「それでもと言うなら貴方の命、海風にください。捨てる命だったんですよね? だったら貰っても何も文句ないはずです」
強引に話を進める彼女に男はただ驚くしかない。
頬に添えられた手は微かに震えている。賭けに出ているのだ。そんな戯言に付き合ってられるかと怒鳴られるか、戯言されどと手を取るか。
男は海風の手に己の手を重ね震えを止める。
「……貰ってどうする」
「また〝生きたい〟ってなるまでお世話します」
「そんなに世界は綺麗か」
「まさか。世界はいつでも燻すんだ灰色ですよ。でも見えるところぐらいは拭けば白になるんです」
笑いながら言うものの、彼女の笑顔は少し困り顔。
そういえば、と青年は彼女がここに来た本来の理由を思い出す。
なにが見えるところぐらいは白になる、だ。白になっていないではないか。
彼女は嘘が苦手なのだろう。さっきの困り顔もその証拠だ。
下手な嘘を吐いてでも死んでほしくないのか。こんな俺に? やっぱりバカだ、こいつ。
知り合ったばかりなのにで苦手なことまでして止めようとしてくる。バカ以外の何物でもないだろう。
「じゃあ抱かせろよ」
「え?」
「せめてもの未練は断ち切ってからこの命をやるって言ってるんだ。その程度、出来るだろ?」
無論ただの脅し。本当にデキるなんて彼は考えていない。もちろん彼女の答えもノーだろう。
テコでも意志を曲げる気はない。それが伝わり、折れてくれたら十分だった。
「わかりました」
それなのに――――
「ですが申し訳ありませんが海風もまだそういった経験がない身。不甲斐ない結果になってしまうことは目に見えてますが、それでもよろしいのでしたらこの身を貴方に捧げましょう」
海風は受け入れた。
彼女は嘘が苦手なのだろう。性格からというのもあるが、態度にすぐ出てしまう。
だから震えながらも見つめてくる視線はまっすぐで、決して嘘を吐いていないことを裏付ける。
自分を救えるなら己の大事な物すら投げ捨てる。それはもう優しいの範疇から逸脱しており、逆に自分のことを大事にしてくれと思ってしまう。
さて。押してもダメ。引いてもダメ。だったらもう白旗をあげるしか残された手が残っていない。
もう一手残っているにはいるのだが、目の前の天使が許してくれそうにないので、残っているのはそれだけだ。
「負けたよ。あー、死ぬのやめた!」
「……本当ですか?」
「こんな嘘言ってどうする。というか養ってくれるんだろ? 任せるよ」
手をおろし、あっけらかんと言い放つ彼に海風は目を丸くする。
そして彼の見せる微笑に釣られるように彼女の表情は徐々に明るくなっていく。
「はい……はいッ! 海風に任せてください!! きっと貴方を幸せにして見せます!」
海風は下がった彼の手を取り言い寄り、顔もグイグイと近付ける。
本当にわかりやすい奴だ。俺の天使サマは。そんなギザな台詞を思い浮かべながら彼は嘲笑する。
しかし、その言い方はいかがなものかと。まるで求婚の台詞で、二人っきりで良かったと男は安堵した。
互いの気持ちが晴れたからか、外の雨の音が強く聞こえるようになる。
その音を聞き、青年はまだ帰ることはできないと悟り、海風はとあることに悩んでいた。
身から出た錆という奴だ。感情的になりすぎたことを反省すると共に真面目な海風は責任を取ろうと決意する。
「じゃ、じゃあ……」
青年からしてみるとそのことはただの冗談。あるいは出まかせであり、本気で言っているなんて微塵も思っていなかった。
だから白い肌を真っ赤にしながら口にする彼女の言葉にただただ呆然とするしかなかった。
「エッチ、しましょうか……」
その衝撃は喉から音を出す方法を一時忘れてしまうほど。
まさか彼女からそんなことを言ってくるとは思わなかった。真面目で清楚な彼女のイメージが崩れそうになるが、「じゃあ」と頭に足された言葉から発端が自分にあることに気付く。
もしかしてさっきの脅しを真に受けてる!?
「待て、さっきのは決意の確認みたいなので本気で言ったわけじゃないぞ……」
「でもドーテー、捨てたいんですよね……?」
しかし理由を言っても海風の追撃は止まらない。
「バッ、それはただの本音というか、本望というか……だからその、別にアンタを抱きたいってわけじゃ……」
何を言っても恥の上塗りになってしまってそうで、とっとと建前を立てる。
そりゃあ抱いていいのなら無論抱きたい。ただそれは過程があって、その後のお話。すぐにすぐなんて望んでいない。
青年は地味にロマンチストだった。
「それはそれで海風に魅力がないって言われているようで傷付きます。うん、やっぱりしましょう」
だが海風も引き下がらない。引き下がれない。
「なんでそんな乗り気なんだよ! 売女かよ」
「バ、売女!? そんなわけないじゃないですか! さっきも言いましたがこれでもまだ純潔です!」
「じゃあ尚更大事にしろよ! なんでコンビニ行く感覚で捨てようとしてるんだよ」
「それは運命感じたので……」
「その言葉を便利に使うなコノヤロウ」
先ほどの神妙な雰囲気はどこへやら。これから先が思い知らされる。
どうしてこんな奴に一目惚れしてしまったのか。そう後悔するほどに。
それでも冷めることは無いのだから、自分も大概だと思い知らされる。
「それに人はいつ死ぬかわからないものですから! 夢が後悔になる前にさっさと済ませるのが吉かなって!」
「死ぬ!? 自殺やめたのに死ぬの俺!? ……まさか、あんたメシマズなのか?」
「なっ!? それはあんまりです! 姉妹の中で一番料理上手です!!」
「ホントか、それ? どんぐりの背比べで辛うじてとかじゃないよな?」
「む~、許せません! 絶対に〝美味しい〟って言わせて見せます! 首を長くして待っててください!」
「それはそれは。首を洗って待っとくよ」
もはやそんなムードではない。それでも顔を赤くしている彼女は諦めることが出来ないようだ。
青年は決心する。これが代償だと言うなら潔く受け止めようと。
こんなの男からしてみたら軽いものだ。そう男からしてみたら。
だから海風に再三問う。
「いま一度聞くけどアンタは後悔しないのかよ」
「はい。海風は大丈夫です」
海風は己の唇で彼の唇をすくい上げ、そのまま身体と共に押し付ける。
本人も述べていたが海風も初物。だが肌の重ね方は仲間である伊勢から、簡単にだが、手ほどきを受けている。
そう本当に簡単に。それ以外の性技術は持ち合わせておらず、キスなど教えも経験もない。だから舌を入れるなんて技法を知るはずなく、すぐに唇は離される。
あれほど豪語したのにこの体たらく。処女と言えど、男からすると肩透かしを食らった気になるだろう。
それでも海風は惹いて離さない。その背丈言動からは逸脱した存在であり、彼女の持つ女性としての唯一の武器である胸を以てして男の視線を釘付けにした。
たわわに膨らんだ胸が服から零れそうになっており、境に見える白桃色は灯りに照らされていないのにくっきりと見える。
男の手が伸びる。その心は己でも理解できていない。少し時間が欲しいからなのか、それとも彼女をとりあえず落ち着かせようとしてなのか。
なにはともあれ、距離を取ろうと手を伸ばす。その肩へ。
「じゃあ、まず服を脱ごうか……」
だから出てくる言葉も適当。しかし適切でもあり、海風はハッとする。
しかし彼が脱いでしまうと低くなっている体温がより低くなってしまう気がする。少し悩んだのち少女は言葉を返す。
「わかりました。でもこれ以上身体を冷やしてしまってはいけないので海風だけ脱ぎますね」
「は……?」
青年は何を言っているのかイマイチ理解できていない様子だったが、海風の表情は少し深刻そうだった。
実は先ほど頬に触れた時、そして身体を合わせた時にさりげなく彼の体温を探っていた。冷え切ってはいなかったが決して温かいとも言えない状態だったからだ。
脱いだ服を肩にかけてあげたら少しはマシなんだろうが、性交中は邪魔になるだろうし、彼女のいま着ている服はそういうことに適した服ではない。
せめてタオルぐらいあれば違うのだろうが、無いものねだりしても意味がないので、たとえ濡れていてもせめてと海風は考えていた。
安易な考えで言っていないことは彼女の表情を見たらすぐにわかるし、起きた時に彼も自覚したことだ。だから否定する気はさらさらない。
それでも彼女だけに恥じらいをかかせるのはいかがなものか。彼女自身がいいと言っても青年は納得しきれなかった。
「こっちが無理言ってるんだ。アンタだけが恥じらう話は受け入れられない」
「その心遣いだけで十分ですよ。ありがとうございます」
海風は彼に微笑みかけると高床から立ち上がる。そして大きく息を吸い、吐く。
恥じらいがないと言えば嘘になる。ただこの緊張は完全に別のもの。
自分の容姿に自信を持てるか? そう問われてイエスと即答できる人はきっと少なからずいるだろう。しかし海風は即答できるどころかノーと言ってしまう子だ。
だから淡い思いを抱いている彼は裸体を見られて失望しないか心配だった。
それでもここで立ち止まるわけにはいかず、青年から一歩離れた海風はもう片方の肩ヒモを外し、するりと両乳房を露わに。
それを皮切りに衣類を全て肌から離す。下着も、靴も。躊躇いなく、全てを。
素肌をさらすとよくわかる。確かに乳房はしっかりしたものだが、その身体はまだ幼子に近い。
それでも、その透き通った純白の肌、そしてなびく髪は画に描かれる存在のようで。
「綺麗……」
男はもう一度、彼女と出会った時に抱き、そして今も抱いた感想を口にする。
「天使……」
恥ずかしいから今度は彼女に聞こえないように。
しかし唇の動きから彼女は彼の言葉を理解してしまう。海風は思わず大きく目を見開いてしまう。
大っぴらに声に出さないということは秘めたいことなのだろう。
それでもちゃんと伝えてほしかった。その感情が堪えきれない海風は照れ臭さを押し殺した微笑みを見せることぐらいしか出来なくなる。
彼の横に座り再び肌を寄せる海風。そしてまた唇を合わせる。
「……うれしい」
唇を離した瞬間、今度は海風が密かに心を言葉にした。
この距離なら、唇の動きもわからないだろう。
「なにか言った?」
「いいえ、何も。それより遠慮せずにもっと海風に触れてください」
青年の手を取った海風はその手を自身の乳房に押し付ける。
初めての乳房。ゴムまりのような硬度を考えていたが、それ以上に柔らかく、そして弾力があった。
しかし感触より彼は彼女の温もりに驚いた。意識してみると思っていた以上に自分の身体が冷えていたことに気付く。彼女が心配するのもワケない。
「どう、ですか……ひゃッ?」
指を動かさず、ただ触れているだけだった彼に問いかける。
彼女の言葉で青年は我に返る。そして思い出したように指を動かし、海風は驚きの声を上げてしまう。
「……柔らかいけど、思ったより硬い」
「……? 喜んでくれてます?」
なのに出てきたのは淡々とした感想。もちろん照れ隠しも含んでいる。
だがそれを彼女は気付いてくれない。彼は正直者。先ほどの呟き聞き、海風はそう確信していた。
仇になっていたのだ。純粋な目が痛い。バツが悪くなった青年は顔を背ける。
「そんなの……当たり前だろ。言わせんな……」
口先を尖らせる彼を見て海風はより一層に目を輝かせる。
かわいい。
不純行為なんて、と軽蔑していたが、なるほどと思わず首を縦に振ってしまう。
これは生殖行為を軽んじているわけではなく、互いの深層を知ることを目的にした、いわば練習行為。もちろん見境なく行うことは人として低俗な行為だが、好意を持つ者同士は案外悪くないものだと気付く。
現状好意の矢印が一方からしか出ていないことは残念ではあるが、これで相思になる可能性も否めない。
彼の思いに気付かない海風は一人寂しくそう奮起する。
密かに野心を抱く海風は次にステップアップするため、師……と呼ぶには関係が薄すぎる、居酒屋で言っていた伊勢の言葉を思い出す。
『いいか、海風。野郎ってのは単純だ。胸押し付けてりゃあ勝手に股間を膨らます。あとは勃たせたそれを中に入れればこっちのもんさ』
思い出しながら彼女の言葉は真実であることを認識する。事実、いま海風の手が添えられている彼の股間は胸だけなのに膨らんでいっていた。
これ、どういう原理なのだろう。お腹のように力を籠めると膨らむのだろうか。
しかし……異様に熱を帯びている彼の股間を触れ、海風は純粋に疑問を持つ。もしかして風邪の熱が頭ではなくココに集中してるとか……?
疑問は尽きないが解決できる術がないので、海風はとりあえず次のステップのためにズボン中央のチャックから膨らみを外部に出す。
「うッ……」
跳ねるように勢いよく出てきた男根。
その異形に海風は思わず息を飲む。これは本当に人間の器官の一つなのだろうか? 腸? それとも寄生虫かなにか?
だが『勃たせて入れる』。伊勢の言う通りのことができる、棒状の形になっている。だったら、これが正しい形なのだろう。
海風は意を決した。
一方、無残に恥部をおっぴろげにされた青年はてっきり手で包まれる。もしくは殿部でマッサージされる。あわよくば口に咥えられる、と思っていた。
まぁ普通そういうものだろう。強姦でもない限り前戯はしっかりするものだ。
しかし彼女が青年の腹部に座った瞬間に思い出す。彼女もこういったことに今まで縁がなかったことに。
キスや性器合わせぐらいは常識として身についているとしても、女性がアダルトビデオや春本で性行為を学んでいるとはとても思えない。
「おい」
「じゃ、じゃあ」
まさか
「待て、何しようとしてる」
「行きますね……」
このアマ――――