昨年末のエアコミケ作品ということで、もちろん一年の締めくくりにちょうどいい作品に仕上げています!
そしてこの夏は合同誌寄稿3作+コピ本1冊で初のリアルコミケ参戦!(もしご興味があればTwitterアカウントをフォローしてご確認お願いします!)
頑張ってきます!
莉々子はピンクのチェック模様の弁当箱を鞄にしまうと、そのままデスクにうつ伏せでもたれかかる。こうすれば胸にぶら下げた重い物を預けリラックスできると気付いてしまった。
その大きな乳房に乗った“森名莉々子”の名札が目に入り、薄ピンクのルージュを引いた唇から溜息を漏らす。
この身体になって二日目。女性としても特に大きな胸にも、森名莉々子という名前にも、出勤前に化粧をする生活にも、恐ろしいほどあっさり順応してしまった。
純の身体を奪っている悪魔とやらの言葉を信じるなら、三日目の段階で元の身体、天野雄大に相応しい人格を維持できていないと元に戻れないらしい。今まで悪魔に身体を奪われた人々もこうして知らず知らずのうちに押し付けられた身体に染まってしまったのだろうか。
しかし「身体に合わせた振る舞いをしなければならない」というルールに逆らえばどうなるかわからない。結局「保健室の魔女」こと森名莉々子としての、大人の女性の妖艶さと少女の可憐さを兼ね備えた愛嬌たっぷりの振る舞いをしてしまう。
その度に、莉々子は内心成人男性としての羞恥に身悶えし「もういっそ心から莉々子に染まり切った方が楽なんじゃないのか?」という悪魔の囁きと戦うのだった。
残り一日。生徒から絶大な人気を誇り、休み時間になるたびに森名莉々子としての演技を強要され続けているが、なんとか生徒との接触は最小限にできないものか――
「ちーっす! リリちゃーん! 遊びにきたっすよー!」
「さっちゃん。そこは嘘でも体調不良ってことにしとかないと」
「おっとと……そうだねー、よしのん。じゃあちょっとお腹が痛いっすー」
保健室の引き戸をガラガラと開けるとともに入ってくる二人の女子生徒に、莉々子の思惑はあえなく絶たれる。人気教師も大変だと自嘲する莉々子。
「もぉ~。森名先生か、せめて莉々子先生って呼びなさいっていつも言ってるでしょ~?」
「あざとい……だがそれがいい……」
莉々子は頬を膨らませつつ、右手をノックの形にしてさっちゃんこと
和香の言葉に自身があざとい仕草をしていること、それが似合ってしまう外見であることを自覚させられ、またも羞恥心をくすぐられる。
「ちょっと聞いてくださいっすよリリちゃん。最近クリスマスが近いからってみーんな彼氏作ろうと躍起になっててー、ウチと遊んでくれないんすよー」
さつきは保健室備え付けのソファに腰掛けると、日々の不満をつらつらと語り始める。
莉々子は男女問わず多くの生徒から慕われており、休み時間には大抵莉々子との雑談目当てで誰かしらの生徒が保健室に来る。多くの生徒は莉々子の和やかな雰囲気に癒され、時にアバウトに見えて本質を捉えたアドバイスを受け、明るい高校生活を送る糧としているのだ。
「――ウチも彼氏欲しいっすよー」
「もういっそ莉々子先生を彼氏にすれば……。むしろ彼女に……」
「ほほぅ……なるほどなるほどっすねー……」
「ふぇっ!?」
いかにも「ただ聞いてほしいだけ」という内容だったために適度に相槌を打ちつつ聞いていたところで、急に話が自分の方に向かい、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる莉々子。
「リリちゃん見ての通り優しいし可愛いしスタイル抜群だし間違いなく女子力高いタイプだし……絶対男の理想のお嫁さんっす!」
「裸エプロンとか似合うはず……むちむちボインのえろえろ若奥様……」
「えっ、えろえろじゃないわよぉ!」
「いつもなら軽く流すところなのに……もしかして図星? とうとう自覚が芽生えたのね……」
「リリちゃん! 『お帰りなさい、あなた♡ ご飯にする? お風呂にする? それとも……♡』ってやつやってみるっすよ!」
「えぇっ!? な、な、そんなこと……!」
二人の女子から妙な期待に満ちた視線を向けられ、目を回して後ずさる莉々子。
男の理想を詰め込んだような女性である莉々子の裸エプロン姿を想像したことによる、男としての興奮。
自身が理想の嫁であると女目線でベタ褒めされたことによる、女としての照れ。
二つの感情が同時に駆け巡り、脳の処理が追い付かなくなる。
「莉々子先生……どうやってそんなにパーフェクトお嫁さんに進化したの?」
「そうっすそうっす! 保健室の魔女ならおっぱい育てる魔法とか教えるっすよー!」
まさか女子生徒から女性としての発育について聞かれる日が来ようとは。
もちろん今の莉々子に適切な回答は知らない。本来の莉々子ならそういった知識も養護教諭として把握しているのだろうが、純はこういった状況も想定してか、そういった知識は「森名莉々子としての生活に必要な知識」として送り込んでいない。
純のまさに小悪魔といったにやけ顔が浮かぶ。
「け、健康な食生活と適度な運動かしら……?」
ダメもとで模範解答と思われる答え。
「え~? リリちゃん運動って柄でもないっすよ~?」
「あ、ゴミ箱の中にきのこ&たけのこ欲張りパックが……」
「やめて~~~! 見ないで~~~~~!」
この身体になって初日の記憶がフラッシュバックし、莉々子は瞬時に茹で上がった顔を手で覆う。
「ふっふっふ~。じゃあその脂肪がそのわがままおっぱいと安産型お尻にばっかり行く秘密を教えるっす!」
「これはもう……実際にたっぷりねっとり揉んでみるしか……」
「へっ? ……なに? 女の子がそんな恐い顔で……ダメよ……?」
茶目っ気のある部分がありつつも、あくまで大人の女性として生徒を可愛がる側である莉々子の新鮮な姿。さつきと和香は、普段とはまた違った意味で「可愛い」という感情を抱き、すっかり魅了されていた。
「莉々子先生の新しい一面……これはこれでイイ!」とさつきと和香、さらには保健室の外で聞き耳を立てていた生徒が満場一致で思うのだった。
[newpage]
入れ替わりから三日目経った放課後。2年1組教室。
「最初ははまだ固さがあって遠慮がちだった感があるけど、最近なんていうか……可愛いよね?」「わかるわかる! 良い意味で男の人って感じがしないっていうか……つい親近感が湧いちゃうっていうか~」という評判が立ち、今日もまた気さくな女子生徒たちに話しかけられている。
天野雄大としての本来の親しみやすさと少し愛想に欠けるとはいえ女子高生の端くれである相川純の人格が醸し出す女性的な雰囲気が絶妙なバランスでかみ合い「女子からも慕われる若い男性教師見習い」が完成していたのだ。
尤も、その扱いに現在雄大の身体に入っている相川純としては「こんな偽物の天野先生を見てに盛り上がる言うなんて……先生の本当の魅力をわかっているのは私よ」というマウント感情と形はどうあれ雄大が生徒から好意を向けられる状態への喜びが入り交じった複雑な心境に揺れているのだが。
「でさー、天野先生はどの先生が一番好きなの?」
「もちろんあ――っ!」
複雑な心境うつつを抜かしていると、そのまま天野先生、と即答しかけて慌てて口を閉じる。今は天野先生は自分だ。勝手にナルシスト宣言して評判を下げるわけにはいかない。
「いえ! その……ごめんなさい、そういうのは……」
「ちぇ~。私が縁結びしてあげようかと思ったのに……」
それにしても、何とか天野雄大としてここまで無事に過ごすことができた。己の手の内に想い人の身体を全て自由自在にできる生活は誘惑の連続だった。
愛する雄大の手で自分で抱きしめ、雄大の声で自分への愛を囁き、それ以上のことも思いのまま……
ありとあらゆる欲望が浮かんでくるが、それらを全て込めた一日一回の自慰で我慢したのは我ながらよく頑張ったと雄大は思う。
やはり私の愛する人が己に欲情する変態であってはならない。
「わかった! 莉々子先生でしょ? 」
「ちょっ! 違っ――」
天野雄大本人の魂が入っている人物の名前が出て、ドキっとする雄大。手をぶんぶん振って否定する。
「……いやいや、わかりやすすぎでしょ……ピュアボーイかよ」
「隠さなくていいよ、天野先生。いいよねー、莉々子先生。あんなにド直球で優しい!可愛い!エロい!の三拍子そろってるんだもん。私が男でも間違いなく惚れちゃうねー、あれは」
「ちょっ! もし朝起きたら男になってたら私と付き合うって約束があったでしょー?」
「あ~、いっけね。浮気しちゃった♪」
「こらー!」
話が横道に逸れてホッとしたところで、雄大の視界の端に教室の外から手招きする女子の姿が見える。
「…………」
自分が絶対にしない表情を作る自分自身の姿は何度見ても慣れない。しかもそれが、悪魔などという得体のしれない存在が中身となれば猶更だ。
純はまさしく小悪魔といった人の神経を逆なでする笑みを浮かべながら、スカートの裾をゆっくりとまくり上げようとする。
入れ替わり一日目の授業以降は鳴りを潜めていた嫌がらせ。
「ちょっとごめん。用事ができた」
雄大は先ほどまで話していた女子たちに断りを入れると、純の方へと歩を進める。それを見た純はスカートから手を離すと、早足で廊下を進んでいく。そしてこちらを振り返り、追いかけてきていることを確認すると、隣の教室に入る。
「教材室」という名前になっているが、実質空き教室のようなもので、専ら女子更衣室として使用されている。
「何の用かしら?」
雄大も続いて教材室に足を踏み入れる。先程もまたどこかのクラスで体育があったらしく、女子の残り香に男としての煩悩を刺激されつつも背を向けた純に詰め寄る。
「約束の時間はまだでしょ?」
入れ替わりが起こってからちょうど72時間後に同じ場所、つまり午後5時に保健室に来れば再度魔法陣が発動すると聞かされている。今はまだ午後3時30分過ぎだ。
「へへへ……。言っただろう、お前の望みは叶えてやるってな!」
振り返った純は、瞳を紅く光らせていた。
目を合わせてはいけない。雄大は本能的に危険を察知するが、時すでに遅し。
雄大の瞳から生気が失われる。頭の中に靄がかかり、思考が強制的に放棄させられる。ぬるま湯にぷかぷかと浮いているような浮遊感。
「あなたの好きな人は誰?」
「天野雄大……先生……」
空っぽになった思考に直接響く声。抗うという意思が発生する余地もなく、魂のあるがままに答えてしまう。
「でも今はあなたが雄大センセじゃない。今、雄大センセは誰になってる?」
「莉々子先生……?」
「そう。じゃあもう一度聞くね? あなたの好きな人は?」
「森名莉々子先生……」
悪魔の能力を行使し、雄大の思考の方向性を操作する純。
「お前の愛、試させてもらうぜ……?」
これから始まる最後で最大のイベントへの期待感に心を躍らせる純であった。
[newpage]
「ぴんぽんぱんぽーん♪ 莉々子センセ。悪魔の入れ替わりテスト、ここまで大変よく頑張りました! そんな莉々子センセにご褒美をあげるので、今すぐ教材室に来てください。来ないと莉々子センセは一生そのキュートでセクシーな女教師ボディのままですよ~? あ、女の子の悦びに目覚めちゃったんならその身体は喜んであげちゃいますけど……。じゃ、4時ちょうどまでに来てね~!」
校内放送から純のふざけた声が流れたのは、入れ替わりからちょうど三日が経とうかという放課後だった。莉々子は既に保健室で待機していたが、純の突然の呼び出し。
明らかに罠だが、拒否すれば何が起こるかわからない。校内がざわついている様子が全くないのは、ご丁寧に全員認識改変済みで、ここは疑わずに来るのが正解だというメッセージのつもりなのだろう。
左手首につけたパールピンクの小さな腕時計を確認する。午後4時まであと5分しかない。
「くっ……!」
保健室と教材室は同じ校舎内にあるものの、ほぼ対角に位置する。全力で走るしかない。
「はあっ! はあっ! やっぱりこの身体……運動向きじゃないわ……!」
走るたびに大きく揺れる胸。脇を締めた「女の子走り」になるも揺れは抑えきれず、腕で抱えながら走る。
男の身体だった頃には簡単に走り切れた距離が遠く感じる。
「はぁっ!…………はぁっ…………はぁ……間に、合ったわよ…………」
「あっ! ギリギリセーフ! ってうっわ汗だく……えっろ……」
息も絶え絶えになりながら扉を開いた莉々子を純は舐めるように見つめる。莉々子は視線から逃げるように身をよじりつつ白衣を羽織りなおす。
「今度は何をさせる気なの……?」
「あらら……こっちは人格は維持できてるけど喋り方まですっかり莉々子センセになりきっちゃって。そんなに私がキャラメイクした魔性の女教師ライフが楽しかった? やっぱり入れ替わったままの方が向いてるんじゃない?」
「ふざけないでっ!」
額の汗を拭いつつ睨みつける莉々子を涼しい顔でいなす純。
「さてさて。『保健室の先生』といえばエッチな本ではおなじみのシチュエーションがあってね。『優しくてキレイなみんな憧れの先生にガチ恋ピュア男子くんが勇気を出して告白!あとは流れでいちゃいちゃ♡らぶらぶ♡』ってやつ! 先生と生徒って言う禁断の関係なのに心にキュンキュンくる純愛ものの名作が多くってオススメなんだよ~?」
「っ……何が言いたいの?」
莉々子は既に嫌な予感を覚える。
「今から~、その王道シチュエーションを我らが『保健室の魔女』こと莉々子センセに再現してもらいま~す!」
「ちょっ! 何言って――」
「ささっ、入って入って♪」
「し、失礼します……」
入ってきたのは、緊張した面持ちの男子生徒。純に唆されて、あるいは洗脳されてここに来たのだろうか。
だとすれば、どうにか止めなければ。
「な――――!?」
巻き込まれた男子の全体図をよく見て、莉々子は絶句した。高校指定の男子制服を着ているが、紛れもない。それは天野雄大の姿だった。
しかしよく見ると、顔つきや髪型、醸し出す雰囲気など、全体的に今よりフレッシュな印象だ。教育実習前にあたって母校に凱旋する高揚感から卒業アルバムを見返したりしたものだが、まさにこんな姿をしていた。
「莉々子センセももう来てるよ。じゃ、頑張ってね。雄大クン。応援してるよ♪」
「う、うん……。ありがとう、相川さん」
困惑する莉々子をよそに、純は男子高校生姿の雄大に応援の言葉をかける。雄大はそれを聞いて覚悟を決めたような面持ちになる。
まるで、雄大の莉々子に向けた想いに気付いた純が恋のキューピットとして告白の場をセッティングしたような、感動すら覚えるワンシーン。しかし莉々子の身体には悪寒が走る。
今、天野雄大の身体に入っているのは相川純だ。にもかかわらず、何の疑問も抱かずに学生服に身を包んでいる。それじゃあ相川純の人格は――
「そっ! お察しの通り、今の雄大クンこと相川純ちゃんの魂は完全に自分のことを『憧れの莉々子先生に告白しに来た男子高校生の天野雄大』だと思い込んでまーす! あ、サービスで肉体年齢も高校生まで下げといてあげたよ!」
「な、なんてことするのよっ! それじゃあ……純ちゃんは……」
「さらにさらに……それっ!」
純は指を鳴らすと、教材室全体が一度大きく揺れる。その後、全ての音が止んだ。廊下を歩く生徒の声も、運動部の声も、吹奏楽部の楽器の音も、窓から見える光景は変わらないにもかかわらず聞こえない。
まるでこの教室が世界から断絶されたような、完全なる無。
男子高校生姿の雄大も教室に
「はい、これでこの教室はエッチな本ではおなじみ『セックスしないと外に出られない部屋』になりました~! 入れ替わりの魔法陣が発動するまであと1時間足らず! とりあえずヤることヤって、ここから脱出することを優先した方がいいんじゃないかな? あ、純ちゃんの人格改変については入れ替わりのルールとは無関係だから、このままでも魔法陣さえ踏めば元に戻れるよ。まぁその場合、イケイケ女子高生の身体にピュア男子高校生の魂! っていうこれまたオイシイ状態になっちゃうけどね♪」
「……本当に……すればこの教室から出られるんだな……?」
「も~、ちゃんとはっきり言わないとダメだよ~? そうそう、莉々子センセと雄大クンが~、セ・ッ・ク・ス、すればここから出られるよ。そこから条件さえ満たせば入れ替わりも解除される」
このまま何もしなければ、入れ替わり解除に間に合わず、相川純は人格どころか身体までも別人として生きることになる。相川純として歩むべき人生を完全に放棄させられてしまうのだ。
身体も人格も別人の人生。元々自分のものだった身体に違和感を覚えながら生きる人生。どちらがマシなのかはわからない。しかし、今はせめて身体だけでも元に戻す外ない。純の人格は、どんなことをしてでも悪魔に元に戻させる。
純の姿をした悪魔の思惑通りにしか動けないことに歯噛みしつつ、莉々子は覚悟を決める。
「へぇ……可愛さ全振りの顔なのにいい面構えじゃん。そんなも顔できたんだ……。じゃ、用意……アクション!」
「あ……あの! 莉々子先生!」
「どうしたの? 雄大くん。何かお話?」
これが人生初の告白ということになるのだろうか。しかもそれが憧れの女教師相手とあっては緊張も計り知れないだろう。
年下の少年となってしまった自分をくん付けで呼ぶこそばゆさを堪えつつ、莉々子は普段以上に親しみやすい雰囲気を心掛け、笑顔を作る。
その笑顔が雄大のときめきを刺激したようで、外から見てもわかりやすくドキッとした顔になる。
おいおい大丈夫かと心配になるが、自分の分身と言われれば納得できてしまうのが少々虚しい。
何か助け舟を出した方がいいのだろうか。しかし純の口ぶりではあくまで告白は雄大から行うべきなのだろう。ここは高校時代の自分を信じるしかない。
「お、俺! 初めて会った時からずっと莉々子先生のことが好きでした! 莉々子先生はいつも優しくてキレイで笑顔が素敵で……。先生と生徒が付き合うなんてダメだってわかってます。だけどごめんなさい! この気持ちだけは伝えずにはいられないんです!」
「ゆ、雄大……くん……」
ロマンチックでも何でもない、ただ自分の気持ちを伝えるだけの愚直な告白。だが、その真っ直ぐな瞳がぶつかった時、胸の奥底から温かいものが溢れてきた。
まるで何人分にも匹敵する愛を一度にぶつけられたような幸福感。別人の身体に入れられた者同士。さらに相手は偽りの人格を植え付けられている。そうでなくとも、教師と生徒という禁断の関係。
全てが間違っている。だが、今はこの純真無垢な少年が愛おしくて仕方がない。せめてこの誰も入ってこない空間でのみ、この想いに応えたくて仕方がない。
悪魔に打ち克って全てを元通りにする前に、せめてこの時間だけの愛を。
「わっ! せ、先生……」
気付けば莉々子は何も言わず、雄大を優しく抱きしめていた。
生活する上では煩わしさを覚えつつあった大きな乳房に雄大の顔をそっと押し付ける。雄大の顔が耳までぽっと熱くなるのを肌で感じる。初心な反応が可愛らしく、きめ細かな白い肌の手で頭を撫でる。
雄大の心臓は莉々子にまで聞こえそうなほど高鳴る。その興奮は、うら若い男子高校生の肉体を
「うふふっ。当たってるわよ」
「わっ! ご、ごめんなさいっ!」
慌てて飛び退こうとする雄大。莉々子は腕を絡ませ逃がそうとしない。
「私のおっぱい……触ってみる?」
ますます赤く染まる雄大の顔。手を出しては引っ込めを繰り返し、宙を泳がせる。
そんな様子を見て、莉々子は苦笑。白衣を脱ぎ、フリース生地のタートルネックを捲り上げる。その勢いでぶるん、と勢いよく揺れて露わになる乳房に、口を半開きにしたまま釘付けになる雄大。
最後にレースで縁取りされた大きなブラジャーを取る。我ながらすっかり慣れてしまったものだと今度は自分に対して苦笑する莉々子。
「きれい……です……」
そうだろう。と莉々子は心の中で思う。不本意ながら押し付けられた極上の女体。純に面白半分で性的に弄られたり、女子生徒に羨望の眼差しで見つめられたりしたときは気恥ずかしさしかなかった。しかし、雄大に対しては、この身体を見せ、触れさせることが誇らしくて堪らない。
女として、この少年を喜ばせることが嬉しくて堪らなく感じてしまう。
「うふふっ。それっ♪」
「わあぁぁっ!?」
不意を突いて雄大の手を掴むと、乳首ごと胸を揉ませる。驚き声と喘ぎ声が重なる。
大きさも張りも抜群の胸。その感触が病みつきになってきたのか、黙々と、一心不乱に揉み続ける雄大。それに合わせ、意識して色気を込めた喘ぎ声を上げる莉々子。雄大を、莉々子自身を昂らせるために。
「ねぇ……続きもシてみない?」
「つ、続き……」
緊張と興奮でもはや目の焦点が合っていない雄大の口元に、皆まで言わせないで、とばかりに人差し指を立てる莉々子。
ロングスカートのホックを外し、ブラジャーと同じ模様のパンティをするすると下げていく。割れ目は既に湿り気を帯びており、余韻を残しながら引き下ろされるパンティから糸を引いている。
「もぅ、あんまり見られると恥ずかしいわ……」
すっかり役に入り込んでいた莉々子でもさすがに気恥ずかしかったのか、眉を下げて頬を染める。素直に目を背ける雄大。
その反応がますます莉々子の身体の潜在的な母性を刺激する。
「え~い! お返しよ!」
「うわぁっ!」
莉々子は全裸のまま、おもむろに勢いよく雄大の両肩を押す。不意打ちに為すすべなく倒れ、仰向けになる雄大。
雄大が戸惑っている隙に、制服を上から下まで脱がしていく。
「これでお揃いね」
「うぅ……」
服をすっかり剥ぎ取られた雄大。しかしその一物は、大きさこそ小ぶりながら天を突く勢いで勃している。
「自信もって。大丈夫よ。ほら」
再び雄大をそっと抱きしめる。豊満な乳房と薄くとも確かに「男」の逞しさを感じさせる胸板が合わさる。二人の心臓の鼓動が重なるような感覚。
その時、二人の胸の奥に直感的な閃きがよぎる。
そう、大丈夫。
莉々子は雄大を膝立ちさせると、今度は自身が仰向けに寝る。腕を広げ、脚を開く。
雄大はゆっくりと、狙いをつけて自身の相棒を莉々子の割れ目にあてがう。
「はうっ!」
十分に濡れていたとはいえ、男根の侵入に莉々子は痛みを感じる。他人の身体の一部が入り込む異物感。しかし膣は快楽を逃がすまいと、ぎゅっと締まる。
「ああああっ! 先生! せんせぇっ!」
「雄大くん! いいわよ! 来てっ!」
二人はぴったり重なりあう。互いが互いを引き寄せるように。そこで再び脳裏に走る光。その光は、頭の中にかかった靄を覚ましていく。
身体と身体が重なったことで、心と心も結び付く。それによって、自分が誰なのか、相手が誰なのか。はっきりと自覚していく。
「先生!――雄大先生! 好きっ! すきっ!」
自分と相手の認識こそ変えられていたが、雄大の恋心はそのままだった。教師と生徒の恋愛への禁忌感や、それでもなお想いだけでも伝えたいという熱、それを告白という形で実行した勇気は紛れもなく相川純の魂が成したものだった。
「私も――俺も嬉しいっ! 頑張ったね! よく頑張ったね!」
悪魔による人格改変を愛の力に打ち克った、大事な生徒。教師としてどう応えるべきかの答えは見つかっていない。だが、溢れ出す愛情のままに一心不乱に雄大をねぎらう莉々子。
「ああっ! いいっ! 先生の膣内! すごく気持ちいいっっ!」
「相川さん! もっと突いて! 奥まで突いて! いっぱい搔き回してっ!」
二人を祝福するように、とめどなく快楽が溢れ出す。もはや身体があるべき形ではないことすらどうでもよくなっていく。今できる最高の形で愛し合いたい。
「射精る! 射精ますよ先生っ!」
「射精して! いっぱい……全部射精してぇっ!」
男根の鼓動から、フィニッシュが近いことを感じる。お互い手と手をぎゅっと握りしめる。ますます強い繋がりを感じ、温かい感情で満たされていく。
「「ああああああああああああああっっっ~~~~~~~~~~!」」
二人分の叫び声。雄大の息子から精液が勢いよく放たれ、莉々子の膣内を満たしていく。
反動で雄大は仰け反り、男根はずるりと抜け出す。倒れ込み、全力疾走後のように荒い息を繰り返す二人。
首だけを起こし、相手の様子を窺う。すると目が重なる。
童顔で人好きのする柔和な女教師の顔と、特長は少ないが誠実さを感じさせる男子高校生。
外見と中身が違うことが何か可笑しく感じられ、穏やかな微笑みを交わすのだった。
[newpage]
「――きろ! 起きろ!」
純の叫び声に、莉々子と雄大は目を覚ます。二人とも先程の行為の後、すっかり意識を失っていた。
莉々子は慌てて飛び起きる。全裸のままであったことに気付き「きゃっ」と愛らしい悲鳴を上げた後、周りを見渡す。
「えっ……?」
白いシーツのベッド。手洗いうがいを喚起する莉々子手製デザインのポスター。薬品や応急処置セットの入った戸棚。
そこは教材室ではなく、保健室だった。壁にかかった時計を確認すると、午後4時58分を回ったところ。
「ったく。世話の焼けるカップルだぜ。二人ともしっぽりヤった後すぐに眠りこけやがって」
二人が起きたのを確認した純は、回転椅子に胡坐をかき、ぽりぽりと頭を搔く。
「どういうことなの……?」
その場にあったタオルで股間を隠しつつ、雄大が呟く。身体年齢も人格も元に戻っているようだ。
「いくら起こそうとしても起きなかったから! 俺様がこっちに運んでやったんだよ!」
「なんでそんなことを……お前が……」
「だー! お前らがヤって記憶を完全に戻すなんて思ってなかったんだよ! 愛の力ってやつをみくびってた俺の負けだ! 言わせんな恥ずかしい!」
胡坐をかいたまま、スカートの中身が見えるのにも構わずバタバタする純。
「……ってわけで。もうすぐ入れ替わりの審判が下される。まぁどうせ元に戻るんだろうから、今のうちにその身体でヤり残したことをヤっときな」
捨て台詞を言い終わったところで、床が模様を描き発光する。同時に広がっていく闇。
莉々子は森名莉々子として過ごした三日間を振り返る。
女体に翻弄されつつ、女教師として過ごすこそばゆい羞恥の日々。しかしそれは、全生徒憧れの教師、それも異性の人生を垣間見ることができて、充実したものであった。
雄大からも勇気を振り絞った告白を受けた。改めて、元に戻ったら返事をしなければ。
桃色の霧が満ちていく。それに合わせてまたも意識を失うのだった。
「――つまり? 人間様の愛の力に感銘を受けたから、悪魔風情の純ちゃんは悪魔の力を失ったと? だから入れ替わりの力は使えなかった……と?」
「………………そうです。面目ない」
正座で項垂れる純を見下ろす莉々子と雄大。傍から見れば、優等生の純が「優しい先生」側の代表格のような二人の教師に生徒指導を受けているという、異様な絵面に見えるのだろうか。
「じゃあ。元に戻る可能性は?」
「入れ替わりが使える別の悪魔に運よく出会うか、何かの間違いで俺が悪魔として転生するか。どっちにせよ、望みは限りなくゼロに近いです」
三人同時に溜息をつく。
「いや、あなたまで何偉そうに溜息ついてるのよ」
雄大が純を上から睨みつける。元自分の身体であるが、鉄拳制裁すら辞さない雰囲気だ。
「これで入れ替わりで人の人生狂わせるのもおしまいか~。仕方ない、この身体で別の遊びを見つけるか~。という溜息」
「反省の色が足りないようだな」
莉々子がふわっとした垂れ目の奥に呆れと怒りの感情を宿らせる。
「先生」
雄大が莉々子に耳打ちする。雄大の温かい吐息が耳を撫で、莉々子は少しばかりドキっとする。
「それっ!」
「うわっ!?」
雄大が口を耳から離すや否や、すぐさま白衣を純に投げつける。急に視界を遮られ、戸惑う純。
「捕まえた」
その隙を突いて、雄大は純を羽交い絞めにした。
「え……何してるの? 自分の身体にそんな乱暴なことしちゃっていいんですか~? 雄大センセ……?」
「その身体はもうあなたの物じゃない。誰かさんのせいでね」
恐怖に震え声になる純は、前方からにじり寄る莉々子を見て全身から震えだす。ぽわぽわとした笑みに見えるが、目は笑っていない。
「純ちゃ~ん。保健の時間よ~? 今日は~その身体の敏感なところをた~っぷり教えてあげるわね~?」
「へっ? ちょっ! やめっ、やめて! いやっ! いやぁあああああああああああっはっはははははははは!」
その後、莉々子は雄大がリークした純の敏感なくすぐりのポイントをたっぷりと責め、リベンジを果たしたのだった。
結局、三人は入れ替わったままの状態で生きることになった。
幸い、身体に合わせた生活に必要な知識は頭に入れられていたため、日常生活は問題なく送れている。
莉々子は以前と変わらず「保健室の魔女」として全生徒から絶大なアイドル的人気を誇っている。むしろ、女子からのスキンシップに妙な恥じらいを見せる場面が時折見られ、一部では「保健室の魔女が魔法少女に若返った」などと言われており、新たなファン層を獲得しているとか。
雄大は教育実習を境に教師志望への熱意を高め、教育学部の教授や友人から一目置かれるようになった。また、仕草に女性的な耽美さが生まれ、それに惚れ込んだ女子から熱い視線を送られ、実際にアタックを受けることもある。しかし、既に結婚を前提に付き合っている年上彼女がいると聞き、その写真として莉々子との仲睦まじいツーショットを見せられたところで「これは勝てない」と皆諦めていくという。
純は明るく元気な、それでいてどこか小悪魔的な一面を覗かせる優等生として学校生活を送っている。内申評価がある日を境に真面目さや冷静さを評価するものから社交性や行動力を評価する物へとガラッと変わているが、特に性格が変わったと認識している者はおらず、校内の七不思議となっている。莉々子への熱烈なスキンシップを図って揶揄ったり隠し撮りしたブロマイドを校内で売りさばこうとしては本人に激怒されたりする様子が見られるようになったこととの関連性が噂されるが、真相は不明である。
「お前、本当は入れ替わりによって人生が好転する相手だけをターゲットにしてたんじゃないのか?」
とある日の保健室。さすがに冬休みにまで用もなく保健室に遊びに来る生徒はいない。
今やすっかり森名莉々子としての振る舞いに馴染んだ莉々子だが、かつての自分を忘れないように、純と雄大しかいない時には意識して以前の口調で話すようにしている。
「バカ言え。俺は悪魔。最優先は常に己の楽しみだよ。俺が使って面白そうな身体を奪うだけだ」
一人を除いて。純は校内の自販機で買ってきた豆乳をちびちび飲みながら、さりげなく莉々子の隣で胸を張る。しかしその差は歴然だ。
「元悪魔、だろ? 元々の莉々子先生も運動が苦手だから運動部の男子に憧れてたって話だし、純や俺もこの身体じゃないとできない経験のおかげで今があるんだ」
「仮にそうだとしても認めねーよ。欲望に忠実に生きてこそ悪魔だ」
「じゃあ、欲望に忠実に俺を襲ったりしないのか?」
腕を広げ、無防備をアピールする莉々子。
「……さすがに妊婦を襲う趣味はねーよ」
莉々子の膨らんできた腹をさする純。予定では来年夏前、雄大が正式に教師として働いている頃に生まれる予定だという。
「そういうとこだよ」
右手で軽くデコピンを繰り出す莉々子。
「まったく。『保健室の魔女』は怖いね~。悪魔から一本取りやがった」
莉々子はにひひ、と悪戯っぽい笑みを浮かべる。他の生徒には決して見せない、少年のような笑みがそこにあった。