら凛として歩むサイレンスは、その足取りから見るものに彼女の中に内包した静かな怒りを感じさせた。
数少ない遭遇者はその気迫に声をかけるのを戸惑い、ただくわばらくわばらとサイレンスから離れていく。
「…………」
そして目的の宿舎の前へ辿り着いたサイレンスは扉横の端末を操作する。
端末が起動し、液晶画面に浮かんだインターフェースから手慣れた様子でサイレンスは "呼び出し" のアイコンを選択する。
……リリリリィン……。
すると部屋の中に響いた鈴の音のような音がサイレンスの耳まで届いた。彼女の種族特有の優れた聴力でその音を聴く。
その響き方から、その音が部屋の中ではかなりの大音量で鳴っていることが伺えた。きっと中に何者かがいるのなら、慌ててその音色を止めようとするだろう。
……リリリリィ……。
―――― だが部屋の中からはただその音が漏れるのみで、なにも反応は返って来なかった。人が動く気配や、息遣いも感じない。どうやら居留守では無いようだ。
(…………だよね)
扉の前で数秒ほど思考し、サイレンスは羽織った白衣の懐から一枚のカードを取り出した。
鈍い青色をしたシンプルなデザインのカードはドクターから預かっている管理者用のコードキーだ。
(……持たされてはいるものの、プライベートの侵害みたいであまり使いたくは無いんだけど……。まぁ仕方無い……)
……ピピピッ……。
そしてそのカードを扉横の端末へかざすと、短い読み取りに伴う電子音がサイレンスしかいない通路へ響いた。
すると備え付けられた液晶画面に2つのアイコンが表示され、サイレンスはその内の右側のアイコンをタップした。
…… ピッ……
---- ///宿舎情報/// ----
▼宿舎番号:D-0026
▼入居者1:ドロシー・フランクス
▼入居者2:登録無し
……
▼最終退室:03d:12h.36m.55s
▼ 室温:23.3℃
▼源石濃度:安全(0.002)
▼ XXX:xd6f2---.2-.3-.-66
――――――――、
「――――。 …………はぁぁ…………」
詠唱画面にズラリと表示された情報の中から目的のデータを見つけたサイレンスはがっくりと
その "最終退室" してからの経過時間を示すデータには、この宿舎の主が "3日ほど部屋に戻っていない" というデータが数値として表示された。それはつまり目的の人物がいまだに
「………… やっぱり戻って来てない……。それに丸3日以上って……。――――ああっ、もうぅ……」
そして弱々しい恨み言を漏らすと、先程までのキビキビとした足取りからは打って変わりサイレンスは疲れた重い取りでロドス・アイランド内部の研究エリアへと向かい歩き出した。
◆
――――、
「―― ドロシー!!」
「―――― あっ、きゃぁっ!!」
突如として
広いデスクが揺れ、上で "群れを作る牧獣" のように複数個置かれていた空のマグカップ同士がカチャカチャと騒がしく悲鳴を立てる。
極度の集中により凝り固まっていた背筋がビキビキと音を立てるとドロシーは短い悲鳴を上げ、その叱責にも似た声を聞き緊張が走った。
「―― オ、オリヴィア? も、もう帰っていたの? ――――あっ、あのねっ! そろそろ休もうと思っていたのっ。本当よ? 本当の本当」
そしてドロシーは扉の前に立つ声の持ち主へとぎこちない愛想笑いを浮かべながら振り返る。
聞かれてもいない言い訳を捲し立てるように口にし、もはや反射的に、そして自動的にその口から弁解の言葉がつらつらと出ていく。
「……ちょ、ちょうど技術部のレポートも読み終わって……、評価材料の採点も……、あと、あっ、あのね "共振" を利用した新しいアーツユニットの草案があって……、……?
ひっ!」
幾度と無く繰り返され、恒例となったそのやりとり。
だがいつもなら "呆れた顔" を浮かべているはずのサイレンスの表情にその色はなく、サイレンスは "静かな怒りの形相" でドロシーを睨みつけていた。
その表情を見た瞬間、ドロシーは彼女にはいつも通りの手が通じない事を察する。
「あ、あのぉ……えっとぉ……」
サイレンスが睨みつける目線の先で、その豊満な身体を椅子の上でキュっと縮こませながらドロシーが視線をあちこちに彷徨わせている。その様子はまるで親に叱られる子供のようだ。
よれた白衣に包まれた女性らしい身体が木の実のように丸くなり、ザラック族の大きな鼠の耳は大きく垂れ下がっている。
ドロシー・フランクスはライン生命所属の科学者だ。アーツ応用課の主任としての任を継続したまま、ライン生命とロドス・アイランドの共同プロジェクトリーダーとして派遣され研究に勤しんでいる。現在は目下自身のアーツを応用利用したアーツユニットや移動都市構造部品の研究を行っており、ロドスの中でもかなり大きな研究施設を一手に引き受けている。
そして自身もその柔和で包容力のある甘い雰囲気からは考えられない程にアーツの術師としても非常に熟達した人物だ。
その女性的な美貌と、包容力のある優しい性格、そしてなにより豊満で圧倒的なプロポーションからトリマウンツでもファンが多く、現在はロドスの中でも研究職や技術職のオペレーターを中心に着々とファンを増やしていた。
――――、
ドロシーの背後、先程までドロシーが向かっていたデスクの上にはたくさんのマグカップが置かれている。その中のひとつからは今なお湯気が立っており、研究室の中にはまさに煎れたての芳しいコーヒーの香りが漂っていた。
そしてそのデスクの脇に置かれた小さなダストボックスの中には、大量の小瓶や、錠剤が入っていたと思われる白いプラスチックの包装が乱雑に積まれており、パッケージにはこれらがカフェインを接種する為の製品であること示すデザインが施されていた。
見慣れた光景、だが許せない光景。それを見たサイレンスの眉間のシワが更に深くなる。
「……あっ、あのっ、オリヴィア?」
「…………」
困惑し、アワアワと困り果てた表情を浮かべるドロシー。そんな彼女をよそに、サイレンスは更に視線を巡らせる。
――――、研究所に備え付けられたシャワールームにサイレンスの視線が止まる。その前のバスケットには脱ぎ捨てられたドロシーの服や白衣が小高い山のように山盛りになっている。その中には下着と思われるレース生地をした布地も見えた。
「―― あっ! シャ、シャワーはちゃんと浴びているのよ? きゅ、急にドクターが来たら困るでしょう?」
サイレンスの視線の行く先を同じように追ったドロシーが慌てて弁解の言葉を口にする。聞く人が聞けば勘違いしてしまいそうなワードを口にしながら、ドロシーは服の上から自分の身体をスンスンと嗅いだ。
「ほ、ほらっ、臭って無いわよ? ―― い、一度怒られたから、ちゃ、ちゃんと……」
自分の身体が臭っていない事を主張するドロシー。
―― だがドロシーのその認識はとても甘かった。
かつてドロシーが研究を行っていたトリマウンツ郊外の研究所とは比べるまでも無いが、決して狭くない研究所の中にはドロシーの甘い香りが充満していた。鼻が利く訳では無いサイレンスでも、コーヒーの香りに混ざった別の香りを嗅ぎ分けられるほどだ。もちろん悪臭と言った類の匂いではなく、どちらかと言えば良い匂いに分類されるだろう。……だがとてもじゃないが、サイレンスにはこの状態の研究所に "男性" を招く気にはなれない。それこそドクターなんてもってのほかだ。
(ほんとうにこの人は……。自覚があるのか、無いのか……。まったく……)
サイレンスはその甘い匂いを嗅ぎ、以前にもあったとある記憶を呼び起こした。
先日のこと、ちょうどサイレンスが研究所に訪れている時、開発部の少年オペレーターが手配された部品をドロシーへと届けに来た。
袋に入った部品をドロシーへと渡し、サインを求めた少年は、研究所に充満したこの甘い香りを嗅ぐと顔をポっと赤らめた。最初はなにが起きたのかわかっていなかったサイレンスも、少年の様子を観察するとこの匂いが原因だと察する。
少年は明らかに発情した様子でドロシーの顔を、そして身体を見上げ、ドロシーがサインをする間もじもじと独りで内股を擦り合わせていた。
―― それこそサイレンスがその場にいなければ、彼はドロシーにそのまま抱き着きでもしていたのではなかろうか。そしてドロシーは彼を悪意なく優しく抱き返したことだろう。
……その光景を想像したサイレンスの眉間に軽い痛みが走り、思わず眼鏡の下から眉間を手で抑える。
そう、"これ" は今回だけでは無かった。ライン生命とロドスの共同プロジェクトリーダーとなったドロシーはどうしても研究に没頭してしまう。端的に言えば張り切っているのだ。サイレンスが訪問すると目の下にクマを浮かべたドロシーが出迎える事も一度や二度ではなかった。あまりに集中しすぎていた為、ドロシーが椅子から立ち上がれなくなってしまっていたという事まであった。
あれもここがロドスで無ければ……、それこそドクターに「目をかけてやってくれ」とお願いされたサイレンスが居なければ大事に至っていたとしてもおかしくは無かった。
―――― そしていずれの時も、研究所には今と同じような甘い匂いが充満していた。
――――、
「…………はぁ、研究時間はロドスの規定合わせてって何度も言っているでしょ? ここは "ライン生命" じゃないんだよ……ドロシー主任」
「あ、あの……。ご、ごめんなさい……」
―― ここはロドスだ。あなたがいたライン生命の研究所ではない。
そう "元" 同門である、元ライン生命職員であり現ロドス職員であるサイレンスが叱責する。いまだ "ライン生命" に所属し、強固な業務協力を結んだロドスに出向する形になっているドロシーにロドスでのルールを説く。
サイレンスの叱りの言葉に、ドロシーはもじもじと胸の前に指先を絡ませていた。
「ドクターも心配してる……、もういっそのことロドス側の権限で電力供給時間を制御してもらうなんて案も出てるけど?」
「えっ! そ、それは困るわっ……! ここにはサンプルの保存も……!」
サイレンスの言葉に焦ったドロシーが形相を変え、子供の表情から真剣な研究者の顔へと変わる。
「……だから、そうならない為にも、しっかりと定期的にちゃんと宿舎に戻っ――――」
そしてサイレンスが言葉を続けると――、
…… ッグゥゥ~~……。
「あっ……!、」
―― と、ドロシーのお腹が盛大な音を上げた。
「は、恥ずかしい…………」
「…………、はぁ……」
そのドロシーの様子に気概を削がれたサイレンスが浅い溜息をつく。そこには呆れの色が、だが隠せない優しさのような色があった。
「―――― 休む前に、まずはしっかりと食事を摂ろうねドロシー……」
――――、
◆
「ううっ……沁みる……」
空きっ腹に温かいスープを流し込んだドロシーがしみじみとした声を漏らす。
「ん~でも……沁みるというよりは少し刺さる感じが……?」
「どれだけ食べて無かったのよ……。ほんとそのうち身体が動かなくなっても知らないよ?」
「ううう……」
研究エリアに近い大きな食堂の片隅で、サイレンスとドロシーが同じメニューを机に向かい合って並べている。
広い食堂に人はまばらだ。それでもロドス中央部の食堂に比べればこの遅い時間にも関わらずかなり盛況していると言って良かった。それはこの食堂が研究エリアや工房エリアに近いという事と無関係では無いだろう。
徹夜の合間の補給に来た者、長い残業を終えこれから宿舎に戻る者、誰も彼もが疲れた顔を浮かべながらどちらかと言えばヘルシーな食事を摂り楽しんでいる。
まずは温かいスープ、そしてその後にサラダをゆっくりと食べ、そのあとに肉。
サイレンスが選んだメニューをドロシーはゆっくりと食していく。カフェイン漬けで荒れた胃へ流れ込んだ温かいスープがじんわりと心地良い。
(私もそういえば食べて無かったな……。おいしい……)
そしてサイレンスも胃に染み込むスープの優しい熱を楽しむ。作戦帰投後にそのままドロシーの様子を見に来ていたため、サイレンスもしばらく食事を摂っていなかったのだ。
「…………」
「…………ふぅ」
2人は口数少なくゆっくりと食事を続ける。
だがそこには気安い者同士の穏やかな時間が流れていた。
"フランクス主任" から "ドロシー" へ、"サイレンスさん" から "オリヴィア" へ、互いの呼び名が代わり、かつての同僚は友へと形を変えていた。
「―――― あ、そういえばオリヴィア。今回の調査はどうだったの? …………もぐもぐ……、良いサンプルは採れた?」
「……ん。……ん~……。あまり珍しい物は採れなかったかな……。予測より小さい規模の天災だったみたい。―――― いちおう臨海寸前で安定した状態の
「そうなの? ……でも珍しいタイプの磁気嵐があったんでしょ? ……ふぁぁ…………あふ、……天災トランスポーターの子がなんか興奮してたみたいだけど」
時折雑談にあくびを混じえながら2人はゆったりと食事を続ける。
しかし悲しいかな、その会話の内容はいかにも硬く、研究者の
「……お。さすがの情報網だねドロシー。ずっと研究所に籠りっぱなしなのにそうゆう情報は漏らさないよね。……そう、今回の天災はかなり地磁気が乱れていた……。だから直接のサンプルは採れなかったけど、面白い数値は観測出来たよ。まぁ磁界が強すぎて数値がちょっと歪んじゃってるけど」
「……まぁ! 興味あるわ。聞かせて?」
サイレンスが話す話題に、満腹から来る眠気に流されてかけていたドロシーが顔を輝かせる。
「オッケー……。実はけっこう危なかったんだ、今回の調査。……調査予定のエリアに近づいたら何人か装備が強い磁気に引っ張られてね? それで――――」
―――― 天災の跡地での調査内容を肴に2人は食事を続ける。
「―― そんなに磁気が強いなら都市の防衛機構はまったく役に立たないわね。前兆になるようなデータが取れるといいんだけれど……」
そしてテーブルの上の食材が残り少なくなってきた頃――
「う゛あああ〜〜〜、つっかれた。お腹空いたァ〜〜!」
――と、食堂の入口で新たな来訪者が声をあげた。
その明るく大きく響いた声にサイレンスとドロシーが目をやるとその先には2人の女性がいた。
2人の女性は食堂の中の視線を集め、とりわけ男性達は食事を摂る手を止めその姿に釘付けになっている。
「あっはは、メイヤーちゃん。声大きいよ。みんなビックリしてる」
その女性はメイヤーとマゼランだった。
2人はピッチリとした黒いスパッツを履き、メイヤーはその上に黒いタンクトップを、そしてマゼランは露出の多い白いチューブトップを着ている。さらにその上から共に薄手の白いパーカーを羽織っているが、その健康的でスポーティーな姿は男性達には少し刺激が強かったようだ。身体のラインがはっきりわかる下半身や、谷間が露わになった胸部に食堂にいる男性達の視線が集まる。
「わっ、ごめん……。思ったより人が多かった……。し、失礼しましたぁ〜…………」
そしてメイヤーは顔を少しだけ赤らめ、バツが悪そうな顔を浮かべると露出の多い自分の身体をパーカーでサッと隠し、食堂の隅のテーブルへ向かい移動する。
マゼランは変わらず堂々と露出の多い身体をさらけ出したまま、食堂の中の複数の男性に笑いながら手を振るとメイヤーの後に続いた。
「ん…………、あれっ? サイレンス? それにドロシーも」
「お、やっほ〜〜」
「メイヤー。久しぶり」
「お二人共、こんばんわ」
隅に移動するメイヤーとマゼランはその先に見知った顔を見付けると、手を振りながら既に食事中の2人のテーブルへと近づいてくる。
サイレンスとドロシーは座る位置を椅子の中央から壁側へと移動し、2人に着座を促した。
(なんか露出が凄い…………? トレーニング後……?)
そしてその2人の姿を間近で見たサイレンスは訝しげに頭を「うん?」と傾ける。
メイヤーもマゼランも健康的と言えば聞こえが良いが、だがいささか肌の露出が多い。公衆の場にこのような姿で出てくるなんてどうもサイレンスが知る2人らしくなかった。サイレンスの中の2人のイメージと若干の齟齬が産まれ、微かな違和感を感じる。肌もほのかに紅潮し、汗がしっとりと滲んだ身体は実に艶めかしい。
「……トレーニング帰り? メイヤーは珍しいね……?」
「―― えっ? あっ、うん、そうなんだぁ~……! ちょっと身体を動かしたくなっちゃって……」
あはは~と少しだけバツの悪そうな顔を浮かべ、メイヤーがドロシーの隣へ座る。
「メイヤーちゃん、いつもので良い? あたし貰ってくるね~」
「あっ、ごめん! お願い~。お肉多めでよろしく~~」
そしてマゼランはそのままメイヤーを残し食堂のカウンターへと向かった。
サイレンス達の近くに座る何人かの男性はそのマゼランをジロジロと視線で追いかけていた。
「いやぁ~、ほんと久しぶり~。元気してた? ……ん?」
(―――― 2人共しばらく見ない間にずいぶんと……)
―― 女らしくなった気がする。
そんな思考がサイレンスの目線に漏れ出る。対面からジロジロと身体を見られたメイヤーは恥ずかしそうに身を捩り、健康的に晒した谷間をサっと手で覆い隠す。どこかその仕草すらまでも、今までのメイヤーからすると艶っぽい行動に見えた。
「オリヴィア? 女同士でもそんなにジロジロ見たらダメよ?」
そのサイレンスの目線に気付いたドロシーが言う。
「……んっ、ああごめん」
「いや~こちらこそごめん、夜中だからもっと人少ないと思ってそのまま来ちった……」
顔を僅かに紅くしたメイヤーが苦笑いを浮かべる。
「こちらこそごめんね。なんだか刺激的でつい見ちゃった……、それにしても本当に久しぶりだね。二ヶ月ぶりくらい?」
「そうね、私もそれくらいぶりかしら? ロドスに来てからだいぶ経つけれど、マゼランもメイヤーも最近は外勤が多いからなかなか会えないわね。……元気してた?」
サイレンスとドロシーは同じくライン生命の同門であるメイヤーの近況を尋ねる。
「元気元気、最近はロドスにいる間に運動もするようになったから前より健康なくらいだよ。ドロシー主任も研究所に籠もりっきりじゃダメだよ~? せっかく美人なんだからもっと――――」
―― そして同じライン生命出身、同門の3人は久方ぶりの友人との会話に華を咲かせ……。
「ほいメイヤーちゃん。いつものやつお肉多め」
「おっ、ありがとぉ~~。お腹すいたぁ~~」
そこに2人分の食事を持ったマゼランが合流し、マゼランはサイレンスの隣へ座った。
フラフラとマゼランの事を追いかけていた男性達の視線も、さすがに女性が4人いる席をジロジロと見ることも出来ず(しかも視線に敏感なサイレンスがいる)諦めて目線を自分達の食事へと戻した。
マゼランとメイヤーの食事は、サイレンスとドロシーが食べたメニューと比べるとだいぶスタミナがつきそうなメニューだった。外勤のオペレーターや男性オペレーターが好んで食す羽獣の肉が主体になったメニューだ。
まさに対照的な2人と2人、4人が食事を供にする。
かたやいかにも研究職の2人、白衣を身にまとい色気が薄い服装。そしてヘルシーな料理が主体の軽いメニュー。
かたや外勤任務が主な2人、露出の高いスポーティーな服装。そして肉が中心となったスタミナをつける重いメニュー。
ライン生命職員という同門の繋がりがありながらこうも対照的。
そんな自分達をおかしく思いながら、4人は談笑を続けた。
そして……、
(ん……? なんだろう、なにか匂いが……?)
会話の中でふいにサイレンスに隣のマゼランからとある香りが届いた。先程もドロシーの研究所で嗅いだ "女" の匂いに近い香り……。それに
(―――― いや……、さすがにデリカシーに欠けている。いかんいかん)
……最近はどうも友人達のそういった細かい部分が気になってしまう。それもサイレンスの小さな悩みだった。
サイレンスは自らが主治医となっている鉱石病患者の体調やメンタルと同じように、友人達の些細な変化がどうも気になって仕方がないのだ。それは医者として必要な観察眼だったが、広義な人間関係では不躾となる域に達している。そうサイレンスは自らの癖を分析していた。
サイレンスが気付いた些細な変化を会話の中で相手に伝え、そしてそれがその相手が触れられたくないデリケートな問題だった事で、そのまま気まずいギクシャクとした雰囲気になった事も一度や二度ではなかった。
そしてその "悪癖" はドロシーのせいでここ最近はさらに悪化していた。
(よくない……。よくない……けど……)
―― 2人の汗ばんだ身体。紅潮し上気した頬。満足気な表情。
『トレーニングをしていた』と2人は言う、だがトレーニング施設があるエリアはここからだいぶ遠い。
…… だが近くには2人がよく出入りしているメイヤーの研究室がある。
(…………、だから、ダメだって。オリヴィア……)
そしてその優秀な "観察眼" でサイレンスはこの2人がつい先程まで "情事" に及んでいたことをはっきりと悟るが、その気付きを殺し意識の奥へと引っ込めた。
(考えるな……。考えるな…………)
サイレンスはジロジロと友人を観察してしまう己の目線を自制し無理やりにテーブルへと落とし、自らの指で目頭を強く押さえた。
「――――? サイレンス……? 大丈夫?」
その様子を隣から見ていたマゼランが心配した声をかける。サイレンスの肩に手をかけ、心配そうに顔を覗き込んだ。
―― マゼランの顔が近づき、また
(ッ……! ああ、もう、私はなんでこう……)
「だ、大丈夫。ありがとうマゼラン。ふぅ……、ちょっと疲れてるのかな? ははは……」
「……。あまり無理しないでね?」
「サイレンスは自分の事、後回しにしちゃうからなぁ~。もっと自分の身体も大事にしないと。またジョイスに怒られるよ?」
メイヤーが言ったジョイスとは、ジョイス・モル。ロドスでのコードネームは "フィリオプシス"。
ライン生命時代からのサイレンスの一番の親友だ。その名前を出されるとサイレンスはとても弱い。
「……いや~。耳が痛い。ごめん、気を付けるよ」
「ふふふっ。オリヴィアも彼女たちには形無しね? そうよ、オリヴィアも私ばっかりかまってないでしっかりと自分……を? ……きゃっ!」
「ジィ~~ッ……」
自分の事を棚に上げた事を言うドロシー。そしてそのドロシーの顔を隣に座るメイヤーが間近で覗き込みジーっと見つめ込んだ。
「なっ、なにかしらっ……?」
「そういうドロシーもクマが凄いよ? せっかくの美人が台無しだよ!」
「そうそう。3日も4日も研究所に篭ってたらそうなるよ。メイヤー、もっと言ってやって」
メイヤーの言葉へサイレンスが乗っかり、ドロシーをやんわりと責め立てる。
「う、うう~……、だって研究もいいところで……」
「あっはは。ドロシーもサイレンスも最近頑張り過ぎじゃない? それこそ近い内に ――」
―― と、マゼランが言うと、マゼランはテーブルの対面にいるメイヤーと一瞬だけチラリと目を合わせた。
(…………ん?)
その2人の様子にサイレンスはほのかな違和感を覚える。
「―― 気晴らしにみんなで遊びにでも行かない? せっかくライン生命にゆかりがあるメンバーが集まったことだし!」
とマゼランが続けた。
……話を聞くと、どうやら
「―― えっと、私はいいわよ? お酒なんてトリマウンツのパーティーでしか飲んで無いし、せっかくなんだから皆ともっとおしゃべりもしたいわ。オリヴィアはどうかしら?」
「あ、え~~っと……」
サイレンスは他の3人の顔を見ながら返答に迷っていた。
……サイレンスは先程のマゼランとメイヤーがチラリと合わせた視線の妙な雰囲気が引っかかっていたのだ。
(……う~ん、なんだろうさっきの……。話しを合わせる前の目配せ……なんだろうけど、……)
談笑の中のほんの僅かな時間のアイコンタクト。マゼランが思いつきの提案に、メイヤーの同意を求めたようにも見える僅かな視線の会話。だがそこに生まれた微かな違和感。直感にも近いザワリとした不穏な色。
(……それこそ、友人を遊びに誘うと言うよりは、もっとこう……。任務の中のような……)
―― 緊張感があった……?
サイレンスの持ち前の洞察力は、友人の振る舞いに少なくない違和感を覚えている。
談笑の中で生まれた、2人のほんの僅かで場違いな緊張感……。
(……こうゆうところが良くないってわかってるんだけど……、でも……)
「……サイレンス?」
「……あっ、ごめん私は――」
サイレンスはその自らの予感に従い――、
「その話、あたしも混ぜて~?」
―― 誘いを断ろうとした時、もうひとつの声がその場に響いた。
「えっ?」
「あっ!」
「おひさしぶり〜。見知った顔がたくさんいたから来ちゃった。ドクターに用があって来たんだけど……」
4人が座るテーブルへいつの間にか近づいていた人物、それはライン生命医科学研究所、生態課主任のミュルジスだった。
「ミューちゃん!?」
「しゅ、主任?!」
「女子会? あたしも混ぜて混ぜて!」
ミュルジスが人懐こい笑顔を浮かべてテーブルに座る4人へ声をかける。
「…………、いいよいいよ! ぜひ!」
「5人も集まるなんて凄いね〜」
と、ミュルジスの提案にマゼランとメイヤーが返事をする。
そして断るタイミングを逸したサイレンスも(主任が2人もいるなら大丈夫か……)と、自分が感じた先程の違和感を自らの胸の内にしまい込み、その女子会に同行する事を決めた。
「いつにするいつにする? ―――― 私けっこう自由効くけど―――― 」
「あはは―――― まぁみんな有休はたんまりあるからねぇ~ ―――― どうするドロシー?」
「私は――――、――――ああでも、ドクターからお願いされてる――――」
その後も予定を決めるため姦しく楽しげに歓談を続ける5人。
―― 突然現れたミュルジスに気を取られたサイレンスは、同行を申し出たミュルジスに対し、マゼランとメイヤーが浮かべた一瞬の "焦り" と "困惑" の表情を見逃した。
サイレンスの致命的なそのミスは、最後まで取り返せなかった。
――――、
――――――、