下級生の性教育係なTS娘ちゃんが受精するまでの1日 作:ゆきかお
日盛りの昼時が来た。
陽が天頂に至り、午後の日陰を作ろうとゆっくりと傾こうとする濫觴で。
1日の、折り返しの時間帯だ。
方々に散らばっていた生徒たちが、校舎に一斉に集まって、にわかに騒がしくなっていく。
授業から解放される、誰にとっても楽しみな時間。
大人数で食卓を囲む給食という名の、歓談の時の幕が上がろうとしていた。
「…………はぁ」
ただそれは、本棟から完全に隔絶され。
給食時には使用しない別棟には、所以のない話だ。
日陰に隠された、ひそやかなその場所は、今も尚、時流に置いて行かれたように。
静謐が保たれていて、閑静だった。
そして、ミトが使用する教室も同じように。
寝倒れたまま4時間目の後始末を終えた、ミトは重い体を強引に起き上がらせると。
膝から下を左右に開いて、尻をマットレスに付けて、座り込む。
そして近くに寄せたランドセルの中から引き出した、袋に包まれた弁当箱を太ももに置いて。
彼女は、弁当箱をじっと、眺める。
(……腹、へってんのかな、オレ)
ミトは、今自分が空腹かどうかが、分からなかった。
食欲を、空腹を訴える中枢が、麻痺しているように感じられて。
偏に実感がないとしか、言えなかった。
そうなっている原因は、明白だ。
(でも、な……)
しかし、食事をとらなければ、これからの5、6時間目は体力が持たない。
それにもし、実習の中で途端に空腹を覚えてしまえば、それに集中などできないだろう。
そして、母親が作ってくれた弁当を食べないなんて、彼女にとってあり得ないことだ。
母が悲しむ顔を、ミトは見たくない。
「……いただきます」
誰に言うでもなく、隠しきれない疲労を乗せて呟いて。
ミトは袋を解いて開いた、弁当箱の中身を一瞥する。
食べる量が減ったミトに合わせて、量を少なく小柄にした分。
から揚げ、ハンバーグ、ウィンナーなどの主菜の品目を増やした母謹製の弁当。
彼女は、色味豊かなおかず達へ、取り出した箸を伸ばし、口へと運ぶ。
「ん……」
口に入れたおかずを、もぐもぐと、軽く噛んで。
仕切りを隔てて詰められた、小鞠のようなおにぎりの1つを箸でちぎり、おかずと共に味わう。
いい具合の回数咀嚼できたら、飲み込み、また箸でおかずを拾い上げる。
それを繰り返す、単純な反復作業。
(…………美味い、のに)
腰が痛い。体が熱い。悶々とする。
散発的で単発的な思考が脳裏の海に漂って、ぷかぷかと浮かんだまま沈むことがなく。
ぐちゃぐちゃに散らかった思考は、一向に片付く気配を見せない。
そんな状態であるから、全てが上の空。
折角の母親の弁当の味も、どこまでも上滑ってしまう。
そうやってミトが、黙々と機械のように食べ進めている内に、不意にかつん、と。
すっかり空になった弁当箱の底に、箸が触れた。
「あっ、…………ごちそうさま、でした」
その無為な音で、ようやくミトは弁当を完食したことに気づく。
誰とも話すことのない給食時は、あまりに侘しい。
食事への感謝を虚空に唱えて、袋に戻した弁当箱と箸をランドセルに戻すと。
ミトは水筒の麦茶で喉を潤し、口内の余韻を洗い流して、息を次ぐ。
淡々と食事を終えた彼女に待ち受けるのは、ひっそりとした空白の時間だ。
「…………」
しんと、一瞬の食事の賑わいが消え去り、教室に気怠さと静けさが立ち込める。
ミトは時計を見た。食事を開始した時より、まだ10分程しか時計の針は進んでいない。
配膳や片付けの時間がなく、昼食後の掃除も放課後に行う為に。
性教育係の女子の昼休みの時間というのは、大いに余りある。
歯磨きや、これからの授業の予習及び再確認などの、細々とした必要な作業はあれど。
どれも緊急性を要するわけでもなく。
そもそも、精力的に活動しようとする余裕が、彼女にはなかった。
「はぁ、……ぅ……」
ミトは、己の頬に手を当てた。
覚えるのは、水はけで薄く伸ばしたような、汗の湿り気。
頬も、手も、湯上りのように火照って、色づいている。
(ずっと、こうだ……)
ミトはもう、目を逸らし続けることが、もう出来なくなっていて。
彼女は真正面から、心ならず向き合う。
うんざりとするぐらいに、分かっていること。
2時間目の終わりから芽生え、今では根差している、それのこと。
(……興奮、してるんだ、オレ…………)
自分の手で、少年たちの初心な性を思うがままにして。
己を求めてくれるように、甘えさせて、快楽を与える。
ひどく疚しく、淫らな行為に、どうしようもない劣情を、覚えてしまったから。
興奮が、いつまで経っても、冷めやらない。
内で点っている淫欲の火が、ずっと掻き消えることなく、あり続ける。
(なんで、今日になって……)
つい数か月ほど前まで、男だった奴に相手させられるという、彼らへの申し訳なさは多分にあったけれど。
彼らが、女になった自分の体で気持ちよくなり、いっぱいに喜んで。
感謝を送ってくれることで、確かに自分は役に立てたのだと思える、純粋な嬉しさと。
面倒ではあるが、性教育係の義務をこなした時の達成感は、ミトの内に確かにあった。
だが、彼らが乱れる様に興奮を覚えるなんてことは、有り得なかった。
性への興味が、元来薄いのもある。
しかしそれ以上に、自分が今まで男だったからだ。
この世に男として生を受け、日々を過ごす中で形成されていった、当然で、確かなアイデンティティが、揺らがなかったからである。
しかし今は、そうではなくなっている。
女性となってからのでもなく、男だった頃のでもない。
知らない自分が、今ここにいる。
(…………どう、して、なんだろ)
女体化症の発症者は、無意識の内に思考や感性が女性のそれに近づくことがままある、と。
女になってから間もない頃に行われたカウンセリング時に、ミトは教えられた。
それはおかしなことではなく、変に気にしないように、とも。
けれど、ここまでに急激で、唐突な変化は、おかしい。
現状に対する解決の糸口になることを願うという、現実逃避の理由を付けて。
突然の変化の要因を辿ろうとすれば。
それらしい物は、すぐに見つかった。
ずっと頭の片隅にあった、目覚めて直ぐに突き付けられた、特別な体調。
(……排卵日、だから……?)
生理前、即ち排卵日前後に、ムラムラすることがある。
女子だけの授業でやったか、人づてに聞いたか。
とにかくうろ覚えの浅い情報が、ミトの朦朧とした脳裏に過り。
彼女は、自身の現状と、排卵日を結びつける。
そうすれば、男の頃のままの頭が望んでいなくても。
コンドームなんていう必要で、邪魔なものをなくして。
赤ちゃんがデキることを、したがっているから。
完全に女性となった肉体に、頭が引っ張られているのだと、整然とした回答が出て。
この発情も、理解が出来る。
けれど、それはあまりに突然に過ぎているから────。
「────う、ぁ……っ」
必死に理性的であろうとして、ミトは堂々巡りになろうとも、思慮を巡らせていたが。
堪えようのない欲求に、掻き消されて、どうにもならなくなった。
じりじりとした蕩けた火の熱に当てられて、下腹部が、むずむずと疼いて。
鋭い腰痛と共に、それとはもっと別の、甘い痒みが、ミトの体の神経を侵していた。
そしてその得体のしれない腰痛も、いやに痛みが鋭くなっている気がして。
いよいよ、ミトは平常であろうとすることに、限界を感じていた。
「はぁ、はぁ……」
誰もいない虚無の時間が、ミトを苛む。無為に座っていることすら、今は辛い。
色気を伴った押し殺した声が、淫猥な熱に満ちた吐息と共に、空気を掠めていく。
反射的に、ミトは自分を抱きすくめた。
どうにも寂しくて、たまらない。
昼休みに入らない限り、誰も訪れることはないと分かっているから。
何かをしていないと、もう耐えられない所まで、劣情が脳を虐げているから。
このまま座して待っているのは、おかしくなってしまいそうだった。
(…………ぁ)
込み上げた色情に塗りつぶされ。
桃色に染め上げられたミトの脳裏にあったのは。
現状の打開、または解決方法。
ミトは、この状態の鎮め方を、知っていた。
溜まりに溜まった性衝動を、発散する方法を、彼女は知っていた。
それは、机上で学んだっきりの、行為。
女の子の体の、使い方。
自分にとって縁のない、意味のないと、思い込んでいた。
快感を求めることで、切なさを誤魔化す、憂いへの慰め。
(…………)
手で自分の体を抱いたまま、ミトはただ呆けていた。
考えが纏まったかと思えば途端に解ける、蕩けた自分の内の世界で。
ここではないどこかを、見つめては、何を思うでもなく、呆然とする。
そうやってしばし、無我に揺蕩っていた彼女は。
ふと、ある懸念を抱き、灰色に曇っていた目に、色を取り戻した。
(…………カメラ)
ミトは背後の黒板の粉受に設置した、小型カメラを虚ろな眼差しで見つめた。
その小さく無機質な瞳は赤裸々に、画角の中央にいる少女の来し方行く末を、映し続けている。
これから、行うことも、全て。
ミトは、ふらふらと立ち上がると、マットレスを撮影し続けているカメラに映らないように。
部屋の隅というレンズの死角へ、夢遊病の遊行に似た、危うい歩みで向かう。
「ぁ、ん…………」
隅にたどり着き、億劫な歩行が終わった。
たどり着いた隅の壁を背に、内股な足の膝を折って、ずり落ちるようにミトは座り込む。
クーラーの冷気を浴びた、ひんやりと冷たい壁という拠り所に、体を落ち着けさせて。
深く息を吐いて、吸う。
うっそりとした陰の空気を、肺いっぱいに染み込ませる。
「っ、あ……っ……」
言葉にならない、未熟な声を零すミト。
瞼が垂れ下がり、潤みつつあることで、輪郭がぼやけた曖昧な視界。
その中に映る、力なく放り投げられた、己のしなやかな手。
それに触れられたら、どれほど気持ちがいいのだろう。
ぎゅうと、ミトはそれに力を入れて。
自分を慰める為に、動かそうとして────。
(────や、まってっ…………まってよ。
…………する、の……?)
いつの間にかに、迎え入れようとした己を顧みて。
殆ど無意識の内に、全てを進ませようとしていたことに。
誰でもない、自分自身にミトは当惑した。
(…………でも、でもさ)
しかし、今になって制止したところで、もうどうしようもないことを。
ミト自身が、よく分かっている。今の自分にはこれしか、ない、と。
だから、これから彼女がするのは。
正当性で自分を塗り固める、意味のない言い訳づくり。
────初めてだから、少し、怖い。
皆がご飯食べてる中で、こんなこと、してもいいのかな。
でも、今は誰もいなくて。受け入れてくれるかどうかなんて、不安がることなんてなくて。
恥じらう必要もなくて。
それに、身体に振り回されるのが嫌なら、早く受け入れた方が楽。
このままの状態だと、5、6時間目がどうなってしまうのか分からない。
集中できなくて、皆に心配されて、あまつさえ嫌われでもしたら、やだ。絶対にやだ。
それなら、ここで、さっさとすっきりした方がいいでしょ。
男だった頃も、女な今も。
そういうことに乗り気じゃなかったのは、気持ちよくなったことがなかったからで。
けど今だったら、多分、皆が夢中になる理由が分かる気がする。
ハミが言ってたのも、こういうことなのかな。
だから、だから────。
(……したい。…………しなきゃ)
嵐の渦中にあるような、滅茶苦茶で脈絡なく思考が繋がる頭の中で。
どれだけの建設的な建前と、訳を並べても。
ミトを確かに進ませたのは。
今日という短い日の中で芽生えつつあった、性への、好奇心だった。
「…………っ」
ミトは、体操着の上着を内のシャツごと捲って。
顔を俯かせ、自身の肉体を見下ろした。
青い血管が通った、女性らしい自身の部分が、即座に視界に入った。
女体というのは、成長と発育の度合いが、男の頃よりもすぐに分かる。
彼女の虹彩に焼き付く、雄を誘う為に、ここまでになった。
媚態に満ちた、
(…………うるさい、うるさい……っ)
制止しているのか、鼓舞しているのか。
座り込んでから、身体が揺れるぐらいに力強くやかましく鳴る、心臓の鼓動。
どんどん、と鼓膜を打ち付けてくるそれは、己の有様を示しつけてくるかのようで。
自分の内から聞こえてくる物に栓は出来ず、彼女はただただ晒され続ける。
「…………ふぅ、ふぅ……っ」
五指を開いた両手を、自身の胸部へと持っていこうとするミト。
胸に触れてきたことはいくらでもあり。
3時間目には谷間に陰茎を挟んで扱くという、卑猥な使い方をした。
なのに、今乳房に向かおうとするその動きは、緊張に震えていて、覚束ない。
それは、ミトの生来のものである、性への忌避感が焼き付いた理性が。
1度始めてしまえば、これからの全てが変わってしまう、と。
この期に及んで、警鐘を鳴らしているからだ。
未知が既知に変わり、今日に至るまで選択にも上がらなかった行為が。
この選択を持って、ふとしたどこかで現れるようになる。
寂しくなった時や、退屈になった時。
誰かを想って、切なくなった時に。
「っ、く…………」
脳の理性はそう叫んでも、体の本能はいじらしくミトに呼びかけている。
まだ大人ではなく、されど子供ではなくなりつつある、自分の体。
さみしい、さみしいとミトに訴えては、刹那的な刺激を、求めている。
人肌が恋しいと、飢えている、と。
理性と本能。それらは、天秤にかけるまでもなく。
今のこの状況において、選ぶものはもう1つしか、なくて。
ミトは、鍵盤に指を乗せるような、たおやかな手つきで。
そっと脇から、指と乳房を、触れ合わせた。
「……ぁ……っ」
日常の動作の延長として、無造作に触れるでもなく。
前戯の道具として、扱うのではない。
ただ、気持ちよくなりたい。
そういう意図を持った、繊細なタッチに、びくびくと、彼女の体が震え、怯える。
ミトは女体の快感の度合いを知らない。どうすればより高まるのかを、深く知らない。
だから彼女は、ノアに触れられた時を想起する。
あの時の、何かが高まっていく感覚を、再現しようとして。
彼の手つきを思い出して、触れていく。
「……はっ……ぅ、ん……」
細心の力で揉む、羽でくすぐるような、フェザータッチ。
愛撫と呼ぶにはあまりに可愛らしく、恥じらいが多分に現れた児戯。
だがそれでも、感度が高まったミトの肉体は悦びを覚え。
満ちていく悦楽を、震えとして表現する。
(…………うわ、かってに、うごくっ……)
もじもじと、何もしていないのに変に腰がくねって。
内ももが、意識せずとも勝手に擦りあって、無為に体から汗が吹く。
額に浮かんだ汗に捕らわれて、じとりと張り付いて煩わしい前髪を、手の甲で払った。
片方の手の温もりが胸から離れていってしまったミトは、急激に切なくなって。
また直に、空いた片手を魅惑的な乳房に引き寄せた。
すっかりと、胸部の体温に馴染んでいく片手の感触に、情欲が込み上げる。
(…………した、から……)
横乳を鳴らすように触れていた両手を、今度は下乳に持っていって。
ブラジャーが支えている胸の重みを、両手で持ち上げ、肩代わりする。
手の平に覚える、確かな重量。
肩が凝るだけの、煩わしいとだけ思っていた、その脂肪の重さすら。
今はひどく、いやらしく思えた。
「ふ、ぅ……っ……」
少しの力を込めれば、ブラ越しに肌のハリという反発を返しながらも。
細指が容易く、発育の良いたわわに沈み込んだ。
しっとりと汗ばむそれを、小さく、優しく揉んでみれば、蠱惑的に弾む感触を返し。
いくらでも素直に、曲げた指に従って形を変え、鈍い快感をミトに送る。
彼女は己の手の内で、淫猥なおもちゃを童の如く弄ぶことに、夢中になっていく。
「んっ、んぅ………」
按摩に、ゆったりと乳房が上下する。無軌道にまさぐる手に、激しい心音が伝う。
その手つきは徐々に上ずって、胸を手で覆い被せていく形になっていき。
自ずと、手の平が、乳房の中心へと向かう。
手のひらで中心の、ブラジャーの裏地に押し込められている、明らかに固くなっていると分かるそれを、掠めるように撫でた。
「ひっ……ぁ……!」
生まれた、じわりと波打つ、初めての艶めかしい快感。
それは、ほんの一瞬足元にまで寄って、足首を浚ったかと思えば、立ち所に引いて行った。
薄い余韻を残す、全身に広がっていた気持ちよさに、体が惹かれ、心が焦がれて。
ミトはその穏やかな波濤を、追いかける。
「んっ、ぅ……ふぁ」
すりすり、と手が円を描いて、乳肉を撫でまわせば。
浅い谷間が掻き寄せられて、双胸がぶつかり弾んで、また離れていく。
手の内で押し広げられている中心部分がより固くなる。
蒸れて溜まっていた谷間の汗の粒が潰れて、自分の体臭が強まったのをミトは感じた。
(きもち、いい……)
波に身を浚われ続けるのが、たまらなく心地がいいから。
知ろうともしなかった、自身の性感帯を探して、ミトはぞくぞくと身を震わせ、官能に耽溺する。
無知だった彼女の脳が、女としての快楽の手綱の一端を掴みつつあった。
性的興奮が、募っていく。積み重なって、溜まる一方だ。
「んん……ふぅぅ………っ」
ふと、いけないことをしている、と。
そんな、誰にでもない、普遍的な常識に対して、後ろめたさを抱いた罪悪感と。
それに裏打ちされた、薄暗い背徳感が、ミトのうなじを撫でた。
彼女はそれを勿論、承知の上で行っている。
けれど、それに対して開き直れるほど、ミトは強くなくて。
彼女は、潤みつつある瞳に、瞼という暗幕を被せ。
自分の痴態から、目を瞑って背けた。
(こんな、とこ、見せらんないっ……)
表情筋が弛緩しつつあるみっともない顔と、だらしなく快感に打ちのめされている体。
姿見に移さなくとも分かるそれが、今の自分。
皆に、自分を慕ってくれる皆に、こんな自身の姿を晒したくないと、ミトは頻りに思う。
どう見られるか、分からないから。
けれど、そう、思うほどに。
晒してしまったらどうなるのか、と。
侵入思考が、不意を突いて彼女の脳内に去来する。
(は、……いやっ、なに、かんがえて……っ)
反射的に遠ざけようとして、考えないようにすればするほど。
その誘惑は断ち切れないものになっていって。
頭の中が、そればかりになる。
「んっ、ぁ……っ!」
いつものような、年長者としての振る舞いなんて、忘れて。
目の前に吊り下げられた、甘い甘いニンジンが欲しくて。
盛りのついた雌犬のように、己の体に媚びる、ひどい有り様の、自分。
────もし、見せたら。
こんな、見せたくもない、姿を。
見せてしまったのなら────。
(…………どうなっちゃうん、だろ)
その許可を皮切りに、ついさっきまで、昼までに覚えていた。
男の子の部分の感触が、触感が、まざまざと、生々しく蘇って。
無意識の内に封じていた、己にとって都合のいい想像と、妄想の断片が連続して、過る。
(っ、あ……だめ……だめっ……)
────自身の痴態を見て、情欲に駆られ、陰茎を膨らませた皆に、迫られて。
何もできなくて、組み伏せられる、男の子らしい力。
必死に、一途に、性欲をぶつける皆の、愛らしく、かっこいい表情。
漏れてしまうのを堪えられず、快感に歪んで、求めてくれる声。
そうして、昇りつめた絶頂の末に。
いっぱいに注がれ、彼らの子種に、満たされる、自分の胎。
ただ、彼らに目一杯に愛される。
自分の、幸せそうな、様相────。
「────…………っ」
脳を焼く恍惚に、ぞくぞくと身震いをするミト。
ちかちかと、暗闇に閉ざされた彼女の視界の上で、何かが微かに瞬いた。
浅く軽い、脳イキを覚えたミトは、自分を触る手つきに。
自身の強い願望と情念を、籠め出して。
マスターベーションに、一層熱中していく。
(…………した、いっ…………され、たい……っ)
あまりに端的なそれは、言葉にできなくて。したくなくて。
もっと、もっと、と浅ましく媚びるミトは、自身の胸をまさぐり続けていた右手を。
へそより下の、丹田に当てた。
「っう、うぅ……っ」
甲高く囀っていた声音を一段低くして、獣じみて呻くミト。
今日まで胡乱げに感じていた、その存在を。
今となってははっきりと、彼女は感じ取れていた。
男の頃には、存在しなかった器官。
受け入れた雄の種を、宿す場所。
胎児の安寧たる、揺り篭。
子宮の存在を。
「ふっ、く……ううぅ……」
切なく疼くそこを抑えても、その疼きは深まるばかりで、何の解消も出来ない。
背にした壁から、ずり落ちそうになりながら。
徐々に快楽だけを求める、だらしなく崩れた姿勢にミトはなっていた。
彼女はより深い自己愛撫に、耽り出そうとして。
下腹部に押し当てていた手を滑らせて、太ももの間に忍ばせた。
「はぁーっ、はぁぁ…………」
強く高まる、緊張と興奮に、息が上がってきた。
だらしなく開かれた足の、付け根に挟まれているのは、ミトの大事な場所。
手のひらで包むように、忍ばせた手で触れると、ブルマ越しにでも、そこは生暖かかった。
蛇が伝うかのように、自身の手をブルマの内側に艶めかしく這入りこませる。
触れようとすることへの躊躇はもう、なかった。
侵入した指が、自ずと内のショーツの布地の上に、被さる。
すると、ぐじゅりと、粘っこく、水気のある感触がした。
(……ぁ……)
一瞬、漏らしてしまっているのでないかと、勘違いしてしまいそうなぐらいに。
ミトの体温に馴染んで、ほかほかと熱が籠っていたそこは、生ぬるく湿っていた。
その原因は、内のショーツに秘されている、女の子の穴から染み出てしまった、多大な興奮の証なのが、明白で。
ブルマの厚ぼったい布地にまで、それは染み込もうとしている。
(……こんなに……)
自身の身体に起きた初めての現象を俯瞰するミト。
平静の彼女がそれを見たのなら、大きな狼狽があっただろう。
しかし、快楽で高ぶった神経と脳が、どこか他人事のように現実を受け取らせていた。
「……っ」
じっとりとした湿度に満ちて。
ずっと刺激を与えられず、じくじくともどかしい股の中心。
ショーツの生地に張り付いて浮かぶ、ぴったりと閉じられている、1本の筋。
ミトは、おずおずと、その筋を指の腹でやんわり、引っ掻いた。
「────あっ……ぅ、んん…………っ!」
内からの水気で恥部に張り付いていたことで、布地越しの、愛撫が直接的に伝わって。
びくんと、ミトの体が大きく震える。四肢と背筋が一気に緊張し、硬直する。
胸を揉んだ時の、じんわりと甘ったるい不定形の波がやってくる、気持ちよさとは違う。
電撃のように痺れる、はっきりと定まった快感が、脳に到達する。
「っ、っう…………」
ただ、胸から生じる鈍い快楽に慣れ親しんでいたミトには、あまりに強烈で。
彼女にはまだ、それを許容できず、身を固くしていた。
折り切った瞼の裏で、ミトは目を白黒とさせる。
(もっと、ゆっくり……っ)
豊かな胸部を、やらしく揉みしだきながら。
幼気で無垢を表す、一本筋の周りをくすぐるように、指を這わせて。
じっくりと、秘部から生じる快美な刺激に、頭を馴らしていく。
「あっ……や……ん、んぅ……!」
もぞもぞと、ブルマを内から隆起させている右手が、猥褻に蠢く。
触れる時間が長くなる度に、ショーツの湿り気が増して、布地が敏感な肌と擦れ合う。
ミトの幼い声音を淫情に染めた、青い嬌声が。
冷房の風が淑やかに凪ぐ音に混じりこんでいった。
「……うぁ……あ、んっ…………!」
────不意に、きぃんと、遠くの空から響く。
高く高く飛んだ、空気の波を立てて泳ぐ飛行機の回遊音が、ミトの耳に届く。
その音は、外の、普段通りに回っている世界を。
帰依すべき表の日常が、すぐ隣にあることを思い知らせる。
ありふれた日々への郷愁に溢れた快音。
「……ん……そこっ、やぁ……っ!」
だが、そうやって教示された、隣接している明るく開けた世界に、目もくれようとせず。
閉じこもった自分だけの世界で、退廃的に自分を慰めるミト。
必死に絶頂を求めようとして、甘い声を漏らし、いじらしく快感を享受する。
その姿は、彼女が元男だったということを、一切に感じさせない。
仕草も、声も、纏う空気も。
少年のそれとは、程遠い。
性の目覚めの最中にいる、初心らしい思春期の、女の子だった。
「……っはぁ、はあ…………もっとっ……」
くるくると、指を回して、幾分か経った頃。
秘部への刺激に慣れてきたと、所感を反芻するミト。
ごくりと、彼女の喉が鳴る。
1度は引き戻した指をまた、最初に進めたように。
その動きを再現しようとした、その矢先。
────キンコンカンコン。
頭上のスピーカーから、鐘の音を模した電子音が、けたたましく鳴った。
「っ!……あ……ぁ、ぅ……」
まるで先ほどまでの行為を咎められたように錯覚した、ミトの心臓が大きく跳ね上がり。
冷や水を浴びせられたかのように、淫熱にのぼせていた脳が冷静にさせられた。
盛んだった手の躍動が、自ずと止まり、しんと静まり返る。
強引に、幸せな夢から醒めさせられた。
そんな、喪失感を覚えるミト。
無機質に鳴ったその鐘の音が示す所は、食事を終えてからの丸々30分を費やしても。
自慰行為の、終着点。
または、到達点に行きつくまでには、全然に時間が足りなかったということ。
ミトが取った、じわりじわりと高めて、達しようとする緩慢な方法では、必然だった。
「ふ、ぅ…………ぁ……」
体はいつまでも、ミトの自己愛を欲している。
特に子宮が、痛いぐらいに、きゅうきゅうと痙攣していた。
ミトの手がこれからの5、6時間目に生じる義務と責任。
そしてそれ以上に大きな、自慰の誘惑の間で彷徨う。
ゆらゆら。隙間風に晒された、蠟燭の灯火のように、か細く不安げに揺れて。
「……っ、あぁっ!」
開いていた手をぎゅうと硬く結んで。
ミトは己の太ももに、握り拳を叩き込んだ。
応急処置にもならない、その場凌ぎの乱暴な取り繕い。
だが、ずんと響く痛みが、彼女の正気を引き戻した。
「……こんな、ことしたって、意味ない。
ないっ、ないんだから…………」
まだ欲しがっている自分に言い聞かせようと。
泣き出してしまいそうな声で、酸っぱい葡萄に倣ったように。
彼女は虚空に、後悔と未練を吐き捨てた。
「…………動かなきゃ」
ここからは自分だけの時間じゃない、と。
淫蕩な夢現の中に浸っていた己を、堅固な義務感と使命感で引きずり上げるミト。
大きく息を吐いて、体内の熱をどうにか吐き出そうとした。
気休めにもならないのは、散々に分かっていて。
「歯磨き、しないと……。
…………トイレ、も」
よろよろと、立ち上がったミトは、ダンボールから、簡易的な歯ブラシセットを引っ張り出す。
そうして、発情した雌の、艶めいたフェロモンを、撒き散らしながら、
鋭敏となった感覚に反して、どこまでも鈍化した意識が置いて行かれたことによる、現実味が希薄した白昼夢のような心地の中。
それだけははっきりとしている、湿ったショーツが粘つく不快さを覚えながら。
覚束ない足取りで、外の廊下にある水道まで、向かい出そうとする。
「はーっ、はぁ……っ」
ひどく長く感じられる、道程の最中。
外聞を取り繕うとする余裕がないぐらいに、追い詰められているミトは。
ずきずきとした、腰の痛みがなくなっていることに、気づいていなかった。
午前の内の彼女を悩ませ続けていた、腰痛の正体。
それは、卵胞が卵子を排出させる為に生じる、排卵痛。
その痛みが無くなったということは、彼女の胎内にはもう。
未熟で、新鮮で、初めての卵子が、産み落とされていた。
本人の、理性的であらんとする意思に関係することなく。
精子を受け入れる準備を、赤ちゃんを作る準備を、ミトの身体は、整えていて。
生殖の期待に焦がれて、ただ密やかに。
若くて、優秀な番の種を、待ちわびていた。
誤字報告、感想をいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。